はじめに 宇宙の最初のX線星の発見以来、これまでに原始星、高密度連星系、超新星残骸、星間高温ガスなどいろいろの種類の系内天体からX線が発見されている。しかし銀河系全体に渡ってのX線源の分布は、まだ詳しく測られていない。エネルギーが3keV以下の軟X線は銀河系内の星間物質に容易に吸収されてしまうため、太陽系近傍1kpc程度以内しか見ることができない。もし3keV以上の硬X線で観測できれば、星間吸収の影響をほとんど受けないので銀河系全体の猫像を得ることができる。しかし、3keV以上の硬X線は、反射屈折を起こしにくいという性質があるため、光学系の構築が困難で、従来は高感度撮像観測が不可能であった。このような状況のために、硬X線から軟線のバンドでは未解決の問題が残っている。 銀河面リッジX線放射はそのような未解決の問題の一つである。銀河面に沿って起源が特定できないX線放射の超過があることは、HEAO-1,EXOSAT衛星の観測によってX線天文学の早期から知られている。Tenma,Ginga衛星の観測で、6.7keVの鉄のK殻輝線が同様に銀河面に沿って分布していることが発見され、リッジX線放射は温度〜108Kの高温プラズマ放射であることがわかってきている。しかし、イメージの撮像ができないために、近傍の明るいX線源からの混入が避けられず、直接的な起源の探求はできていない。もし〜108Kの高温プラズマが銀河系内に拡散して存在しているなら、銀河系の重力エネルギーに勝って自由に抜け出していってしまうため、高温プラズマの補給が必要になる。分解できていない点源の集まりの可能性もあるが、全放射強度とスペクトルを説明できるような有力な候補天体は見つかっていない。一方で、10keV以上のエネルギーバンドでは、銀河面リッジX線放射は線領域の巾型スペクトルへ滑らかにつながることが、気球実験やXTE衛星によって観測されている。これは熱的放射だけでなく加速された粒子からの非熱的放射が存在することを示唆している。このようなことを考えると、銀河系内に未知の高エネルギー現象が内在していることが期待され、銀河系の活動性を知る手がかりになるとも考えられる。 ASCA衛星は3keV以上のエネルギーバンドで撮像能力を持った初めてのX線観測衛星である。これまでの銀河面の部分的な観測の結果、典型的に〜0.5keVと〜7keVの多温度または電離非平衡のプラズマが存在していることがわかってきた。ASCAの銀河面サーベイ計画は、系内の系統的なX線源の探求を目的として1996年3月から始められ、1998年12月現在までに銀経±50度以内、銀緯0.4度以内の約30平方度の観測が終了した。本論文では、このASCA銀河面サーベイの観測データを用いて、微弱なX線源の探査とそのスペクトル解析、および点源抽出後のイメージの揺らぎ解析から、銀河面微弱X線源の正体とリッジX線放射の起源について考察する。 銀河面リッジX線放射の銀経分布 ASCA GISのイメージで、Flux:F>10-12.5 ergs cm-2s-1のX線源を取り除いて残ったリッジX線放射の銀経50度以内の大スケールでの強度分布を調べた。その結果、4keV以上の星間吸収の影響をほとんど受けないエネルギーバンドでは、銀経±40度以内はほぼ一様で、そこから外側で急に強度が落ちていることがわかった。このような銀経分布を説明するには、銀河面リッジX線放射の放射源が銀河中心から4-5kpcの内側に集中してあることが必要になる。 微弱な銀河面X線源の探査 銀河面上には強度分布が精度良く求まっていないリッジX線放射がバックグラウンドとしてあるうえに、ASCAの検出器は複雑なレスポンス関数をもっているため、点源の抽出は容易ではない。そこで、各観測視野ごとに一様なバックグラウンドと点源からなる輝度分布のモデルに検出器のレスポンスをかけて観測データとイメージフィッティングを行い点源検出の有意度を評価する手法を、銀河面サーベイデータの解析ために改良し、適用した。その結果、4以上の有意度で、F>10-12.5 ergs cm-2s-1の143個のX線源が検出できた。これは、2keV以上のエネルギーバンドで得られた点源リストとしては、初めての高感度イメージング観測で得られたX線源カタログである。Einstein,ROSATの軟X線ソースカタログと比較すると、そのうち119個は既知のX線源で同定できない新たに検出されたX線源であることがわかった。 このASCA銀河面サーベイで検出された系内X線源の強度個数関係(logN-logS関係)を0.7-2keVの軟X線バンド、2-10keVの硬X線バンドでそれぞれ調べたところ、以下のような巾関数で表されることがわかった。 上式で巾指数のエラーは90%の信頼度を表す。軟X線バンドの巾は、Einst erin,ROSATの銀河面サーベイで得られたX線源のlogN-logS関係の巾と誤差の範囲で一致した。 logN-logS関係の傾きは、元となるX線源の強度分布が場所によらなければ空間分布を表し、理想的な無限のユークリッド空間内の等方的な1,2,3次元分布に対しては、巾は-0.5,-1,-1.5となる。ただし、ASCA銀河面サーベイで得られた系内X線源のlogN-logS関係では、距離が銀河系のスケールで制限されていること、探査領域が銀緯方向には|b|<0.4°の狭い領域に限られていることの影響を考慮する必要がある。これらを考慮すると、得られたlogN-logS関係の巾指数-1は、X線源の分布のスケールハイトが100pcより有意に小さいか、X線源が銀河腕構造に付随して分布しており太腸系はその腕の中にあるか、logN-logS関係はX線源の空間分布よりむしろ光度関数を反映しているか、のいずれかまたはそれらの複合的効果を示唆していると考えられる。 微弱な銀河面X線源の性質 5以上で検出できた87個のX線源について強度変動とスペクトル解析を行った。F<10-11 ergs cm-2s-1の微弱なX線源については、スペクトルを巾関数でフィットしたときの巾指数と吸収柱密度から6つのグループに分類し、各々のグループの中でスペクトルを足し合わせてスペクトル解析を行い、各グループのX線源の同定を行った。その結果、巾指数1<<3、吸収柱密度0.8<NH[1022cm-2]<3のグループと、巾指数>3、吸収柱密度NH>3[1022cm-2]のグループの中で足し合わせたスペクトルには、電離した鉄とシリコンからの強いK殻輝線があることがわかった(図1)。エネルギーの異なる2本の強い輝線の存在は、多温度または電離非平衡のプラズマの存在を示唆しており、対応天体としては強磁場激変星が有力であると考えらる。これらのグループのLuminosityと数密度も強磁場激変星と考えて矛盾しない。 図1:Flux:F<10-11 ergs cm-2 s-1、巾指数1<<3、吸収柱密度0.8<NH[1022cm-2]<3で分類された8個のの点源を足し合わせたスペクトル。1.8keVのシリコンのK殼輝線と6.7keVの鉄のK殼輝線が顕著に見える。 また、この2つのグループのスペクトルを2温度のプラズマ放射モデルでフィットすると、どちらも〜0.5keVと〜7keVの成分の和で表された。この2温度の値は、銀河面リッジX線放射の2温度プラズマモデルの温度と一致している。 銀河面リッジX線放射の揺らぎ解析 ASCA銀河面サーベイで観測されたGISのイメージから4以上の有意度で検出されたX線源を繰り抜いて残るリッジX線放射について、GISの視野のスケールを超えた大スケール変動を差し引き、空間分解能のスケール(3’×3’)での強度揺らぎを調べ、分解できないX線源の数を評価した。強度揺らぎは、複雑なレスポンス関数を考慮して、一様輝度分布に対する観測イメージモデルでデータをフィッティングして、その残差から評価した。この内の揺らぎの要因となりうるレスポンス関数の誤差や明るいX線源からの混入などを評価した結果、統計的ばらつきを超えて表面輝度に有意に揺らぎがあることがわかった。さらに系外天体の揺らぎの寄与を評価したところ、2-10keVのバンドでは、検出された表面輝度の揺らぎは、系外天体を銀河面を通して見たときにそのlogN-logS関係から予測される揺らぎと誤差の範囲で一致することがわかった。従って、リッジX線放射起因の揺らぎには厳しい上限値が与えられ、これは起源となる点源の数密度に対して下限値を与える。リッジX線放射の大スケールの分布から、その起源となる点源が銀河中心半径4kpc以内、スケールハイト100pc以内にあると仮定すると、リッジX線放射の全強度と小スケールの揺らぎを同時に説明するには、系内にLuminosityが1030 ergs s-1以下の点源が107以上存在していることになる(図2)。 図2:ASCA GIS2-10keVバンドのイメージ解析で得られた銀河面X線源のlogN-logS関係と小スケールの強度ゆらぎから100%銀河面X線放射を点源で説明するために許容される4kpc armにある点源のlogN-logS関係。銀河面リッジX線放射の点源起源説の可能性 銀河面リンジX線放射の起源となりうる点源には、スペクトルから強い鉄のK殻輝線を持っていることが必要である。微弱なX線源のスペクトル解析の結果、リッジX線放射のスペクトルと一致するような強い鉄輝線を持つX線源のグループがあることがわかった。これらのX線源は、スペクトル、Luminosity及び数密度から、強磁場激変星と考えて矛盾しない。しかし、このX線源のFluxを足し合わせてもリッジX線放射の2%にしかならならない。またlogN-logS関係を等方的空間分布を仮定して低Flux側に外挿することは、イメージの揺らぎと矛盾する。揺らぎ解析の結果からは、銀河中心半径4kpc以内、スケールハイト100pc以内の領域にLuminosityが1030 ergs s-1以下の点源が107以上存在していることが許容される。このLuminosityは典型的な強磁場激変星と合うが、点源数密度の方は、太陽系近傍で評価した激変星の数密度に比べて3桁大きい。 この他に、リッジX線放射の起源となりうる点源候補天体としては、若い超新星残骸、OB型星などが鉄輝線の存在から考えられるが、ある程度の寄与は見込まれるものの、リッジX線放射のスペクトル、数密度を同時に説明することはできない。 従って、銀河中心半径4kpc以内の領域で太陽系近傍より激変星の数密度が3桁大きいという可能性を完全には棄却はできないが、銀河面リッジX線放射が点源の寄せ集めである可能性は極めて低いと考えられる。 |