素粒子論の大きな問題の一つとしては重力の量子化の問題があり,そのひとつの有力な候補として超弦理論がある.これまで弦理論は摂動論的な性質を中心に研究されてきたがここ数年非摂動論的な知見が急速に得られるようになってきた.特に課題になっているのはそのソリトン的励起であるDブレインの性質である.Dブレインは時空にp-次元的に広がった対象でありそれを記述する理論はブレイン上で定義された非可換ゲージ場である.元々弦理論は重力理論として出発したものであるがそのソリトンを記述するものはゲージ理論であるという二重構造が現れる.これから重力理論は別の観点から眺めるとゲージ理論で記述されると言う非自明な対応関係が理論の整合性から要求されることになった. この論文ではこの見方の一つの例としてその最も簡単な場合,つまりソリトンの広がりが0次元である場合(行列模型)を取り上げ重力理論からの計算とゲージ理論を用いた計算が3体の相互作用項で等しいことを証明している.この二つの理論の対応関係は全く非自明であり一つの理論の古典的な寄与がもう一つの理論では摂動論的な量子補正として現れる.大川さんが示した3体の相互作用項というのは重力理論の非線形な寄与が現れる最初の項であり重力とゲージ理論の対応関係という意味ではもっとも基本的な部分である.重力理論の立場から見ると古典的な作用に現れる非線形項であるが,ゲージ理論の立場からは2次の量子補正となる. そもそも本提出論文で記述された計算が現れる以前には2体の相互作用の計算が一致することが知られていたのみであり,3体については相互に異なる値を出すという間違った予想がなされていた.実際この計算は非常に微妙な点が多く,しかも計算自体非常に煩雑なものであった.本論文で行われた注意深い計算によりこの予想は覆され,重力理論とゲージ理論の対応がより信憑性を持つこととなった. 大川氏の学位論文は6章から成っており,第一章が一般的な導入,第二章がブレインの基本的な力学的性質に関するレビューになっている.第三章は重力理論がどのようなパラメーター領域でゲージ理論で記述されるべきかという問題についての明快な解説を与えている.続く第四章と第五章が本学位論文の中核をなす部分である.まず第4章で超重力理論における古典的な多体散乱の公式が導かれている.この対応関係が有効なパラメーター領域では,ソリトンは非常に重くゆっくり運動するので重力理論から見るとアイコナール近似を用いた計算が必要十分な結果を与える.続く第5章ではそれに対応する振幅をゲージ理論で計算を行う.ゲージ理論の側では2次の量子補正までが必要となる.本学位論文では非常に見通しの良い計算を与えている.第6章は結論及び今後の展望を述べている. 以上のように本学位論文は重力理論の非線形な部分がゲージ理論で記述されうることを証明したという点で,弦理論の非摂動論的性質についての大きな研究成果と言えるものである.なおこの学位論文は指導教官である米谷民明教授との共同研究の成果をまとめたものであるが,大川氏本人の寄与が十分大きいことが判定される.以上のことを鑑み審査員全員一致で大川氏に博士(理学)の学位を授与できると認める。 |