地球の気候システムの中で、雲は様々な影響を及ぼしている。例えば水蒸気の凝結を通して周囲の大気を暖め、降雨をもたらすことによって水循環において大きな役割を果たしている。また、太陽からの短波放射を反射・吸収すると同時に地球が射出する長波放射を吸収して再放射するために地球の熱やエネルギー収支にとってみても重要な要因となっている。これまで地球の放射収支の研究において雲量や雲頂高度などのいわゆるマクロな変数を用いて議論することが多かったが、より定量的な見積もりを行うには雲の光学的な厚さや雲粒の代表的な大きさ、あるいは雲水量といった、光学的および微物理的な変数に関する知識が不可欠であることが最近の研究から明らかになってきた。 最近の気候および気候変動の研究において注目を浴びている現象の1つとしてエアロゾルと雲の相互作用がある。特に人為起源のエアロゾルが雲と相互作用することによって雲の性質が変化し、すなわち雲の粒径が小さくなり、更に光学的に厚くなることによってどれほどのインパクトが気候システムに与えられるかについて強い興味が持たれ、研究が始められている。また、気候という観点からこれらの性質を全球規模で調べることが求められている。 本研究は以下のようなことを目的として行われた。上で簡単に議論したように気候システムの中で大きな影響力を持つ雲、特に低層に存在する水雲の可視域における光学的厚さと雲粒の代表的な大きさと考えられる有効半径を人工衛星データを用いて全球的に見積もる手法を開発する。その手法を用いて水雲の全球規模解析を行い、雲の光学的厚さと雲粒の有効半径(以下、本研究では雲微物理量と言うことにする)に関する全球的な特徴(海陸による違い、高度による違い、季節による違い)を調べる。そして最後に雲微物理量が最近の10年間(1985年から1994年まで)でどう変化しているかを調べるための長期解析を行う。 本研究で用いるセンサは気象衛星NOAAに搭載されたAVHRR(Advanced Vary High Resolution Radiometer)という受動型放射計である。AVHRRは可視から赤外までの波長領域に5つのチャンネルを持ち、本研究ではチャンネル1(中心波長0.64ミクロン、以後ch1)、チャンネル3(中心波長3.73ミクロン、以後ch3)とチャンネル4(中心波長10.8ミクロン、以後ch4)の3つのチャンネルを使用する。 各々の雲微物理量の推定原理は以下の通りである。ch1における雲の反射光は雲の光学的厚さによってほぼ決定される。一方、ch3における雲の反射光は雲粒の有効半径と雲の光学的厚さによって決まる。これはch1では雲水による吸収がほとんどないと考えられるのに対して、ch3の近赤外域では雲水による吸収が無視できず、その波長域における雲による反射光は雲粒のサイズの情報を持っているからである。ch3では太陽放射だけでなく熱放射も考慮しなくてはならないのでch4から雲の温度に関する情報を得る。Nakajima and Nakajima(1995)(以後NN)はこれら3つのチャンネルの放射輝度を同時解析することによって、カリフォルニア沖の層積雲の雲微物理量を解析した。また、彼らの結果は同期した航空機観測による測定結果と非常によい一致を見た。彼らはルックアップテーブル法という、前もって解いた放射伝達方程式の解を数表にまとめたものと実際の観測データを比較して雲微物理量を推定する(リトリーブする)という手法を取っている。彼らは放射伝達方程式を解く際に、ある大気モデルを仮定してルックアップテーブルを作成しているが、ch3の波長では雲水だけでなく水蒸気による吸収も無視できない。雲より上に存在する水蒸気量が異なれば、つまり仮定した大気モデルが解析時の大気条件と異なれば彼らの手法を適用することはできないということになる。水蒸気は時空間的に大きく変動することが知られており、彼らの手法では全球規模の解析は不可能である。 そのため本研究では、彼らの方法を基礎にして水蒸気の影響を除去したルックアップテーブルを作成し、水蒸気の効果は解析時の状況に応じて考慮できるように改良した。すなわち水蒸気の効果が大きいch3のルックアップテーブルを計算する際は大気は雲層だけという条件で計算を行う。雲より上の層、および下の層に存在する水蒸気による放射過程、すなわち吸収や熱放射は、有効水蒸気量という温度の鉛直プロファイルと気圧の鉛直プロファイルを考慮した量によってパラメタライズできることが本研究の数値実験によって明らかになっている。つまり雲層のみという条件で作成したルックアップデーブルと有効水蒸気量を用いたパラメタライズを用いることによって、水蒸気量が異なっても対応できる、すなわち全球規模で適用可能なアルゴリズムを完成させることができる。ch1については水蒸気吸収は無視できるからNNと同様なルックアップテーブルを用いた。この手法を用いて行った衛星データの解析と同期した航空機観測の結果は非常に良く一致した。 次に上記のアルゴリズムをAVHRRデータに適用して雲微物理量の全球解析を行った。年平均についての特徴について述べる。まず雲の光学的厚さについては一般に海上の雲よりも陸上の雲の方が厚い。また雲粒の有効半径は一般に海上の雲よりも陸上の雲の方が小さい。この理由として一番重要と思われるものは雲粒形成時の核となるエアロゾルの量が海と陸で違うことであると思われる。これはいわゆるTwomey効果として知られている現象であるが、全球規模で示した例はほとんどない。また海上の雲でも大陸付近では粒径が小さい。これは大陸からのエアロゾルを多く含んだ気団が海上に吹き込み、雲粒径を変調させているものと理解できる。次に雲粒の有効半径の高度分布についてであるが、航空機によるCCN(Cloud Condensation Nuclei:雲凝結核)(Hoppel et al.1973)の高度分布と関連して興味深い結果が得られた。HoppelらはCCNは海上など空気の清澄な大気では数は少なく、高度方向にもその量はほとんど変わらないが、一方陸上では地表付近でCCNの数は非常に多いが、高度が上がるにつれて急激に減少することを発見した。我々は衛星データを解析した結果を雲頂高度が3kmより上の雲と下の雲に分類し、その有効半径の緯度分布を調べてみた。その結果、海上の雲では高度によらず下層の雲も中層の雲も同様な粒径であった。しかし陸上の雲は高度によって有効半径が顕著に異なり、下層の雲は粒径が小さいが中層の雲は海上の雲とほとんど変わりがなかった。その上この傾向はほぼ全球に対して認められた。この結果はHoppelらの観測と完全に一致するものであり、更にはHoppelらが行った局所的な航空機観測の結果が全球規模で有効なものであろうとの傍証にもなりうる。季節毎の違いとしてはまず雲の光学的厚さに関しては夏半球の中高緯度に発生するsummer stratusが挙げられる。これは1月と7月で全く逆の空間パターンを示す。更に7月にペルー沖に発生する低層の光学的に厚い雲やカリフォルニア沖に発生するハドレー循環の下降域に対応する部分にできるmarine fogは海洋の湧昇に影響されて形成され、湧昇の季節変動と同期していることがわかった。雲粒の有効半径の季節変化については降雨のそれと結び付けて考えることができる。アマゾン流域や中央アフリカの南部は1月が雨季で7月が乾季である。これらの領域では有効半径は1月に大きく7月に小さいことが我々の解析からわかった。この理由は1月は降雨によってCCNが大気中から除去されて数密度が小さくなるために1個あたりの雲粒が大きく成長できる。しかし7月は乾季であるために陸上エアロゾルがCCNとなるために、豊富なCCNを持つ大気中では雲粒は大きく成長できない。同時にこれらの領域で乾季に盛んなbiomass burning(生物燃焼)からのエアロゾルもこの時期の小粒径に貢献しているかも知れない(Kaufman and Nakajima 1993)。 最後に最近10年間の雲微物理量の変動を調べるために1985年から1994年までの長期解析を行った。全球規模では海上、陸上ともに現象傾向を示している。同時にアジアやアマゾンなど興味深いいくつかの領域についても調べてみると、同様の結果が得られた。理由としてはいくつか考えられるであろうが、増加しつつあるエアロゾル、特に人為起源のエアロゾルが重要であると考えている。また陸上よりも海上、すなわち清澄な大気において減少の度合いが大きいように思われるが、これについてはcloud susceptibilityによって説明する。 |