自然界の統一理論の最有力候補である超弦理論は、ここ数年弦理論に特有な「双対性」の理解及びディリクレブレーン(略称D-brane)と呼ばれる拡がりを持った基本解を駆使した非摂動的な手法の開発により、めざましい発展を遂げてきた。その結果、10次元時空で定義される5種類の超弦理論が11次元超重力理論をも包摂する「M理論」と呼ばれる新しい理論の枠組みの中で統一的に理解できる可能性が高まってきた。さらに、これまで摂動的にしか定義されていなかった超弦理論をD-braneの力学を記述する超対称ヤン-ミルズゲージ場理論を用いて非摂動的に定式化する幾つかの試みが提唱され、70年代からの懸案であったゲージ理論と弦理論の関係という重要な問題に対する新たな理解も得られつつある。 こうした発展の中で、本論文提出者は、特にタイプIIB超弦理論に現れる「string junction」と呼ばれる三つ又の構造を持った非摂動的配位の性質を、超弦理論、M理論、及び超対称ヤン-ミルズゲージ理論という三つの異なる観点から考察し、幾つかの新たな知見を得た。 複数の超対称生成子を持つ理論においては、超対称性の一部を保つような「BPS状態」と呼ばれる特別な配位が存在し、それらは超対称代数の特別な多重項をなすことから、量子補正を受けないという著しい性質を持つ。従って、弱結合領域で調べたBPS状態の性質はそのまま強結合領域でも正確に成り立つと考えられ、これらの異なる領域を関係付ける「S双対性」の検証にとって中心的な役割を果たす。単独のD-braneは超対称性を半分保つ代表的なBPS状態であり、これについてはすでに夥しい研究がある。これに対して、超対称性を1/4保つ配位であるstring junctionの研究はまだ緒についたばかりであり、その性質はまだよく理解されていない。しかも、string junctionはIIB理論とヘテロ弦理論のコンパクト化の間に成立すると考えられている双対性の理解に重要な役割を果たすことが示唆されており、その性質の詳しい解明は非常に興味深い。 本論文では、こうしたstring junctionについて、これまでに知られている性質を解説した上で、次の二つの新しい結果が導かれている。 そのひとつは、string junctionの配位が1/4BPS状態となるための条件を、M理論の立場から幾何学的に理解できることを示したことである(第3章)。IIB超弦理論には、理論の対称性であると考えられているSL(2,Z)構造を持ったS双対変換群の作用によって互いに移りあう二つの反対称ゲージ場(BR,BNS)があり、これらのゲージ場に対して(p,q)という整数電荷を持つ「(p,q)弦」が存在する。3本の(p,q)弦が1点で交わってできる配位がstring junctionであるが、IIB理論の立場からは、(i)(p,q)電荷の保存、及び(ii)張力の釣り合い、という二つの条件が成り立つときにその配位が1/4BPS状態になるということが議論されていた。しかしながら、この議論では、各々の(p,q)弦によって保たれる超対称性を組み合わせただけであり、それがjunctionを形成することの効果が明らかでない。本論文では、この欠点を補うため、string junctionを11次元のM理論におけるM2-braneが2次元トーラスに巻き付いた滑らかな三つ又の管状の配位として捉える立場から1/4BPS条件を理解することを試み、上記の(i)(ii)の二つの条件が、M2-braneに対するBPS条件、即ち時空へのある種の正則な埋め込み条件として統一的、幾何学的に理解できることを示した。 本論文で得られたもうひとつの新しい結果は、IIB理論に現れる(N枚の)D3-braneの低エネルギーでの力学を記述するN=4SU(N)super Yang-Millsゲージ理論における古典解で、超対称性を1/4保存するものの例を任意のNに対して具体的に構成し、それが期待されるstring junction的な様相を持つことを示したことである(第5章)。N=3の場合の解はすでに得られていたが、本論文では、単純にこのSU(N)への埋め込みでは表せない新しいクラスの解を構成することに成功している。さらに、この解の遠方での漸近的な振る舞いを調べることにより、それがまさしくN枚のD3-branesを結ぶstring junction状の配位をなしていることを示した。これらの解の物理的な意義、その安定性等これから明らかにしなければならない点は多々あるが、任意のNに対してもstring junctionの解が存在することを示したことは、現在さかんに調べられている、超重力とNが大きい場合の超対称ヤン-ミルズ理論の対応という重要なトピックにおけるstring junctionの役割を考える上でも、興味深い知見である。 以上述べたように、本論文は超弦理論の非摂動的な理解において今後重要となると予想されるstring junction解について、多角的な視点から新しい結果を得ており、高く評価される。よって審査員一同博士(理学)の学位を与えるに十分なものと判断した。尚、本論文の一部は共同研究に基づくが、その部分に関しても論文提出者が十分な寄与をしたことを確認した。 |