学位論文要旨



No 114066
著者(漢字) 白石,浩章
著者(英字)
著者(カナ) シライシ,ヒロアキ
標題(和) ペネトレータ搭載用衝撃加速度計測システムの開発とLUNAR-Aミッションへの適用
標題(洋)
報告番号 114066
報告番号 甲14066
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3555号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 向井,利典
 東京大学 教授 水谷,仁
 東京大学 助教授 藤原,顕
 東京大学 助教授 栗田,敬
内容要旨 1はじめに

 文部省宇宙科学研究所の計画する月探査計画LUNAR-Aミッションは「ペネトレータ」と呼ばれる観測プローブを月面に設置し、内部に搭載した地震計と熱流量計により月の内部構造を探査することを目的としている。ペネトレータ方式の探査は1回のミッションで固体惑星表面の複数点に地震観測網を展開しての内部構造探査やその場観測(熱流量・組成分析など)を実現することができ、探査機システムの小型・軽量化が要求される将来の宇宙ミッションにおいて重要な観測手段に位置づけられている。本論文は、LUNAR-Aペネトレータに搭載する衝撃加速度計測システムの開発と関連するLUNAR-Aペネトレータのシステム設計および実ミッションでの検証に必要となる成果を集成したものである。

2研究の目的と意義

 ペネトレータ」は運動エネルギーを利用して高速度で惑星表面に観測機器を貫入設置させるハードランディング型のプローブであり、搭載機器には通常の科学衛星と同様に小型・軽量・省電力化などに加え、突入時の貫入衝撃に耐えることが要求される。

図1ペネトレータの投下設置シーケンスの概略

 LUNAR-Aミッションの場合、母船から分離されたペネトレータは軌道離脱モータを噴射して周回速度をキャンセルし、自由落下中に90度姿勢を変更して約300m/sの高速度で月表層を覆うレゴリスと呼ばれる粉体の層に垂直に衝突・貫入していく(図1)。

 衝撃加速度計測システムはペネトレータが月面に突入を開始してから貫入停止するまでの加速度(減速度)データを取得するために搭載される。計測システムは加速度(減速度)を検出するセンサー系、センサーのアナログ出力を増幅してデジタル信号に変換する計測回路系などから構成され、取得された加速度計測データから時間積分によりペネトレータの突入速度と潜り込み距離を推定するとともに、設置地点の月レゴリスの力学的物性や層構造を推定することが目的である。測定結果はペネトレータの科学観測の周辺環境を把握したり、観測データを評価するために必要となるものである。また、開発過程において取得された加速度データや貫入特性データは、月面突入時のペネトレータのダイナミクスを解明したり、実機ペネトレータの荷重条件を推算して構造設計を行うための数値シミュレーションコード(オリジナルコードは東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学科鈴木宏二郎助教授による)を構築するために応用されるなどペネトレータシステムの設計・開発においても重要な役割を果している。

3衝撃加速度計測システムの基礎開発とLUNAR-Aペネトレータへの適用

 加速度計測システムを開発するうえで最も重要なことは、その計測が月面貫入の最中に行われるためセンサー系と計測回路系が通電状態で数千Gの衝撃を受けながら実行されることである。つまり、貫入衝撃を模擬したシステムの機能・性能評価をいかにして行うかが開発のポイントとなる。本研究では直径50mmの小型モデル貫入試験装置を主体として、搭載センサーの性能評価・選定や計測回路系の耐衝撃性を評価するために必要な試験システムを開発した。特に、搭載センサーの性能を評価するにはその出力を衝撃中に正確に記録できる計測回路が必要となるが、小型モデルに搭載可能な小型・軽量かつ省電力化された計測回路と10000Gに達する衝撃から回路系を保護する実装技術について改良を重ね、センサー系と計測回路系を一体化したシステムで性能評価ができる試験方法を確立した(図2)。衝撃加速度センサーはその検出原理や検出素子の材質・構造により異なるタイプのセンサーが開発されているが、ペネトレータに搭載された状態で砂のような粉体の標的に対して高速度で貫入した場合の衝撃を正確に検出できるタイプのセンサーを選定する必要がある。開発した評価試験システムによりセンサータイプごとの性能を比較したり、月面突入環境を想定した環境耐性試験を行った結果、ゼロシフトが小さくかつ耐衝撃性にも優れたピエゾ電気型環状シェアセンサーを実機搭載用として採用することとした。取得された加速度ファイルの例を図3に示す。また、搭載用センサーに合わせた実機搭載用システムの開発のための試験も行って、計測回路系の仕様を決定するための基礎データを取得した。

図2加速度センサー性能試験用ペネトレータの内部構成図構体内部は射出・貫入時の衝撃から保護するために高強度エポキシ樹脂で固められる。図3性能試験で取得された加速度プロファイル射出装置による加速時と月レゴリスを模擬した標的砂への貫入時の衝撃が記録されている。
4実機ペネトレータ貫入試験での検証

 小型モデル貫入試験における基礎開発の成果をもとに、実機サイズ(構体全長75cm、直径14cm、重量13kg)のペネトレータを用いた月面突入条件での衝撃環境を計測し、システムの機能確認や測定精度の評価を行った。LUNAR-Aミッションの場合、ペネトレータは月面に垂直に突入するように設計されているが、母船からの分離から姿勢制御に至る過程で生じる誤差の蓄積によりペネトレータの機軸と速度ベクトルは必ずしも一致せず、迎角が発生するために腹打ちのような状態で月面に突入する(図1)。ペネトレータが迎角付きで貫入すると、突入直後に重心周りにトルクが生じて潜り込み経路や停止姿勢が大きく曲げられることが予想される。このため、科学観測が可能となる潜り込み深さと停止姿勢を確保するために迎角が最大でも8度以内となるように投下シーケンスの工学的設計がなされている。しかし、わずか数度の迎角でもその後の潜り込み経路や停止姿勢が突入方向から大きく曲げられることは避けられず、月面突入時を想定した迎角付き貫入時の運動過程をあらかじめ地上試験において明らかにしておくことは貫入停止後のペネトレータの観測環境を推定するうえで重要と考えられる。そこで、実機サイズのペネトレータを用いた迎角付き貫入試験、機軸方向の加速度に加えてそれに直交する横加速度プロファイルを取得した(図4)。その結果と数値シミュレーションコードを組合わせることで、迎角を持った状態で突入した場合の潜り込み経路や姿勢変化の時間履歴を明らかにした(図5)。同時に、開発した衝撃加速度計測システムは月面突入条件において突入速度と潜り込み距離を推定できることを確認した。

図4実機ペネトレータ貫入試験で取得された構体の3軸方向の加速度プロファイル図5LUNAR-Aペネトレータの潜り込み経路突入開始から1 msecごとの位置と姿勢を示す。
5月レゴリスの層構造の推定法

 LUNAR-Aペネトレータは月面レゴリス層に2〜3mの深さまで貫入して科学観測を行うが、月表面を厚さ数m〜10数mでおおうレゴリスの物性は水などの揮発性成分を全く含まず超高真空状態(〜10-15atm)におかれていることから、地球の表層を構成する岩石や土壌とは著しく異なった性質を示す。特に、隕石衝突によって破砕・混合された構成粒子は数m程度の微粉体から数mmの細粒の破砕物まで幅広い粒度分布をもっているために、圧密の程度によりバルク密度が数10%も変化し、それに伴って他の物理的性質(弾性波速度・熱伝導率・電気伝導率など)も著しく変化することが知られている。また、一連のアポロミッションにおけるその場観測(硬度測定・コアサンプリング)によると、月レゴリスには数cm〜数10cm単位で硬度やバルク密度の異なる層が堆積していることが明らかにされ、クレーター形成による放出物の層序を反映した情報を含んでいる。それゆえ、LUNAR-Aペネトレータの設置される地点のレゴリスの物理状態に関する情報を独立に得ることができれば、ペネトレータの観測環境を推定したり科学データを解析するうえで、またアポロ探査の各着陸点での観測結果と比較するうえでも有用であると考えられる。

 一方、LUNAR-Aペネトレータが高速度で月レゴリスに潜り込む際の加速度データは、レゴリスから受ける動的な抵抗力を測定したものであり、プロファイルには標的の物理的性質を反映した情報が含まれていることが予想される。さらに、加速度データを時間積分することで潜り込み距離の時間履歴も推定することができるので、ペネトレータの潜り込み経路に沿った層構造の有無を検出することが期待される。

 そこで、LUNAR-Aミッションでの応用として、加速度データと数値シミュレーションコードを組合わせた月レゴリスの層構造を推定する方法を提案した。まず、実機貫入試験で得られた加速度プロファイルと貫入経路に沿った砂硬度データから最小二乗法により砂硬度(バルク密度と相関関係)の違いを考慮した運動方程式を求めた。次に、標的砂のバルク密度の一様性を仮定してモデルを構築していた荷重条件推算用シミュレーションコードを標的砂のバルク密度の違いや層構造の有無に対応できるコードに改良した。そして、月レゴリスの非一様性をモデル化して実機ペネトレータの慣性諸元および突入条件下でのシミュレーションを行い、バルク密度・層構造を考慮した場合に予想される加速度プロファイルを推定した。その結果、予想される加速度プロファイル、地上試験での加速度データから推定される砂硬度分布、さらに実機搭載用加速度計測システムの分解能や精度を総合的に検討したところ、実フライト時に取得される加速度データからペネトレータ設置地点付近の層構造を検出できる可能性があると考えられる。

6おわりに

 衝撃加速度計測システムの開発はLUNAR-Aペネトレータに搭載される1つの観測機器にとどまらず、ペネトレータシステムの設計・開発において重要な役割を果している。その意味で、本研究の成果はLUNAR-Aミッションだけでなく、将来のペネトレータ方式の惑星探査の立案・設計にも反映させることができると考えられる。

審査要旨

 本論文は将来の惑星探査で重要な役割を果たすと考えられるハードランダー型惑星探査装置ペネトレータに搭載される小型、高耐衝撃性をもつ加速度計測システムの開発とその計測システムを使って得られる惑星表層の力学的性質の推定方法を論じたものである。ペネトレータとは小型の槍型プローブに観測機器を搭載したもので、1回の惑星ミッションで複数の観測点を惑星表面に設置できる可能性をもっていることから、探査機システムの小型・軽量化が要求される将来の惑星探査において重要な観測手段と位置づけられるものである。本研究の主題であるペネトレータ搭載の加速度計測システムはペネトレータ本体の貫入ダイナミクスを明らかにする上で必須であり、これらから得られたデータはペネトレータ本体の構造設計、観測機器設計にも大きな寄与をなしたものである。

 本論文の構成は7章からなり、第1章では本研究全体の科学的意義、第2章では本研究の主要な目標のミッションである月探査ミッションLUNAR-Aの概要、第3章では小型ペネトレータの貫入実験の方法と結果、第4章では衝撃加速度計測システムの開発における技術的解決、第5章ではLUNAR-Aペネトレータの実機貫入試験の方法と結果、第6章ではLUNAR-Aペネトレータ搭載の衝撃加速度計測のシステムと計測シーケンスの概要、第7章ではペネトレータの月レゴリス中での貫入ダイナミクスとそれから得られるレゴリスの力学的性質推定方法について述べられている。

 ペネトレータ搭載の加速度計測システムを開発する上で最大の技術上の課題は、その計測が惑星表層への貫入時に行われるため、センサー系と計測回路系が通電状態で、10000Gに達する大きな衝撃下で実行されることである。したがって貫入衝撃を模擬した環境下で計測システムの機能・性能評価をいかにして行うかが開発のポイントとなる。本研究では直径50mmの小型ペネトレータの衝突貫入試験装置を主体として、センサーの性能評価・選定や計測回路系の耐衝撃性を評価する試験システムを開発した。この試験システムを使った多数回の実験により、小型・軽量・省電力化された計測回路と10000Gに達する衝撃から回路系を保護する実装方法について改良を重ね、最終的に月探査ミッションLUNAR-Aに搭載可能な加速度計システムを開発することに成功した。

 このシステムをLUNAR-Aミッションの実機サイズのペネトレータに搭載し、実機と同等な貫入条件においてその計測系が正しく機能することを確かめた上、さらにペネトレータの月面における貫入ダイナミクスの考察した。その結果は実機ペネトレータの荷重条件をもとに構造設計をおこなう際の基礎として使われた。

 本研究で開発されたペネトレータ搭載の加速度計測システムは、惑星表層にペネトレータが貫入する際にペネトレータが受ける動的な抵抗力を測定するものであるので、その記録には惑星表層の物理的性質を反映した情報が含まれている。本論文の最終章では、この加速度記録からいかにして惑星表層の物理的性質を読み取るかについての新しい手法が提案されている。この手法の有効性についても実験により、実際と記録の解析から推定されるものとの比較が行われ、月・惑星表層(深さ数mまでの範囲で)の構造について新しい知見が得られることを示している。

 本論文は以上のように、将来の惑星探査において重要な役割を果たすと考えられるペネトレータ搭載用加速度計測システムの開発とそこから得られるデータの解析方法について詳細に記述したものであり、地球惑星物理学に大きな寄与をなすものである。

 なお本論文の第3章、第5章の実験部分は宇宙科学研究所ペネトレータ研究班の開発研究の一部として実施されたものであり、第5章の貫入ダイナミクスシミュレーションについては東京大学大学院工学系研究科の鈴木宏次郎助教授との共同研究であるが、本論文で記述された部分は論文提出者が主体となって準備、実施、解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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