本研究では、画像データの解析から、火星流動化クレーターの形成プロセスの制約を行った。衝突実験などの知見を併せ、形成モデルとその探査・検証項目を提案する。 火星クレーターのイジェクタは月のような単なる降下性の堆積物ではなく、流動性を保って側方向に流れた特徴を示している(図1・2)。流動化とは、粒子間隙中に何らかの流体が存在し、それが過剰間隙圧と潤滑を与えることでもたらされる。そのため、流動化クレーターは何らかの間隙流体の存在を示す、非常にはっきりとした証拠である。この型のクレーターは表層揮発成分の指示器としてこれまで注目されてきた。 揮発成分の把握は火星古環境の研究では重要な位置を占める。それは多数の河川地形などから、過去には大量の水が表層に存在したはずであるが、現在地表には見られず、いつどこにどうやって消失し、現在どこに蓄えられているのかが議論の的となっているからである。また、この問題は火星の気候システムの進化と密接な関係があり、水の変遷史は地質学的証拠などによる制約を待たれている。しかし、火星流動化クレーターのどの特徴に注目してどんな情報が取り出せるかは、その形成プロセスをきちんと理解しなければ詰めることが出来ない。本研究は、その流動化イジェクタの形成プロセスの制約に主眼が置かれた。 火星の流動化クレーターに関しては、これまでいろいろなアプローチがされてきたが、出発点のデータセットの不備などから多少混乱が見られる。本研究では、火星表面の浸食の効果を出来るだけ取り除いたデータセットを作成し、以下の4項目に対して4つのアプローチから検討を加えた。 主なデータ源はViking(1976〜80)の軌道写真である。この画像は感度むら・ひずみが大きく、科学的用途に用いることは難しかった。そこで、米地質調査所、画像解析センターで開発されつつある基礎的な前処理を施した上で、必要なデータを抽出した。 火星流動化クレーターに関する、重要な4問題 :多様な流動化クレーター型の中で、何が基本形か(基本形問題) :1回の衝突で複数回の流動イベントが生じる理由(要因問題) :火星特有のランパート(流動化イジェクタ末端嶺)の起源(ランパート問題) :イジェクタ体積が掘削体積よりも遥かに大きいのは何故か(過剰体積問題) これらの問題に対して、以下の4つのアプローチを取って検討した。 1)統計学的アプローチ:クレーター分類、測定項目の回帰式作成 2)形態学的アプローチ:形成プロセス順序・要因の制約 3)実験科学的アプローチ:既存の衝突実験結果の考察を基にした要因の整理 4)測量学的アプローチ:輝度情報から高度情報への変換、イジェクタの求積 1)統計学的アプローチ 新鮮なクレーターのデータセットを作成した。精査した領域は、西経0〜60度、南緯80〜北緯80度、火星全球の約1/6球を占める。クレーター選択基準は、クレーターリムが原形を保持していること、直径5km以上であること、有効階調が5以上あること、等方分布するイジェクタを持つこと、の4点である。データーベースでの測定項目は、クレーター直径、2重クレーターの内外ローブ各直径、ランパート幅の4つである。 データベースを解析した結果、新鮮なクレーターでは2重ローブ型が75%を占めた。ローブのクレーター直径依存性は見られなかったが、ランパート幅のローブ直径に対する正の依存性が明らかになった。 このことから、火星流動化クレーターの基本形は従来の1重ローブ型でなく2重ローブ型であると考えられる。外側ローブのランパートは走破距離が増えるほど幅が増えることから、表層レゴリスの取り込みが大きいことが示唆される。 2)形態学的アプローチ ローブの微細構造が判別できる、高解像度撮像された新鮮なクレーターを全球で検索した。形態的な特徴を抽出するために、堆積過程の違いが強調される斜め衝突と、もっとも謎とされる多重ローブクレーターを記載・整理し、形成過程の制約条件をまとめた。 その結果、2重ローブの堆積順序は、従来の説とは逆で内側が先、外側がそれを被覆して後に形成されたことが明らかとなった。また、外側ローブの流路は内側ローブの起伏に強く支配されていた。多重ローブの正体は、起伏による分流で見かけ上多数に見える外側ローブであることもわかった。 外側ローブのランパートに関しても、成因を制約する事実が幾つか判明した。内外ローブ直径比が1に近いほどランパートは不連続不完全になること、外側ローブのランパートは幾何形状効果に打勝って走破距離と共に顕著になること、逆に表層レゴリスのないところでは外側ローブのランパートはみられないこと、である。これらは、外側ローブのランパート形成において、表層レゴリスの寄与が主体的であることを強く示唆している。 特筆すべき事は、多重ローブ・クレーターは、溢れ出しが不完全な2重ローブ型の亜型と理解すべきことである。 3)実験科学的アプローチ クレーター形成過程でのイジェクタ・カーテンが大気の摩擦によって分離するという要因があることは広く受け入れられている。それが地形のどの特徴に相当するかが問題となっていたが、改めて、2重ローブ型の外側ローブがそうであるとの理解を確認した。 4)測量学的アプローチ photoclinometryの原理:入射光量と散乱関数が既知から、画素の輝度は入射光から見た平均勾配の関数として与えられる。この原理を用い、ミナート散乱関数と回帰された各パラメタを用いて高度断面図を得た。 その結果、外側ローブの厚みはほとんど検知できず、非常に薄いことがわかった。外側ローブの体積のほとんどはランパートそれ自体が担っている。また、外側ローブのランパートと内側ローブについて、高さはほぼ同じだった。 以上から、次のような結論が導かれた。 :多様な流動化クレーター型の中で基本形は2重ローブ型である。 :大気摩擦によるイジェクタ・カーテンの分離で2つの流れがあってよいが、この2重ローブのそれぞれがこのふたつに対応していると考えられる。また、その堆積順序は内側ローブが先、外側ローブが後であった。また、多重型は2重ローブ型の変形であった。 :火星特有のランパート(流動化イジェクタ末端嶺)の正体は、表層レゴリスを掃き集めて作られたもので、イジェクタそのものではない。掘削されたよりもはるかに多いイジェクタ体積の問題は、これで解決された。 :火星では、表層レゴリスのイジェクタ・ローブへの寄与が、月よりも極めて大きい。 これにより、火星流動化クレーター形成の描像が得られた(図3)。次世代の火星探査に関してどのような点に注目すべきか、本研究の結果を踏まえて以下の提案を行う(図4)。 流動化クレーターは2重ローブ型が基本形であり、その内側の流動化自体が揮発成分存在の指標となる。従って、従来のランパートクレーター最小直径ではなく、2重ローブ型の最小直径が、帯水層深度を表していると考えるべきであり、2重ローブ型に焦点を当てた探査が必要である。また、付随するランパートの保存状態を時間指標にして、帯水層分布の時間変遷を得ることができる。次世代の火星探査で更に高解像度の画像が全球で手に入ることから、火星表層環境の変遷の具体的描像を得ることが出来ると期待される。 図1 火星流動化クレーターと月クレーター図2 流動化クレーターの見え方図3 火星流動化クレーター形成の描像図4 火星探査提案項目 |