学位論文要旨



No 114054
著者(漢字) 渡辺,道生
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ミチオ
標題(和) 不純物補償のないドープした半導体の金属-絶縁体転移
標題(洋) Metal-insulator transition in doped semiconductors without impurity compensation
報告番号 114054
報告番号 甲14054
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3543号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小森,文夫
 東京大学 教授 家,泰弘
 東京大学 助教授 河野,公俊
 東京大学 助教授 長谷川,修司
 東京大学 教授 塚田,捷
内容要旨

 不純物ドーピングによる半導体の金属-絶縁体転移(MIT)は歴史の長い,しかし未だ解決を見ない課題である.このMITは通常の相転移と違い,温度ではなく不純物濃度N,一軸性圧力S,磁場Bなどを変えることによって引き起こされ,しかも絶対零度において定義されるものである.実験的に最も広く調べられてきたのはNをパラメータとしたものであるが,これまでの研究からMITは連続的な量子相転移であると理解されている[1].相転移の研究では転移点近傍における臨界現象が注目され,MITの場合には絶対零度における電気伝導率(0)に関心が寄せられる.すなわち,(N/Nc-1)≪1の濃度領域でスケーリング則

 

 が予想されている.ここで,*は比例係数,NcはMITの臨界不純物濃度,は臨界指数である.このの値について,電子間相互作用を考えず乱れのみにより相転移が引き起こされるというアンダーソン転移の立場からは,例えば4人組のスケーリング理論により1が[2],そして数値計算では=1.2〜1.6が[3,4]予想されている.ところが実験結果はというと,特に1種類のドナーまたはアクセプターのみが添加された不純物補償のない系に対して,0.5となる例[5]が多い.このように理論的予想と実験結果がくいちがう原因として,実験側には次の問題点が指摘されてきた.臨界現象であるMITの実験には転移点の近傍(例えばNcの±5%)に試料を用意することが求められるにもかかわらず,従来のバルク成長法では不純物分布の不均一性のために十分Ncに近づくことができない,という点である.

 この問題を克服する方法として最近,同位体濃縮した高純度70Ge結晶に熱中性子を照射し,核反応によってp型不純物であるGaをランダムに生成するというドーピング法が報告された[6].本研究では,この方法によって作られた均一度の高い結晶を用いる.MITの臨界現象を濃度の不均一という不確実さなしに調べることが,その目的である.試料は70Ge:Gaであり,新たに1.0004Ncというごく転移点近傍にまで試料を準備し[7],その電気伝導率を20mKまでの低温,8Tまでの磁場中で測定した.

 一般に乱れた金属の低温電気伝導率(T)は,電子間相互作用により

 

 の温度変化を示すが,70Ge:Gaのゼロ磁場電気伝導率は,Nc<N<1.0015Nc

 

 によって表わされるものへと移行した.臨界領域において電気伝導率がT1/3に比例することは,電子間相互作用を無視し乱れの効果のみを考慮した最近の数値計算によっても示されている[8].そこで本論文では,これら2つの式を無撞着に結ぶ

 

 を提案する.ここで,m’は温度に依存しない定数である.電子間相互作用の理論によれば,(2)式の係数mは拡散係数Dの平方根に反比例する.転移点近傍ではD自体の変化を無視できなくなるが,(4)式はその変化をセルフコンシステントに取り込む[9]ことによって適用範囲を拡張した式と見なすことができる.(4)式は臨界点近傍でT1/3,離れるとの依存性を示し,金属側の全濃度領域で70Ge:Gaの(T)を記述する.そこで,(T)のT=20mKまでの温度変化をもとに(4)式による外挿から(0)を求めた.このようにして得られた(0)は(1)式型の濃度依存性を示し,その臨界指数は0.50±0.04となった.この結果は,不純物補償のない系における0.5を確立する.

 一方,磁場中の測定結果を同様に解析したところ,一定磁場中でも絶対零度での伝導率(N,B,0)は(1)式型の濃度依存性を示した.ただし臨界指数は,例えばB=4Tでは=1.03±0.03,5Tでは=1.09±0.05となり,ゼロ磁場の結果とは異なる.さらに単一の試料に着目すると,印加する磁場が増加すると共に(N,B,0)が減少し,金属から絶縁体へと転移する.この臨界磁場Bcと濃度との間には,2.5の関係があった.また,この磁場誘起MITに対しても同様な臨界指数’が定義できた.この’の値に対する誤差は主にフィットに用いる磁場領域の選び方から生じるという傾向がみられたが,その点を考慮しても,測定を行った3つの異なる試料すべてについて1.0<’<1.2が成り立った.実は,一定磁場中におけるMITと磁場誘起MITの臨界指数は一致すべきなのである.本論文ではこの点を数学的に導くとともに,実際にB4Tの一定磁場中におけるMITのデータ5組と磁場誘起MITのデータ3組の計8組すべてが,単一の臨界指数’=1.1によって記述できることを確かめた.一定磁場中におけるMITの臨界指数が,弱磁場領域で見かけ上減少するのは,高濃度側にある試料に対しては十分な強さの磁場が印加されていないことになるためだと考えられる.

 以上のように,本研究では不純物が均一にドープされた不純物補償のない70Ge:Ga試料の電気伝導率を極低温で測定し,臨界指数がゼロ磁場では0.50±0.04,磁場中では1.1±0.1という結果を得た.現在のMITの理論によれば臨界指数の値は系の持つ対称性(ユニバーサリティ・クラス)にの依存すると考えられている.具体的には,磁場が印加されている系(MF),磁性不純物のある系(MI),スピン-軌道結合のある系(SO),および特に対称性を破るものがない一般的な系(G)の4つに分類される[1].本研究で実験を行った70Ge:Gaは,p型半導体なのでゼロ磁場ではSOに属すると考えられる.このSO系に磁場を印加した場合は,実際に磁性不純物がなくてもMIに移るとされている[1].70Ge:Gaにおいて,ゼロ磁場と磁場中とで臨界指数が異なる点は,ユニバーサリティ・クラスの違いによると理解できる.一方,ゼロ磁場で得られた0.5は冒頭でも述べたように広く不純物補償のない系で報告されており,その中には例えばSi:P[5]のように,SOではなくGに属するものもある.また0.5という値は,相関長の臨界指数について電子間相互作用の有無などにかかわらず広く成り立つとされる不等式2/3を[10],電子間相互作用のない系に対して導かれたスケーリング則[11]を仮定すると破ることになる.今まではこのくいちがいの原因として主に冒頭に挙げたような実験上の問題点が指摘されてきたが,本研究によりその原因をむしろ理論の側に求めるべきことが示されたと結論する.

[1]D.Belitz and T.R.Kirkpatrick,Rev,Mod.Phys.66,261(1994).[2]E.Abrahams,P.W.Anderson,D.C.Licciardello,and T.V.Ramakrishnan,Phys.Rev.Lett. 42,673(1979).[3]A.MacKinnon and B.Kramer,Phys.Rev.Lett.47,1546(1981).[4]K.Slevin and T.Ohtsuki,Phys.Rev.Lett.78,4085(1997).[5]T.F.Rosenbaum,R.F.Milligan,M.A.Paalanen,G.A.Thomas,R.N.Bhatt,and W.Lin,Phys.Rev,B27,7509(1983).[6]K.M.Itoh,E.E.Haller,J.W.Beeman,W.L.Hansen,J.Emes,L.A.Reichertz,E.Kreysa,T.Shutt,A.Cummings,W.Stockwell,B.Sadoulet,J.Muto,J.W.Farmer,and V.I.Ozhogin,Phys.Rev.Lett 77,4058(1996).[7]M.Watanabe,Y.Ootuka,K.M.Itoh,and E.E.Haller,Phys.Rev.B58,9851(1998).[8]T.Ohtsuki and T.Kawarabayashi,J.Phys.Soc.Jpn.66,314(1997).[9]B.L.Al’tshuler and A.G.Aronov,Pis’ma Zh.Eksp.Teor.Fiz.37,349(1983)[JETP Lett.37,410(1983)].[10]J.Chayes,L.Chayes,D.S.Fisher,and T.Spencer,Phys.Rev.Lett.57,2999(1986).[11]F.J.Wegner,Z.Phys.B25,327(1976);ibid.35,207(1979).
審査要旨

 不純物をドープした半導体の金属-非金属転移の研究は40年以上の歴史がある。初期には、この転移は電子間相互作用に起因するモット転移とみなされ、不連続転移であると考えられていた。その後、約20年前にポテンシャルの乱れに起因するアンダーソン転移の立場からコンダクタンスのスケーリング理論が提出され、現在では、この転移は連続的な転移とみなされている。したがって、金属-非金属転移近傍の電気伝導率は、系のコンダクタンスを特徴づける任意のパラメーターxに対して、0(x-xc)と書けることになる。ここで、xcは臨界点でのパラメーターxの値であり、が臨界指数である。これまで、この臨界指数を実験で決める実験が不純物をドープした半導体を中心に行われてきた。その結果、多くの不純物補償された半導体では臨界指数は1に近いことが報告されているのに対し、不純物補償がない半導体では、臨界指数はほとんどの場合0.5に近い。一方、理論では0.5という小さな臨界指数を説明できないために、これら不純物補償がない半導体での実験結果は、半導体の不純物濃度が不均一である、あるいは臨界点ごく近傍の実験がなされていない、などと批判されてきた。

 最近になって、同位体濃縮したゲルマニウム単結晶に熱中性子を照射し、核反応によって極めて均一かつ補償なしに不純物をドープする方法が開発された。この方法によって作製された試料を用いた実験でも、臨界指数は0.5と報告されている。本論文で報告されている研究は、この方法を用いて臨界濃度のごく近傍の不純物濃度をもつ複数のゲルマニウム試料を作製し、不純物濃度および磁場をパラメーターとする金属-非金属転移の臨界指数を議論したものである。

 本論文は、5章から構成されている。第1章序章では、本研究の背景として、金属-非金属転移における臨界指数に関するこれまでの実験および理論についてまとめられている。第2章では、試料作製方法や抵抗測定方法が述べられている。第3章は、まず実験結果として、磁場がない場合と磁場中での電気伝導率の温度依存性が述べらている。次にこの温度依存性を統一的に記述する実験式が提案され、それを用いて絶対0度における電気伝導率が求められている。この絶対0度における電気伝導率を、不純物濃度および外部磁場をパラメーターとして整理して、外部磁場がない場合、外部磁場が強い場合、および磁場変化によって金属-非金属転移がおこる場合について、転移の臨界指数を求めた。第4章では、前章で求められた臨界指数の結果について、これまでの実験や理論と比較して議論がなされている。結果で示された3つの場合すべてにおいて、過去の多くの実験結果と矛盾はないが、0.5という外部磁場がない場合の臨界指数は、今のところ理論では説明ができない。第5章はまとめにあてられている。

 本論文において得られた主な成果は、不純物補償のない均一な半導体試料を複数用いることにより、不純物補償のない半導体での不純物濃度をパラメーターとする金属-非金属転移の臨界指数として、外部磁場がない場合には0.5、高い外部磁場中では1.1、磁場によって金属-非金属転移が引き起こされる場合には1.1となることを明らかにしたことである。本研究で用いた試料は不純物分布の均一性が極めて高いので、臨界濃度のごく近傍でもその濃度固有の電気伝導度が測定されている。したがって、求められた臨界指数はこれまでの実験よりも信頼性が高い。

 審査委員会は、これらの研究において、電気伝導測定が注意深く行なわれ、その解析及び考察がおおむね適切な手法でなされていると判断した。現段階では、得られた臨界指数をすべて理解できる理論、特に電子間相互作用を取り入れた理論が存在しないが、将来の理論の発展を促す信頼できる実験事実を明らかにしたことの意義は大きい。このように、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文として合格に相当するものと認めた。

 なお、本研究は、大塚洋一教授(指導教官)、伊藤公平助教授、Haller教授との共同研究となる部分を含むが、著者が実験及び解析・考察のすべての段階で主導的な役割を果たしており、主体的寄与があったものと認められた。

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