学位論文要旨



No 114067
著者(漢字) 杉岡,裕子
著者(英字)
著者(カナ) スギオカ,ヒロコ
標題(和) 水中音波および水中カップリング地震波による特異な海底地殻現象の検出
標題(洋) Detection of Enigmatic Submarine Events Using Ocean-acoustic and Ocean-coupled-seismic Waves
報告番号 114067
報告番号 甲14067
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3556号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平田,直
 東京大学 教授 末廣,潔
 東京大学 助教授 川勝,均
 東京大学 教授 金沢,敏彦
 東京大学 教授 深尾,良夫
内容要旨

 近年、地震観測用海底ケーブルが気象庁・文部省・科学技術庁などによって敷設されている。しかし、これら海底ケーブルの記録はこれまで震源決定などに用いられることがほとんどで、海底ケーブルが潜在的に持ち備えているはずの能力を限りなく生かした研究はほとんどなかったと言って良い。本研究では従来気がつかれていなかった海底ケーブルの威力に光をあて、初めて見い出された水中カップリング地震波による海底地殼活動の検出および解析からケーブル利用の地球科学の今後の発展の方向を示したばかりではなく、水中音波を用いた海底火山活動の実用的なモニタリングが可能な時代になったことを示した。

 本研究は大きく3つに分けられる。即ち、第一に海底火山活動のモニタリング、第二に水中音波による海底火山活動の検出、第三に水中カップリング地震波を用いた特異な海底地殻活動の検出、である。

1.海底火山活動のモニタリング

 海洋の鉛直温度構造から水深が1000m付近は低速度層となるため、そこに臨界角で入射した波は減衰することなく長距離を伝播することが可能である(導波管の原理)。このチャンネルのことをSOFAR channelといい、そのチャンネル波をT-wavesという。SOFAR channelにハイドロフォンアレイを展開し、T-wavesの検出をすることによって海底火山活動のモニタリングを試みた研究はこれまでにもいくつか報告されている。本研究では房総沖・東海沖・三陸沖の3海底地震観測網のデータを解析し、検出されるT-wavesから海底火山活動のモニタリングを試みた。海底火山活動が活発であるとき、T-wavesは群発的に励起される。本解析では気象庁による東海沖4点(深度:2202m,1542m,817m,722m)、房総沖4点(深度:4011m,2090m,1898m,658m)、東大・東北大による三陸沖3点(深度:2480m,1840m,1057m)、の海底地震観測アレイ記録を用い、T-phaseを励起したそれぞれのイベントの震源を求めた。具体的には、上記観測点の中からS/N比の良い記録を選び、T-wavesの立ち上がり(あるいは最大振幅時)を読み取り、T-wavesの励起点と励起時刻およびSOFAR channnelの音波速度を未知数として、線形化された観測方程式を解いた。結果は伊豆・小笠原弧における海底火山活動に対し、海上保安庁水路部および海上自衛隊の航空機により確認された変色水域にほぼ一致する震源を得た。中でも特に活発な活動であった福徳岡の場と呼ばれる南硫黄島の北側にある海底火山活動に対し、その際励起されたT-wavesの波群を詳しく解析した。その結果それらの波群はその継続時間が0.数秒のパルス波の集合であることがわかり、従来、一つの波群が一つのイベントに対応するものであると考えられてきたがこの結果はそのイベントがさらに小区分のイベントから成ることを示しており、新たに得られた知見である。

2.水中音波による海底火山活動の検出

 1996年9月5日に発生した鳥島地震(=5.8,深さ12km)はCLVD成分が卓越する特異な地震であった(菊地・山中,1996)。同様の場所で同様のメカニズムをもつ地震が1984年にも観測されておりこの地震については、以前の研究報告から火山活動を伴う地震であったという考察がなされているが直接的な観測事実はない。確かにこの震源はスミスカルデラの外輪山でおきており、火山活動との関連性が容易に想像できる。本研究ではこの1996年の鳥島地震について、陸上観測網に併せて、海底地震観測記録を用い、この地震の後続波として海底火山活動に伴うT-wavesと類似のT-wavesが観測されていることを見い出し、そのメカニズムを議論している。また、観測点の設置点の水深とT-wavesの導波管伝播の特性を生かした解析により、T-wavesの震源の上昇を定性的に見い出すことができた。その上昇速度はおよそm/sのオーダーと見積もられこれはハワイなどのマグマの上昇速度と同程度であることから、今回の海底火山活動とマグマの上昇の関連性が示唆される。本研究により海底ケーブルによる海底地震観測により海底地殻活動の特異なイベントを検出する可能性が多いに示されたことになる。

3.水中カップリング地震波を用いた特異な海底地殻活動の検出

 房総沖の海底地震計の記録を解析すると、見かけ速度の極めて遅い波群が頻繁に励起していることがわかった。その検出した波形記録を図に示す。この図のP波・S波の後続波が今注目している波群である。これらの波群の顕著な特徴として、(1)群発的である、(2)海底地震計にのみ検出される、(3)見かけ速度は1.3-1.4km/secである、(4)上下動成分に卓越する、(5)高周波の波である。いわゆる海水中を長距離に渡って伝播するT-wavesとは(2)、(3)の点で特徴を異にする。また先行波であるP波の見かけ速度は6.0-6.5km/secである。この波とP波との到来時刻差より震央は3重会合点付近の陸側斜面に求められた。また、その頻度分布から地形的な高まり、いわゆるTrench slope breakと呼ばれる場所で集中的に発生していることもわかった。

図1:典型的な波群例左:上下動,右:水平動、この波群は上下動に卓越してみられる

 そこで定量的な議論に移る。まず、反射法地震探査から求められた速度構造を参照し、海水・堆積層・基盤の3層の水平成層構造を与えた。はじめに波の励起源を調べるために2次元差分法(Okamoto,1993)を用い理論波形を求め、観測波形と比較し議論した。震源を(1)堆積層内と(2)基盤内とにある場合を考えた。計算は簡単のため周期1秒以上に限った。但し、短波長まで考慮しても定性的な結論は変わらないと考えられる。得られた計算結果は震源を付加体堆積層内においた場合にのみ注目している波群が上下動成分には現われ、水平動にはほとんど見られない。また、P波とその波群の見かけ速度は6.25km/sおよび1.35km/secの波に求められ、観測事実をよく説明している。一方、この波は震源を基盤内においた場合にはほとんど励起されない。いずれも観測事実をほぼ再現しているといえる。従来応力集中の起こりにくいと考えられていた堆積層内あるいは堆積層に突き出た基盤内において地震が起きていることが示唆された。

 さらにノーマルモード理論を用い、その波をさらに詳細に調べた。

 求められた分散曲線とその固有関数を図示する(図2,3)。この図が示すように注目している波群は海水-堆積層をカップリングした波であり、それが同じ群速度で伝播するため大きな波群となることがわかった。このような波の存在は1930年代後半から既に理論からはいわれていたが、これまでに観測された例はなく今回が初めてであると思われる。ここでは"Ocean-coupled shear wave"と名付ける。即ち、基盤のごく浅いところで発生した地震が堆積層に"Ocean-coupled shear wave"が励起され伝播したものであると解釈できる。また、Seno et al.(1989)によれば、今回求められた震源域は、確かに表層だけれはなく基盤も盛り上がっているところであり、さらに断層活動が活発な地域であるという結果は本研究を支持している。

図2:分散曲線右は領域IIの拡大図.IIでは位相速度がKにより異なっているがその勾配である群速度はいずれのkについても等しく1.35km/sを持ち伝播する様子が伺える.図3:それぞれの領域での固有関数(変位)それぞれで左は鉛直成分、右は水平成分.領域I:基盤にもエネルギをもつ.;領域II:海水層および堆積層にエネルギーをもつ.;領域III:海水層に大きな振幅をもつ.

 このようにテクトニック的考察からもこの波の発見は意義あるものであると考える。今後はこのような波を用いることによって未知の海底地殻活動が検出されることが期待される。

審査要旨

 本論文は3章からなり、第1章は海底火山活動のモニタリング、第2章は水中音波による海底火山活動の検出、第3章は水中カップリング地震波を用いた特異な海底地殻活動の検出、について述べられている。

 第1章では、海中音波の解析によって海底火山活動を検知する方法について論じている。海洋では海水の鉛直温度構造から水深が1000m付近は音波の低速度層(SOFAR channel)となるため、波は減衰することなく長距離を伝播する。このチャンネル波をT-waveという。本論文では房総沖・東海沖・三陸沖の3海底地震観測網のデータを解析し、検出されたT-waveから海底火山活動の検出を試みた。本論文では、気象庁による東海沖4点(深度:2202m,1542m,817m,722m)、房総沖4点(深度:4011m,2090m,1898m,658m)、東京大学地震研究所・東北大学理学部による三陸沖3点(深度:2480m,1840m,1057m)、の海底地震観測アレイ記録を用い、T-waveを励起したそれぞれのイベントの震源を求めた。その結果、伊豆・小笠原弧における海底火山活動が推定され、その位置は、海上保安庁水路部および海上自衛隊の航空機により確認された変色水域にほぼ一致した。活発な活動であった「福徳岡の場」の活動で際励起されたT-waveの波群はその継続時間が十分の数秒のパルス波の集合であることが始めて示された。

 第2章では、水中音波によって海底火山活動を検出し、これまでに知られていなかった特異なT-waveの励起をマグマの上昇と結び付ける議論を行った。1996年9月5日に発生した鳥島地震(Mw=5.8,深さ12km)は非ダブルカップル成分が卓越する特異な地震であった。本論文ではこの1996年の鳥島地震について、陸上観測網に併せて海底地震観測記録を解析し、海底火山活動に伴うT-waveと類似のT-waveがこの地震の後続波として励起されていることを見い出し、そのメカニズムを議論した。また、観測点の設置点の水深とT-waveの導波管伝播の特性から、T-waveの震源の上昇を推定した。海底ケーブルによる地震観測で、海底地殻活動の特異なイベントを検出することができることが示された。

 第3章では、水中カップリング地震波を用いた特異な海底地殻活動の検出について議論されている。房総沖の海底地震計の記録を解析すると、見かけ速度の極めて遅い波群が頻繁に励起されている。これらの波群の顕著な特徴は、(1)群発的である、(2)海底地震計にのみ検出される、(3)見かけ速度は1.3-1.4km/sである、(4)上下動成分に卓越する、(5)高周波の波である。T-waveとは(2)、(3)の点で特徴を異にする。この波とP波との到来時刻差より励起源が求められ、3重会合点付近の陸側斜面の、いわゆるTrench slope breakと呼ばれる場所で集中的に発生していることが示された。

 波の励起源を調べるために2次元差分法を用いて理論波形を求め、観測波形と比較して議論した。震源が(1)堆積層内と(2)基盤内とにある場合を考え、(1)の場合にのみ、注目している波群が上下動成分で励起され、水平動にはほとんど励起されないことを示した。また、P波とその波群の見かけ速度は6.25km/sおよび1.35km/secであり、これらの特徴は、観測事実をよく説明している。従来応力集中の起こりにくいと考えられていた堆積層内、あるいは堆積層に突き出た基盤内において地震が起きていることが示唆された。ノーマルモード理論を用いて調べたたところ、注目している波群は海水層と堆積層とがカップリングした波であり、同じ群速度で伝播するため大きな波群となることが示された。このような波の存在は1930年代後半から理論的には予測されていたが、これまでに観測された例はなく本論文が初めてである。本論文ではこの波を"Ocean-coupled shear wave"と名付けた。即ち、基盤のごく浅いところで発生した地震が堆積層に"Ocean-coupled shear wave"を励起して、これが伝播したものであると解釈できる。震源域は、表層だけれはなく基盤も盛り上がっているところであり、断層活動が活発な地域である。

 これらの研究により、論文提出者は、水中音波および水中カップリング地震波による特異な海底地殻現象の検出について従来の研究では知り得なかった新しい知見を得たので、本論文は学位論文として価値あるものと認める。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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