1.はじめに 磁性元素を含む半導体としては,これまでEuカルコゲナイドやII-VI族希薄磁性半導体(diluted magnetic semiconductor:DMS)が幅広く研究されてきた。III-V族半導体への磁性不純物の高濃度添加は固溶度の低さから困難とされてきたが,1989年Munekataらは分子線エピタキシー(MBE)を用いてこれに成功した。成長温度を低く押さえた非平衡成長によって最高で18%ものMnを添加した(In,Mn)Asが成長され、低温(<10K)ながら強磁性を示すことが報告された。1996年にOhnoらをはじめとするいくつかのグループは,MBEで低温成長した(Ga,Mn)Asが100Kを超える転移点を持つ強磁性を示すことを見出した。これを契機に国内外でIII-V族DMSの研究が極めて盛んになってきている。 III-V族DMS’sの特徴的な点は,広範囲にわたってキャリア濃度を制御できることと強磁性秩序を示すことである。Mnがアクセプターとして働くため,1020cm-3を超えるキャリア濃度が達成されている。電気伝導にはキャリアと局在モーメント間の交換相互作用の影響が様々な形で現れる。一方この系の示す強磁性は現象論的にキャリア(正孔)誘起強磁性であると考えられている。 このような背景の中、本論文は以下のポイントについて行った実験とその結果を議論している。 1)III-V族希薄磁性半導体の磁性と電気伝導の相関 2)強磁性の起源、RKKYモデルの妥当性 3)キャリア制御による磁性制御の可能性 2.実験 本研究は3種のIII-V族DMSについて行った。第1はMn濃度の異なる一連のGa1-xMnxAsである。膜厚は150nmでMn濃度xの範囲は0.015〜0.071である。第2はMn濃度の異なる一連のIn1-xMnxAsの厚膜試料(1.2m)である。Mn濃度xの範囲は0.001〜0.026とやや低い。第3は希薄磁性半導体ヘテロ構造In1-xMnxAs/(Al,Ga)Sbである。膜厚は9〜20nmと上の2つと比べて薄く,Mn濃度xは高く0.12〜0.18である。 15テスラ超伝導マグネットや希釈冷凍機を用い50mKの低温から室温までにおいて磁場下で直流抵抗測定を行った。SQUIDを使って直接磁化測定も行った。 3.III-V族希薄磁性半導体の電気伝導と磁性. III-V族DMSでは電気伝導と磁化が密接に絡み合っておりこれを分けて議論することは難しい。ここでは主にMn濃度の異なる(Ga,Mn)Asの結果について議論するが、(In,Mn)Asの磁化や電気伝導の振舞いは非常によく似ており、本質的には同じ現象が起こっていると考えられる。 図1は一連の(Ga,Mn)Asの転移温度をMn濃度の関数としてあらわしたものである。x=0.04で転移温度Tcが最大となる。(In,Mn)Asの場合xに対して単調に増加するが、xが低い領域を議論しているためであろう。(Ga,Mn)Asと(In,Mn)Asとでは強磁性転移温度が1桁程度異なる。 図1(Ga,Mn)Asにおける強磁性転移温度のMn濃度依存性。挿入図は(Ga,Mn)As(x=0.071)の5Kでの磁化曲線。 図2は6つの(Ga,Mn)Asのゼロ磁場での抵抗率の温度依存性を示している。x〜0.02までの低濃度側では絶縁体的で強い温度依存性を示すが、xが0.03を超えると急激に抵抗率が減少し金属的な伝導を示す。金属絶縁体転移の臨界濃度は7×1020cm-3程度となり、モットの臨界条件よりも1桁以上大きな値であることがわかった。磁化の揺らぎや磁気ポーラロンが原因として考えられるが今のところよく分かっていない。 図2(Ga,Mn)Asのゼロ磁場抵抗率の温度依存性。挿入図は(Ga,Mn)As(x=0.071)の1.4Kにおける磁気抵抗 金属的領域の電気伝導は局在モーメントの揺らぎによる散乱が支配的である。その効果のひとつはゼロ磁場の抵抗率の転移温度付近でピークである。これはドブロイ波長程度のスピン相関がTc付近で強い後方散乱を引き起こす臨界散乱として理解される。磁気抵抗は磁場をかけるとスピン揺らぎが抑えられ,スピン不規則散乱が減少することで説明される。 Mn濃度が0.05以上では再び絶縁体的な伝導を示すようになる。図2の挿入図に示すように低温では数桁にわたる巨大な負の磁気抵抗を示す。図1の挿入図に示すように絶縁体的試料の磁化曲線には高磁場でも飽和しない成分があり、巨大な磁気抵抗効果はこのゆっくり増加する磁化の成分と関係があると考えられる。この振舞いの解釈として,ゼロ磁場で強い局在を起こしていた束縛磁気ポーラロン消失の描像とアンダーソン局在に基づくスピン分裂による負の磁気抵抗の2つが考えられる。 ホール抵抗には異常ホール効果が現れ,磁化の振舞いを電気伝導から知ることができる。異常ホール効果は微視的な起源としてskew scatteringとside-jumpの2つのメカニズムがあり、どちらが支配的であるか様々な系で議論されている。III-V族DMSに関しては(Ga,Mn)Asではside-jumpが,また厚膜(In,Mn)Asではskew scatteringが支配的であるという結果を得た。 希釈冷凍機を用いた低温では(Ga,Mn)As/GaAsの(100)成長面内の[1-10]と[110]方向で電気伝導に大きな異方性が観測された,これは(Ga,Mn)AsとGaAsとの格子不整合から生じた歪みの大きさが[1-10]と[110]方向で異なることに起因するものと考えている。 4.RKKY相互作用の妥当性 RKKYモデルに基づく2つの半定量的な解析を行い,RKKYモデルの妥当性を議論した。 金属領域の磁気抵抗からホールと局在モーメント間の交換相互作用の大きさを求めることができ,その値を用いMn間にRKKY相互作用が働くものとしてキュリー温度Tcを算出した。その計算値は(Ga,Mn)Asと(In,Mn)Asで実験からそれぞれ得られたTcと大体一致している。 もう一つは静水圧下でTCの変化の測定である。変化の実験値はキャリア濃度変化,体積変化また交換相互作用の大きさの変化からRKKYモデルで予測されるTcの変化と矛盾しない。 上記の結果からRKKY相互作用は不適当な仮定ではないが,交換相互作用が〜3eVと大きく見積もられることなどIII-V族DMSの強磁性の起源を明確にするには至っていない。 5.強磁性半導体ヘテロ構造(In,Mn)As/(Ga,Al)Sbの電気伝導と磁性 III-V族DMSでは磁性層と下地バッファ層との格子不整合が磁性や伝導に大きな影響を及ぼす。 低温での異常ホール効果で測定した磁化曲線の角度依存性から,膜厚が9nmの(In,Mn)As/AlSbでは試料面に垂直な磁気異方性を持つことが分かった。これは格子不整合によって(In,Mn)Asに引っ張り歪みが働くためと推測され,これとは逆に圧縮歪みがかかる(Ga,Mn)As/GaAsでは磁化容易軸が試料の面内となる。この歪みは(In,Mn)As層の膜厚を厚くすると転位が入って緩和されるので,膜厚が20nmのヘテロ構造では垂直磁気異方性は消失してしまう。 10%を超える高Mn濃度のヘテロ構造の試料では,異常ホール効果の解析からside-jump機構が支配的であるという結果を得た。(Ga,Mn)Asと厚膜(In,,Mn)Asの結果を合わせて考えると,Mn間の平均間隔が狭い場合side-jumpが支配的になる傾向を示唆している。 6.光キャリア誘起強磁性 Mn間の今日自制的相互作用がキャリアによって媒介されているとの描像のもとに,強磁性転移直前の常磁性(In,Mn)As/GaSbヘテロ構造に対して低温で光照射によってキャリア濃度を増加させることで強磁性を発現させることを試み,ホール抵抗に強磁性を示唆するヒステリシスを観測した(図3)。これはキャリア誘起強磁性の描像を裏付けるとともに光やゲート電極による強磁性の制御の可能性を示唆している。この強磁性状態は低温(T<30K)では永続的に保持することができる。これはGaSb層から供給されたホールが,InAs/GaSbのいわゆるタイプIIバンドラインナップによる内部電場のために,(In,Mn)As層に蓄積されたためと考えている。 図3(In,Mn)As/GaSbの光照射前と照射後のホール抵抗で見た磁化曲線。7.バルクハウゼンジャンプ 厚膜(In,Mn)Asのホールバー(100m×500m)では,転移温度(〜2K)以下でホール抵抗にヒステリシスが現れる。さらに低温で,我々はこのヒステリシスに大きなジャンプを観測した。この現象は縦抵抗にも,対応する磁場に抵抗の跳びとなって観測される。この現象は磁場掃引速度依存性や温度依存性などから,ミクロなスケールの磁壁の運動が起こす局所発熱が雪崩的に巨視的なサイズの試料に渡って磁区の反転を引き起こす「avalanche効果」で定性的に説明できる。 本論文ではIII-V族DMSにおいて,Mn濃度の異なる試料の系統的な測定を行い,絶縁体-金属-絶縁体転移や巨大磁気抵抗を明らかにした。またMn濃度に依存して異常ホール効果の支配的なメカニズムが変わる傾向を見出した。 光キャリア誘起強磁性の観測は,III-V族DMSにおいてキャリア制御による磁気的振舞の制御の可能性を示すとともに強磁性の起源を探る有効な手段となる。 |