インフレーションは熱いビッグ・バン標準宇宙理論の多くの問題をもっとも良く解決する理論である。インフレーション宇宙のシナリオでは、インフラトンと呼ばれるスカラー場の真空のエネルギーによって宇宙は指数関数的な膨張をする。この指数関数的膨張によって、宇宙は大変平坦で一様になり、地平線問題や平坦性問題などが解決される。インフレーションが起こる前に存在していて、後に宇宙の歴史に悪さをするような位相的欠陥や重い粒子などがあっても、インフレーションがあればそれらの密度を薄めるころができ、その結果として、現在の地平線の中にはほとんど存在しなくなる。また、インフレーション中のインフラトンの量子揺らぎは宇宙の密度揺らぎの種として、ほぼスケール不変なスペクトルを持つことから、宇宙の大規模構造の形成を説明できる。揺らぎの振幅はインフレーションのエネルギースケールで決まり、宇宙背景放射探査衛星(COBE)によって観測された宇宙背景放射の非等方性の大きさにより、インフラトンの有効ポテンシャルV()はV1/4O(1016)GeVとならなければいけない。 インフレーション後宇宙は輻射優勢にならなければいけないので、インフラトンの真空のエネルギーを相対論的粒子に移すためには再加熱過程が必要である。何故なら、インフレーションを経験した宇宙はほとんど空っぽの状態になり、インフラトンが持っている真空のエネルギーだけとなるからである。インフレーション後、インフラトンはその有効ポテンシャルの底で振動して、相互作用を通じて他の粒子に崩壊するが、以前まで考えられてきた再加熱過程の理論を使えば、その崩壊率は摂動論で計算でき(これをボルン崩壊率という)、再加熱温度は、一粒子崩壊をもとにして計算され、となる。ここでtotは全崩壊幅で、Mpはプランク質量である。注意しておきたいのは、この温度の評価式はインフラトンの初期条件などにはよらず、相互作用だけで決まっていることである。 最近の研究によれば、再加熱過程のごく初期の段階では、パラメータ共鳴の効果によってインフラトン場が急激に崩壊することが分かってきた。その結果、再加熱過程は大まかに3つの段階に区別することができる。初めの段階では、パラメータ共鳴によってインフラトンが相互作用しているボソンに劇的に崩壊する。この段階はプリヒーティングと名付けられた。作られた揺らぎ(粒子)の振幅がインフラトンの振幅と同程度になると、その反作用が効き、パラメータ共鳴崩壊は終わり、散乱過程が重要になる。すると生成粒子のスペクトルは広く滑らかになり、それらの粒子が一様場として振動しているインフラトンにぶち当たり、崩壊させることとなる。3番目の段階で、熱的平衡が達せられ、再加熱過程が終わり、再加熱温度TRHの輻射優勢宇宙が実現する。 粒子生成はマシュー方程式のような運動方程式で記述でき、あるパラメータの範囲では、不安定解が存在することが知られている。これは不安定領域と呼ばれている。十分長く不安定領域にあり続けると、解は指数関数的に増大する。つまり、生成粒子の"粒子数"は指数関数的に大きくなり、インフラトンのパラメータ共鳴崩壊が効率良く起こっていることが分かる。ただしこれは数学的に分かることで、物理的意味がはっきりしていない事情があり、我々はその解釈を与えた。 つまり、我々はこの現象が誘導現象であることを突き止めた。つまり、つくられたボソンの占有数が多ければ多いほど、その占有数に比例してさらなる粒子生成が起きる、ということを明らかにした。すなわち、インフラトンは崩壊先の粒子数によって崩壊の速さが決まるという一見すると自明でないことが起きているのだ。それに加えて我々は、この解釈に基づいて考えると、崩壊先の粒子が散乱、対消滅、または崩壊してしまうと、その状態の占有数が少なくなるので、パラメータ共鳴は抑制されることを示すことができた。また、ボソンは1つの状態にいくらでも粒子が占有できるが、フェルミオンはパウリの排他原理によって、そうではない。これがインフラトンがフェルミオンに爆発的に崩壊できない理由である。 上で述べてきた物理的描像は"狭い共鳴領域"で示したが、"広い共鳴領域"では少し違った見方もできる。粒子生成はインフラトン場が有効ポテンシャルの原点を通るとき、すなわち、生成粒子の有効質量が小さくなるときに起こる。つまり、断熱近似が破れたときに起こっているのである。 さて、生成粒子の運動量(エネルギー)は比較的小さく、ある特定のモードの占有数が非常に大きいので、そのスペクトルは非熱的な形をしている。それゆえ、熱平衡に達するまでには長い時間が必要で、典型的には、先に述べたボルン崩壊率で計算された値と同程度と考えられる。また、揺らぎ<2>は非常に大きいので、インフレーション直後、インフラトンの真空エネルギーが瞬間的に輻射に変換されたとして計算した場合より、何桁も大きくなり得る。それゆえ、再加熱温度自体はそれほど高くはないけれども、熱平衡に達する前に、特異な現象が起こる可能性がある。例えば、対称性の回復や、それに関連するが、位相的欠陥の形成、そして、インフラトンよりも重い粒子の生成が挙げられる。 この論文で、我々は特に、対称性の回復とその後その対称性が破れることによる位相的欠陥の生成に注目し、その詳細な解析をした。もし位相的欠陥が再加熱期に作られれば、たとえインフレーション以前の不要な位相的欠陥がインフレーションによって密度が薄められたとしても、宇宙論的問題になり得る。そこで、一般にインフレーション後の再加熱期の対称性の回復と位相的欠陥の形成の有無をまず平均場近似に基づいて計算を行った。この場合、揺らぎの振幅の成長は十分起きたが、位相的欠陥のできる対称性の破れのスケールは大統一理論のスケールよりも低くなった。ただし、平均場近似では散乱の効果を完全に取り入れることが出来ないので、準古典近似をして、実空間で格子計算を新たにした。この近似は、パラメータ共鳴とその後の散乱過程において、各モードの占有数が大きくなることで正当化できるものである。格子のサイズが位相的欠陥の大きさよりも小さく、かつ、計算の最後で箱のサイズがホライズンの大きさよりも大きくならねばならないことより、非常に大きな格子数(4096)が必要であった。これにより、位相的欠陥を特定でき、ホライズン当たりの数について議論できるようになった。論文では、特に、位相的欠陥の中で宇宙ひもをとりあげている。自己相互作用しかないようなワイン瓶の底の形をしたポテンシャル(||2-2)2を持つ模型で考えると、揺らぎの振幅はパラメータ共鳴によって、一様場の大きさとほぼ同程度になる。単純に考えれば、位相的欠陥がつくられるためには、パラメータ共鳴によってこの様な非常に大きなゆらぎが生成されれば対称性を回復するようなポテンシャルの形になる。しかし、一様場がそれなりに振動していることを考えると、それだけでは不十分で、計算の結果、位相的欠陥の生成にはゆらぎの散乱過程が重要で、それが十分に効き、誘導現象によってインフラトンが完全散乱され、崩壊しなければならないことを示した。そして、対称性の破れのスケールが=3×1016GeVよりも大きいと、位相的欠陥はつくられない事が分かった。また、=1016GeVではホライズン当たり10のオーダーの個数ができた。特に宇宙ひもの場合は、破れのスケールが大統一理論のスケールであると、インフレーション中のインフラトンの量子揺らぎに加えて、宇宙の密度揺らぎの種になり得て、大規模構造の形成に役立つ可能性がある。 また、我々は上の一般的な宇宙ひもの生成機構を考慮して、カオス的インフレーション宇宙におけるアクシオン模型を考えた。観測から許される等曲率揺らぎの大きさを生成するくらいの一般に期待されるアクシオンの崩壊定数で考えると、ペッチャイ・クイン対称性が破れるとき、アクシオンひもが生成され、それによって、QCDスケールにおいてアクシオンが質量を獲得した時にこの宇宙ひもにくっついたドメインウォールがつくられ、ひもと壁の組合わさった複雑な構造物の密度が宇宙の臨界密度を遥かに越えてしまうことが分かった。それゆえ、カラーアノマリー因子N=1の模型(例えばハドロニックアクシオン模型)だけが許されるという結論を導き出した。 さらに、アフレック=ダイン場の運動に対して、パラメータ共鳴がどのように揺らぎ生成にかかわっているのかを考察した。その結果、今まで考えてられてきた揺らぎのスケールよりも小さいスケールの揺らぎができる可能性があり、Bボール(ソリトン解)の形成の有無に関して、今後、きちんと議論できるようになると思われる。 この様に、インフレーション宇宙理論の枠組で考えられるようなスカラー場の運動をパラメータ共鳴の効果を考慮して調べてきた。その結果、以前までには知られなかった、幾つかの興味深い物理現象があることが分かった。超対称性理論ではスカラー場は非常に多く存在するので、その宇宙論的問題について、何か新しい進展のきっかけを見出すのが今後の課題だと思われる。 |