学位論文要旨



No 114027
著者(漢字) 大川,祐司
著者(英字)
著者(カナ) オオカワ,ユウジ
標題(和) ディソクレ粒子の多体散乱
標題(洋) Multi-body scattering of Dirichlet particles
報告番号 114027
報告番号 甲14027
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3516号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 助教授 加藤,晃史
内容要旨 序論

 重力を量子論の枠組みの中で矛盾無く記述することが、今日の素粒子論の最も重要な課題のひとつとなっている。弦理論は、場の量子論では与えられなかった重力の摂動論を与える理論であるが、摂動的にしか定義されていないため、我々の目標は弦理論の非摂動的な定式化を探求することであると言い換えることが出来る。この方面の研究は、近年、弦理論のdualityの研究を通して目覚しい進展があった。今までに知られていた様々な超弦理論がdualityによって関係付けられ、さらにM theoryと呼ばれる11次元の理論の存在が予想されている。また、超弦理論のdualityが成り立つためには、非摂動的な力学的自由度が存在しなければならないが、Dirichlet braneもしくはD-braneと呼ばれる記述方法でこれらの非摂動的自由度が記述されるという提案がなされ、この提案によって進展が加速された。さらに、D-braneの性質に基づき弦理論やM theoryを非摂動的に定式化する模型が1996年頃からいくつか提案され、それらの模型の性質が活発に調べられている。

 それらの模型の中のひとつでMatrix theoryと呼ばれている模型は、M theoryを定式化する模型として提唱されているものである。M theoryは、低エネルギー領域では11次元supergravityで記述されるので、Matrix theoryが低エネルギー領域で11次元supergravityと一致するかどうかを調べることが仮説の検証となる。この点に関して、多くの検証がなされ、証拠が蓄積されてきているが、その一方でMatrix theoryとsupergravityで異なる点もいくつか報告されている。その中でも最も深刻な相違点のひとつであると考えられるのが粒子の多体相互作用に関するものである。

 そこで、type IIA超弦理論における粒子型のD-braneであるD-particle(ディリクレ粒子)の多体散乱過程と密接に関連したM theoryにおける多粒子散乱過程を、Matrix theoryと11次元supergravityの両方の側面から詳細に解析し、両者を比較する研究を行った。具体的にはsupergravityにおけるアイコナール近似での散乱のphase shiftを11次元Newton定数に関して摂動的に線形近似の次の次数まで求め、Matrix theory側でこれに対応する量であるeffective actionをtwo-loop近似で求め、結果を比較した。

 その際、D-particleのrecoilの効果が線形近似の次の次数で寄与してくるので、recoilの効果を適切に取り入れなければ定量的な比較は出来ない。今回の研究では、これまでの研究では無視されてきたrecoilの効果をどのように取り入れれば良いかを明らかにし、supergravityとMatrix theoryの両方でrecoil効果を考慮した結果を導いた。

 D-particleの多体相互作用とrecoil効果に関するこれらの研究は、東京大学の米谷民明教授との共同研究であり、この博士論文はその共同研究に基づいている。

SupergravityにおけるD-Particleのeffective action

 我々が考える散乱過程は、より正確には11次元ミンコフスキー時空でlight-likeな方向x-=x11-tを半径Rの円周にコンパクト化した時空における、light-like方向の運動量pa-=Na/R>0を持つmassless粒子のp-のやりとりを含まない多粒子散乱である。以下、この粒子のことをD-particleと呼ぶ。aはD-particleのラベルである。

 11次元supergravityにおいて、これらの散乱過程のspinに依存しないtree levelの相互作用は、以下のactionによって記述される:

 

 これらのactionから導かれる方程式

 

 (はD-particleのエネルギー運動量テンソル)をに関して摂動的に解き、D-particleのまわりの重力場を線形近似の次の次数まで、D-particleの軌道xa(s)とa(s)をまで求める。求めた解をactionに代入することにより、D-particleのtransverse方向の座標に関するeffective action及びrecoilによるactionの補正が得られる。の寄与S(1)は既に知られている2体相互作用に相当する。多体系についてのの寄与が今回新たに得られた結果で、3体相互作用の寄与及びrecoil効果による補正からなる。3体相互作用は、V型の寄与SVとY型の寄与SYの2つの部分に分けられる。

 

 ここでは、それぞれ粒子aと粒子bのtransverse方向の距離及び相対速度である。これらがMatrix theoryに対するsupergravity側からの予言である。

Matrix theoryでのD-particleの多体散乱

 Matrix theoryは、以下のactionで定義される:

 

 はN×Nのエルミート行列の場で、(n=1,2,...,9)の固有値がD-particleのtransverse方向の座標を表す。また、固有値の縮退度がpa-=Na/Rに対応する。ijはSO(9)Majorana spinorである。

 散乱過程の初期条件はMatrix theoryでは

 

 という条件に対応する。この初期条件のもとで量子補正を加えた運動方程式を解き、求めた解でのeffective actionの値が、supergravityで求めたphase shiftに対応する。これまでの研究で、one-loopのFeynman diagramからの寄与が2体相互作用からの寄与S(1)に対応すること、及び2粒子系でのtwo-loopのdiagramからの寄与の対応は知られていたが、3体相互作用及びrecoil効果による補正からの寄与S(2)と比較すべき多体系でのtwo-loopのFeynman diagramからの寄与が今回の研究で得られた新しい結果であり、低エネルギー領域でleadingな寄与は、以下の通りである。

 

 これらの結果は適切な読み替えにより、従来なされていた主張と異なり、supergravityから得られる散乱のphase shiftと、符号や係数まで含めて完全に一致し、Matrix theoryがlight-likeな円周上にコンパクト化されたM theoryの定式化を与えるという仮説を強く支持する結論が得られた。

審査要旨

 素粒子論の大きな問題の一つとしては重力の量子化の問題があり,そのひとつの有力な候補として超弦理論がある.これまで弦理論は摂動論的な性質を中心に研究されてきたがここ数年非摂動論的な知見が急速に得られるようになってきた.特に課題になっているのはそのソリトン的励起であるDブレインの性質である.Dブレインは時空にp-次元的に広がった対象でありそれを記述する理論はブレイン上で定義された非可換ゲージ場である.元々弦理論は重力理論として出発したものであるがそのソリトンを記述するものはゲージ理論であるという二重構造が現れる.これから重力理論は別の観点から眺めるとゲージ理論で記述されると言う非自明な対応関係が理論の整合性から要求されることになった.

 この論文ではこの見方の一つの例としてその最も簡単な場合,つまりソリトンの広がりが0次元である場合(行列模型)を取り上げ重力理論からの計算とゲージ理論を用いた計算が3体の相互作用項で等しいことを証明している.この二つの理論の対応関係は全く非自明であり一つの理論の古典的な寄与がもう一つの理論では摂動論的な量子補正として現れる.大川さんが示した3体の相互作用項というのは重力理論の非線形な寄与が現れる最初の項であり重力とゲージ理論の対応関係という意味ではもっとも基本的な部分である.重力理論の立場から見ると古典的な作用に現れる非線形項であるが,ゲージ理論の立場からは2次の量子補正となる.

 そもそも本提出論文で記述された計算が現れる以前には2体の相互作用の計算が一致することが知られていたのみであり,3体については相互に異なる値を出すという間違った予想がなされていた.実際この計算は非常に微妙な点が多く,しかも計算自体非常に煩雑なものであった.本論文で行われた注意深い計算によりこの予想は覆され,重力理論とゲージ理論の対応がより信憑性を持つこととなった.

 大川氏の学位論文は6章から成っており,第一章が一般的な導入,第二章がブレインの基本的な力学的性質に関するレビューになっている.第三章は重力理論がどのようなパラメーター領域でゲージ理論で記述されるべきかという問題についての明快な解説を与えている.続く第四章と第五章が本学位論文の中核をなす部分である.まず第4章で超重力理論における古典的な多体散乱の公式が導かれている.この対応関係が有効なパラメーター領域では,ソリトンは非常に重くゆっくり運動するので重力理論から見るとアイコナール近似を用いた計算が必要十分な結果を与える.続く第5章ではそれに対応する振幅をゲージ理論で計算を行う.ゲージ理論の側では2次の量子補正までが必要となる.本学位論文では非常に見通しの良い計算を与えている.第6章は結論及び今後の展望を述べている.

 以上のように本学位論文は重力理論の非線形な部分がゲージ理論で記述されうることを証明したという点で,弦理論の非摂動論的性質についての大きな研究成果と言えるものである.なおこの学位論文は指導教官である米谷民明教授との共同研究の成果をまとめたものであるが,大川氏本人の寄与が十分大きいことが判定される.以上のことを鑑み審査員全員一致で大川氏に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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