学位論文要旨



No 114026
著者(漢字) 大岩,顕
著者(英字)
著者(カナ) オオイワ,アキラ
標題(和) III-V族希薄磁性半導体における伝導と磁性
標題(洋) Transport and Magnetism in III-V Compound Diluted Magnetic Semiconductors
報告番号 114026
報告番号 甲14026
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3515号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樽茶,清悟
 東京大学 助教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 松田,祐司
 東京大学 教授 安藤,恒也
 東京大学 教授 瀧川,仁
内容要旨 1.はじめに

 磁性元素を含む半導体としては,これまでEuカルコゲナイドやII-VI族希薄磁性半導体(diluted magnetic semiconductor:DMS)が幅広く研究されてきた。III-V族半導体への磁性不純物の高濃度添加は固溶度の低さから困難とされてきたが,1989年Munekataらは分子線エピタキシー(MBE)を用いてこれに成功した。成長温度を低く押さえた非平衡成長によって最高で18%ものMnを添加した(In,Mn)Asが成長され、低温(<10K)ながら強磁性を示すことが報告された。1996年にOhnoらをはじめとするいくつかのグループは,MBEで低温成長した(Ga,Mn)Asが100Kを超える転移点を持つ強磁性を示すことを見出した。これを契機に国内外でIII-V族DMSの研究が極めて盛んになってきている。

 III-V族DMS’sの特徴的な点は,広範囲にわたってキャリア濃度を制御できることと強磁性秩序を示すことである。Mnがアクセプターとして働くため,1020cm-3を超えるキャリア濃度が達成されている。電気伝導にはキャリアと局在モーメント間の交換相互作用の影響が様々な形で現れる。一方この系の示す強磁性は現象論的にキャリア(正孔)誘起強磁性であると考えられている。

 このような背景の中、本論文は以下のポイントについて行った実験とその結果を議論している。

 1)III-V族希薄磁性半導体の磁性と電気伝導の相関

 2)強磁性の起源、RKKYモデルの妥当性

 3)キャリア制御による磁性制御の可能性

2.実験

 本研究は3種のIII-V族DMSについて行った。第1はMn濃度の異なる一連のGa1-xMnxAsである。膜厚は150nmでMn濃度xの範囲は0.015〜0.071である。第2はMn濃度の異なる一連のIn1-xMnxAsの厚膜試料(1.2m)である。Mn濃度xの範囲は0.001〜0.026とやや低い。第3は希薄磁性半導体ヘテロ構造In1-xMnxAs/(Al,Ga)Sbである。膜厚は9〜20nmと上の2つと比べて薄く,Mn濃度xは高く0.12〜0.18である。

 15テスラ超伝導マグネットや希釈冷凍機を用い50mKの低温から室温までにおいて磁場下で直流抵抗測定を行った。SQUIDを使って直接磁化測定も行った。

3.III-V族希薄磁性半導体の電気伝導と磁性.

 III-V族DMSでは電気伝導と磁化が密接に絡み合っておりこれを分けて議論することは難しい。ここでは主にMn濃度の異なる(Ga,Mn)Asの結果について議論するが、(In,Mn)Asの磁化や電気伝導の振舞いは非常によく似ており、本質的には同じ現象が起こっていると考えられる。

 図1は一連の(Ga,Mn)Asの転移温度をMn濃度の関数としてあらわしたものである。x=0.04で転移温度Tcが最大となる。(In,Mn)Asの場合xに対して単調に増加するが、xが低い領域を議論しているためであろう。(Ga,Mn)Asと(In,Mn)Asとでは強磁性転移温度が1桁程度異なる。

図1(Ga,Mn)Asにおける強磁性転移温度のMn濃度依存性。挿入図は(Ga,Mn)As(x=0.071)の5Kでの磁化曲線。

 図2は6つの(Ga,Mn)Asのゼロ磁場での抵抗率の温度依存性を示している。x〜0.02までの低濃度側では絶縁体的で強い温度依存性を示すが、xが0.03を超えると急激に抵抗率が減少し金属的な伝導を示す。金属絶縁体転移の臨界濃度は7×1020cm-3程度となり、モットの臨界条件よりも1桁以上大きな値であることがわかった。磁化の揺らぎや磁気ポーラロンが原因として考えられるが今のところよく分かっていない。

図2(Ga,Mn)Asのゼロ磁場抵抗率の温度依存性。挿入図は(Ga,Mn)As(x=0.071)の1.4Kにおける磁気抵抗

 金属的領域の電気伝導は局在モーメントの揺らぎによる散乱が支配的である。その効果のひとつはゼロ磁場の抵抗率の転移温度付近でピークである。これはドブロイ波長程度のスピン相関がTc付近で強い後方散乱を引き起こす臨界散乱として理解される。磁気抵抗は磁場をかけるとスピン揺らぎが抑えられ,スピン不規則散乱が減少することで説明される。

 Mn濃度が0.05以上では再び絶縁体的な伝導を示すようになる。図2の挿入図に示すように低温では数桁にわたる巨大な負の磁気抵抗を示す。図1の挿入図に示すように絶縁体的試料の磁化曲線には高磁場でも飽和しない成分があり、巨大な磁気抵抗効果はこのゆっくり増加する磁化の成分と関係があると考えられる。この振舞いの解釈として,ゼロ磁場で強い局在を起こしていた束縛磁気ポーラロン消失の描像とアンダーソン局在に基づくスピン分裂による負の磁気抵抗の2つが考えられる。

 ホール抵抗には異常ホール効果が現れ,磁化の振舞いを電気伝導から知ることができる。異常ホール効果は微視的な起源としてskew scatteringとside-jumpの2つのメカニズムがあり、どちらが支配的であるか様々な系で議論されている。III-V族DMSに関しては(Ga,Mn)Asではside-jumpが,また厚膜(In,Mn)Asではskew scatteringが支配的であるという結果を得た。

 希釈冷凍機を用いた低温では(Ga,Mn)As/GaAsの(100)成長面内の[1-10]と[110]方向で電気伝導に大きな異方性が観測された,これは(Ga,Mn)AsとGaAsとの格子不整合から生じた歪みの大きさが[1-10]と[110]方向で異なることに起因するものと考えている。

4.RKKY相互作用の妥当性

 RKKYモデルに基づく2つの半定量的な解析を行い,RKKYモデルの妥当性を議論した。

 金属領域の磁気抵抗からホールと局在モーメント間の交換相互作用の大きさを求めることができ,その値を用いMn間にRKKY相互作用が働くものとしてキュリー温度Tcを算出した。その計算値は(Ga,Mn)Asと(In,Mn)Asで実験からそれぞれ得られたTcと大体一致している。

 もう一つは静水圧下でTCの変化の測定である。変化の実験値はキャリア濃度変化,体積変化また交換相互作用の大きさの変化からRKKYモデルで予測されるTcの変化と矛盾しない。

 上記の結果からRKKY相互作用は不適当な仮定ではないが,交換相互作用が〜3eVと大きく見積もられることなどIII-V族DMSの強磁性の起源を明確にするには至っていない。

5.強磁性半導体ヘテロ構造(In,Mn)As/(Ga,Al)Sbの電気伝導と磁性

 III-V族DMSでは磁性層と下地バッファ層との格子不整合が磁性や伝導に大きな影響を及ぼす。

 低温での異常ホール効果で測定した磁化曲線の角度依存性から,膜厚が9nmの(In,Mn)As/AlSbでは試料面に垂直な磁気異方性を持つことが分かった。これは格子不整合によって(In,Mn)Asに引っ張り歪みが働くためと推測され,これとは逆に圧縮歪みがかかる(Ga,Mn)As/GaAsでは磁化容易軸が試料の面内となる。この歪みは(In,Mn)As層の膜厚を厚くすると転位が入って緩和されるので,膜厚が20nmのヘテロ構造では垂直磁気異方性は消失してしまう。

 10%を超える高Mn濃度のヘテロ構造の試料では,異常ホール効果の解析からside-jump機構が支配的であるという結果を得た。(Ga,Mn)Asと厚膜(In,,Mn)Asの結果を合わせて考えると,Mn間の平均間隔が狭い場合side-jumpが支配的になる傾向を示唆している。

6.光キャリア誘起強磁性

 Mn間の今日自制的相互作用がキャリアによって媒介されているとの描像のもとに,強磁性転移直前の常磁性(In,Mn)As/GaSbヘテロ構造に対して低温で光照射によってキャリア濃度を増加させることで強磁性を発現させることを試み,ホール抵抗に強磁性を示唆するヒステリシスを観測した(図3)。これはキャリア誘起強磁性の描像を裏付けるとともに光やゲート電極による強磁性の制御の可能性を示唆している。この強磁性状態は低温(T<30K)では永続的に保持することができる。これはGaSb層から供給されたホールが,InAs/GaSbのいわゆるタイプIIバンドラインナップによる内部電場のために,(In,Mn)As層に蓄積されたためと考えている。

図3(In,Mn)As/GaSbの光照射前と照射後のホール抵抗で見た磁化曲線。
7.バルクハウゼンジャンプ

 厚膜(In,Mn)Asのホールバー(100m×500m)では,転移温度(〜2K)以下でホール抵抗にヒステリシスが現れる。さらに低温で,我々はこのヒステリシスに大きなジャンプを観測した。この現象は縦抵抗にも,対応する磁場に抵抗の跳びとなって観測される。この現象は磁場掃引速度依存性や温度依存性などから,ミクロなスケールの磁壁の運動が起こす局所発熱が雪崩的に巨視的なサイズの試料に渡って磁区の反転を引き起こす「avalanche効果」で定性的に説明できる。

 本論文ではIII-V族DMSにおいて,Mn濃度の異なる試料の系統的な測定を行い,絶縁体-金属-絶縁体転移や巨大磁気抵抗を明らかにした。またMn濃度に依存して異常ホール効果の支配的なメカニズムが変わる傾向を見出した。

 光キャリア誘起強磁性の観測は,III-V族DMSにおいてキャリア制御による磁気的振舞の制御の可能性を示すとともに強磁性の起源を探る有効な手段となる。

審査要旨

 磁性元素を含む半導体は、スピンの相互作用に関連した様々な光学的、電気的物性の研究対象として注目されている。とくに、この10年程の間の結晶成長技術の著しい進展によって、II-VI族、III-V族希薄磁性半導体とその超構造、磁性体/半導体ヘテロ構造や磁性不純物を添加した半導体超構造等が作られるようになり、これらの材料におけるキャリアスピン間の相互作用やキャリアスピンと磁性イオンのスピンの間の相互作用、キャリアスピンを介した磁性イオン間の相互作用等の影響が次第に明らかになってきた。なかでも、III-V族磁性半導体は、広い範囲でキャリア濃度を制御でき、また、強磁性秩序を示すという特徴をもつことから、伝導と磁性の関係を調べるための興味深い研究対象である。修士(理学)大岩顕提出の学位請求論文は、このようなIII-V族磁性半導体特有の性質に焦点を当てたもので、「III-V族希薄磁性半導体の(Ga,Mn)Asでは、Mn(磁性元素)の特定の組成範囲で、伝導が金属的でかつ強磁性転移温度が高い。」という磁性と伝導の相関を明示する自らの実験的発見を出発点として、バルク、及びヘテロ構造薄膜の磁性と電気伝導の関係が様々な角度から調べられている。その研究のねらいは、(1)磁性と電気伝導の関係を詳細に検出する、(2)強磁性発現のメカニズムを探索する、(3)キャリア制御による磁性制御の可能性を追求する、という点に集約される。

 本論文は8章からなり、まず第一章では、研究の視点が説明されている。磁性半導体である(In,Mn)As、(Ga,Mn)Asについては、強磁性秩序にキャリアの存在が不可欠であるという実験報告されており、興味深い研究対象であること、(Ga,Mn)Asの強磁性転移温度に関してp-d交換を用いたRKKYモデルによる説明と二重交換機構による説明があり、実験的に詳細な比較が必要とされていること、および磁性半導体の磁気伝導ではキャリアと局在モーメント間の交換相互作用の影響が強いが、その微視的要因は不明のままであること、等が述べられる。とくに、磁気伝導は本論文の主題なので、次章からの議論の準備として、巨大磁気抵抗の要因にはスピン不規則性散乱や束縛磁気ポーラロンの局在などがあげられること、異常ホール効果の起源には二種類の散乱("skew"形と"side-jump"形)があること、等が説明される。第二章では、実験に用いた試料について、結晶成長によるMnの組成の許容範囲とそれによる格子定数変化、組成と結晶成長温度の相図、および伝導測定の方法などが解説される。

 第三-七章が本論文の研究成果をまとめたもので、なかでも、第三章には伝導と磁気特性の相関を調べた結果がまとめられており、成果の中核をなしている。まず、(Ga,Mn)AsについてMn組成が特定の範囲でのみ金属的でその両側では絶縁的であること、さらに、強磁性転移温度は最も金属的である組成で最高となることが示される。これは電気伝導と強磁性が密接な関係にあること強く裏付けるもので、本論文の研究遂行の動機を与えている。実験はさらに詳細に進められており、まず金属領域の試料について大きな負の磁気抵抗が観測され、これには、磁場によってスピン揺らぎが抑えられるためにスピン不規則性の散乱が減るという妥当な説明がなされる。また、Mn組成が高く絶縁領域にある試料では、低温で数桁にわたる負の磁気抵抗が観測された。これと呼応して、磁化曲線に高磁場でも飽和しない成分があることが観測され、これらの磁化特性の要因として、束縛磁気ポーラロン消失やアンダーソン局在によるスピン分裂の可能性が指摘されている。さらに、磁化と伝導の相関を示すものとして、異常ホール効果が観測され、その温度依存性の測定に基づいて、キャリアの散乱形態が、(Ga,Mn)Asでは"side-jump"形(重心の位置が変わる散乱)、(In,Mn)Asでは"skew"形(運動量ベクトルの向きが変わる散乱)であると結論されている。この結果は、磁化と伝導の相関の微視的機構に踏み込んだ優れた成果といえる。また、極低温測定を通して、(100)成長面内の磁化と電気伝導度に大きい面内異方性が見い出されている。電気伝導の異方性は、実験で使われた(Ga,Mn)As/GaAsのような歪系結晶では、一般に良くみられる特徴であるが、伝導と磁化の相関の起源が結晶の微視的構造にあることを示唆する重要な結果といえる。

 第四章では、金属領域の(Ga,Mn)Asの磁気抵抗から求められたキュリー温度の絶対値とその静水圧下での変化の実験結果が示され、Mnの間のRKKY相互作用を考慮した計算と矛盾しないという結論が導かれている。ただ、このRKKY相互作用については、理論の適用性自体に疑問があり、今後の検討課題と考えられる。

 第五,六章では、(In,Mn)As/(Ga,Al)Sbのヘテロ構造について調べられている。まず第五章では、異常ホール効果測定から求められた磁化曲線の角度依存性から、薄い膜厚の(In,Mn)As/AlSbでは膜面に対して垂直な磁気異方性があること、(Ga,Mn)As/GaAsでは面内に磁化軸が出来やすいことが見い出され、その原因として、薄膜にかかる歪みの違い(引っぱりと圧縮)を考慮した定性的な説明がなされている。また、高Mn濃度のヘテロ構造の異常ホール効果について、第三章と同様な解析から、"side-jump"散乱が効くという結果が得られている。バルクの場合の結果と比べることで、Mnの平均距離が短いほど"side-jump"散乱が効くという興味深い推論がなされている。

 第六章では、「Mn間の強磁性的相互作用がキャリアによって媒介されている。」との描像のもとに、強磁性転移直前の常磁性(In,Mn)As/GaSbヘテロ構造に対して光照射によってキャリア濃度を増加させることが試みられている。その結果、ホール抵抗に関して、僅か6%のキャリア濃度増加で、強磁性の発生を示唆するヒステリシスが明らかに観測されている。この結果については、まだ本質的な物理が不鮮明なものの、キャリアと強磁性を直接関係付ける現象として大変興味深い。また、工学的にも、ゲート電圧によるキャリア濃度変調を利用して広い範囲で磁気的性質を制御し得るという面白さを持っている。

 第七章では、付加的ではあるが、新しい知見として、バルク(In,Mn)Asについて転移温度以下でホール抵抗に見られるヒステリシス部分に抵抗の跳びが現れ、同時に縦抵抗にも跳び現れることが示される。磁場掃引速度依存性や温度依存性の測定に基づいて、これらの抵抗の跳びは、ミクロな磁壁の運動が起こす局所的発熱が雪崩的に巨視的なサイズの試料全体の磁区の反転をひき起こすという「avalanche効果」によることが指摘されている。

 以上、各章を紹介しながら、本論文の物理学への貢献点を解説した。磁性と伝導の相関という視点のもとに行われた研究は、独自性、インパクトともに優れたもので、これをまとめた本論文は、学位論文として充分な水準にあることが審査員全員によって認められ、博士論文として合格であると判定された。なお、本論文の内容は、Solid State Communications,Physical Review B誌をはじめとするいくつかの雑誌に既に掲載、或いは掲載が予定されている。これらの論文の業績は第一著者である論文提出者が主体となって実験、及び結果の解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。また、この件に関して、共著者からの同意承諾書が提出されている。

 従って博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと認める。

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