量子多体系において顕著な現象の一つが、ボース・アインシュタイン凝縮である。近年の原子・分子系の冷却などの制御技術の著しい進展によって、従来の液体4Heあるいは半導体の励起子系に加えて、原子系においてもボース・アインシュタイン凝縮を達成できるようになった。このような凝縮はボース・アインシュタイン統計の直接の結果ではあるにしても、現実の凝縮体では粒子間の相互作用が存在する。この相互作用の非線形性を考慮すると、非線形物理学の立場からのアプローチが必要となる。この観点に立って、本論文ではボース・アインシュタイン凝縮体の安定性やダイナミクス等を、非線形物理学の手法によって解析を行なった。以下ではボース・アインシュタイン凝縮はBE凝縮と略記する。 本論文は6章から構成されている。第1章のIntroductionに続いて、第2章で、調和ポテンシャルを有する非線形シュレディンガー方程式の解の安定性と凝縮体の崩壊について考察する。次いで第3章で凝縮体の崩壊の臨界質量を導き、さらに第4章では崩壊を表す特異解のスケール則を考察する。第5章では葉巻形の細長い凝縮体の非線形波動を解析し、最後に結論が述べられる。 磁気トラップ中の7Li原子系のBE凝縮体などでは、原子間相互作用のs波散乱長が負であること、また原子数がある臨界値を超えると不安定化して崩壊することなどが知られている。まず最初に第2章で、調和ポテンシャルと弱非線形相互作用項を有する非線形シュレディンガー方程式を空間2次元以上で解析し、磁気トラップ中の系の安定性とBE凝縮体の崩壊現象を考察した。まず相互作用が斥力的な場合には、状態は安定であることを示した。次に相互作用が引力的な場合に、エネルギーに相当する保存量が正のとき、負のときに分けて調べた。エネルギーが負の場合には、有限時間で解に特異性が発生し、崩壊を示すこと、また正の場合にも初期条件に依存するが、特異性が発生することもあることが示された。 続いて第3章では、原子間に引力的な相互作用がある場合に、前章の結果をGross-Pitaevskiiの方程式の解に応用し、磁気トラップ中のBE凝縮体の崩壊現象を理論的に説明した。特に系のエネルギーが正の場合、初期条件をガウス関数形にとって、凝縮体が崩壊するための原子数の臨界値を導出した。その値は、7Li原子系の実験で観測されている値とほぼ一致している。 第4章ではGross-Pitaevskiiの方程式の解の特異性がどのようなものか、その性質を調べた。これは原子間に引力的な相互作用がある磁気トラップ中でのBE凝縮体の崩壊現象の性質、あるいはその過程を調べることに対応する。波動関数について球対称性と自己相似性を仮定し、特異性発生の時間の近傍のスケール則を導いた。 最近の23Na原子系の実験で、細長い葉巻形の凝縮体中にパルス状の音波の伝播が観測されている。第5章ではそのような波動を解析するために、BE凝縮体が安定に存在する斥力相互作用の場合を考察した。波動の伝播速度の振幅依存性やパルス形状について非線形解析を行なった。凝縮体は十分細長いとして軸対称の擬1次元的近似をおこない、凝縮体中の23Na原子の数は十分多いとしてトーマス・フェルミ近似を用い、流体力学的近似によって密度、速度、断面半径についての時間発展方程式を導いた。まず波動の線形分散関係を求め、次に摂動法によって弱非線形波動がKdV方程式に従うことを示した。この方程式は伝播するNソリトン解をもつが、実験で観測されているパルスがそのような伝播ソリトンとして説明できるか否かについては、今後の問題として残された。 以上、論文提出者は本論文において、ボース・アインシュタイン凝縮体の安定性やダイナミクス等を非線形物理学の手法に基づいて解析を行ない、凝縮体の崩壊とその臨界質量、解の特異性の性質、および凝縮体を伝わる波動について有意な結果を導いた。問題解析の方法および得られた結果の吟味等は堅実であり、本論文の学術的水準は高く、博士(理学)の学位にふさわしいものであると、審査員全員により判断された。 本論文は、第3章から第5章の内容は既に発表済みで、第2章の内容は論文投稿中であり、合計6編の共著論文に対応している。掲載学術誌は、Journal of Physical Society of Japan,Physics Lettersである。これらを本学位論文に使用することについては共同研究者から同意が得られており、論文の内容は提出者が主体となっての研究で、その寄与が十分であると判断された。 |