1958年に、Andersonは大きさに不規則性があるポテンシャルエネルギーによって系の中の電子が局在することを発見した。以来、不純物を含む系における電子の振る舞いについて多くの研究がなされてきた。この電子の局在は、(不純物に由来する)空間的に不規則な大きさをもつポテンシャルエネルギーにより電子が散乱されることが原因であるが、特に一次元や二次元の低次元系については、一般に電子は全て局在することがスケーリング理論などによって示されている。しかしながら、これらの次元の系についてもいくつかの例外が存在することが知られている。 例えば、二次元系である量子ホール系もその一つであり、この系では、異なるプラトー間の転移にみられるようにように局在-非局在転移が起こっていて、そのメカニズムについてこれまで盛んに研究されてきた。整数量子ホール効果における転移については、その局在-非局在転移のメカニズムについては、(半古典的な有効理論ではあるが)次のようなネットワークモデルを使うと理解しやすい。強磁場中では、(半古典的には)電子は不純物の形成するポテンシャルエネルギーの等高線を周回している。このとき、電子はフェルミ粒子であるので、低い方からポテンシャルエネルギーの谷を埋め尽くしていく。エネルギーが低ければ軌道は離れているので電子はその軌道上で局在しているが、あるエネルギー領域に達した電子の軌道にはお互いに近づいた部分が生じ、トンネル効果によって電子が隣の軌道に移ることができるようになる。このように特定のエネルギーでは、電子は軌道を順々に渡っていくことによって全空間に浸透することができる。しかし、このネットワークモデルに基づく解析は、数値計算的にはさまざまな研究が報告されているが、解析的な計算は容易でないことが知られている。 一方で、近年、一次元のランダムホッピングタイトバインディング模型(RHTB模型) に関しても、エネルギーがゼロ付近の粒子が非局在化されることが報告されている。(tnは不規則な値をとる重なり積分、cnはサイトnにおける粒子の消滅演算子である)この模型は、不純物Znを含む酸化物CuGeO3におけるスピン系などを記述するスピンパイエルス模型と等価であることが知られている(スピンの上下が粒子の存在の有無と対応する)。RHTB模型やスピン-パイエルス模型は、並んでいる原子の列の上での離散的なモデルであるが、実際の計算には、過去の研究に倣い、より解析的に扱いやすい、連続化された、不規則な「質量」をもつディラック模型 を取り扱った。(これは、元の離散的なモデルのフェルミエネルギー付近での有効理論であり、二次元ネットワークモデルを量子場で記述したものの一次元系トイモデルにもなっている。)このモデルについての解析的研究は、不純物の分布が各点で相関がない、すなわち を満たすホワイトノイズ的な不規則性をもつ場合についてのものが多く、エネルギーにおける、状態密度()と粒子の空間的広がりの指標となる局在長が、L.BalentsとM.P.A.Fisherによる研究などにより と求められている。これによって、=0のとき局在長は発散し、粒子が非局在化されることがわかる。 このホワイトノイズ的な不規則性は、不純物と置き換えられる原子の数の比(上のスピンパイエルス系の例で述べた不純物Znを含む酸化物CuGeO3でいうところの、ZnとCuの濃度の比)が1:1の場合に対応している。しかし、実際の試料では不純物濃度がある程度低い場合が多く、その場合は不規則性は空間的相関をもつと考えられる。(また、不規則性の大きさについてもホワイトノイズ的な場合のような無限大に発散している場合より、有限の大きさを持つ場合の方が現実的であると考えられる。)よって、我々は、上の一次元モデルにそのようなホワイトノイズ的ではない相関を持つ不規則性を導入し、粒子の非局在化の振る舞いがどのような変更をうけるかについて研究した。不規則性については、距離にわたり指数関数的に減衰する相関、 があると仮定した。これは、→0という極限をとることによって、上に上げたホワイトノイズ的な不規則性に戻るものである。 一般に不規則性を持つ系の物理量の計算は困難であるが、計算の方法としてレプリカ法やBerezinskiiのダイアグラム法などが知られている。我々は、L.BalentsとM.P.A.Fisherの研究に倣い、粒子の場(フェルミオン場)の対になるボゾン場を導入し、物理量の相関関数の計算を簡単化する超対称性を用いる方法を採用した。我々はこれを利用することによって、我々が考える不規則性のもとでは、理論を記述する空間移動の生成演算子である伝達ハミルトニアンHが、調和振動子と結合する超対称化されたスピンで構成されることを示した(第二章)。 長さLの系にある電子の状態密度や局在長は、電子の平均単粒子相関関数 より与えられるが、十分に広い系ではこの中の伝達ハミルトニアンの超対称性不変な「真空」状態と電子-粒子「励起」状態に関係する寄与が支配的である。これらの状態は、超対称化されたスピンのz成分の固有状態と調和振動子の固有状態の直積で展開することで、真空状態や励起状態を求める式を漸化式として書き表すことができる。我々は、不規則性の相関にふくまれるパラメータの次数で各項を分類・分離することにより、この漸化式をより解きやすい方程式に変形し、その解を求めた。さらに、求まった解を用いて、状態密度()と局在長をgについてそれぞれ三次と一次まで求めた。この結果として得られた状態密度()と局在長は、 となる。この状態密度は、不規則性の相関が増えることによって、局在長が長くなる低いエネルギーに状態が集まる傾向にあることを示している。また、局在長については、得られたの一次までに関しては、について増大関数になっている。これは、の変化による状態密度の振る舞いとコンシステントである。以上のことから、一次元のRHTB模型では、不規則性が減少することによって局在化が弱められ、粒子が広がりやすくなることが分かった。また、我々は、系のスケーリングの性質もしらべ、状態密度や局在長などのスケーリングによる変換則も調べた。(第三章) さらに、我々はコンピュータによる数値計算の結果と比較することによって以上の結果を検証した。式(7)を実現する不規則性m(x)としては、幅が指数分布に従い連続的に並ぶ矩形型を採用した。これは、不純物を含むスピンパイエルス模型で考えられる不規則性に対応している。我々の解析的な計算では、m(x)について、その相関だけを指定し、具体的な関数型は指定しなかったが、我々は、充分大きな系でかつ充分多くの系について平均をとることによって、この形に限定しても結果は大きく左右されないであろうと仮定した。まず、式(2)の運動方程式である一次元不規則質量ディラック方程式の一粒子解を数値計算によって求め、そこから分かる状態数のエネルギー分布と解析的に得られる状態分布を比較した。これによって、より広いエネルギー領域で両者のエネルギー依存性が一致することが示された。また、解析的に得た結果から、充分小さいエネルギーでは状態密度と局在長の積はエネルギーによらず一定であることがの一次までについて示されるのでその理由について考察した。粒子の波動関数は隣り合うノード間の幅一つ分程度に局在することが数値計算の結果からみてとれる。このことと、ノードがそれらの並び順を保ちつつ一様に分布しているとしたときのノード間の幅の平均値を求めることによって上の結果が理解されることを示した。(第四章) また、結論の章では、以上の結果をまとめた後、これらの結果がスピンパイエルス系ではどのように解釈できるか考察した。実験により報告されているスピンパイエルス系の磁性に関する相図のうち、不純物濃度が比較的高い部分については、不純物が減ると反強磁性体になり易い傾向があることが示されているが、我々の結果は、これに対応していると考えられる。また、量子ホール効果との対応についても次元に基づき考察した。(第五章) |