学位論文要旨



No 114052
著者(漢字) 山口,昌英
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,マサヒデ
標題(和) 宇宙論的相転移のダイナミクスとグローバルストリングの進化
標題(洋) DYNAMICS OF COSMOLOGICAL PHASE TRANSITION AND EVOLUTION OF GLOBAL STRINGS
報告番号 114052
報告番号 甲14052
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3541号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 教授 荒船,次郎
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 助教授 福山,實
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨

 本論文では、グローバルストリングの進化について調べられ、その具体例としてアクシオン宇宙論が論じられている。

●導入

 現在破れている対称性が宇宙初期では有限温度の効果のために回復している可能性が指摘された。その結果、宇宙は開闢以来、多くの相転移を経験して来たと考えられている。相転移の宇宙の進化に及ぼす影響について様々な観点から調べられて来たが、特に、位相的欠陥が生成される可能性がキップルによって指摘された。これは次のように理解できる。ホライズンを越えて因果関係を持つことは出来ないので、相転移を起こす場の値は、その時刻での各ホライズンで異なっているはずである。十分時間が経過した後のホライズンには、相転移時のホライズンが多く含まれているので、場の破れ方(商空間のホモトピー群)に応じて位相的欠陥が生成される。中でも、ローカルストリング(ゲージ対称性が破れることによって出来るひも)は破れのスケールがCUTスケールならば、宇宙の構造形成の種になるのではないかと注目されて来た。そのためには、ローカルストリングの進化がスケーリング則(つまり、系の大規模な振る舞いがホライズンサイズに比例している)に従って進化することが本質的に重要である。このとき、ストリングのエネルギー密度は次のように与えられる、

 

 ここではストリングの単位長さあたりのエネルギーで、は、一辺の長さがtぐらいの箱に入っているそのスケールのストリングの数を表す定数で、時間にほとんど依らない。スケーリング則は、ローカルストリングに対しては、有効作用である南部後藤作用を使って解析的数値的に確かめられてきた。特に、数値計算によって、がオーダー10であることが示されている。これに対して、グローバルストリング(グローバル対称性が破れることによって出来るひも)の進化についてはあまり調べられて来なかった。これは、グローバルストリングに対する有効作用であるカルブーラモン作用が、ストリング、南部-ゴールドストン場を表す2階のテンソル場、そのあいだの相互作用の3つ部分からなっており複雑であること。また、電子とそれに付随する電磁場の系と同じように自己場の発散の困難があるために取扱いが難かしいこと。さらに、グローバルストリングに特有なストリング間の長距離力を取り入れることが難しいこと、の理由からである。そこで、本論文では有効作用を使う変わりに、もともとのグローバルストリングのモデルである複素スカラー場を直接解くことによって、その進化がスケーリング則に従うかを調べる。また、この結果をアクシオン宇宙論に応用して、ペッチェイークウィン対称性の破れるスケールについて制限を与える。

●グローバルストリングの進化

 輻射優勢の時期に、対称性の回復している所から複素スカラー場の時間発展を追い、グローバルストリングの進化について調べた。まず、ストリング間の長距離力の効果を良く調べるために2+1次元で計算を行った。その結果、が定数でなく、Int(t:時間)に比例することが分かり、スケーリング則からのずれが観測された。そこで、これを現象論的に説明するモデルをたて、グローバルストリングがログポテンシャルに従って運動することに起因していることが分かった。ただし、2+1次元ではストリングは組換えを行うことは出来ず、対消滅することによってエネルギーを失うので、この結果を直接、我々の宇宙(3+1次元)の場合に当てはめることは出来ない。そこで、3+1次元でも同様の計算を行った。その結果、今度は、が時間に依らずほぼ定数で=0.93±0.06となり、スケーリング則が成り立っていることが示された。ただし、ローカルストリングの場合のがオーダー10であることと比較すると、約1桁小さくなっている。これは、グローバルストリング間に働く長距離力のために、グローバルストリングの方が組換えが頻繁に起こってエネルギーを失いやすいためだと思われる。また、ループ分布についても調べ、スケーリング則から予言される分布(l:ループの長さ、n:数密度)に、

 

 〜0.535、〜0.0865とパラメーターを取ると一致することが分かった。このようにして、我々の宇宙ではグローバルストリングもスケーリング則に従って進化していることが確かめられた。

●アクシオン宇宙論への応用

 では、グローバルストリングが実際に我々の宇宙で形成されることがあるのか、というと、アクシオン宇宙論の枠組みで形成されると考えられる。量子色力学でのstrong CP問題の一つの解決策として、ペッチェイークウィンU(1)対称性が導入されたが、その対称性の破れの結果として、アクシオンと呼ばれる南部-ゴールドストンボソンが生成される。アクシオンは宇宙論的には冷たいダークマターの候補になっており、その現在のエネルギー密度を見積もることは非常に重要である。エネルギー密度は対称性の破れのスケール、fa、と密接に関係しているが、理論的にはこの破れのスケールはフリーパラメーターであり、天体、宇宙論的議論から制限が付けられる。下限については、超新星、SN1987Aからの制限が一番厳しく、fa1010GeVという制限が付けられている。一方、上限は、現在のアクシオンのエネルギー密度が宇宙の臨界密度を越えてはいけない、という条件から得られる。逆に言えば、faがこの上限くらいならば、アクシオンはダークマターに成りうる。

 ペッチェイークウィンU(1)対称性が破れるとグローバルストリング(アクシオンストリング)が形成される。アクシオンストリングは上で示されたように、スケーリング則に従って進化するが、その際に、南部ゴールドストンボソンとしてアクシオンを放出する。アクシオンは放出される時は質量ゼロであるが、QCD相転移後はインスタントン効果によって質量を獲得し非相対論的物質になるので、現在のエネルギー密度を見積もるためには、放出されたアクシオンの数密度が分かれば良い。QCD相転移後、ストリングはストリングーウオール系に変わり崩壊するので、アクシオンが放出されるのはQCD相転移までである。放出される時のアクシオンのエネルギー密度はスケーリング則から評価することが出来るので、その時のスペクトルが分かれば、数密度に換算することが出来る。これまで、スペクトルについては、2つの説が提唱され議論されて来た。一つは、ホライズンスケールにピークを持つ、というもの。もう一つは、ホライズンスケールからストリングの太さのスケールまで、波数に反比例したスペクトルを持つ、というものである。この違いによって、faに対する制限が約2桁も異なり、特に前者が正しい場合には、超新星からの制限とあわせると、許されるfaの値がなくなってしまう。両者とも、スペクトルについて精力的に調べたが、今だに決着がついていなかった。その主たる原因は、両者ともストリングの振動の仕方を手で与えていることである。従って、実際にそのような振動が宇宙での進化の際に実現されている保証はなく、どちらが正しいかを結論づけることは出来なかった。そこで、本論文では、実際にスケーリング則が成り立っている状況で、ストリングから放出されたアクシオンのスペクトルを調べた。これによって、ストリングの振動の仕方についての仮定はいっさい必要なくった。その結果は、以下のように前者を支持するものであった。具体的には、

 

 ここで、は放出されたアクシオンの平均エネルギーの逆数である。これを使って、ストリングから放出されたアクシオンの現在のエネルギー密度を評価すると、

 

 となった。ただし、はQCD相転移の不定性を表すもので,オーダー1である。a,string1.0という条件から、faの上限について以下のような結果が得られた(h=0.5-0.8に対して),

 

 この結果は、これまでに得られていた制限の中間に相当するものである。理由は、スペクトルは前者のものとほぼ同じであるが、については、これまで用いられて来たローカルストリングに対する結果である(10)ではなく、グローバルストリングに対する正しい結果である=0.93±0.06を使って評価されているためである。

 現在のアクシオンのエネルギー密度に寄与するものとして、ストリングから放出されたものの他に、二つ考えられる。QCD相転移後、ストリングはストリングーウオール系に変わり崩壊するが、この際にアクシオンが放出される。その量は、

 

 と見積もられており、a,wall1.0という条件から、fa0.85h1.7×1012GeVという制限が得られている。ただし、はオーダー1の定数である。もう一つは、ストリングーウオール系がなくなった後に始まるゼロモードの振動である。この寄与は、

 

 と見積もられており、これより、fa(0.08-1.3)×1012GeV for h=0.5-0.8という制限が得られている。ストリングから放出されたものとゼロモードの振動からの寄与がほとんど同じであることが分かったが、ストリングーウオール系からの寄与に関してはまだ不定性が大きいので、それを考慮すると、fa1011-12GeVである。

●まとめ

 本論文では、グローバルストリングの進化についてまず調べられている。その結果、2+1次元では、が定数でなく、lnt(t:時間)に比例することが分かり、スケーリング則からのずれが観測された。この理由は、2+1次元では、組み替えが起こらず対消滅すること。グローバルストリングがログポテンシャルに従って運動すること、の2つの理由のためである。一方、3+1次元では、ローカルストリングと同じようにスケーリング則に従うことが示された。ただし、ローカルストリングの場合の(10)に対して、=0.93±0.06である。これは、グローバルストリング間に働く長距離力のために、組み替えが起こる頻度が大きくなったためである。

 グローバルストリングの具体例として,ペッチェイークウィンU(1)対称性が破れるときに出来るアクシオンストリングがある。アクシオンストリングはアクシオンを放出するが、そのスペクトルがほぼホライズンスケールにピークを持つ事((0.25±0.18)×(t/2))が分かった。これより、ストリングから放出されたアクシオンの現在のエネルギー密度が見積もられ、それが臨界密度を越えてはいけないと言う条件から、対称性の破れのスケール、fa、についてfa(0.19-1.5)×1012GeVという上限が得られた。この値は、以前に評価されていた2つの説のほぼ中間に相当する。その理由は、スペクトルは一つの説とほぼ同じであるが、については一桁小さい値が用いられている為である。

審査要旨

 本論文は、グローバルストリングの宇宙論的進化について調べ、それをアクシオン模型について応用し、アクシオンスケールの上限値を導いている。

 ハドロンの強い相互作用を司る量子色力学(QCD)では、非摂動論的効果により、一般にCP対称性が破れる。しかし、この様なCP対称性の破れは全く観測されていない。これをQCDにおけるstrong CP問題と言う。PecceiとQuinnは1978年に、この問題を解決するために新たなU(1)グローバル対称性を導入した。このPeccei-Quinnの導入したU(1)対称性により、上記のstrong CP問題は見事に解決されるが、同時にこのU(1)対称性が自発的に破れ、アクシオンと呼ばれる南部-Goldstoneボソンが生まれる。現在、このアクシンの探査実験がわが国を含む世界各地で行なわれている。

 このアクシオンは現在の宇宙の冷たいダークマターになり得る。そのため、アクシオンの現在のエネルギー密度を見積もることは非常に重要である。エネルギー密度はU(1)対称性の破れのスケール、fa、と密接に関係しているが、理論的にはフリーパラメーターであり、天体、宇宙論的議論から制限が付けられる。下限については、超新星、SN1987Aからの制限が一番厳しく、fa1010GeVという制限が付けられている。一方、上限はアクシオンの現在のエネルギー密度が宇宙の臨界密度を越えてはいけないという条件から得られる。逆に言えば、faがこの上限くらいならば、アクシオンはダークマターになり得る。

 このPeccei-Quinn U(1)対称性は、宇宙の初期のある時期に自発的対称性の破れを起こしたと考えられる。この対称性の破れの相転移の時期にグローバルストリング(アクシオンストリング)が形成される。このストリングは宇宙の進化に伴いアクシオンを放出する。アクシオンの現在の宇宙におけるエネルギー密度を計算するためには、放出されたアクシオンの数密度を計算すれば良い。しかし、ストリング間に働くアクシオン場によるポテンシャルを無視することができず、ストリングの運動の取扱は複雑なものになる。そのため、アクシオンの数密度の信頼できる正確な計算はこれまでに実行されていなかった。

 本論文では、グローバルストリングを形成する複素スカラー場の場の方程式を直接数値的に解くことにより、アクシオンの数密度の計算を実行した。その過程で、グローバルストリングがやはり、アクシオン場を伴わないローカルストリングの場合に数値的に発見されているスケーリング則に従うことを確認した。また、ストリングから放出されたアクシオンのスペクトラムがほぼ宇宙のホライゾンスケールにピークを持つ事を示した。これらの結果より、現在の宇宙におけるアクシオンのエネルギー密度が計算され、Peccei-Quinn U(1)対称性の破れのスケール、fa、が(0.19-1.5)×1012GeVである限り、アクシオンのエネルギー密度が現在の宇宙の臨界密度を超えない事を示した。場の基本方程式を解くことにより導いた点において、本論文の結果は世界で初めての信頼できるものと言える。また、得られたfaの上限値は、全く別の効果(アクシオンのコヒーレントな振動エネルギー)により得られた上限値とほぼ一致しており、その上限値をさらに揺るぎ無いものとした。

 本論文は、共同研究に基づくものであるが、論文提出者が主体となって解析を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると認める。また、本論文で導いた結果は高く評価できるものであり、審査員一同、博士(理学)の学位を授与できると判断した。

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