学位論文要旨



No 114035
著者(漢字) 木村,昌臣
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,マサオミ
標題(和) 一次元中の非局所相関をもつ乱雑系と非局在化
標題(洋) Nonlocally-Correlated Disorder and Delocalization in One Dimension
報告番号 114035
報告番号 甲14035
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3524号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,秀夫
 東京大学 助教授 筒井,泉
 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 教授 樽茶,清悟
 東京大学 教授 塚田,捷
内容要旨

 1958年に、Andersonは大きさに不規則性があるポテンシャルエネルギーによって系の中の電子が局在することを発見した。以来、不純物を含む系における電子の振る舞いについて多くの研究がなされてきた。この電子の局在は、(不純物に由来する)空間的に不規則な大きさをもつポテンシャルエネルギーにより電子が散乱されることが原因であるが、特に一次元や二次元の低次元系については、一般に電子は全て局在することがスケーリング理論などによって示されている。しかしながら、これらの次元の系についてもいくつかの例外が存在することが知られている。

 例えば、二次元系である量子ホール系もその一つであり、この系では、異なるプラトー間の転移にみられるようにように局在-非局在転移が起こっていて、そのメカニズムについてこれまで盛んに研究されてきた。整数量子ホール効果における転移については、その局在-非局在転移のメカニズムについては、(半古典的な有効理論ではあるが)次のようなネットワークモデルを使うと理解しやすい。強磁場中では、(半古典的には)電子は不純物の形成するポテンシャルエネルギーの等高線を周回している。このとき、電子はフェルミ粒子であるので、低い方からポテンシャルエネルギーの谷を埋め尽くしていく。エネルギーが低ければ軌道は離れているので電子はその軌道上で局在しているが、あるエネルギー領域に達した電子の軌道にはお互いに近づいた部分が生じ、トンネル効果によって電子が隣の軌道に移ることができるようになる。このように特定のエネルギーでは、電子は軌道を順々に渡っていくことによって全空間に浸透することができる。しかし、このネットワークモデルに基づく解析は、数値計算的にはさまざまな研究が報告されているが、解析的な計算は容易でないことが知られている。

 一方で、近年、一次元のランダムホッピングタイトバインディング模型(RHTB模型)

 

 に関しても、エネルギーがゼロ付近の粒子が非局在化されることが報告されている。(tnは不規則な値をとる重なり積分、cnはサイトnにおける粒子の消滅演算子である)この模型は、不純物Znを含む酸化物CuGeO3におけるスピン系などを記述するスピンパイエルス模型と等価であることが知られている(スピンの上下が粒子の存在の有無と対応する)。RHTB模型やスピン-パイエルス模型は、並んでいる原子の列の上での離散的なモデルであるが、実際の計算には、過去の研究に倣い、より解析的に扱いやすい、連続化された、不規則な「質量」をもつディラック模型

 

 を取り扱った。(これは、元の離散的なモデルのフェルミエネルギー付近での有効理論であり、二次元ネットワークモデルを量子場で記述したものの一次元系トイモデルにもなっている。)このモデルについての解析的研究は、不純物の分布が各点で相関がない、すなわち

 

 を満たすホワイトノイズ的な不規則性をもつ場合についてのものが多く、エネルギーにおける、状態密度()と粒子の空間的広がりの指標となる局在長が、L.BalentsとM.P.A.Fisherによる研究などにより

 

 と求められている。これによって、=0のとき局在長は発散し、粒子が非局在化されることがわかる。

 このホワイトノイズ的な不規則性は、不純物と置き換えられる原子の数の比(上のスピンパイエルス系の例で述べた不純物Znを含む酸化物CuGeO3でいうところの、ZnとCuの濃度の比)が1:1の場合に対応している。しかし、実際の試料では不純物濃度がある程度低い場合が多く、その場合は不規則性は空間的相関をもつと考えられる。(また、不規則性の大きさについてもホワイトノイズ的な場合のような無限大に発散している場合より、有限の大きさを持つ場合の方が現実的であると考えられる。)よって、我々は、上の一次元モデルにそのようなホワイトノイズ的ではない相関を持つ不規則性を導入し、粒子の非局在化の振る舞いがどのような変更をうけるかについて研究した。不規則性については、距離にわたり指数関数的に減衰する相関、

 

 があると仮定した。これは、→0という極限をとることによって、上に上げたホワイトノイズ的な不規則性に戻るものである。

 一般に不規則性を持つ系の物理量の計算は困難であるが、計算の方法としてレプリカ法やBerezinskiiのダイアグラム法などが知られている。我々は、L.BalentsとM.P.A.Fisherの研究に倣い、粒子の場(フェルミオン場)の対になるボゾン場を導入し、物理量の相関関数の計算を簡単化する超対称性を用いる方法を採用した。我々はこれを利用することによって、我々が考える不規則性のもとでは、理論を記述する空間移動の生成演算子である伝達ハミルトニアンHが、調和振動子と結合する超対称化されたスピンで構成されることを示した(第二章)。

 長さLの系にある電子の状態密度や局在長は、電子の平均単粒子相関関数

 

 より与えられるが、十分に広い系ではこの中の伝達ハミルトニアンの超対称性不変な「真空」状態と電子-粒子「励起」状態に関係する寄与が支配的である。これらの状態は、超対称化されたスピンのz成分の固有状態と調和振動子の固有状態の直積で展開することで、真空状態や励起状態を求める式を漸化式として書き表すことができる。我々は、不規則性の相関にふくまれるパラメータの次数で各項を分類・分離することにより、この漸化式をより解きやすい方程式に変形し、その解を求めた。さらに、求まった解を用いて、状態密度()と局在長をgについてそれぞれ三次と一次まで求めた。この結果として得られた状態密度()と局在長は、

 

 となる。この状態密度は、不規則性の相関が増えることによって、局在長が長くなる低いエネルギーに状態が集まる傾向にあることを示している。また、局在長については、得られたの一次までに関しては、について増大関数になっている。これは、の変化による状態密度の振る舞いとコンシステントである。以上のことから、一次元のRHTB模型では、不規則性が減少することによって局在化が弱められ、粒子が広がりやすくなることが分かった。また、我々は、系のスケーリングの性質もしらべ、状態密度や局在長などのスケーリングによる変換則も調べた。(第三章)

 さらに、我々はコンピュータによる数値計算の結果と比較することによって以上の結果を検証した。式(7)を実現する不規則性m(x)としては、幅が指数分布に従い連続的に並ぶ矩形型を採用した。これは、不純物を含むスピンパイエルス模型で考えられる不規則性に対応している。我々の解析的な計算では、m(x)について、その相関だけを指定し、具体的な関数型は指定しなかったが、我々は、充分大きな系でかつ充分多くの系について平均をとることによって、この形に限定しても結果は大きく左右されないであろうと仮定した。まず、式(2)の運動方程式である一次元不規則質量ディラック方程式の一粒子解を数値計算によって求め、そこから分かる状態数のエネルギー分布と解析的に得られる状態分布を比較した。これによって、より広いエネルギー領域で両者のエネルギー依存性が一致することが示された。また、解析的に得た結果から、充分小さいエネルギーでは状態密度と局在長の積はエネルギーによらず一定であることがの一次までについて示されるのでその理由について考察した。粒子の波動関数は隣り合うノード間の幅一つ分程度に局在することが数値計算の結果からみてとれる。このことと、ノードがそれらの並び順を保ちつつ一様に分布しているとしたときのノード間の幅の平均値を求めることによって上の結果が理解されることを示した。(第四章)

 また、結論の章では、以上の結果をまとめた後、これらの結果がスピンパイエルス系ではどのように解釈できるか考察した。実験により報告されているスピンパイエルス系の磁性に関する相図のうち、不純物濃度が比較的高い部分については、不純物が減ると反強磁性体になり易い傾向があることが示されているが、我々の結果は、これに対応していると考えられる。また、量子ホール効果との対応についても次元に基づき考察した。(第五章)

審査要旨

 本論文は5章からなり、1章は序、2章は1次元不規則フェルミ粒子系の模型、3章は状態密度と局在長の解析的計算、4章は数値実験との比較、5章は結論を述べている。

 結晶中では電子の波動関数は平面波的に広がる、というBlochの電子論は固体物理学の基礎の一つであるが、1958年にAndersonが、不規則性をもつ固体においては波動関数が空間的に局在し得ることを発見して以来、不規則電子系について多くの研究がなされてきた。1979年に局在のスケーリング理論が提出され、局在問題には系の空間次元によって著しく異なること、系の対称性により局在がユニバーサリティーをもつことが期待される、などが認識された。特に一次元、二次元の低次元系については、一般には電子は全て局在することがスケーリング理論によって示唆される。しかし、これらの次元の系についてもいくつかの例外が存在することが知られている。二次元系である量子ホール系もその一つであり、この系では、非局在転移がエネルギー軸上の一点で起こるという特異な状況になっており、そのメカニズムについてこれまで盛んに研究されてきた。このように、一般に低次元系における非局在は興味深い問題となる。

 一方、局在問題においては、不規則系を扱うために、不規則性の大きさが与えられても、それを実現する試料は無数にあり、物理量はそれらの集団平均(ensemble average)をとらねばならない点が規則系より扱いに注意を要するところである。この平均を、場の理論に有効的に系を写像した上で、或る補助場を導入し、その補助場に関する積分の形で実行することもできる。特に、超対称(supersymmetric;SUSY)場を導入することはEfetov等により3次元系に対して提案されている。

 これを、低次元にも拡張することも試みられており、特に、2次元の量子ホール系の半古典的な有効理論であるネットワーク模型にも適用されている。ネットワークというのは、強磁場中では、半古典的には電子が不純物の形成するポテンシャルエネルギーの等高線を周回している。エネルギーが低ければ軌道は低い谷に捉えられ局在しているが、=0に近づくと軌道は広がり、トンネル効果によって電子が隣の軌道に移れるようになる。しかし、このネットワーク模型に基づく解析は、解析的な計算が容易でない、局在・非局在転移点を調べられない、などの困難があることが知られている。低次元を解析的に扱う試みの一つとして、直接は量子ホール系の模型でないが、2次元で不規則な磁場の中を動くディラック粒子の問題も考えられている。特に、その1次元版といえるのが、ランダムなホッピングをもつ1次元tight-binding模型である。この系は、1次元において電子の演算子とスピン演算子を結ぶJordan-Wigner変換を通して、ランダムな交換相互作用をもつ1次元XXスピン系とも等価である。したがって、非磁性不純物Znを含む磁性酸化物CuGeO3におけるスピン系などを記述するスピン・パイエルス模型と呼ばれるものを扱えることが提案されている。

 この系に対しては、局在の長さがエネルギー=0にむかって発散することが知られていた。Balents-Fisherは1997年に、この問題をSUSY場を用いて解析することを提案し、様々な物理量を求めた。そこでは、系を連続極限にもってゆき、不規則な質量m(x)をもつディラック模型に写像する。これは、元の格子模型のフェルミ・エネルギー付近での有効理論である。

 Balents-Fisherは、不純物の分布が各点で相関がない、すなわち〈m(x)m(y)〉=g(x-y)を満たすホワイトノイズ的な不規則性をもつ場合を調べ、エネルギーにおける、状態密度()と局在長を解析的に求めた。これによって、=0の近傍で局在長∝|ln|2や状態密度()∝1/|ln|3は確かに発散することがわかる。

 しかし、このホワイトノイズ的な不規則性は、数学的には一つの極限であり、一般の場合に局在長の特異な振る舞いがどのようになるかに興味がもたれる。現実の物理系との関連でも、上のスピン・パイエルス系の例でいえば、ホワイトノイズは、不純物(Zn)が元の原子(Cu)を半分置き換えた場合に対応している。つまり不純物は、スピンが↑↓…という秩序が↓↑…となるような位相がずれる点を生じさせるように働くが、これが格子間隔の程度でランダムに存在する場合に対応する。しかし、実際の試料では不純物濃度が低い場合に既に、興味深いスピン状態の変化が実験的に観測されており、このように疎らにある不純物の場合は、空間的相関をもつ不規則性が対応すると考えられる。このような動機に基づき、論文提出者は、上の一次元モデルに、〈m(x)m(y)〉=(g/2)exp(-|x-y|/)のような相関を持つ不規則性を導入し、粒子の非局在化の振る舞いがどのような変更をうけるかについて研究した。→0の極限がホワイトノイズに対応する。

 計算は、Balents-FisherのSUSYを用いた方法に倣うが、相関のある不規則性を扱うために、新たな技法が必要となる。これに対して論文提出者は、伝達ハミルトニアンが、調和振動子と結合する超対称化されたスピンで構成されることを提案し、計算を実行した。すなわち、1粒子グリーン関数に対して、伝達ハミルトニアンの超対称性不変な真空状態と励起状態からの寄与を、超対称化されたスピンの固有関数と調和振動子の固有関数の直積で展開することにより、解析的に求めた。

 これにより、状態密度()はの3次まで、局在長の1次まで求めた。結果は、不規則性の相関が増えると、長い局在長をもつ低エネルギー状態に状態が集まる傾向を示す。局在長については、の増加関数になっている。以上から、一次元のランダムなホッピングをもつtight-binding模型では、不規則性の相関があると局在が弱められることが分かった。また、局在長などが、不規則性の相関長やエネルギーのスケールを変えたときにどのようにスケーリングするか、という変換則も調べられた。

 以上での扱いは、=0の十分近傍では正しいが、どの程度近傍かは分からない。また、についての展開の最初の数項のみをとる妥当性も自明ではない。この観点からさらに、コンピュータによる有限系の数値計算を用いて、平均状態密度と固有関数を求めた。これにより、広いエネルギー領域で状態密度の解析解と数値解のエネルギー依存性が一致することが確認された。また、解析的に得た結果から、=0近傍では積分状態密度と局在長の積は一定であることがの一次までについて示されるので、その理由を、数値的に得られた固有関数のノードの分布から考察した。

 結論の章では、以上の結果が、スピン・パイエルス系で不純物濃度を0.5から減らすとスピン相関が増えるという実験結果とコンシステントであることが述べられた。但し、量子ホール効果との対応については、二次元ネットワークモデルの一次元トイモデルなので、直接対応させることは難しいと思われる。

 以上のように、本学位論文では、1次元不規則系の特異な局在の振る舞いに焦点を当て、従来より現実的な場合を理論的に考察し、(i)有限な相関長をもつ不規則性の場合にもSUSYを用いるような場の理論の技法において集団平均がとれる、(ii)特異な局在および状態密度の振る舞いが不規則性が相関をもつために受ける変更を求められる、(iii)スピン・パイエルス系など現実の系と対応する可能性がある、という新しい知見が得られた。なお、本論分の一部は一瀬郁夫氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、審査員全員により、博士(理学)を授与できると認める。

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