熱帯低気圧のモデルにおいては、対流性の雲を適切に扱うことが重要である。そのためには積雲対流スケールを解像する必要があり、このようなモデル(以下CRM(Cloud Resolving Model))はこれまでに熱帯低気圧における多くのメカニズムを明らかにしてきた(Yamasaki,1977,1983,2次元)。しかし、3次元モデルでは計算機の制約から積雲対流スケールを解像することは当分難しく、対流の効果をパラメタライズした数km〜20km程度の格子間隔のモデルが必要である。Yamasaki(1986)は、CRMからの知見に基づき、積雲対流スケールはパラメタライズし、メソスケールは格子スケールで解像したモデルを開発した。このモデルにより、従来の熱帯低気圧モデルでは不適切に扱われていた構造の特徴や、熱帯低気圧の発生・発達のメカニズムなど多くの点において改善が見られた。しかしモデルを更に進歩させるためには、観測や他の数値モデルとの比較を通して問題点を明らかにしていく必要がある。 本研究ではYamasaki(1986)の発展として、幾つかの異なる特徴を持つモデルを開発した。これは、Yamasaki(1983)のCRMで格子間隔を10kmとし、積雲対流スケールの効果をパラメタリゼーションによって含めたものである。最も重要な改善と考えられる点は、Yamasaki(1986)では積雲対流スケールの雲水についてはdiagnosticに扱っていたものをprognosticに扱うようにしたことである。又、Yamasaki(1986)との大きな違いとして、積雲対流スケールの熱放出や水蒸気の分布に関してはKuo(1965)の方法を導入した。即ち、気柱に収束する水蒸気の一部を積雲対流スケールによる凝結として加熱に用い、残りを水蒸気のまま鉛直に分配した。また熱放出と水蒸気の鉛直分布はそれぞれ雲と周囲の温度差及び雲と周囲の水蒸気量の差に比例する形を仮定した。 本研究では、効率よくモデルを開発しメカニズムを理解するため、軸対称モデルを用いており、Yamasaki(1986)の3次元モデルからの結果との比較は今後の課題とする。本論文では、観測から分かっていることを念頭に、CRMの結果との比較を通してモデルの妥当性やパラメター値の設定、対流のメカニズムの理解を行った。 まず、CRM(1km格子)を用いた数値実験を行った。これまでの研究から分かっていることであるが、CRMでは積雲対流はメソスケールに組織化した形で存在し(以下メソスケール対流)、メソスケール対流が次々と発生することで熱帯低気圧スケールの循環が次第に発達する。メソスケール対流は、数時間の時間スケール(寿命)を持ち、その組織化においては、降水によるダウンドラフトやコールドプールの形成が重要な役割を果たす。渦が強まってくると地表摩擦による吹き込みによって対流の組織化が促進され、更に風速が強まると、中心付近では摩擦収束により目の壁雲が形成される。 次に、10km格子のモデルでパラメタリゼーションを行わない場合の数値実験を行い、CRMの結果と比較した。10km格子では積雲対流スケールの効果が扱えないため、対流が成長し難く、下層凝結により非現実的な下層循環の強まりが起こって、メソスケール対流や熱帯低気圧の発達はCRMのものとは全く異なっていた。 開発したパラメタリゼーションを用いると、熱帯低気圧の発達はCRMの特徴を定性的によく表すようになり、数時間の時間スケールを持つメソスケール対流が連続的に形成された。メソスケール対流のライフサイクルや構造は積雲対流を解像した場合と定性的に一致し、積雲対流スケールの効果は特に発達初期における熱放出の形で対流の成長に寄与していた。積雲対流スケールの雲水や雨水はdrag forceや蒸発を通じて格子スケールの場に影響を与えていた。熱帯低気圧全体の発達においては、渦の弱い段階においてパラメタリゼーションの寄与が大きく、地表摩擦の効果が強まるにつれ影響が小さくなり、目の壁雲は格子スケールのみでもある程度表現された。 モデルには様々な仮定やパラメターが含まれており、メソスケール対流の振舞いはパラメターに依存して変化する。特に熱に関する2つのパラメターは影響が大きく重要であるので、これらについて詳しく調べた。 まず収束水蒸気の加熱と水蒸気への分け方に関連するパラメターについて、加熱の割合(量)が対流に及ぼす効果を調べた。基本となるケースでは、Kuo(1965)の仮定より加熱の割合を大きく取っている。加熱の割合を小さくしたKuo(1965)に対応するケースでは、乾燥域では熱が少ないため対流が発達し難くなった。このため境界層付近に水蒸気がたまり、格子スケールの凝結が起こり易くなった。下層凝結により不安定度が急速に増大するので、飽和に近い状態になると積雲対流スケールの熱放出と格子スケールの対流が同時に起こり、対流は非現実的な程急速に発達した。一方、収束水蒸気を殆んど加熱に用いた場合は、積雲対流スケールの熱放出が多過ぎて対流が急速に発達し、下層から徐々に成長するメソスケール対流の発達過程が表現されない点に問題があった。 加熱の鉛直分布は雲の温度を用いて与えているが、これは雲モデル(Yamasaki,1986)から決めている。雲モデルにおける乱流エントレインメントに関するパラメターは、加熱の分布を決める上で最も重要なパラメターであるので、これが対流に及ぼす効果に着目した。エントレインメントを小さくすると、雲の温度は湿潤断熱に近い分布となり、熱のレベルが高くなるため、対流の発生期においては下層の熱が不足して対流が発達し難くなり、発達可能な場合にも、熱が常に上層で多く出るため対流の発達や衰弱の過程が正しく表現されず、時間スケールが長くなり過ぎる傾向が見られた。一方、エントレインメントを大きくすると、下層に熱が集中するため発達や消滅が急速でメソスケール対流としては不自然になった。メソスケール対流のライフサイクルを表現するためには、下層で適度な量の熱が放出される必要があること(Yamasaki,1986)が確認され、又対流の発達段階に応じて適切なレベルで熱を出すことの重要性が分かった。より適切な扱いを導くためにも熱の鉛直分布の効果は更に詳しく調べる必要がある。 本研究ではYamasaki(1986)と同様に積雲対流スケールのダウンドラフトの効果も導入している。この効果についても調べ、ダウンドラフトによる境界層での鉛直混合が、雨水の蒸発を促進し、メソスケール対流の衰弱過程や連続的な発生に寄与していることを確認した。CRMに比べまだコールドプールの表現が不十分であることがこのモデルの最大の問題点であるが、積雲対流スケールのダウンドラフトの効果の見直しにより改善が期待できる。 本研究のモデルは、今後3次元に拡張し、Yamasaki(1986)との比較によって更に改善していく必要があるが、積雲対流スケールの雲水量をprognosticに扱ったことにより、メソスケール対流の振舞いが大きく改善されたと考えられる。また、水蒸気量と水の収支を容易な形で取り扱うことのできるKuo(1965)の考え方(熱や水蒸気量変化の鉛直分布)を、Yamasaki(1986)のようなメソスケール対流解像モデルに組み込んだモデルは、熱帯低気圧のモデルとしてある程度現実的な結果を与えることも分かった。本研究はまた、メカニズムの理解を深めたことによって、熱放出や水蒸気量の変化に関する積雲対流スケールのパラメタリゼーションとして、より適切な物理的根拠をもったモデルを構築していく上での基礎を与えるものと期待できる。 |