重い電子系化合物と呼ばれる物質の多くはCeかUの化合物である。それらの低温物性は4fまたは5fの局在モーメントの間のRKKY相互作用と局在モーメントと伝導電子との間のKondo効果との競合で説明されている。つまり基底状態の特性はRKKY相互作用とKondo効果の相対的な強さに支配されるので、一般的にRKKY相互作用に基づく磁気転移温度と近藤温度の相対的な大きさで決まる。その二つのエネルギーの競合は局在モーメントと伝導電子の間の相互作用定数Jを使ってDoniachの磁気相図で便宜的に表現される。ThCr2Si2型のCeT2X2の擬三元系化合物がこれまでDoniachの磁気相図を基に議論され数多く研究されてきた。特に磁気秩序が消失する臨界濃度近傍の振舞いは最近non-Fermi liquidに関する関心のたかまりと共に新たな観点から再び注目を浴びている。近藤効果によってどのようにして磁気秩序が消失するかを観察することと臨界濃度近傍の振る舞いをThCr2Si2型の類型のひとつであるBaNiSn3型化合物CeCoGe3-xSix(0x3.0)の系で調べることが、本研究の目的である。 試料は原料であるセリウム(純度3N)またはランタン(3N)、コバルト(4N)、ゲルマニウム(5N)、シリコン(6N)の各単体を1:1:3のモル比になるように秤量し、アルゴン雰囲気中でアーク溶解して合成した。その後石英管中に真空封入し、電気炉でアニールを行って作成した。 擬三元系化合物CeCoGe3-xSix(0x3.0)と非磁性参照物質としてのLaCoGe3,LaCoSi3を作成し低温比熱C,帯磁率、電気抵抗を0.05Kから350Kの温度範囲で測定した。 CeCoGe3は反強磁性体(TN=21K)で、CeCoSi3は非磁性価数揺動物質(Tvf=230K)である。X線の結果から求めた格子定数a,c,及び格子体積Vはxが大きくなるにつれて、直線的な変化をしている。このGe→Si置換で体積が約10%減少するので、その化学圧力効果による相互作用定数Jの増大が期待でき、Doniachの磁気相図の研究には格好の対象と期待される。さらにこの系ではCeの磁気副格子はSi置換によって起きるdisorderの影響も少ないものと期待できる。またCeCoGe3-xSix系ではGeとSiが周期表上で同じ族に属するため、組成xを変化させても系の伝導電子数は変わらず、純粋に体積変化だけが系の物性に寄与するだろうと考えられる。 図1はネール温度TNと近藤温度の指標であるワイス温度wをSiの組成xの関数としてプロットしたもので、近藤温度の増大とともにTNがほぼ直線的に減少し、x=1.2の近傍で反強磁性が消失する事を示している。Tsgは交流帯磁率から求めた短距離秩序を表している。はRajanの式を利用してC/T=から求め、は非磁性価数揺動物質の帯磁率の最高点から求め、Siの組成xの関数としてプロットした。それらはrと同様にxと共に急激に増加することがわかる。 図2は1.5≧X≧1のC/Tをln(T)の関数としてプロットしたもので、x=1ではx<1での長距離磁気秩序の形跡がまだうかがえ、C/Tのブロードな山はxとともに低温側に移行する様子がわかる。Quantum critical pointのまわりでnon-Fermi liquid的な特徴の一つと考えられている、直線的な-ln(T)に比例する部分が見える。Quantum critical pointの組成領域のサンプルの電気抵抗が低温領域でどんな振る舞いを示すか測定した結果、温度に直線的に変化してFermi Liquid状態からずれて、non-Fermi Liquid的な振る舞いすることを確認した。 図3に温度に依らない項を差し引いた磁化率の逆数をx≧1に対して示す。xとともに近藤温度が増大し(図1参照)、非磁性価数揺動物質に移行してゆく様子がわかる。 この系の以上のような全体的な特性はDoniach磁気相図において近藤効果とRKKY相互作用との競合として理解できる。つまり、相互作用定数JがSi置換による約10%の体積減少によって増大するため、反強磁性近藤格子を形成する三元系Ce化合物CeCoGe3の反強磁性転移温度は直線的に下がり、f電子と伝導電子の混成効果が強くなって、x=1.2近傍で反強磁性相が消失する。臨界領域では低温における電気抵抗がT2依存性を持つ通常のフェルミ液体とは違い直線的な振る舞いを示す。xがさらに大きくなると価数揺動状態となり、最終的に近藤温度TK900KのCeCoSi3となる。したがってCeCoGe3-xSix系は近藤格子系化合物がどのようにして近藤領域から価数揺動状態領域まで移っていく過程を調べるのに好都合な系であることがわかる。さらにこの系は近藤温度が100Kから900Kまで大きく変化する希な系でもある。Quantum Critical Point領域では中間温度領域でnon-Fermi liquid的な振る舞いが観察されたが、non-Fermi liquid状態がこの系の基底状態ではないらしいことが判明した。 Fig.1Fig.2Fig.3 |