No | 114033 | |
著者(漢字) | 加藤,岳生 | |
著者(英字) | Kato,Takeo | |
著者(カナ) | カトウ,タケオ | |
標題(和) | 摩擦のある量子系におけるダイナミクスと熱力学 | |
標題(洋) | Dynamics and Thermodynamics of Dissipative Quantum Systems | |
報告番号 | 114033 | |
報告番号 | 甲14033 | |
学位授与日 | 1999.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3522号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年の実験技術の進歩によって、摩擦のある巨視的な系に対する量子効果についての研究が盛んに行なわれてきている。特にジョセフソン接合系における巨視的量子現象は、実験条件を人工的によくコントロールできることから、詳しい研究が行なわれてきた。このような系に、空間的な多自由度性がある場合や、強束縛モデルにマップした場合など、より複雑な状況において、量子効果がどのように発現するかに着目して、摩擦のある量子系についての詳しい理論的研究を行なった。研究は次の三つの量子系に対して行なった。以下でそれぞれの研究についての着眼点、方法、およびその結果について要約する。 (1)ジョセフソン接合の接合面積が大きくなり、接合間の超伝導位相差が空間依存性を持つようになると、位相差のダイナミクスはより複雑なものになる。このとき、位相差はサイン-ゴルドン方程式で記述され、フラクソンと呼ばれるソリトン(磁束量子)が接合に沿って動いていくことが知られている。フラクソンの古典力学的な振舞いについては多くの実験で観測されている。一方フラクソンの量子力学的な効果としては、HermonらによるフラクソンのAharanov-Casher効果による干渉型実験が理論的に提案されているにすぎず、また現在までのところ実験で観測されてはいない。ここでは、他の量子効果としてフラクソンの量子トンネル効果に注目し理論的な考察を行なった。 まず摂動サイン-ゴルドン方程式から、古典的な摂動論を使って、フラクソンに対する運動方程式を導出した。この運動方程式はフラクソンに対する摩擦の項を含んでいる。そこでCaldeira-Leggettの理論に従って、位相にカップルした無数の調和振動子を導入し、散逸の影響を記述した。さらに経路積分形式で得られるフラクソンの有効作用から、Langerの方法によって準安定状態からのトンネル確率の定式化を行なった。さらにNbジョセフソン接合を想定して適当な実験条件を仮定し、具体的にトンネル確率を計算した。その結果、実験で測定できる程度のトンネル確率(〜104[l/s])が得られることがわかった。 さらに、ピン止めの場所を二ヶ所に増やし、フラクソンに対して二重井戸型の有効ポテンシャルを作った場合も考察した。このとき、井戸を隔てるポテンシャル障壁を通過する量子トンネル効果によって、井戸の底の準位は2つにわかれ、一方の井戸から出発したフラクソンの位置の期待値は、2つの井戸の間を振動する。このような現象は巨視的量子コヒーレンスとよばれる。長いジョセフソン接合で巨視的量子コヒーレンスを観測するのに必要な実験条件をCaldeira-Leggettモデルを用いて評価した。その結果、適当な実験条件下で巨視的量子コヒーレンスが観測可能であるとの結論を得た。 以上の結果に加え、長いジョセフソン接合では接合に加工を施すことによって、さまざまな状況をつくり出すことが可能である。今後、フラクソンの量子効果を始めとした、さまざまな実験がこの系に対して行なわれることを期待する。 (2)接合と呼ばれるジョセフソン臨界電流が負となる接合を含む長いジョセフソン接合における超伝導位相差の振る舞いについて研究した。このような接合は、d波対称性をもつ超伝導体の境界ジョセフソン接合において実現できる。例えば銅酸化物超伝導体で観測できる可能性がある。位相差の振る舞いはサイン-ゴルドン方程式によって記述されているために、空間の自由度を反映した多体効果が期待される。具体的には長さ2aの接合を含む長いジョセフソン接合を考察した。 まず接合の長さが十分長い時には、接合の両端にそれぞれ反対の向きの磁束を持つ渦糸が自発的に生じることがわかる。その渦糸の磁束の大きさのaに対する変化を示したのが図1である。ここでaはジョセフソン侵入長Jによってスケールしてあり、は渦糸の磁束の大きさに比例した量である。aが十分大きいとき、=となり、二つの渦糸が単位磁束0の半分の磁束を担っている。一方aを小さくしていくと、a/J=0.79のところで二つの磁束は消滅することがわかる。この振る舞いは、接合に生ずる渦糸の大きさを正確に決める方法として役立つと考える。さらに磁束の方向を逆転させるのに必要な外部電流Icと接合の臨界電流I0との比fc=Ic/I0の計算結果も図1に示した。fcはaが大きいときには、2/に近く、磁束の変化と同様にa/J=0.79でfc=0となる。さらに磁束が反転するときに生ずる電圧の大きさの見積もりも行なった。これらの計算から、接合の電流の制御および電圧の測定のみから、磁束の反転を制御することが原理的に可能であることがわかる。 さらに、磁束の反転を記述する有効ハミルトニアンを構成し、それに基づいて量子トンネル効果による磁束の反転についても考察を行なった。散逸の影響を考慮に入れ、観測のための実験条件を評価した。その結果、高品質の接合に対しては巨視的量子トンネル効果が観測されることが期待されることがわかった。 (3)熱浴を多数の調和振動子によって代表させる現象論的モデル(Caldeira-Leggettモデル)は、さまざまな物理系に応用され、研究が行なわれてきた。例えば二状態系の問題では、粒子の量子力学的なコヒーレンスが散逸によってどのように抑制されるかについて、詳細な研究が行なわれている。しかしながら、二状態系を多状態系に、すなわち一次元格子上に定義された一粒子強束縛モデルに拡張した場合は、解析がより困難になり、詳しい計算がなされていないのが現状である。この系では、散逸が十分強い場合には、粒子はインコヒーレントなホッピング運動を起こし、一方散逸が弱い場合には、十分低温で量子力学的な拡散が起こると予想される。この系において、比熱、状態密度および光学伝導度について計算を行なった。特に散逸が弱い場合について、解析的な計算を行ない、粒子の熱力学や伝導特性が散逸によってどのような影響を受けるかを詳しく調べた。 Caldeira-Leggettモデルでは、散逸の性質はスペクトル関数J()によって記述される。任意のスペクトル関数に対して、次の三つの場合についての解析的な計算を行なった。 ・格子の間隔を0にする適当な連続極限で、この系は単に古典的運動方程式によって記述される一粒子モデルに還元される。この場合は、すべてのスペクトル関数J()について計算が可能であり、スペクトル関数の関数形によって、さまざまな形状の光学伝導度が得られる。特にJ()=A3(A,sは定数)としたとき、2 ・散逸の弱い場合には、経路積分表示を用いることで、一粒子強束縛モデルを相互作用する古典の統計力学におきかえた後、弱結合で正しい近似となるDebye-Huckel近似を適用することができる。その結果、任意の温度について、比熱および光学伝導度のいずれに対しても解析的な表式を得ることができた。また、連続極限で得られた結果を正しく再現することを確かめた。 ・スペクトル関数の指数が0 以上の定式化に基づき、スペクトル関数J()がに比例する場合(Ohmic散逸)について、特に詳しい計算を行なった。その結果を図2に示す。ここで温度Tは、有効遷移振幅eff(バンド幅に比例)で規格化されている。散逸のない場合には、比熱Cは温度T=0に向かって有限の値を持つが、散逸を導入すると無次元化された摩擦の強さKが増加するに従って比熱は低温で抑制され、いずれもT=0で比熱が0となる。この変化は状態密度D()を計算することによって、より明確になる。状態密度D()は図2(b)に示されるように、散逸がない場合にはバンドの底を=0として、状態密度は-1/2に比例した振舞いをしているが、散逸を導入すると=0の近くで状態密度が減り、=0にデルタ関数のピークが生ずる。この振舞いは、散逸によって粒子の分散がバンドの底で平らになることを示唆しており、実空間で波動関数が局在していると予想される。 Ohmic散逸で散逸の弱い場合について、温度T=0での光学伝導度()を計算すると、図3(a)のようになり、基本的に素朴なDrude理論で導出されるローレンツ型の光学伝導度に近い結果を与える。しかし高振動数側では、無次元化された散逸の強さKによって、()〜-2+2Kとなり、ローレンツ型(()〜-2)からのずれがある。また温度を上げていくと、図3(b)に示されるように、光学伝導度の高振動数側は一定であるのに対し、低振動数側は温度Tに依存し、特にDC=(→0)(直流伝導度)は、低温側でDC=-AT2(,Aは定数),高温測でDC〜T2K-2のように振舞うことがわかった。 ここで考察したモデルは、代表的な強相関モデルである近藤モデルを拡張したモデルと等価であることを理論的に厳密に示すことができる。特に低温側における伝導度の振舞いは、近藤効果と関連があり、実験的な検証を考えることには、意義あることである。そこでOhmicな摩擦で得られた結果について、抵抗つきのジョセフソン接合系への応用を議論した。その結果、適当な実験条件のもとで、理論結果を定性的に検証可能であることがわかった。 | |
審査要旨 | 近年の実験技術の進歩によって,ジョセフソン接合系における巨視的な量子効果についての研究が盛んに行なわれてきている.巨視的な系では,孤立系とは異なり外界との相互作用による摩擦あるいは散逸の効果が重要である.この論文では,空間的な多自由度性がある場合や,強束縛模型に帰着させた場合など,より複雑な状況において,量子効果がどのように発現するかに着目して,散逸のある量子系についての詳しい理論的研究を行なった. 1981年,Caldeira-Leggettはトンネル現象に対する散逸の効果を議論したが,その際,粒子が仮想的な格子振動と相互作用するという模型を導入した.この模型では,散逸の効果は格子振動のスペクトル関数(振動数だけの関数)だけで記述される.古典的な粒子の運動が速度に比例した摩擦を受ける場合のニュートン方程式に帰着することを要請すると,スペクトル関数は振動数に比例し,その比例係数が摩擦の大きさを決定することになる.この論文でもこのような模型を踏襲した. この論文で考察したのは次の3種類の場合である.それぞれの場合において,量子効果とそれに対する散逸の効果が観測される条件を具体的に明らかにした. (1)長いジョセフソン接合における磁束を伴ったソリトン励起の量子トンネル効果と量子コヒーレンス. (2)接合と呼ばれるジョセフソン結合定数が負となる接合を含む長いジョセフソン接合における超伝導位相差の振る舞いと量子効果. (3)ジョセフソン接合の直流及び交流の電流・電圧特性に現れる散逸の効果.そのために,系を散逸のある一次元格子模型に帰着させ,そこでの電気伝導度をはじめさまざまな物理量を計算した. この論文は4章よりなる.第1章では,散逸のある量子系のCaldeira-Leggett模型やインスタントンの導入を行うとともに,ブラウン運動,トンネル効果,2準位系の熱力学的性質と量子振動,1次元周期系など,関連したこれまでの研究についてまとめている.さらに,巨視的な量子系と考えられる微小ジョセフソン接合系,長いジョセフソン接合系,金属における重い粒子(例えばミュー中間子)の運動などを導入し,そこでの量子効果や散逸効果の大きさを特徴づけるパラメータなどについて議論を加えている.第2章と第3章がこの論文の主要な部分であり,最後の第4章は得られた結果の簡単な要約である.以下に第2章と第3章の内容を示す. 第2章では長いジョセフソン接合のソリトン型の励起について考察した.長いジョセフソン接合における接合間の超伝導位相差は1次元のサイン-ゴルドン方程式で記述される.そのため,接合に沿って運動するソリトン励起が存在する.この励起は磁束量子を伴うためにフラクソンと呼ばれる.空間的な不均一があるとフラクソンはある位置にピン止めされるが,接合を流れる電流を増加すると,ある臨界電流でピン止めがはずれ動き出す.この場合のトンネル効果を具体的に計算し,実験的に観測され得ることを示した.さらに,ピン止めの場所を二ケ所に増やし,フラクソンが有効二重井戸型ポテンシャルに閉じこめられる場合も考察した.このとき,井戸を隔てるポテンシャル障壁を通過する量子トンネル効果によって,フラクソンは2つの井戸の間を振動する.適当な実験条件下でこの巨視的量子コヒーレンスが観測可能であるとの結論を得た. 第2章では,有限の長さの接合を含む長いジョセフソン接合における超伝導位相差の振る舞いについても研究した.その結果,接合の長さが十分長い時には,接合の両端にそれぞれ反対の向きの磁束を持つ渦糸が自発的に生じ,長さの減少にともない磁束が連続的に減少し,ある臨界長さで磁束が消滅することを示した.さらに,磁束の反転を記述する有効ハミルトニアンを構成し,それに基づいて量子トンネル効果による磁束の反転についても考察を行なった.その結果,散逸効果の少ない高品質の接合に対しては巨視的量子トンネル効果が観測され得るとの結論を得た. 第3章では,微小ジョセフソン接合系と等価な散逸のある一次元格子上の粒子系を考察した.特に,散逸の弱い場合には,経路積分表示を用いることにより長距離相互作用する古典粒子系に置き換え,さらに弱結合で正しい近似となるDebye-Huckel近似を適用して,比熱,状態密度,光学伝導度について計算を行なった.得られた結果は散逸のスペクトル関数の形状や散逸の強度により特徴的な変化を示す.光学伝導度はジョセフソン接合系の交流の電流・電圧特性を与えるが,散逸の効果が接合の抵抗の温度変化と振動数依存性として観測可能であるとの結論を得た. 以上,この論文では,種々の巨視的量子系において散逸の効果の詳しい理論的研究を行ない,その観測可能性について具体的な提案を行った.このように,本論文は博士(理学)の学位論文としてふさわしい内容をもつものとして,審査員全員が合格と判定した. | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54679 |