本論文は7章からなり、第1章は「はじめに」と題して研究の背景、第2章はストッピングフェーズに関する研究、第3章はストッピングフェーズを用いた小地震の断層ジオメトリー推定法、第4章は数値実験、第5章はデータ解析、第6章は議論、第7章はまとめがそれぞれ述べられている。 地震の様々な現象を解明しようとするとき、断層面積の正確な値が必要になることが多い。例えば、応力降下量は震源の物理を理解する上で大変重要なパラメータであるが、その推定値には断層面積の値が大きく関係している。大地震では正確な断層面積が推定できるのに対し、小地震では、地震波形のパルス幅やスペクトルのコーナー周波数から間接的に断層面積が推定されていてかなり不正確である。この推定には、断層形状(多くは円形を仮定)や、破壊速度などに仮定が必要であり、これらの仮定は断層サイズの推定値に大きな影響を与えるためである。地震学では、応力降下量は地震の大きさによらず一定である、という相似則が経験的に知られいて、マグニチュード6以上の浅発大地震について成り立つことがほぼ確認されているが、それより小さな地震に関しては必ずしも明らかになっていない。小地震の断層面積を正確に推定しない限り、この相似則が小さな地震にも成立するかどうかを明らかにすることができない。 本論文では、小地震の断層ジオメトリー(断層形状、断層の向き、断層面積)推定法を開発し、より正確な断層面積の推定を試みている。本論文では断層運動が停止するときに励起されるストッピングフェーズに注目している。過去の理論的研究から、(1)ストッピングフェーズは短周期成分に卓越する、(2)曲率のある断層形状を考えた場合、等時線(観測点に波が到達する時刻が同一となる断層面上の曲線)と断層の縁の接し方により異なるストッピングフェーズが放射され、それらはヒルベルト変換の関係になっている、ということがわかっている。本論文では、破壊が楕円の一方の焦点から一定速度で同心円状に拡大していき、最終的に楕円形状の断層を形成するという断層モデルを考え、この場合、ヒルベルト変換の関係にある2つのストッピングフェーズが放射され、その時間差は、破壊速度、楕円の長軸半径、離心率の関数になっていることが示された。この3つのパラメータを非線形インバージョンにより推定している。なお、2つのストッピングフェーズの時間差を観測波形から求めるために、短周期成分に卓越すること、ヒルベルト変換の関係になることを手がかりにしている。 この手法を、1984年長野県西部地震(MJMA=6.8)の余震3個(マグニチュード2.5〜2.6)に適用し、小地震にもユニラテラル的な破壊が存在することや様々な破壊速度(S波速度の0.38〜0.75倍)を持つことを本論文で明らかにした。1997年伊豆半島東方沖群発地震および1997年山口県北部地震(MJMA=6.1)の余震についても同手法を適用したが、使用できる観測点が少なかったため円形断層の仮定をし、断層半径と断層の向きのみを推定している。解析した地震のマグニチュードは、伊豆半島東方沖群発地震が3.5〜4.6が、山口県北部地震の余震が2.5〜3.2であった。全25イベント中14イベントについて断層半径と断層の向きを推定している。 以上の3地域で得られた断層サイズは、過去にコーナー周波数やパルス幅から推定されてきた値に比べると若干大きめであり、それに応じて応力降下量は小さめになっている。これが何を意味しているのかは、ここでの解析だけでは、まだ解析した地震数が不足していてわからないが、今後この解析を様々な地域に適用することで明らかになると期待される。また、本手法の利点の1つに、小地震の断層の向き(断層面)を決められる点がある。求められた小地震の断層の走向を主断層の走向(1984年長野県西部地震と1997年山口県北部地震の場合は本震の断層の走向、1997年伊豆半島東方沖群発地震の場合は最大地震[MJMA=5.7]の断層の走向)と比較すると、ほとんどの場合、斜交している。これも重要な結果の一つである。 本論文で新たに開発した手法は、従来の手法と異なり多くの仮定を必要としない。そのため、信頼性の高い断層サイズを推定することができる。また、破壊様式や破壊速度なども求めることができるため、小地震の性質の解明が進むことが期待される。 なお本論文の第5章第1節に書かれた円形断層を仮定した解析は、地震研究所武尾実教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータ解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |