学位論文要旨



No 114070
著者(漢字) 阪本,敏浩
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,トシヒロ
標題(和) 古典海洋大循環論の層モデルを用いた再考察
標題(洋) Classical Ocean General Circulation Theory Revisited Using Layer Models
報告番号 114070
報告番号 甲14070
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3559号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 教授 木村,龍治
 東京大学 助教授 安田,一郎
 東京大学 助教授 川辺,正樹
内容要旨

 本学位論文では,Stommel(1948),Welander(1966),Parsons(1969)の流れを汲む最も簡単な層モデルを用いて,風成海洋循環について考察した.特に,Sverdrup内部領域における不連続性と粘性の効果に注目した.

 第1章では,東岸からの流出入がないという境界条件のもとで,非粘性の2層惑星地衡流方程式系(以下PG方程式系)に基づいてSverdrup力学を定式化した.渦度方程式を用いた標準的なアプローチとは異なり,積分形の運動量保存則を導入することによって不連続をも含む解を調べた.それによると,surfacing lineをはじめとする海洋フロントは,その前後で次の関係式を満たすような不連続面であると解釈できることがわかった:

 

 ただしpは(鉛直方向によらない)圧力,h1は上層の厚さ,Hは全水深,fはコリオリパラメータ,1は上層の流線関数である.いくつかの領域で界面構造および流線関数が与えられれば,各領域を隔てるフロントの位置をこれらの関係式から決めることができる.例として,outcrop,Rhines-Young poolおよび下層が静止している領域の三つの領域が共存する場合の可能なサーモクラインの構造を調べた.特に興味深いのは,outcrop以外の領域では下層が静止している場合である.この場合に対してKamenkovich and Reznik(1972)は1/Hの漸近展開の手法によりsurfacing lineの位置を求めたが,本研究で提案したアプローチを応用すればsurfacing lineの厳密解が簡単に求まる.また,2層モデルの解析によって得られたいくつかの関係式は,H→∞の極限で1.5層モデル(Parsonsモデル)の場合の関係式に帰着する.1.5層モデルにおけるsurfacing lineは,与えられた外力と境界条件によって完全に決まることが示された.このように,PG方程式系の双曲型システムとしての性質を利用すれば,Parsons(1969),Veronis(1973)およびHuang and Flierl(1987)がsurfacing lineを求めるために導入した技巧(semigeostrophic condition)を必要としない.

 1980年代に発展した風成海洋循環に関するいわゆるventilated thermocline theoryでは,大気との強い熱的相互作用を暗に仮定している.そのため亜熱帯循環が西岸付近で閉じないという難点を抱えている.そこで第2章では,界面摩擦および海底摩擦を導入した2層PGモデルにおいて,outcropを含む亜熱帯循環を数値的に調べた.上層の平均厚さD1を固定して下層の平均厚さD2(あるいは水深H)を変化させることにより,outcropに関連した内部摩擦境界層によって特徴づけられる一連の定常解を見つけた.それらは次の三つのタイプに大別される:(1)H≪D1の場合には,Parsonsタイプの循環像が得られた.数値解はKamenkovich and Reznik(1972)の解析解と定性的によく合っている.しかし,H〜10D1であっても,西岸境界層のすぐ東側ではcompensationが不完全であることがわかった.(2)H〜5D1の場合には,ventilated circulationがunventilated poolに含まれるという特徴をもつ解が得られた.このときpoolのポテンシャル渦度の勾配は非常に小さくなったが,その理由は第3章で明らかにする.(3)水深が浅い場合(D2〜D1)には、ポテンシャル渦度の大きな新たなpoolを流れるrecirculationとその外側のventilated circulationとが,狭いフロント状構造を境にして完全に分離するような解が得られた.海底摩擦を小さくするとoutcropとpoolの間の界面変位が大きくなることから,このフロント状構造はSverdrup内部領域におけるjump discontinuityの存在を示唆している.また,外力が十分に強い場合には,ventilated circulationの一部は西岸境界層には入れずに内部領域で閉じることもわかった.これはventilated thermoclineに対する摩擦の重要な効果の一つであると考えられる.以上の循環像(特に2と3)は,ventilated thermocline theoryではとらえることはできない.既存の非粘性の風成循環論は,粘性効果を考慮することによってはもちろん,非粘性の枠内であってもjump discontinuityを考慮することによって,修正・発展が期待される.

 第3章では,亜熱帯の風成循環におけるポテンシャル渦度一様化(homogenization)のメカニズムを,非線形移流項を含まない2層準地衡流方程式系を用いて明らかにした.まず内部領域に注目して,下層のポテンシャル渦度q2の力学をq2の発展方程式に基づいて考察した.東向きの移流が傾圧ロスビー波によって抑えられれば,q2の情報は西岸境界層から内部領域へ伝播することはできない.このとき,南向きの移流によってq2が一様な領域が内部領域の北側から形成されることになる.ただし,定常状態に到達するまでに内部領域に蓄積される外力の影響は小さくなければならない.以上の条件は,無次元パラメータを用いて次のように表される:

 

 ただしF2=F/,2/(F:回転フルード数,:海底摩擦係数,=D2/D1:層厚比)である.この理論的予想は,数値実験結果とよく一致することを確認した.次に摩擦西岸境界層の構造と上の条件との関連を考察した.F2≫1の場合は,q2に関する西岸境界層は近似的に熱伝導方程式によって記述されること,およびその幅はO()であることがわかった.このときSverdrup流に関する境界層[幅O()]はq2の境界層よりもずっと広くなるので,内部領域のq2分布は西岸境界流の影響を強く受けることが理解できる.しかし,F2が上の条件式を満たしている場合にはq2の境界層は西岸境界流よりも幅が広くなるので,内部領域の(一様な)q2分布は広い境界層によって境界条件と接続することが可能になると考えられる.

 第4章では赤道域に注目し,東西風にcurlがなくても定常な大規模順圧循環が生じるためのメカニズムを,非線形移流項を省略した2.5層モデルを用いて考察した.diapycnalな密度混合がある場合には、風によって直接駆動されたポテンシャル流は定常状態においても維持される.このポテンシャル流が,各層で閉じた流れを駆動するために必要な渦度をつくっていることがわかった.したがって,風応力にcurlがなくても一対の順圧流が赤道を挟んで現われることになる.特に,表層における混合係数よりもその下層における混合係数の方が大きい場合には,下層の赤道潜流が表層ジェットよりも強くなる.このため,東風の場合にもcyclonicな順圧流の対ができると予想される.一方,西風の場合には,upwellingのために1.5層モデルの方が赤道域に対するよりよい近似であることを考慮すると,西風の場合にもcyclonicな順圧流が生じると予想される.つまり,風向きに応じて鉛直密度構造を変化するために,赤道域の海洋は常に固体地球から正の渦度を引き出すことができると考えられる.以上の理論的予想は,いくつかの大循環モデルによる計算結果(例えばSemtner and Holland,1980;Philander and Pacanowski,1980;Liu et al.,1994)によって確認することができる.

 第5章では,Sakamoto and Yamagata(1996)によって風成循環の季節変動のメカニズムが発表された後もなお一部に誤解のあるJEBARの概念およびその利点を,より理想的な傾圧惑星渦を題材にして示した.2層PG方程式系に支配される純粋傾圧渦の,局所的な海底斜面上での時間発展を数値的に調べた.渦が海底地形と相互作用するとき,順圧流(あるいは順圧ロスビー波)が放出されるとともに,渦は西向きに加速される.また、このときポテンシャルエネルギーから運動エネルギーへのエネルギー変換が行われることも示した.南北方向に位置する海嶺は,冷水渦に対してはrepellorとなり,暖水渦に対してはattractorとして振る舞うことがわかった.これはJEBARによって生じた順圧流(あるいは順圧ロスビー波)を考慮すれば容易に理解できる.もちろん,JEBARの概念を用いた渦移動の物理的解釈は渦度の概念を用いた通常の解釈と矛盾しない.本章で明らかにされたメカニズムによって,いくつかの観測事実が説明できる.一つは最近TOPEX/POSEIDON衛星の高度計によって観測された,北太平洋における傾圧ロスビー波の位相の速さのグローバルな分布である.もう一つは1970年代に北大西洋で観測された,西向きに伝播する傾圧渦の軌跡の不規則的な変化である.

審査要旨

 本学位論文では、Stommel(1948)、Welander(1966)、Parsons(1969)の流れを汲む最も簡単な層モデルによる古典的な風成海洋循環論の再考察が行われている。

 第1章では、東岸からの流出入がないという境界条件のもとで、非粘性の2層惑星地衡流方程式系(以下PG方程式系)に基づいてSverdrup力学を定式化した。積分形の運動量保存則を導入することにより不連続をも含む解を調べ、surfacing lineを始めとする海洋フロントが、その前後で簡単な関係式を満たす不連続面として解釈できることを示した。さらに、この関係式を用いて、outcrop、Rhines-Young poolおよび下層が静止している領域の3つが共存する場合のサーモクラインの構造を調べた。特に興味深いのはoutcrop以外の領域で下層が静止している場合で、本研究で提案したアプローチを応用すればKamenkovich and Reznik(1972)のような漸近展開の手法を用いることなくsurfacing lineの厳密解が簡単に求められることが示された。

 1980年代に発展したventilated thermocline theoryでは、亜熱帯循環が西岸付近で閉じないという難点を抱えている。そこで第2章では、界面摩擦および海底摩擦を導入した2層PGモデルにおいてoutcropを含む亜熱帯循環を数値的に調べた。上層の平均厚さD1を固定し、下層の平均厚さD2(あるいは水深H)を変化させることによって一連の定常解を求めた。(1)H≪D1の場合には、Parsonsタイプの循環像が得られた。数値解はKamenkovich and Reznik(1972)の解析解と定性的によく合う。(2)H〜5D1の場合には、ventilated circulationがunventilated poolに含まれるという特徴をもつ解が得られた。(3)水深が浅い場合(D2〜D1)には、ポテンシャル渦度の大きな新たなpoolを流れるrecirculationとその外側のventilated circulationとが、狭いフロント状構造を境に分離するような解が得られた。このフロント状構造は、Sverdrup内部領域でのjump discontinuityの存在を示唆する。また、外力が十分に強い場合にはventilated circulationの一部は西岸境界層には入れず内部領域で閉じることもわかった。以上の循環像はventilated thermocline theoryでは捉えることができなかったものである。

 第3章では、亜熱帯の風成循環におけるポテンシャル渦度一様化の機構を、非線形移流項を含まない2層準地衡流方程式系を用いて明らかにした。まず内部領域に注目して、下層のポテンシャル渦度q2の力学を、その発展方程式に基づいて考察した。東向きの移流が傾圧ロスビー波によって抑えられれば、q2の情報は西岸境界層から内部領域へ伝播することはできない。このとき、南向きの移流によってq2が一様な領域が内部領域の北側から形成される。但し、定常状態に到達するまでに内部領域に蓄積される外力の影響は小さくなければならない。以上の条件は、無次元パラメータを用いてF2<2/、F22≪1/2と表される。但し、F2=F/2/(F:回転フルード数、:海底摩擦係数、=D2/D1:層厚比)である。実際、この理論的予想は、数値実験結果とよく一致している。さらに、摩擦西岸境界層の構造と上の条件との関連を考察し、F2≫1の場合は、q2に関する西岸境界層は近似的に熱伝導方程式によって記述されること、およびその幅はO(F2-1/2)であることを確認した。

 第4章では赤道域に注目し、東西風にcurlがなくても定常な大規模順圧循環が生じるための機構を、非線形移流項を省略した2.5層モデルを用いて考察した。diapycnalな密度混合がある場合には、風によって直接駆動されたポテンシャル流は定常状態においても維持される。このポテンシャル流が、各層で閉じた流れを駆動するために必要な渦度をつくっていることがわかった。したがって、風応力にcurlがなくても一対の順圧流が赤道を挟んで現われることになる。特に、表層よりもその下層における混合係数の方が大きい場合には、下層の赤道潜流が表層ジェットよりも強くなる。このため、いくつかの大循環モデルの計算結果にみられるように、東風の場合にもcyclonicな順圧流の対ができることになる。

 第5章では、Sakamoto and Yamagata(1996)によって風成循環の季節変動の機構に支配的な役割をすることが明らかにされたJEBAR効果を、より理想的な傾圧惑星渦を題材にして示した。2層PG方程式系に支配される純粋傾圧渦の局所的な海底斜面上での時間発展を数値的に調べることにより、南北方向に位置する海嶺は、冷水渦に対してはrepellor、暖水渦に対してはattractorとして振る舞うことがわかった。本章で明らかにされた物理機構によって、最近TOPEX/POSEIDON衛星の高度計によって得られたいくつかの観測事実が矛盾なく説明できることがわかった。

 以上、申請者は、最も簡単な層モデルに基づき、特にSverdrup内部領域における不連続性と粘性の効果に注目することによって、既存の風成海洋大循環論の再考察を行い、数々の修正点を明確にするとともに、今後の海洋大循環の理論的研究の方向づけに関して重要な貢献をしたものといえる。なお、本論文の第5章は、指導教官である山形俊男教授との共同研究の成果であるが、申請者が主体となって解析を行ったものであり、その寄与が十分であると判断できる。

 よって、審査員一同は、申請者が博士(理学)の学位を授与されるに十分な資格があるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54062