大気中微量成分の濃度分布やその変化は、気候変動や温暖化予測の問題にとって重要である.その中でも、対流圏オゾンは温暖化にからむ重要な大気化学成分である。東京大学ではインドネシア、ワトゥコセッにおいて、93年5月からオゾンゾンデによる月2回程度の高度分布観測を、93年11月から毎日オゾンの全量観測をおこなっている。この5年間にわたるオゾンの長期観測データをもとに、筆者は学位論文において、その結果の解析および解釈をおこない、熱帯域インドネシアにおけるオゾン変動について非常に興味ある結果を見いだし、さらに気象学データの解析もおこなっている。ひとつの重要な研究は、インドネシアに於ける雨期から乾期への移行期にあたる5月頃の上部対流圏オゾン濃度の増大のメカニズムであり、もうひとつの重要な研究は乾期の末期における、対流圏中・下層でのエルニーニョ時のオゾン濃度増大である。 論文の序(1章)、観測の2章をふまえて、第3章では1995年の5,6月に行った集中観測において見いだされた、インドネシア上空における上部対流圏でのオゾン濃度増加の現象を議論している。この上部対流圏のオゾン増加が、熱帯域に卓越して存在する赤道ケルビン波の活動と関係している事を示している。メカニズム的には赤道ケルビン波の下降流にともなう成層圏から対流圏へのオゾン流入、さらに、この波の破砕によって大気混合を引き起こしオゾンの下方輸送が生じたことである。対流圏中に輸送されたオゾンが上方に戻された積極的証拠はなく、水平拡散等でその大部分が対流圏に残ったことを示している。この成果はこれまで、熱帯域に於いては大循環的な大気の流れの立場からは上昇流なので、むしろ対流圏から成層圏にはいるので、成層圏のオゾン流入はないと思われていた。しかし、この論文ではこのような新しいプロセスの発見によって、成層圏から対流圏へのオゾン流入をしめし、これまでの知見の変更を加えたことで、重要な成果と思われる。 今回、流入量を評価している(10ドブソン程度)が、これの年間をとおした成層圏・対流圏交換量については十分な観測がまだ行われていないために、決定できない状況である。それにも関わらず、この研究(ケルビン波による成層圏・対流圏交換プロセスの発見)は学位論文に十分あたいする成果と思われる。 さらに、赤道ケルビン波の活動度をNCEP/NCARの客観解析全球データを用いて調べ、そのケルビン波の破砕の条件を詳しくデータを見ることにより、西半球のほうがその条件を満たしていることを示した。いくつかの西半球・アマゾン等でのまだ十分に観測のない領域における上部対流圏のオゾン増加の現象も、オゾンの成層圏から対流圏へのケルビン波による輸送ではないか?という重要な指摘もおこなっている。これは今後の詳しい観測によって確かめられるであろう。 論文の後半部においては、インドネシアで観測されたオゾン変動のうちの、対流圏下層や中層におけるオゾンの増加現象をくわしく調べている。これはおもにインドネシアの乾期に起こる現象であるが、とくにエルニーニョの起こる年に顕著なオゾン増加が見られる現象である。この現象がバイオマスの火災によって起こることを、データ解析から示している。これまでバイオマスの火災によるオゾン増加はアフリカや南米アマゾンでは解析事実としてあるが、インドネシアでは初めての解析である(これまでインドネシアのオゾンは非常に静穏であると思われていた)。それらを、インドネシアのオゾン観測のデータや、さらに衛星データを用いてその事実をきちんと示した。また、とくにエルニーニョ時において、エルニーニョの西側においては乾燥することでバイオマスの火災の影響が平年時に比べ大きくなることをデータ解析によって明確に示している。 この様に、筆者はインドネシアに於ける5年間のデータ解析から、赤道ケルビン波による対流圏・成層圏交換のメカニズムやバイオマスによる対流圏オゾンの中層・下層でのオゾン増加現象をみつけた。このような新しい知見は、大気物質輸送や大気化学の研究の基礎を与えるものである. なお、本論文第3章(対流圏・成層圏交換)は、共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であったと認める。 よって本論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める. |