学位論文要旨



No 114058
著者(漢字) 高桑,繁久
著者(英字)
著者(カナ) タカクワ,シゲヒサ
標題(和) H13CO+、CH3OH輝線をプローブとした、TMC-1C領域における、原始星形成以前の高密度分子雲コアの物理的、化学的進化過程
標題(洋) Physical and Chemical Evolution of Pre-stellar Dense Molecular Cloud Cores Probed by H13CO+ and CH3OH Lines in the TMC-1C Region
報告番号 114058
報告番号 甲14058
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3547号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 長谷川,哲夫
 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 助教授 山本,智
 国立天文台 教授 川辺,良平
 国立天文台 助教授 川口,建太郎
内容要旨

 原始星形成以前の高密度分子雲コアが原始星形成に至るまでの進化過程を解明することを目的として、野辺山宇宙電波観測所45m望遠鏡および野辺山ミリ波干渉計を用いた、原始星形成以前の高密度コアの観測的研究を行った。

 はじめに、最も近傍(140pc)の代表的な低質量星形成領域であるおうし座分子雲中のHeiles Cloud 2領域のH13CO+(J=1-0;86.754330 GHz),C34S(J=2-1;96.412982 GHz),およびCH3OH(JK=20-10A+;96.74142GHz)輝線による68"グリッドの広域マッピング観測を45m鏡を用いて行った。Heiles Cloud 2領域は若い原始星(Class 0,1天体)を6つ含んでいる。観測の結果、この領域には主として4つの分子雲(TMC-1,TMC-1C,L1527,TMC-1A)が存在していることが明らかになった。しかし、Heiles Cloud 2領域中の3分子輝線の分布は顕著に異なっている。H13CO+輝線は原始星のまわりで強度が強い。それに対してCH3OH輝線は原始星方向では強度が弱く、むしろ原始星が付随していない分子ガスをよくトレースしている。C34S輝線はHeiles Cloud 2領域全体で強度が弱く、さらに原始星方向ではまったく受かっていない。したがってC34S輝線はおうし座分子雲における高密度コアの研究に適していないことが明らかになった。LVGモデルを用いた3分子輝線の励起解析を行った結果、観測された3分子輝線の分布の違いはそれぞれの分子の相対的な分子存在量の違いに起因していることが明らかになった。さらにこれら3分子輝線は光学的に薄く、105cm-3以上の高密度ガスをトレースしていることが明らかになった。

 このような結果をもとに、次にHeiles Cloud2領域中のTMC-1CのH13CO+,CH3OH輝線による34"-50"グリッドのマッピング観測を45m鏡により行った。TMC-1Cは原始星が付随しておらず、原始星形成以前の高密度コアを調べるうえで適切であると考えられる。観測の結果、両分子輝線でみて、TMC-1C領域は北西から南東にのびたフィラメント状構造(0.75pcx0.17pc)をしていることが明らかになった。そしてこのようなフィラメント状の分子雲の構造の中にH13CO+輝線でみて7個、CH3OH輝線でみて12個の高密度コアが検出された。H13CO+輝線でみえるコアとCH3OH輝線でみえるコアは顕著に分布が異なっており、H13CO+コアとCH3OHコアの平均的な間隔が平均的なコアのサイズ程度である。一方、サイズ、線幅、質量といった大局的な物理的性質はH13CO+コアとCH3OHコアで違いがない。その典型的な値は、サイズ〜0.07pc,線幅〜0.3km s-1,質量〜2.0である。またこれらの原始星形成以前の高密度コアは重力的に束縛されている。さらにこれらのコアについてC3H2(21.2-10.1;31.2-30.3)輝線による観測を行った結果、これらのコアのガス密度は105cm-3程度の高い密度であることがわかった。LVGモデルによる解析を行った結果、H13CO+コアとCH3OHコアの分布の違いは両コア内の化学的組成の違いに起因していることが明らかになった。すなわち、H13CO+コアではH13CO+分子が豊富であるのに対して、CH3OHコアではCH3OH分子が豊富であるということである。分子雲の化学進化モデルによると、CH3OH分子の存在量は分子雲の化学進化の前期段階で増加し後期段階では減少するのに対して、H13CO+分子の存在量は後期段階で増大する。さらにH13CO+輝線は原始星が付随する高密度ガスをよくトレースするのに対して、CH3OH輝線は原始星が付随しない高密度ガスをトレースするという観測結果も得ている。以上のことを考え合わせると、H13CO+とCH3OHコアは化学的に進化段階の異なった原始星形成以前の高密度コアであり、H13CO+コアの方がCH3OHコアより原始星形成に近い、進化段階の進んだ高密度コアであることが明らかになった。

 そこでこのような進化段階の異なった原始星形成以前の高密度コアの内部構造を明らかにし、その進化過程を探るため、代表的なH13CO+コアとCH3OHコア(H13CO+コア2およびCH3OHコア6と同定)について45m鏡17"グリッドの高空間分解能観測、およびNMAを用いた干渉計観測を行った。その結果、H13CO+コア2の内部に、H13CO+輝線でみてより小さな高密度ガスの構造"クランプ"が存在することが明らかになった。このH13CO+輝線でみたクランプはCH3OH輝線ではみられなかった。逆にCH3OHコア6の内部にはCH3OH輝線でみて3つのクランプがみられた。このCH3OH輝線でみえたクランプはH13CO+輝線ではみられなかった。すなわち、本研究は初めて分子雲中のこのような微細構造の中に化学的組成の違いが存在することを明らかにした。これらのクランプの典型的なサイズ、線幅、LTE質量、ビリアル質量はそれぞれ<0.01 pc,<0.2 km s-1,0.04,0.2である。検出されたクランプは微小な構造であるため、そのサイズや線幅を充分に求めることはできていない。したがって、これらのクランプが重力的に束縛された構造であるのかどうか結論を出すことはできない。もしこれらのクランプが重力的に束縛された構造であるならば、そのサイズは0.002pc以下で、平均ガス密度は108-9cm-3である。45m鏡でみたコアのプロファイルは、多くの場合、複数速度成分の存在を示す。そしてこのような速度成分の一部がNMAでクランプとして見えている。このような観測事実は、原始星形成以前の高密度コアはクランプの集まりからできているという可能性を示唆する。本観測で検出されたクランプの物理的性質やその化学組成の違いは、近年の理論的考察による分子雲フィラメントの分裂過程のモデルと定量的に一致する。

 このような一連の研究から、次のような原始星形成以前の高密度コアの進化過程が考えられる。すなわち、内部のクランプが衝突合体を繰り返して、より大きなクランプに成長していく。そしてやがて主系列星を生むのに充分な質量に成長してから重力収縮を起こし、原始星を生むというものである。このシナリオによると、より進化段階の進んだH13CO+コア内部でのクランプはCH3OHコア内部でのクランプよりもサイズや質量が大きいことが考えられる。あるいはもしこれらのクランプが重力的に束縛されており不安定性を起こすのであれば、これらのクランプ自身が収縮して主系列星の質量に満たない軽い原始星、すなわちBrown Dwarfを生むのかもしれない。この場合はH13CO+コア内部のクランプの方がCH3OHコア内部のクランプより収縮段階がすすんでおり、よりコンパクトであることが考えられる。

審査要旨

 本論文は、五章から構成されている。第一章は、星形成の研究を、特に高密度分子雲コアの観測に焦点を当ててレビューし、それをふまえて本論文の全体を通して明らかにすべき目標を設定する導入部である。第二章では、Heiles Cloud 2と呼ばれる暗黒星雲における、H13CO+,C34S,およびCH3OH輝線の大局的分布を、続く第三章では、Heiles Cloud 2の中でも特にガスの集中したTMC-1C領域における星形成直前のコアを、そして第四章では、TMC-1C領域におけるコアの非常に高い空間分解能で見た物理的・化学的描像を論じている。これらをもとに、最後の第五章で分子雲コアが星形成を開始するに至る進化のシナリオを提示している。

 分子雲の中で局所的に密度が高い領域を分子雲コアと呼ぶが、それらが時間を追ってどのように進化してゆくかを観測から明確に描き出すことは、決して容易ではない。ガス中の化学反応の時間尺度が、分子雲コアの力学的進化の時間尺度と同程度であるために、両者が同時進行するからである。その際の、物理的進化と化学的進化の微妙な進み遅れによって、分子雲コアガス中の分子の存在度は様々に変化する。そのため、ある特定の分子種の放つ電波スペクトル輝線を観測しただけでは、たしかにそこに密度の集中が生じ、その自己重力によって星形成が始まろうとしていると確定できない側面があるのである。本論文は、この問題に物理進化と化学進化の両方を観測的にとらえることによりアプローチしたものである。

 本研究の特色は、以下の通りである。

 1.典型的な暗黒星雲であるHeiles Cloud 2を、H13CO+,C34S,およびCH3OH輝線を用いて無バイアスでマッピング観測を行うことにより、分子雲コアの観測的プローブとしてどの輝線がふさわしいかを明らかにしたこと。

 2.その過程において、H13CO+輝線でのみ検出されるコアと、CH3OH輝線でのみ検出されるコアが存在することを、高い空間分解能による観測で示し、かつこの観測的特徴の違いがH13CO+およびCH3OH分子の存在量の違いに起因することを明確に示したこと。

 3.この違いは、よりCH3OHリッチな組成からよりH13CO+リッチな組成への化学進化が、コアの物理進化と同時に進むという考えにより、大筋は説明できることを確認したこと。

 4.しかし、この考え方で説明できないいくつかの観測事実を発見したこと。具体的には非常に高密度で物理進化の最終段階にあると思われるコアにも、非常にCH3OHリッチな小さな塊が存在することや、よりCH3OHリッチなコアとよりH13CO+リッチなコアとで、その力学的特徴に顕著な差が見られないことを発見したこと。

 最後の項目にあげた観測事実は、現在標準的に採用されている物理進化と化学進化の同時進行のパラダイムでは説明が容易ではなく、その変更が必要かもしれないことを示唆している。本研究が口火となって、今後多くの研究者によって展開される新しい研究によって、この問題がクローズアップされるものと期待される。

 以上のように、論文提出者の行った星形成寸前の状態にある分子雲コアの物理的・化学的進化の研究は、高いオリジナリティーを持ち、学界に対する貢献も大きいもので、高く評価できる。

 なお、本論文の第三章の内容は、三上人巳、斉藤正雄氏と共著論文の形で既に学術論文誌に公表されており、また第二章、第四章は、それぞれ斉藤正雄、三上人巳、平野尚美氏と共著の論文(第二章)、鎌崎 剛、斉藤正雄、平野尚美、百瀬宗武、川辺良平氏と共著の論文(第四章)として学術論文誌に投稿・公表される予定である。しかしいずれの場合も、論文提出者が主体となって、研究の立案から観測および解析、執筆までを行っており、その寄与は十分であると判断できる。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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