学位論文要旨



No 114076
著者(漢字) 本荘,千枝
著者(英字)
著者(カナ) ホンショウ,チエ
標題(和) 大西洋中央海嶺21°40’Nセグメントの磁化構造 : 潜水艇による深海地磁気観測からのアプローチ
標題(洋) Magnetic Structure of the Mid-Atlantic Ridge 21°40’N Segment : an Approach from Near-bottom Magnetic Measurements Onboard a Submersible
報告番号 114076
報告番号 甲14076
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3565号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤本,博巳
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 河野,長
 東京大学 助教授 中田,節也
 東京大学 教授 玉木,賢策
内容要旨 はじめに

 海洋の地磁気異常がプレートテクトニクス理論の発展に果たした役割は非常に大きいが、一方でその元となる海洋性地殻の磁化については我々の知るところは未だに少く、海洋の地磁気研究に残された最も大きな課題となっている。本研究ではこの問題に対する潜水艇による深海地磁気観測からのアプローチを試みた。潜水艇による地磁気観測の方法、データの処理および解析の方法を提示した上で、大西洋中央海嶺における潜航調査で実際に得られたデータを用いて、調査海域周辺の磁化構造について議論する。

調査海域概要

 大西洋中央海嶺北緯21度40分に位置する長さ約75kmのセグメントにおいて全19の潜航調査が行われた。この海域周辺の海上全磁力異常データから得られた両側拡大速度は約24km/m.y.で、典型的な低速拡大軸である。セグメントの中央、南端、その中間を拡大方向に横切る、それぞれ複数の潜航測線からなる3本の長い測線が得られ、そのうち中間のものはBrunhes-Matuyama(B/M)磁気境界まで達している(図1)。

観測方法

 東大海洋研究所で1994年に開発された汎用深海三成分磁力計をフランスの潜水艇ノチール号に搭載して観測を行った。3軸のフラックスゲート磁力計と水平・鉛直ジャイロにより、磁場ベクトル及び磁力計の体位を潜航中1秒間隔で連続的に測定した。船上三成分観測で用いられている船体磁気補正の方法[Isezaki.1986]を、潜水艇観測用に一部改良した上で適用し、潜水艇の磁化による影響を取り除いた後、深海底における地磁気三成分異常を得た。

解析方法(1)Direct Modeling:

 多くの測線で最も卓越しているのは、波長数十〜数百m、振幅数千nTのごく短波長の変動成分である。この変動の成因は磁化強度の短波長変動ではなく、地形の凹凸や潜水艇の上下動であり、2次元的な地形に一様磁化を仮定した場合の地磁気異常の計算値と非常に良い一致を示した。各測線をさらに短い部分プロファイルに分割し、各部分で観測値と計算値の振幅比をとることで、測線沿いに海底の磁化強度の推定を行った。観測値と計算値の相関の良し悪しは海底の地形・地質に左右され、拡大軸上などの玄武岩の露頭では例外なく良い相関が得られるが、崖錐や堆積物のある場所ではあまり良い相関が得られない場合がある。

(2)Magnetic Inversion:

 測線によっては、地形や潜水艇の高度変化では説明されない長波長(≧1km)の変動も観測されている。これらのデータについては、磁気インバージョンによる磁化強度の水平分布の計算も同時に行った。計算の原理は海上地磁気異常の解析に一般的に用いられているインバージョン法[Parker and Huestis,1974]と同様である:拡大軸方向に一様な2次元構造を仮定し、厚さ一定の磁化層内に自転軸に平行なダイポール磁場と同じ向きの磁化が分布しているとする。磁化は深さ方向に一様であるとし、観測された地磁気異常を生ずるような磁化強度の水平方向分布を計算する。測線の高度変化の補正には、Hussenoeder et al.[1995]の方法を適用した。

大西洋中央海嶺21°40’Nセグメントの調査結果

 (1)Brunhes-Matuyama(B/M)磁気境界の構造:拡大軸の東側と西側でそれぞれB/M境界を横切る2潜航のデータについて、Direct ModelingとInversionの各方法から海底の磁化強度分布を求め、磁気境界の位置を推定した。前者(Direct modelingの結果)が海底表面における正磁極期の磁化と逆磁極期の磁化との接点を示すのに対し、後者(Inversionの結果)は磁化層の厚さ全体に亙っての平均的な磁気境界の位置を示す。西側のB/M境界においては、前者が後者より1kmほど拡大軸から遠い位置にあり、磁化層内の磁気境界面が、extrusive層の形成モデル[Schouten and Denham,1979]から予想されるように拡大軸に向かって傾斜していることが示唆された。一方、東側のB/M境界では逆に前者が後者より拡大軸に近い位置にあることが判り、西側とは逆のセンスの(拡大軸の反対を向く)傾斜が示唆された。この一見矛盾する結果は、しかし、海上地磁気データから明瞭に示されるJaramillo期とB/M境界間の非対称拡大を考慮することにより統一的な解釈が可能で、その中で東側の境界はかつて拡大軸の西側にあったJaramillo anomalyと考えられ、西側の境界と同様に、(形成当時の)拡大軸に向かった傾斜として理解される。

 (2)磁化強度の拡大方向の変動(Brunhes期内):それぞれ4〜5の航跡からなる3本の長い測線を、セグメント中央から南端へライン1、2、3とし、横軸に拡大軸からの距離を取り、Direct Modelingから得られた磁化強度の分布を各ライン毎に示した(図2)。拡大方向の変動について次のことが言える:(i)同じBrunhes正磁極期内の海底でも0〜30A/m程度の磁化強度の幅がある;(ii)磁化強度のばらつきは一様ではなく、高磁化域あるいは低磁化域がある程度まとまって分布する。これは磁化層(通常第2A層とされる)の厚さ変化だけでなく、磁化強度の分布も地磁気異常の短波長変動に寄与する可能性を示している;(iii)拡大軸上の磁化強度は一様に高いが、拡大方向の変動において必ずしも最高ではない。この事実は岩石の磁化が時間と共に減衰する仕組みでは説明されない;(iv)磁化強度の分布と、(変成作用が促進されると思われる)断層域の分布との間には、あまり明瞭な関係が見られない。以上のことから、磁化獲得時にすでにこのような強度の違いが存在していたと考えるのが妥当であろう。その原因として、深海堆積物から得られる古地磁気強度変動との関係を調べたところ、現在及びブリュンヌ期中期の古地磁気強度ピークに、ライン1、2における高磁化域が対応していることが判った。しかし、Brunhes期初期の古地磁気強度のピークは、B/M境界に達しているライン2でも認められなかった。また、海上観測から得られるライン1、2沿いの長波長の磁化強度変動も同様に現在及びブリュンヌ期中期の2つのピークのみで説明されることが判った。反転直後に急速に磁場強度が高まるという古地磁気強度変動の特徴は、堆積物の磁化獲得機構による見せかけの変化であるという議論があり、本結果はこれを支持するものであるのかもしれない。この議論の決着には今回のような海底玄武岩からの検証が非常に有効であろう。

 (3)拡大軸方向の変動:横軸に拡大軸沿いの距離をとり、拡大軸上の5箇所の潜航調査から得られた軸上の磁化強度を図3a(黒丸印)に示す。また、海上全磁力異常から計算された磁化強度水平分布の拡大軸沿い断面も併せて示した(図3a太線)。海上全磁力異常の結果は、世界の中央海嶺でほぼ普遍的に観測されるように、セグメント端で大きな磁化強度を示しているが、これは計算において磁化層の厚さを一定と仮定したための見せかけの高磁化であり、実際の意味は深さ方向の磁化の総量であることに注意しなければならない。一方で、深海観測から得られた磁化強度は、磁化層の厚さに無関係の絶対的な強度であるが、セグメント南端においても中央に比べて特に高い磁化は認められず、強度は軸沿いにほぼ一定の約13A/mであった。以上から、海上観測から示されるセグメント端の高磁化は、海底岩石の磁化強度の高まりではなく、セグメント端における厚い磁化層の存在を示していると考えられる。磁化強度を一様に13A/mと仮定すると、磁化層の厚さはセグメント中央で400〜500mと、通常考えられている第2A層の厚さとほぼ同程度であるのに対し、セグメント端では1km以上の磁化層が必要である(図3b)。これは次のいずれかを意味すると考えられる:(i)マントル上昇の中心であるセグメントの中央部から端部に向かってキュリー点の深度が増大している。この場合、上記の必要とされる厚さと強度から考えて、貫入岩層の第2B層も第2A層に匹敵する程の高い磁化を持つと考えなくてはならない;(ii)セグメント端における蛇紋岩化したマントルかんらん岩の存在。大西洋中央海嶺をはじめ低速拡大軸の不連続(トランスフォーム断層など)付近では、下部地殻や上部マントル物質の露頭が数多く報告されている。海水と反応して蛇紋岩化したかんらん岩は磁鉄鉱を含んでおり、磁化の担い手としては有力である。

Hussenoeder,S.A.,M.A.Tivey,and H.Schouten,Direct inversion of potential fields from an uneven track with application to the Mid-Atlantic Ridge.Geophys.Res.Lett.,22,3131-3134,1995.Isezaki,N.,A new shipboard three-component magnetometer,Geophysics.51,1992-1998,1986.Parker.R.L.,and S.P.Huestis,The inversion of magnetic anomalies in the presence of topography,J.Geophys.Res.,79,1587-1593,1974.Schouten.H.,and C.R.Denham,Modeling of the oceanic magnetic source layer.in Implications of Deep Drilling Results in the Atlantic Ocean:Ocean CrustProc.Second Ewing Mem.Symp.,151-159,1979.図表図1(左上):調査海域及び潜行調査測線。 Line 1はセグメント中央を、Line 3はセグメントの南端を横切っている. 図2(左):Direct Modelingから得られた海底の磁化強度分布。各ラインの位置は図1に示した通りである。丸印の色が濃いほど推定値の信頼度は高い。Line 2はBrunhes-Matuyama境界まで逹している。 図3(上):(a)潜航調査から得られた拡大軸上の磁化強度(黒丸印)と、海上全磁力異常から計算された磁化強度分布の拡大軸沿い断面(太線)。前者がほぼ一定値(13A/m)であるのに対し、後者はセグメント南端においてセグメント中央の約2倍の強度を示している。(b)磁化強度一定(13A/m)の磁化層を仮定した場合に海上全磁力異常を説明するのに必要な磁化層の厚さ変化。セグメント中央付近で約450m、セグメント南端で約1.1kmである。
審査要旨

 本論文の主な成果は、潜水艇を用いて深海底における地球磁場の三成分を連続的に観測する方法を初めて提示し、潜水艇による地磁気観測を海上・深海曳航観測と並ぶ海洋地磁気観測の一手法として確立させたことと、大西洋中央海嶺における潜航調査の実際のデータを解析し、中央海嶺拡大機構と古地球磁場変動に関して複数の特筆すべき結果を得ていることである。本論文は全6章で構成され、第3、4章で観測方法、データ処理及び解析の方法が示され、第5章で大西洋中央海嶺における実際の解析結果についての議論を行っている。

 第1章では、海洋性地殻の磁化に関する過去の研究において深海地磁気観測の果たした役割を総括し、潜水艇による地磁気観測の意義づけを行っている。

 第2章では、潜航調査海域である大西洋中央海嶺21°40’Nセグメントのテクトニクスと磁化構造の概要を、海底地形及び海上全磁力異常データを基にまとめている。

 第3章では、観測機器及び観測システム、データ収集方法、地磁気三成分を得るまでの1次的なデータ処理について述べている。船上三成分観測の原理を本データ処理方法の基本としているが、潜水艇観測に特有の問題を解決するため新たに統計数学的手法を導入しており、本手法の今後の海底地磁気観測への貢献は極めて大であると評価できる。

 第4章では、ダイレクト・モデリング及び磁気インバージョンの2つの解析方法が示されている。前者は、地磁気異常の短波長成分を利用した磁化層の厚さに無関係な絶対的磁化強度を推定する方法であり、海上観測とは完全に独立した新たな情報が得られるという点で本析方法の開発は高く評価される。後者の磁気インバージョンは長波長成分を用い、基本的には海上全磁力異常の解析と同様に、磁化層の厚さを仮定した上で磁化強度分布を求めるものである。

 第5章では、19の潜航調査から得られた結果に基づき、磁気境界の構造、磁化強度の拡大方向の変動、磁化強度の拡大軸沿いの変動の3つのテーマについて議論を展開している。

 磁気境界の構造については、拡大軸の東側と西側でブリュンヌ・松山境界を横切る2つの潜航調査の解析結果に基づき議論している。ダイレクト・モデリング法と磁気インバージョン法の併用により、磁化層の強度と厚さについて具体的な推定値を提示している。また同境界において、両解析結果に表れる磁気境界の位置にずれが見られることから、境界面が磁化層内で拡大軸に向かって傾斜していることを示した。この結果は、過去に提案されている磁気境界の構造モデルの強力な実証であり、海底拡大機構を解く重要な拘束条件を与えるものとして高く評価される。

 磁化強度の拡大方向の変動については、熱水循環による局所的な低温酸化の影響も考えられるものの、深海堆積物から得られる相対的古地磁気強度と本結果との間に良い一致が見られることから、古地磁気強度の変動が原因として最も有力であると結論している。海底近傍の地磁気連続観測により古地球磁場を復元できる可能性を初めて示した本結果の古地球磁場変動研究に与える影響は極めて大きいと言えよう。

 磁化強度の拡大軸沿いの変動については、拡大軸上の5潜航調査の結果と海上観測の結果とを有効に併せて解析を行い、中央海嶺で一般に認められている、セグメントの配置と強く関連した海嶺軸沿いの地磁気異常変動が、海嶺軸方向の磁化層の厚さ変化によるものであることを示した。磁化層の厚さはセグメント南端においては中央の2倍以上であり、その磁化を担い手はセグメント端における蛇紋岩化したマントルかんらん岩であろうと結論している。ここにおける解析と結論は、中央海嶺研究の分野で長い間未解決であった、海嶺軸方向に沿った地磁気異常変化問題に関する研究に、大きな飛躍をもたらすものと期待される。

 第6章は結論として、潜水艇による深海地磁気観測の方法を提示したことと、第5章に述べた解析・議論の結果を簡潔にまとめている。

 以上をまとめると、本論文は、(1)潜水艇による地磁気観測解析手法を開発し新しい海底観測法を創出したこと、(2)海底磁化層境界の傾斜構造を実証し海底拡大機構研究に貢献したこと、(3)海底地殻の水平方向の拡がりが古地球磁場変動を記録している可能性を示し、古地球磁場変動研究に新しいアプローチを提案していること、(4)中央海嶺の軸方向磁気異常変動問題の解決につながる解析結果とモデルを提出したこと、以上の4点により、海洋性地殻磁化構造研究分野における画期的な研究として高く評価できる。以上の審査に基づき、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文に十分に値するものと判定した。

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