学位論文要旨



No 114068
著者(漢字) 今西,和俊
著者(英字)
著者(カナ) イマニシ,カズトシ
標題(和) 小地震の断層ジオメトリーの推定に関する研究 : 内陸地震への応用
標題(洋) A study on estimation of fault geometry for small earthquakes : An application to inland earthquakes
報告番号 114068
報告番号 甲14068
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3557号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 教授 武尾,実
 東京大学 助教授 纐纈,一起
 防災科学技術研究所 地球化学研究室長 飯尾,能久
 東京大学 教授 菊地,正幸
内容要旨

 地震の様々な現象を解明しようとするとき、断層面積の正確な値が必要になることが多い。例えば、応力降下量は震源の物理を理解する上で大変重要なパラメータであるが、その推定値には断層面積の値が大きく関係している。しかし、過去の研究を振り返ってみると、特に小さな地震に関しては正確な断層面積が推定されてきたとは考えられない場合が多い。

 規模の大きな地震の場合には、余震分布、地殻変動、地表に現れた断層、津波の波源域、そして波形解析などにより、正確な断層面積を推定することができる。一方、小地震になるとそのような推定が困難になるため、これまで地震波形のパルス幅やスペクトルのコーナー周波数から間接的に断層面積が推定されてきた。しかし、推定を行う際に、断層形状の仮定(多くの場合、円形を仮定)、破壊速度の仮定、断層の向きの仮定が必要であった。これらの仮定は断層サイズの推定値に大きな影響を与えるため、これまで求められてきた小地震の断層サイズには大きな推定誤差が含まれていた。地震学では、応力降下量は地震の大きさによらず一定である、という相似則が経験的に知られている。現在では、マグニチュード6以上の浅発大地震について成り立つことがほぼ確認されているが、それより小さな地震に関しては必ずしも明らかになっていない。もし相似則が成り立たないならば、大地震と小地震の性質が異なっていることになり、岩石破壊実験で得られた成果をそのまま自然地震の現象解明に結びつけることが困難になってしまう。小地震の断層面積を正確に推定しない限り、この相似則が小さな地震にも成り立つかどうかを明らかにすることができない。

 そこで本研究では、小地震の断層ジオメトリー(断層形状、断層の向き、そしてそれらから決められる断層面積)推定法を開発し、より正確な断層面積の推定を試みた。その際ポイントは、(i)断層形状として円形よりも現実的である楕円形に拡張する、(ii)断層の向きや破壊速度は仮定するのではなくデータから求める、という点であり、この手法によりこれまでの小地震の断層サイズの推定における主要な問題点が解決される。この手法を実現させるために、断層運動が停止するときに励起されるストッピングフェーズに注目した。過去の理論的研究から、(1)ストッピングフェーズは短周期成分に卓越する、(2)曲率のある断層形状を考えた場合、isochrone(観測点に波が到達する時刻が同一となる断層面上の曲線)と断層の縁の接し方により異なるストッピングフェーズが放射され、それらはヒルベルト変換の関係になっている、ということがわかっている。本研究では、破壊が楕円の一方の焦点から一定速度で同心円状に拡大していき、最終的に楕円形状の断層を形成するという断層モデルを考えた。この場合、ヒルベルト変換の関係にある2つのストッピングフェーズが放射され、その時間差は、破壊速度、楕円の長軸半径、離心率の関数になっていることがわかった。そして、この3つのパラメータを非線形インバージョンにより推定することを試みた。この非線形インバージョンは数値実験により安定に解を求められることがわかり、実際のデータへの適用が可能となった。断層の向きに関してはメカニズム解の2つの節面のうち残差が小さくなる方であるとして決定した。また、破壊伝播方向はグリッドサーチにより推定した。なお、2つのストッピングフェーズの時間差を観測波形から求めるためには、短周期成分に卓越すること、および、ヒルベルト変換の関係を手がかりにした。

 この手法を、1984年長野県西部地震(MJMA=6.8)の余震3個(マグニチュード2.5〜2.6)に適用した。その結果、小地震にもユニラテラル的な破壊が存在することや様々な破壊速度(S波速度の0.38〜0.75倍)を持つ地震が存在することが明らかになった。また、1997年伊豆半島東方沖群発地震および1997年山口県北部地震(MJMA=6.1)の余震についても同手法を適用した。ただし、この場合、使用できる観測点が少なかったため円形断層の仮定をし、断層半径と断層の向きのみを推定した。解析した地震のマグニチュードは、伊豆半島東方沖群発地震が3.5〜4.6、山口県北部地震の余震が2.5〜3.2である。全25イベント中14イベントについて断層半径と断層の向きを推定することができた。推定できなかったイベントが存在する原因として、円形断層の近似が成り立たなかったことや断層運動がゆっくり停止し顕著なストッピングフェーズを励起しなかったことなどが考えられる。以上の3地域で得られた断層サイズは、過去にコーナー周波数やパルス幅から推定されてきた値に比べると若干大きめである。そして、それに応じて応力降下量は小さめになる。これが何を意味しているのかは、まだ3地域を調べただけであるためわからないが、今後、本手法を用いた解析を様々な地域に適用することで明らかになると思われる。また、本手法の利点の1つに、小地震の断層の向き(断層面)を決められる点がある。求められた小地震の断層の走向を主断層の走向(1984年長野県西部地震と1997年山口県北部地震の場合は本震の断層の走向、1997年伊豆半島東方沖群発地震の場合は最大地震[MJMA=5.7]の断層の走向)と比較すると、ほとんどの場合、斜交していることがわかった。このようなことは、小地震の断層の向きを決めることによって初めて見えてきたものである。

 本研究で新たに開発した手法は、従来の手法と異なり多くの仮定を必要としない。そのため、信頼性の高い断層サイズを推定することができる。また、破壊様式や破壊速度なども求めることができるため、本手法による解析をより多くの小地震に適用することにより、小地震の性質の解明が進むことが期待される。

審査要旨

 本論文は7章からなり、第1章は「はじめに」と題して研究の背景、第2章はストッピングフェーズに関する研究、第3章はストッピングフェーズを用いた小地震の断層ジオメトリー推定法、第4章は数値実験、第5章はデータ解析、第6章は議論、第7章はまとめがそれぞれ述べられている。

 地震の様々な現象を解明しようとするとき、断層面積の正確な値が必要になることが多い。例えば、応力降下量は震源の物理を理解する上で大変重要なパラメータであるが、その推定値には断層面積の値が大きく関係している。大地震では正確な断層面積が推定できるのに対し、小地震では、地震波形のパルス幅やスペクトルのコーナー周波数から間接的に断層面積が推定されていてかなり不正確である。この推定には、断層形状(多くは円形を仮定)や、破壊速度などに仮定が必要であり、これらの仮定は断層サイズの推定値に大きな影響を与えるためである。地震学では、応力降下量は地震の大きさによらず一定である、という相似則が経験的に知られいて、マグニチュード6以上の浅発大地震について成り立つことがほぼ確認されているが、それより小さな地震に関しては必ずしも明らかになっていない。小地震の断層面積を正確に推定しない限り、この相似則が小さな地震にも成立するかどうかを明らかにすることができない。

 本論文では、小地震の断層ジオメトリー(断層形状、断層の向き、断層面積)推定法を開発し、より正確な断層面積の推定を試みている。本論文では断層運動が停止するときに励起されるストッピングフェーズに注目している。過去の理論的研究から、(1)ストッピングフェーズは短周期成分に卓越する、(2)曲率のある断層形状を考えた場合、等時線(観測点に波が到達する時刻が同一となる断層面上の曲線)と断層の縁の接し方により異なるストッピングフェーズが放射され、それらはヒルベルト変換の関係になっている、ということがわかっている。本論文では、破壊が楕円の一方の焦点から一定速度で同心円状に拡大していき、最終的に楕円形状の断層を形成するという断層モデルを考え、この場合、ヒルベルト変換の関係にある2つのストッピングフェーズが放射され、その時間差は、破壊速度、楕円の長軸半径、離心率の関数になっていることが示された。この3つのパラメータを非線形インバージョンにより推定している。なお、2つのストッピングフェーズの時間差を観測波形から求めるために、短周期成分に卓越すること、ヒルベルト変換の関係になることを手がかりにしている。

 この手法を、1984年長野県西部地震(MJMA=6.8)の余震3個(マグニチュード2.5〜2.6)に適用し、小地震にもユニラテラル的な破壊が存在することや様々な破壊速度(S波速度の0.38〜0.75倍)を持つことを本論文で明らかにした。1997年伊豆半島東方沖群発地震および1997年山口県北部地震(MJMA=6.1)の余震についても同手法を適用したが、使用できる観測点が少なかったため円形断層の仮定をし、断層半径と断層の向きのみを推定している。解析した地震のマグニチュードは、伊豆半島東方沖群発地震が3.5〜4.6が、山口県北部地震の余震が2.5〜3.2であった。全25イベント中14イベントについて断層半径と断層の向きを推定している。

 以上の3地域で得られた断層サイズは、過去にコーナー周波数やパルス幅から推定されてきた値に比べると若干大きめであり、それに応じて応力降下量は小さめになっている。これが何を意味しているのかは、ここでの解析だけでは、まだ解析した地震数が不足していてわからないが、今後この解析を様々な地域に適用することで明らかになると期待される。また、本手法の利点の1つに、小地震の断層の向き(断層面)を決められる点がある。求められた小地震の断層の走向を主断層の走向(1984年長野県西部地震と1997年山口県北部地震の場合は本震の断層の走向、1997年伊豆半島東方沖群発地震の場合は最大地震[MJMA=5.7]の断層の走向)と比較すると、ほとんどの場合、斜交している。これも重要な結果の一つである。

 本論文で新たに開発した手法は、従来の手法と異なり多くの仮定を必要としない。そのため、信頼性の高い断層サイズを推定することができる。また、破壊様式や破壊速度なども求めることができるため、小地震の性質の解明が進むことが期待される。

 なお本論文の第5章第1節に書かれた円形断層を仮定した解析は、地震研究所武尾実教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータ解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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