本論文は、五章から構成されている。第一章は、星形成の研究を、特に高密度分子雲コアの観測に焦点を当ててレビューし、それをふまえて本論文の全体を通して明らかにすべき目標を設定する導入部である。第二章では、Heiles Cloud 2と呼ばれる暗黒星雲における、H13CO+,C34S,およびCH3OH輝線の大局的分布を、続く第三章では、Heiles Cloud 2の中でも特にガスの集中したTMC-1C領域における星形成直前のコアを、そして第四章では、TMC-1C領域におけるコアの非常に高い空間分解能で見た物理的・化学的描像を論じている。これらをもとに、最後の第五章で分子雲コアが星形成を開始するに至る進化のシナリオを提示している。 分子雲の中で局所的に密度が高い領域を分子雲コアと呼ぶが、それらが時間を追ってどのように進化してゆくかを観測から明確に描き出すことは、決して容易ではない。ガス中の化学反応の時間尺度が、分子雲コアの力学的進化の時間尺度と同程度であるために、両者が同時進行するからである。その際の、物理的進化と化学的進化の微妙な進み遅れによって、分子雲コアガス中の分子の存在度は様々に変化する。そのため、ある特定の分子種の放つ電波スペクトル輝線を観測しただけでは、たしかにそこに密度の集中が生じ、その自己重力によって星形成が始まろうとしていると確定できない側面があるのである。本論文は、この問題に物理進化と化学進化の両方を観測的にとらえることによりアプローチしたものである。 本研究の特色は、以下の通りである。 1.典型的な暗黒星雲であるHeiles Cloud 2を、H13CO+,C34S,およびCH3OH輝線を用いて無バイアスでマッピング観測を行うことにより、分子雲コアの観測的プローブとしてどの輝線がふさわしいかを明らかにしたこと。 2.その過程において、H13CO+輝線でのみ検出されるコアと、CH3OH輝線でのみ検出されるコアが存在することを、高い空間分解能による観測で示し、かつこの観測的特徴の違いがH13CO+およびCH3OH分子の存在量の違いに起因することを明確に示したこと。 3.この違いは、よりCH3OHリッチな組成からよりH13CO+リッチな組成への化学進化が、コアの物理進化と同時に進むという考えにより、大筋は説明できることを確認したこと。 4.しかし、この考え方で説明できないいくつかの観測事実を発見したこと。具体的には非常に高密度で物理進化の最終段階にあると思われるコアにも、非常にCH3OHリッチな小さな塊が存在することや、よりCH3OHリッチなコアとよりH13CO+リッチなコアとで、その力学的特徴に顕著な差が見られないことを発見したこと。 最後の項目にあげた観測事実は、現在標準的に採用されている物理進化と化学進化の同時進行のパラダイムでは説明が容易ではなく、その変更が必要かもしれないことを示唆している。本研究が口火となって、今後多くの研究者によって展開される新しい研究によって、この問題がクローズアップされるものと期待される。 以上のように、論文提出者の行った星形成寸前の状態にある分子雲コアの物理的・化学的進化の研究は、高いオリジナリティーを持ち、学界に対する貢献も大きいもので、高く評価できる。 なお、本論文の第三章の内容は、三上人巳、斉藤正雄氏と共著論文の形で既に学術論文誌に公表されており、また第二章、第四章は、それぞれ斉藤正雄、三上人巳、平野尚美氏と共著の論文(第二章)、鎌崎 剛、斉藤正雄、平野尚美、百瀬宗武、川辺良平氏と共著の論文(第四章)として学術論文誌に投稿・公表される予定である。しかしいずれの場合も、論文提出者が主体となって、研究の立案から観測および解析、執筆までを行っており、その寄与は十分であると判断できる。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |