宇宙の幾何学的性質を定める宇宙論パラメータと呼ばれる諸量の値を求めることは、宇宙の質量全体の9割を占めると考えられている暗黒物質の性質を調べることと並んで、宇宙論の分野において現在最も重要な問題の一つである。宇宙論パラメータのうち独立なものは3つであり、ハッブル定数H0、密度パラメータ0、及び宇宙定数A0が用いられることが多い。ハッブル定数の値が宇宙年齢のおおよその値を反映しているのに対し、無次元量である0とA0は宇宙膨張の仕方を微妙に変化させる。その結果、宇宙における銀河・銀河団等の構造形成に影響を及ぼしたり、極めて遠方の天体までの距離とその赤方偏移との関係が微妙に異なってくる。逆にこれらのことを利用して、観測的に宇宙論パラメータの値に制限を付けようとする様々な試みがなされている。この中で最も代表的なものとして、銀河或は銀河団の数密度や、それらをプローブとして得られる宇宙の大規模構造の研究がある。本論文では、この種の研究に欠かせない、大規模で且つ精度の高い、新しい銀河団カタログの構築を試みる。 銀河団は、自己の重力によって形を保っている構造としては最大規模の天体である。その力学平衡に達するまでに要する時間は10億年以上にもなり、宇宙自体の年齢(100億年程度)と比べて無視できない長さを持っている。このため、銀河団の形成と進化は宇宙自体の進化の影響を強く受けていると考えられる。宇宙論パラメータに制限を与えるためには数多くの銀河団のサンプルの統計的な解析を行なうことが必要になる。以前のこの種の研究では、既存の銀河団カタログからサンプルが取られていた。現在用いられている大規模な銀河団カタログ(Abell(或はACO)カタログ、Edinburgh-Durham銀河団カタログ、APM銀河団カタログ)は、いずれも写真乾板による銀河の撮像データを元にして作られている。これらのカタログで共通する点は、いずれも天球上に投影された銀河の2次元分布の密度が高い場所を銀河団と見倣している点である。ところが、このような場合、実際には距離が全く異なるにも関わらず、偶然に天球上に銀河が集中してみえる場所を銀河団だと誤認するケースがかなり多く存在するという指摘がされている。また逆に、遠方や小規模な銀河団の場合には、見えているメンバー銀河の数が不十分なため検出ができないという事態が発生する。実際、上に挙げた銀河団カタログのいずれも、赤方偏移(以後zと表記する)にして0.1よりも遠方ではサンプルの完全性がかなり落ちることがわかっている。z=0.1という距離は、典型的な大規模構造のスケールとされている約100Mpcの高々2倍程度にしかならず、宇宙論的な興味からするとサンプルの量が十分とはまだ言い難い。検出した銀河団が偽でないかを確認するためには、分光観測によってメンバー銀河のzを直接測定しなければならないが、これは大変な労力を要する作業であり、例えばAbell/ACO銀河団のうち、zが測定されて距離が分かっているものは全体の1/6程度(約1000個)しかない。X線観測に基づいた銀河団カタログの作成もされてはいるが、視野、積分時間等における効率が可視光に比べて悪いため、可視光データから作られたものに匹敵する大規模な銀河団のデータベースの作成は、現在のところ非常に困難と思われる。私はこの論文で、可視光の銀河データを用い、なお且つ従来よりも精度の高い銀河団カタログを構築することを試みた。 銀河データとしてはAPM銀河カタログを用いた。これは、オーストラリアのUKシュミット望遠鏡によって撮影された写真乾板から作られた銀河のカタログで、南天の約6000平方度もの天域をカバーしており、bJ等級で20.5等までの銀河約330万個を含む、均質な銀河のサンプルとしては現在世界最大級のものの一つである。まず、これを効率良く処理して精度の高い銀河団カタログを作成するためのコードの開発を行なった。このコードはPostman et al.(1996)によって最初に示された"matched-filter method"の一種である。この方法の最大の特徴は、天球上の銀河の位置分布だけでなく、個々の銀河の見かけ等級を同時に考慮して銀河団の検出を行なうことにある。具体的には、銀河団のメンバー銀河の天球上での空間分布と見かけ等級の分布のモデルを用意し、モデルと実際の銀河データとを比較して最尤法を適用し、尤度が局所的に最大になる場所を銀河団と見倣すというものである。この時、銀河団モデルには、銀河団までの距離(即ちz)と銀河団の規模とが自由パラメータとして含まれているので、さらにそれらを調節して銀河団(候補)の場所での尤度を最大化することによって、モデルを介在してではあるが、銀河団を検出するだけでなくそのzと規模とを推定することができる。即ち、分光観測なしに銀河団の3次元空間分布を得ることが可能である。Postman et al.(1996)の方法では、銀河団のzと規模の推定にやや統計誤差があったのだが、私が作成した銀河団検出コードでは、尤度の計算において彼らと若干異なるものを採用し、統計誤差を抑えることができた。遠方銀河団の探査のために、視野は狭いが限界等級が暗いデータに対してmatched-filter法が用いられることは最近多くなっているが、本論文のように、広い領域のデータに対して比較的近傍の(だが従来のカタログではサンプリングが不完全になっている)銀河団の検出を目的としてこの方法が用いられた例は、まだ他に存在しない。 APM銀河カタログのカバーする領域のうち、銀緯b<-40°、赤緯<0°の約5800平方度の領域について銀河団検出を行なった。そのうち、南銀極付近の10×10平方度の領域について、元の銀河分布(図1)と検出結果(図2)を示す。その結果、規模が大体Abell Richness Class 0以上(Abell/ACOカタログに載っている銀河団と同じ規模)に相当する銀河団(の候補)を、z<0.2の範囲内で約9000個検出した。またその数密度はz=0.2までほぼ一定であった。これはz<0.2の範囲内ではAbell Richness Class 0以上に相当する規模の銀河団はほぼ完全に検出されていることを意味しており、Abell/ACOカタログに比べてzにして2-2.5倍遠方までの銀河団を完全に検出できたことになる。ここで強調しておきたいのは、元になった乾板データは私の作成したカタログとAbellカタログ(南天分)とで同じであるにもかかわらず、結果として2倍以上遠方まで完全なサンプルを作ることができたということである。なお、Abellカタログが完全に銀河団をサンプリングしていると思われるz<0.1での銀河団の数は、今回検出したものとAbellカタログとで良く一致している。 図1(左):南銀極付近の10°×10°の領域の銀河分布。図2(右):図1の銀河データに対して銀河団検出コードを適用した結果。+印が今回検出した銀河団候補。丸印はAbell銀河団。 さらに、今回検出された銀河団の個数密度をモデルと比較することによって、宇宙論パラメータの一つである密度パラメータ0の値の簡単な考察を行なった。その結果、今回検出された銀河団の個数密度は標準的CDMモデル(0=1)の予想する値よりも数倍多く、大体0〜0.2-0.3のモデルに合う。この結果は、他の研究で予想されている値の範囲内に入っている。 |