星形成において、「生まれる星の質量がどのようにして決まるか」という問題は、銀河形成や惑星系形成とも関連し、大変重要であり、今だ解決されていない問題である。特に、星の質量が母天体である分子雲の環境にどのように依存しているかを明らかにしなければならない。電波などで観測される分子雲は、多くの場合、細長い構造(フィラメント状)をなして存在し、その内部には大小さまざまなガスの塊が付随しており、一部では形成途中の星や生まれたばかりの星が観測されている。したがって星形成を理解するためには、その母体となる星間ガス雲の構造と進化を調べることが不可欠であるといえる。また、光・赤外の偏光観測からガス雲に磁場が存在することが示唆され、磁力線の方向は細長い構造の軸に対して垂直な場合も、平行な場合も存在することがわかっており、分裂・収縮するかなど、星形成過程を考える上でいずれにしても磁場は重要な役割を持つと考えられる。しかし、その成因は解明されていない問題であった。そこで、このような観測事実がどのような物理機構によって特徴づけられ、説明されるかという点に着目し、磁場を伴った平板状分子雲の進化を、様々な物理条件のもとで線形解析を用いて調べた。 本論文では、星間ガス雲の構造と磁場の方向の関係を決定する要因として、ガス雲に働く外圧の効果を考察している。現実のガス雲の構造は、雲同士の衝突や、OB型星周りの電離波面、超新星爆発の衝撃波により、ガスが圧縮された系などで生じると考えられるので、外圧の効果は本来重要である。そこで、このような系の理想化として、圧縮され平板状になったガス雲の分裂過程を線形解析により調べる。自己重力、一様な磁場を含んだ等温・平衡な平板状ガス雲を初期に考え、様々な外圧そして磁場の大きさのもとで、摂動を与えて分散関係を求めた。その結果、一様磁場が平板に平行に貫いていると、外圧の大きさが中心圧力の0.63倍よりも小さい場合には、磁場に沿ってガスが収縮して磁場に垂直なフィラメントが形成され、外圧の大きさが0.63倍より大きい場合には、磁場に平行なフィラメントが形成されやすいことが示された。 また、不安定となっている固有関数を調べることにより、2つの重力不安定性のモードの違いによって、不安定となる方向の物理的意味を明快に説明している。外圧が小さい場合は重力不安定性は収縮により不安定となる「圧縮モード」の方が卓越している。そこに磁場が入ると、磁力線に垂直な摂動は収縮による磁気圧によって安定化されるが、磁力線に平行な摂動は、収縮しても磁力線を曲げないことから、ほとんど磁場の影響を受けない。よって、磁力線に平行方向に不安定になりやすく、磁力線に沿って収縮・分裂し磁場に対して垂直なフィラメントができる。一方、外圧が大きくなると「圧縮モード」は抑えられて、変形により不安定となる「非圧縮モード」の方が卓越する。この時、磁力線に平行な摂動は変形により磁気張力が働くので安定化するが、磁力線に平行な摂動は密度変化をせずに変形させ、磁気圧は変化しないので磁場の影響を受けない。だから、磁場に沿ったフィラメントが形成されるのである。以上のような物理過程によって、これまで理論的に説明することができなかった、観測で見られる磁場に平行なフィラメントの形成機構が、外圧の効果が強いような状況で起きることが、本研究において初めて説明できた。 図表 外圧が大きな状況というのは、先に述べたようにOB型星周りの電離波面、超新星爆発の衝撃波などにより、ガスが圧縮された系と考えられる。このような系のとき、星間ガスを掃き集めて球殻状の分子雲を形成し、掃き集めの効果によって、密度の高いところほど磁場の大きさが大きいことや、加速度を持った系にあると思われるので、磁場が非一様な場合や外圧によって加速度をもった系においても、平板状磁気雲の安定性を線形解析を用いて調べている。 自己重力、非一様な磁場を含んだ等温・平衡な平板状ガス雲を初期に考え、様々な外圧そして磁場の大きさのもとで、摂動を与えて分散関係、固有関数を求めている。その結果、磁場が非一様磁場であっても、外圧が大きいときには一様磁場の場合と同様に、磁場に平行なフィラメントが形成されやすいことを示した。非一様磁場の場合は外圧の大きさが中心圧力の0.63倍よりもより大きな圧力が平行と垂直を分ける臨界外圧となり、磁場の大きさに依存する。ただし、外圧が臨界外圧より大きな場合は、先に述べた物理過程により「非圧縮モード」が卓越して、磁場に平行なフィラメントが形成されやすいことが示された。 加速度をもった系においては、以上までの解析により非圧縮性流体、一様磁場の仮定のもとで行えば十分と考えて、分散関係、固有関数を求めている。固有関数から不安定となる2つのモード(evenモードとoddモード)が存在し、加速度を大きくしていくとevenモードからoddモードにモードが移っていき、より不安定となっていることが示された。この物理過程を明らかにするために、自己重力の入っていない純粋なレイリーテイラー不安定性の3層における解析を行い、比較している。レイリーテイラー不安定性を3層で考えると、最も不安定な成長率は常にoddモードになっている。つまり、次のような物理過程によって不安定性が移り変わっている。 図表 加速度のない場合、平板状ガス雲は重力不安定性によって不安定となる。重力不安定性の特徴はevenモードで不安定となり、oddモードでは安定であることであるが、ガス雲に加速度が加わることによって、レイリーテイラー不安定性によるoddモードが現れ、加速度が大きくなると、レイリーテイラー不安定性のモード(oddモード)の卓越によって不安定となるのである。そして、磁場はいずれのモードにおいても、磁場に平行な方向の摂動しか安定化しないので、磁場に垂直方向の摂動によって、磁場に平行な軸を持つフィラメントが形成されやすいことが示された。 星形成に至る進化を考えるために、最も不安定な波長で分裂した後のフィラメントの進化を考察している。外圧が小さい場合は、磁力線の方向に対して垂直な軸を持つフィラメントを形成し、その場合の線密度は軸方向に収縮できるかどうかの臨界線密度より大きくなる。よって、垂直磁場に貫かれたフィラメントは軸方向に収縮し続ける。その先は状態方程式が断熱的になったところで収縮が止まって分裂すると考えられる。その際、分裂片の質量は0.01太陽質量程度になると予想できた。一方、外圧が大きな場合は、磁力線の方向に対して平行な軸を持つフィラメントを形成し、その場合の線密度は軸方向に収縮できるかどうかの臨界線密度より小さくなる。よって、平行磁場に貫かれたフィラメントは軸方向には潰れず、安定なフィラメントを形成する。このフィラメントは長さ方向には不安定となって分裂することができ、より大きな質量の分裂片に至ることが予想できるが、成長時間は自由落下時間に比べて長いので、平行磁場に貫かれたフィラメントにおいては、星形成が起こりにくいことが結論できた。 以上、この研究により、星間磁場の方向とフィラメントの軸の方向についての統一的な形成理論がはじめて示された。その後の進化についても予想することができ、星形成に対する環境の効果の1つを明らかにできたことになる。さらに、観測では磁場の大きさを測ることは難しく、方向は天球に投影された成分を見ているのだが、観測される分子雲の形状と磁場の方向との関係を統計的に議論することで、この理論を実際の観測で実証することができるようになった。 |