学位論文要旨



No 114061
著者(漢字) 増永,浩彦
著者(英字)
著者(カナ) マスナガ,ヒロヒコ
標題(和) 輻射流体力学による原始星形成モデル
標題(洋) A Radiation Hydrodynamical Model for Protostar Formation
報告番号 114061
報告番号 甲14061
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3550号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 助教授 柴田,一成
 東京大学 助教授 長谷川,哲夫
 国立天文台 教授 観山,正見
 国立天文台 教授 中野,武宣
内容要旨 1はじめに

 星形成過程の研究は、天文学の中でひとつの大きな柱をなす重要な分野である。しかしながら、原始星と呼ばれる形成途上の星が周囲のガスから質量降着を得て成長していく過程は、現在においても未解明の点が多い。これは、原始星が周囲の降着ガスに囲まれて直接観測することが難しいこと、および進化のタイムスケールが比較的短いために十分な数の原始星天体が見つかりにくいという理由による。しかし近年、サブミリ波や遠赤外線領域の観測技術の進展にともない、激しい質量降着が進行中であると考えられる天体が数多く発見されており、質・量ともに充実した観測データが蓄積されつつある。

 一方、これらの観測データを解析する上で求められる理論モデルは、現在のところ極めて不十分である。原始星形成過程の理論的研究は、60年代後半から80年にかけて精力的に行われ、一定の成果を出して決着を見た。しかしながら、原始星の観測的知識が非常に乏しかった当時においては、観測データによる理論モデルの実証は事実上不可能であった。観測における問題意識は近年着実に具体化されてきている一方で、理論モデルの側がそのニーズに答えられる形で進化してきたとは言い難い。原始星形成過程のシナリオを完成させる最後の飛躍に挑むために、今日的な原始星形成理論モデルの構築は急務である。

 以上の問題意識に基づいて、本論文では球対称輻射流体力学数値計算による原始星形成過程を追跡し、最新の観測成果を説明する新たな原始星形成シナリオを提案する。輻射場を数値的に扱う際、しばしば用いられる拡散近似を仮定せず、Variable Eddington Factor法を用いて光学的に厚い領域から薄い領域に至るまで輻射場を厳密に扱う計算を行っている。また、ダストの温度とガスの温度を別個に取り扱い、さらに周波数依存性を考慮した輻射輸送方程式を解くことにより、力学進化に伴うエネルギー・スペクトル(SED)の進化を厳密に追うことに成功した。

 以下に、計算結果の概略およびその考察を述べる。

2結果と考察

 計算の初期条件として、1太陽質量を持ち温度が10K程度で僅かに重力不安定な分子雲の高密度コアを想定した。初期の密度構造として、一様密度および静水圧平衡の二種類を考えた。いずれの初期条件に対しても、力学進化の全体像は同様であったが、光度曲線に本質的な違いが現れることを見いだした(後述)。高密度コアの重力収縮により中心密度は加速度的に上昇するが、進化の初期においては冷却効率が良いためにほぼ等温的な進化を行う。しかし、最終的にはガス圧縮による熱化が聞いて中心温度は上昇を始め、圧力で収縮が減速されるため断熱コア(いわゆるfirst core)が誕生する。等温進化が破れて温度が上昇を始める条件について、解析的な見積もりを行い、数値計算の結果と良い一致を示すことを確認した。

 このようにして誕生したfirst coreは、水素分子が原子に解離するためにさらに重力収縮し、解離の終了とともにsecond coreを形成する。このsecond coreが原始星の種となり、周囲の降着ガスを集めて成長していく。誕生した原始星の半径は4太陽半径程度であり、過去の類似の研究による結果と一致している。

 前述の通り、光度曲線は初期条件に依存して異なる振る舞いを示す。初期に一様な密度分布で計算を始めたモデルでは、原始星形成直後25太陽光度まで急激に上昇した後、徐々に光度を下げていく。一方、初期に静水圧平衡を仮定したモデルでは、光度は徐々に上昇していくのみであった。この違いは、初期状態における内向きの加速度の有無から生じる質量降着率の(僅かな)違いに起因している。初期に一様な分子雲コアは有限の加速度を持って収縮を始めるので、原始星形成直後にやや大きめの質量降着率を得る。光度は質量降着率と原始星の質量の積に比例するので、初期一様モデルではより急激な光度の上昇を経験する。しかし降着ガスの枯渇にともない質量降着率は次第に下降し、したがって光度も時間とともに緩やかに下がっていく。一方初期平衡モデルでは、得られる質量降着率が小さいために初期の急激な光度の増加は得られない。しかし、その結果降着物質の枯渇する速度も遅いために質量降着率は進化を通じほぼ一定の値を保ち続け、結果的に光度は原始星の成長とともに一方的に上昇していく。

 以上に述べた力学進化に伴うエネルギー・スペクトルの進化も数値計算により同時追跡した。エネルギー・スペクトルを定量的に評価するため、スペクトルの形から見積もられる平均的な周波数が示す典型的な温度としてbolometric temperature Tbolを導入した。観測天体はこのTbolを用いて系統的に分類できることが明らかにされており、理論モデルと観測データとの対応をつける上で有用である。その結果、観測的にClass 0源として知られる天体の示すエネルギー・スペクトルは、Class I天体に比べて一桁程度若い段階(2万歳程度)にあることを確認した。このようなClass 0源を、「真の」Class 0天体と呼ぶことにする。一方観測の統計によると、Class I天体はClass 0源に比べ一桁近く光度が小さいことがわかっている。上述の初期一様モデルはこの傾向を再現するが、初期平衡モデルでは定性的に食い違う結果をもたらしている。すなわち、星形成を引き起こす分子雲高密度コアは、静水圧平衡にはないことが明らかになった。

 「真の」Class 0天体と実際に観測されるClass 0源との関係は、非球対称的な効果も視野に入れると単純ではない。Tbolはスペクトル中の赤外成分の有無に敏感であるために、回転しながら降着するガスの密度が円盤面内で特に高い事実を考慮すると、天体の傾斜度によってはClass I天体がClass 0天体であるかのように観測され得ることに注意が必要である。しかも、「真の」Class 0天体に比べClass I天体が一桁程度数が多いことを考えると、傾斜度の効果でClass 0的に見えるClass I天体が真のClass 0天体と混同される効果は決して無視できない。その両者を区別するためには、個々の天体の光度を考慮にいれるとよい。十倍太陽光度以上の明るさを示すClass 0源は「真の」Class 0天体であるべきだが、Class I天体と同程度の光度しか持たないClass 0源は実際には既にClass I天体程度に進化した天体である可能性が高い。

 本論文では、以上の結果を踏まえて、新たな原始星進化のシナリオを提案する。そのシナリオによると、天体の年齢と傾斜度の2次元平面において、星なし分子雲コア、Class 0天体、Class I天体、さらにはフラットスペクトルT Tauri星が統一的に領域分けできることを示した。

3分子線スペクトル

 輻射流体力学計算結果をより観測と密接に関連づけることを目的に、分子線スペクトルを計算する輻射輸送数値計算コードを開発した。この計算コードでは、LVG近似やmicro-turbulence近似のような速度分布に対する簡単化をおかず、任意の物理構造に対し厳密な線スペクトル解析を行うことができる。

 上述の輻射流体力学計算の結果を元に、様々な進化段階にある星形成天体の示す分子線スペクトルを計算した。その結果、降着ガス特有の非対称対ピークを持つプロファイルが得られた。過去には、等温自己相似解を用いた線スペクトルの計算結果があるが、モデルによって線幅が広すぎたり、ウィング成分を再現できないなどの問題点が指摘されていた。しかし、我々の結果によるとその双方が自然に解決できることを見いだした。このことは、実際の天体の線スペクトルを再現する上では、自己相似解のような簡単化された力学モデルでは必ずしも十分でないことを示唆している。

 今後は、現在の成果をより発展させ、実際の観測スペクトルのモデルフィットなどを通してさらに踏み込んだ議論を展開してきたいと考えている。

審査要旨

 本論文は、七章と付録部分から構成されている。第一章は、星形成過程に於ける輻射輸送過程の重要性を説いた導入部分、第二章は、本論文に於ける数値計算のスキームを、第三章は、問題とする星形成過程で考慮しなければならない物理過程がまとめられている。それ以後の章では、研究成果が記述されており、第四章では、星間ガスが収縮して中心に断熱コアを形成する、いわゆる「第一次重力収縮」までの計算結果を、第五章では、その後水素分子が解離して、再び収縮を始め最終的に原始星が形成される過程をまとめている。第六章は、この原始星形成過程の計算結果から、原始星の形成過程が分子の輝線による電波観測で、いかなるスペクトル形状を示すかの予言を行い、第七章では、計算結果から原始星形成過程の全過程を論じている。

 最近の観測技術の進歩によって、星形成領域の詳細な観測が可能となった。特に、太陽質量程度の若い星の場合は、電波、赤外線、可視光、紫外線及びX線にわたるスペクトルやイメージが取得可能となった。その結果、若い星を取り巻く円盤、ジェット及び外層部といった構造やそれらの進化過程が明らかにされつつある。

 これらの観測の詳細な解析のためには、これまでの流体力学的取り扱いでは不十分である。星形成時のスペクトルの形や、その変化まで追跡するためには、輻射輸送過程も考慮した輻射流体力学問題を解かなくてはならない。星形成過程は、スケールにして百万倍も収縮する過程であり、その密度変化のダイナミックレンジの大きさのため、輻射に対して透明な領域と不透明な領域が、時間的にも空間的にも混在する過程である。そのため正確な取り扱いが困難であった。この様に、従来は難しさのため近似的取り扱いでしか解析されていなかった輻射輸送問題に、論文提出者は挑戦し、星形成時に於ける様々なステージのスペクトルを明らかにすることに成功した。

 本研究の特色は、以下の通りである。

 1.振動数に依存した輻射輸送過程を考慮した流体力学問題を解くことにより、星形成の進化過程を追跡したこと。従来までの他の研究は、輻射輸送過程を無視したり、考慮していても力学的には矛盾ある構造での取り扱いでしかなかった。

 2.研究成果が、観測と直接比較可能であること。すなわち、空間構造とスペクトル構造が同時に初期値問題の結果として得られるので、様々なステージにある原始星やTタウリ型星の観測と比較可能で、そこから詳細な物理状態が把握可能となる。

 特に振動数依存も厳密に解いたことにより、本論文では、次のような新たな成果が得られた。

 1.重力収縮中の星間ガス雲が、どの時点から断熱的に温度上昇が始まるかの理論を構築できた。

 2.また、原始星の形成過程に於けるスペクトル進化の計算も行い、クラス0天体と分類されるものの物理的状態を明らかにした。

 3.原始星の光度進化過程の解析から、観測と矛盾しない星形成の初期物理状態について論じた。

 4.さらに、原始星の分子スペクトルの形状を理論的に求めることに成功し、電波観測から得られるスペクトルから原始星の進化段階を解析する手法を与えた。

 5.計算結果から、原始星形成過程の全体的な物理的シナリオを構築することに成功した。

 以上のように、論文提出者の行なった星形成過程の解析は、輻射輸送の振動数に対する依存性を考慮したものとしては初めてのものであり、その成果は高く評価できる。

 なお、本論文の第四章の内容は、観山正見、犬塚修一郎氏と共著論文の形で、付録の一部の内容は、犬塚修一郎氏との共著論文の形で、既に学術論文に公表されているが、論文提出者が主体となって分析及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断できる。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク