学位論文要旨



No 114060
著者(漢字) 本間,希樹
著者(英字)
著者(カナ) ホンマ,マレキ
標題(和) 銀河回転とダークマターの正体
標題(洋) Galactic Rotation and the Nature of Dark Matter
報告番号 114060
報告番号 甲14060
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3549号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中井,直正
 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 教授 吉井,譲
 国立天文台 教授 家,正則
 国立天文台 教授 笹尾,哲夫
内容要旨

 本論文は、銀河の回転運動の解析から銀河内のダークマターの分布について調べるとともに、銀河におけるダークマター候補天体MACHOの正体を論じるものである。まず本論文の前半部においては、銀河内中性水素ガスの回転および2重銀河の回転運動に基づき、ダークハローの広がりと銀河の総質量について議論する。

 始めに、我々の銀河系内のダークマターの分布を調べるため、太陽よりも外側の領域での銀河系の回転曲線を決定し、それに基づき銀河定数や銀河系の総質量を評価した。回転曲線の決定は、銀河系円盤のディスクの幾何学的性質を用いて中性水素ガスの全天サーベイデータを解析することにより行った。この方法で得られた回転曲線を他の様々な方法に基づいて決定された既存の回転曲線と比較した結果、我々の得た回転曲線が速度の決定精度および決定領域の広さにおいて最も優れていることが明らかになった。また、この回転曲線を用いて銀河定数を評価した結果、銀河中心距離R0が8kpc弱、太陽近傍での銀河回転の速度0が200km/s前後と、現在のIAU標準値よりも小さめの値を得た。これらの結果は最近の銀河定数の観測的な研究結果とよく一致している。さらに、我々の求めた回転曲線と上で求めた銀河定数とを組み合わせると、銀河系の回転曲線は2R0よりも外側の領域でケプラー的に落ち込んでいることが示唆され、銀河定数としてR0=7.6kpc、0=200km/sを採用すると銀河系の総質量として太陽質量の2×1011倍という値が得られた。これはフラットな回転曲線をマゼラン星雲の距離まで仮定することで求まる銀河質量の半分以下であり、銀河系の中に存在するダークマターの量が従来考えられていたよりも減少する可能性を示唆している。

 次に系外渦巻銀河のダークハローの広がりを決定するために、既存の系外渦巻銀河の回転曲線の速度分解能を定量的に評価し、ケプラー的な落ち込みを検出するのに十分な速度分解能が達成されているかを調べた。その結果、フラットな回転曲線の多くはその速度分解能が不十分であり、回転曲線がディスクの外側でフラットであるのかケプラー的であるのかを区別できていないことがわかった。また、十分高い速度分解能で観測された系外銀河は半数近くがケプラー的に落ち込む回転曲線を持つことも明らかになった。ケプラー的に落ちる回転曲線が質量のカットオフによるとすると、これらの銀河に付随するダークハローの広がりや質量は銀河ディスクの広がりや質量と同じオーダーであり、銀河系の場合と同様に、銀河内ダークマターの総質量に関する従来の説を大きく変える可能性をもつ。

 さらに、上記で議論したダークハローのカットオフについて回転曲線と独立に調べるために、2重銀河の回転運動の解析を行い2重銀河のM/L比を測定した。この研究においては、銀河間距離の大きな2重銀河をサンプルするために2重銀河の新たな選択基準を提唱し、近傍銀河のデータベースにそれを適用して2重銀河のサンプルを新規に作成した。さらに、2重銀河の視線速度差と銀河間距離の分布をモンテカルロシュミレーションを用いて理論的に計算し、我々が作成した2重銀河サンプルと比較することで銀河のM/L比を評価した。その結果、本研究では過去の2重銀河の研究に比べて銀河間距離の大きな2重銀河をサンプルしたにもかかわらず、得られた銀河のM/L比は過去の研究結果とほぼ一致した。また、サンプル中の2重銀河を銀河間距離によって3つのサブサンプルに分割してそれぞれM/L比を求めたところ、距離に関わらずほぼ一定のM/L比が得られた。以上の結果は回転曲線の研究結果と同様、ダークハローの広がりにカットオフがあることを示唆している。この研究で得られた渦巻銀河のM/L比は15から20程度であり、典型的なダークハローの広がりが銀河の可視領域の2倍から3倍程度であると見積もられる。この結果は回転曲線から決められた銀河ハローの広がりと定量的にも一致している。

 次に本論文の後半部では、上で得られた銀河ハローの質量分布の研究結果に基づき、銀河におけるダークマター候補天体MACHOの正体について解析するとともに、今後のMACHOの観測から銀河系のハロー構造についてどのような情報がもたらされるかを議論している。

 まずダークマター候補天体MACHOの正体を探るため、先に得られた銀河系の回転曲線を再現するようなハローモデルを用いてMACHOの質量を解析した。MACHOの質量は直接の観測量ではなく、適当なハローモデルを仮定することでその質量推定がなされているので、MACHOの質量はハローモデルに大きく依存する。従来の研究ではフラットな回転曲線を再現するハローが仮定されていたが、本研究では外側で落ち込むような回転曲線を持つハローモデルに基づいてMACHOの質量を求めたところ、その値は熱核融合反応のおこる下限値である0.08太陽質量よりも小さくなり得ることがわかり、褐色矮星MACHOの可能性が初めて定量的に示唆された。従来までの解析によるとMACHOの質量は0.5太陽質量程度で、その正体は極めて古く冷たい白色矮星である可能性が高いとされてきたが、この説は星計数や銀河計数あるいは銀河の化学進化などの観測と大きく矛盾することが知られていた。本研究で提唱される褐色矯星MACHOは、そのような観測に関して一切矛盾のない自然なダークマター候補天体であり、銀河系におけるダークマター問題に対する有力な解となる可能性を持っている。

 今後MACHOの正体を突き止めるには、銀河系のハローモデルにより強い制限をつけることが極めて重要である。そこで、binary MACHOによるcaustic crossingイベントの観測から銀河系のハローモデルに対して制限がつけられるかを調べるため、caustic crossingイベントの性質を上述のハローモデルに基づいて考察した。Caustic crossingイベントはレンズ天体の固有運動が測定可能な特殊なマイクロイベントであり、実際98年6月に起こったイベント98-SMC-01においてレンズの固有運動が初めて測定されている。従来このイベントは小マゼラン星雲内の2重星によるものであるという説が有力視されていたが、イベントの発生頻度の計算によればこのイベントがハローのbinary MACHOによるものである可能性が無視できない。そこで我々はbinaryMACHOによるcaustic crossingイベントのモンテカルロシュミレーションを行い、その結果として現在の観測システムではbinary MACHOによるイベントの大部分が検出できないことを指摘し、そのようなイベントの効率良い検出のためにはより時間分解能の高い観測が必要であることを示した。また、今後そのような高時間分解能の観測が実現されれば多くのcaustic crossingイベントについてMACHOの固有運動が測定可能であり、銀河系ダークハローの構造やダークマターの正体に関して制限をつけられることを示した。

 以上まとめるに、本論文では銀河回転の解析からダークハローの広がりについて制限づけるとともに、ダークマター候補天体MACHOの正体に関して褐色矮星という有力な候補を提案し、銀河天文学の研究分野において興味深い新たな知見をもたらした。

審査要旨

 本論文は9章からなり、我々の銀河系の回転運動を中性水素ガスのデータの解析から求め、銀河系内の暗黒物質の分布について調べるとともに、銀河における暗黒物質候補天体MACHOの正体を論じたものである。まず第1章で本論文の趣旨と目的および研究の重要性を述べたあと、第2章でこれまでの銀河回転の研究について紹介している。第3章では、我々の銀河系の回転曲線特に従来正確に求めることが困難であった太陽系より外側の領域での回転曲線を、銀河系円盤のデイスクの幾何学的性質を用いて中性水素ガスの全天サーベイデータを解析することにより求めた。これは、従来他の方法で求められていた回転曲線よりも、速度の決定精度、決定領域の広さ、および太陽系より内側の領域との接続性の点においてこれまでで最も優れたものである。またこの回転曲線から、銀河系中心から太陽系までの距離をR0=7.6kpc、太陽近傍での銀河系回転速度を約200km/sと推定し、比較的小さな値を得ている。従来、銀河系回転曲線は外側では測定可能なR=2.5R0までほぼ同じ速度を持つとされ、ダークハローがどこまで広がっているかわからなかったが、今回精度良く得られた回転曲線ではR=2R0より外側で回転速度が減少していることがわかり、ダークハローの広がりに制限を与えた。これから銀河系の総質量を2x1011太陽質量と推定し、従来より小さな値を得た。これをうけて第4章では、これまでに測定されている系外銀河の回転曲線の見直しを行い、十分な速度分解能のあるものだけを精選して調べてみると、約半数の銀河が外側で回転速度が減少していることがわかり、銀河の総質量や暗黒物質の広がりと質量に関する従来の見解を修正する可能性を示した。これを他の方法で確認するために第5章では、連銀河をなしている2つの銀河の視線速度差と銀河間距離の分布をモンテカルロシミュレーションの結果と比較して質量-光度比を推定し、銀河間距離によらずほぼ一定の質量-光度比を得た。これはダークハローの広がりが有限であることを観測的に示すものであり、第4章の結果を支持している。

 第6章では暗黒物質候補天体であるMACHOの質量の推定値がハローのモデルに強く依存していることを明らかにし、その正体を考察している。「外側の銀河回転曲線は測定可能な範囲でほぼ一定」という従来の説に基づくハローモデルでは、太陽質量の0.5倍程度の値が得られる。そこで、MACHOの正体として白色矮星が有力候補とされてきたが、これには、さまざまな銀河の観測事実に照らして重大な問題があった。しかし、本論文では、重力レンズのマイクロレンズ現象で見られる増光の時間尺度と頻度を第3章で求めた銀河回転曲線に適合するハローモデルで説明するには、MACHOの質量は平均0.08太陽質量以下となることを示した。この場合には、観測事実と矛盾をきたさない褐色矮星がMACHOの有力候補となり、従来の困難は解消される。これを観測から直接確認するために第7章では、binary MACHOの観測による質量決定の可能性を検討したが、現在の観測システムでは困難であること、しかしもっと時間分解能の高い観測が可能となれば、MACHO天体の質量に制限がつけられることを示した。また第8章では地球を周回している宇宙望遠鏡でMACHOを観測すれば、その周回運動による視差のため、観測される光度曲線には周期的な時間変動が生じ、その測定からレンズ天体までの距離を決定することができるので、地上から測定される固有運動と合わせて、レンズ天体の質量が求まることを示した。第9章では、以上の結果をまとめている。

 本論文は、特に、銀河系の質量や現代天文学最大の謎の1つである暗黒物質の正体を決定するのに重要な銀河系回転曲線を、中性水素ガスの観測データから新しい独創的な手法で従来にない精度で決定することに成功した点で極めて価値の高いものである。また暗黒物質候補天体として有力なMACHOが褐色矮星である可能性を指摘し、その検証のためMACHOの質量を地球上を周回している宇宙望遠鏡による光度変化の測定から決定しようとする考えは新しいアイデアであり、それが現在のハッブル宇宙望遠鏡で実現可能であることを示したことは、暗黒物質の謎の解明に大きな寄与をする可能性がある。

 本論文のうち、第3章から第5章までは祖父江義明氏と、第6章は官谷幸利氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上のことから、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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