東大天文センター、南アフリカ天文台(SAAO)と日本の国立天文台の間で1993年から広視野近赤外撮像計画が始まった。その計画のため、後に「PANIC」と名付けられた近赤外カメラが、SAAOで作られた。PANIC(PtSi Astronomical Near Infrared Camera)は、三菱エレクトロニクス社製の薄いPlatinum-Silicateフィルムを使った、画素数1040×1040の赤外線検出器を元に作られている。主な研究対象は、大小マゼラン雲の星団の中の赤外線星の探査及び、漸近赤色巨星の光度変化であった。これは、赤外線宇宙天文台(Infrared Space Observatory,ISO)での観測を前にしての、地上からの補助観測である。もう一つの研究対象は、銀河系中心25分四方の長周期変光星の探査である。どちらの研究も、SAAOのSutherland観測所にある、口径75cmの望遠鏡にPANICを取り付けて観測を行なった。 著者松本茂は、1994年の5月にSAAOに渡り、PANICを使ったもう一つ別の観測計画を始めた。それは、PANICを焦点距離の短い小型の望遠鏡に取り付け、更に広視野の観測を行なうものである。その計画のため、口径40cmの望遠鏡が用意され、SAAOのCape Townの敷地の使っていなかった望遠鏡の架台に取り付けられ、観測準備がされた。1994年6月に観測が始まり、8月から12月まで試験観測を行ない、1995年6月にPANICに最後の改良がなされ、銀河系バルジの探査観測が本格的に始まった。観測の目標は、銀河系バルジに大量にあると考えられている長周期変光星を捜し出す事である。長周期変光星は非常に低温度の星で、さらに自ら質量放出を起こし、赤くなっているものもあるので、近赤外の波長域が探査には最適である。 Cape Twonは、常に天気が悪く、測光にはあまり適していない。そのような状況で、普段使われている標準星を使い等級の原点を決めるのは容易ではない。そのため、Sutherland観測所の口径75cmの望遠鏡を2週間借りて、SAAOの近赤外測光系の第二次測光標準星を探査観測を行なっている領域の中に作った。観測を行なった2週間は生憎非常に天気が悪い夜が続いたが、それでも二日間は測光日和であった。その結果、各領域に4-5個程度、計50個程度の星が第二次測光標準星として準備された。 我々の銀河系バルジは、系外銀河に比べ遥かに近くにあり、よって詳しく調べる事が可能である。1940年代より行なわれてきた研究により、銀河系バルジの星は確かに古いが、金属量は幅があり、金属量の多いものはなんと太陽の金属量をも越えている。銀河系バルジには、長周期変光星と呼ばれる周期が一年程度の変光星が多数存在する。長周期変光星は、低中質量星の進化の最終段階に起こり、その周期と明るさは、星の質量と関係がある。銀河系バルジに存在する長周期変光星の周期は、最も若く金属量の多い球状星団に存在している長周期変光星の周期より長いものが存在する事から、銀河系バルジはそれらの球状星団より最近まで星を形成していたと考えられる。一方、大マゼラン雲や銀河面で見つかっているような、周期が1000日にも及ぶ長周期変光星がなかったり、セファイド型変光星がない事などから、銀河系バルジの最も若い星は、太陽質量を少し越える程度の質量で、年齢は数Gyr程度だと考えられる。最も観測が容易な我々の銀河系のバルジについて、長周期変光星を捜し出し、周期などの性質を決めていく事は、銀河形成期の星形成史を研究する上で重要である。 バルジは銀河の中心部にあり、その形状は、銀河の構造を考える上で非常に重要な位置にある。我々の銀河系バルジは、我々が銀河面の中から見ているため星間吸収の影響などで、全体的な形がわからない。さらに、近くにあるということで、見かけの大きさが非常に大きく、全体を調べるには非常に広い天域を観測せねばならない。今までは、表面輝度の観測により銀河系バルジの形を決めてきたが、最近になって個々の星を使って形を決める研究が出てきた。しかし、今までの研究は、ほんの数分程度のいくつかの領域しか観測を行なっておらず、結果に疑問が残り、数度に渡る広い領域を使った研究が望まれる。 今回の探査観測では、銀経-5度、0度、+5度、銀緯-6度、0度、+6度を中心とする9つの領域(Fig.1)を選び、各領域について、4平方度程度を近赤外のJ(1.2m)とH(1.65m)の二つの波長帯で繰返し観測し、長周期変光星の探索を行なった。観測は、1995年の7月から8月、1996年と1997年の4月から8月にかけて、SAAOのCape Twonで行なった。各領域を毎年5回程度観測した。領域の正確な場所は、年によって少しづつ異なる。 Figure1:今回探査観測を行なった6つの領域。銀河座標系で書かれている。各領域の中の小さな四角は、銀河系バルジの形状を調べるために区分けされた小領域で、それぞれ40分四方である。 今回の探査観測は、大量のデータを生み出す上、特殊な装置を使っており、標準的な装置とは異なる問題点もあったので、データ解析はほぼ全て自分で作ったプログラムで行なった。解析方法は、標準的な方法のうち、できる限り簡単な方法を採用した。解析方法には二つの基本思想がある。一つ目は、自動化である。大量のデータを扱うため、できる限りの自動化が要求される。更に、解析の方法についても思考錯誤が必要であったため、何度でも簡単にやり直しができることが要求された。二つ目は、結果を図にして目で見て確認することである。結果が数値のみだと見落としが多く、誤りを発見しづらい。今回の研究では、質の良くないデータを大量に扱うので、解析結果の確認は非常に重要な作業であった。 解析の結果、各領域に数十個、合計千個弱の長周期変光星を発見した。(Fig.2)それらについて、三角関数を使って周期と振幅を求めた(Fig.3)。 Figure2:銀経0度、銀緯-6度の領域の色-等級図。点が個々の星で、丸は見つかった長周期変光星である。星が集中しているのが銀河系バルジの赤色巨星分枝の明るい部分である。Figure3:今回見つかった長周期変光星の光度曲線。白抜きがJ bandで黒がH band。左の一群が1995年の観測、真中が1996年で、右が1997年。 バルジの形を以下のようにして調べた。まず始めに、バルジ全体に広がった各領域をそれぞれ7個程度の40分四方の小領域に区分けした(Fig.1)。その小領域の星の数を、解析的な形と比較することで、銀河系バルジの形を調べた。始めに回転軸対象の形で、我々は銀河面の真中にいると仮定して調べた。次に、楕円体で三つの軸があると仮定して調べた。その際、バルジに対する我々の位置として、二つの角度も考慮した。その結果、今までの研究と同じような形が望ましいことがわかった。 また、今回の観測結果を使い低中質量星の終末期の進化を調べた。低中質量星は、進化の最後に大量の質量を放出して、白色矮星となり死んでいく。それと同じ時期に、長周期の変光を起こす。星周塵に覆われた星は、大抵周期が長く、振幅も大きいことなどから、長周期の変光と質量放出には関係があることが推測されるが、星団での観測例が少なく、良くわかっていない。ヘリウム核燃焼の暴走、長周期の変光と激しい質量放出の関係を観測的に調べるには、星団に比べれば質量、金属量に幅があるものの、104年程度の短い期間の現象を起こしている星が十分存在する、銀河系バルジは適している。今回そういった星を大量に発見したので、星の数を使って星の進化の進む早さを調べた。 星の数を実際の滞在時間に変換する方法として、赤色巨星(Fig.2)の光度関数を用いた。星の進化の理論において、赤色巨星の明るさと核の質量の関係が得られている。赤色巨星期は、明るさは殻における水素の燃焼で賄われているので、核の増加する速さと明るさには関係がある。その二つを使い、理論的な明るさと滞在時間の関係を導き出した。それを、観測された赤色巨星の光度関数と比較することで、数と滞在時間の関係がわかる。あとは、ある段階にある星の数を数えることで、その寿命を見積もることができる。その結果、銀河系バルジの星が激しい質量放出をしている期間は、おおよそ104-105年とわかった。 最後に、見つかった長周期変光星のカタログを載せた。カタログには変光星の位置、明るさ、色、周期、及び振幅などを記した表と、変光曲線が集められている。 |