本論文の主な成果は、潜水艇を用いて深海底における地球磁場の三成分を連続的に観測する方法を初めて提示し、潜水艇による地磁気観測を海上・深海曳航観測と並ぶ海洋地磁気観測の一手法として確立させたことと、大西洋中央海嶺における潜航調査の実際のデータを解析し、中央海嶺拡大機構と古地球磁場変動に関して複数の特筆すべき結果を得ていることである。本論文は全6章で構成され、第3、4章で観測方法、データ処理及び解析の方法が示され、第5章で大西洋中央海嶺における実際の解析結果についての議論を行っている。 第1章では、海洋性地殻の磁化に関する過去の研究において深海地磁気観測の果たした役割を総括し、潜水艇による地磁気観測の意義づけを行っている。 第2章では、潜航調査海域である大西洋中央海嶺21°40’Nセグメントのテクトニクスと磁化構造の概要を、海底地形及び海上全磁力異常データを基にまとめている。 第3章では、観測機器及び観測システム、データ収集方法、地磁気三成分を得るまでの1次的なデータ処理について述べている。船上三成分観測の原理を本データ処理方法の基本としているが、潜水艇観測に特有の問題を解決するため新たに統計数学的手法を導入しており、本手法の今後の海底地磁気観測への貢献は極めて大であると評価できる。 第4章では、ダイレクト・モデリング及び磁気インバージョンの2つの解析方法が示されている。前者は、地磁気異常の短波長成分を利用した磁化層の厚さに無関係な絶対的磁化強度を推定する方法であり、海上観測とは完全に独立した新たな情報が得られるという点で本析方法の開発は高く評価される。後者の磁気インバージョンは長波長成分を用い、基本的には海上全磁力異常の解析と同様に、磁化層の厚さを仮定した上で磁化強度分布を求めるものである。 第5章では、19の潜航調査から得られた結果に基づき、磁気境界の構造、磁化強度の拡大方向の変動、磁化強度の拡大軸沿いの変動の3つのテーマについて議論を展開している。 磁気境界の構造については、拡大軸の東側と西側でブリュンヌ・松山境界を横切る2つの潜航調査の解析結果に基づき議論している。ダイレクト・モデリング法と磁気インバージョン法の併用により、磁化層の強度と厚さについて具体的な推定値を提示している。また同境界において、両解析結果に表れる磁気境界の位置にずれが見られることから、境界面が磁化層内で拡大軸に向かって傾斜していることを示した。この結果は、過去に提案されている磁気境界の構造モデルの強力な実証であり、海底拡大機構を解く重要な拘束条件を与えるものとして高く評価される。 磁化強度の拡大方向の変動については、熱水循環による局所的な低温酸化の影響も考えられるものの、深海堆積物から得られる相対的古地磁気強度と本結果との間に良い一致が見られることから、古地磁気強度の変動が原因として最も有力であると結論している。海底近傍の地磁気連続観測により古地球磁場を復元できる可能性を初めて示した本結果の古地球磁場変動研究に与える影響は極めて大きいと言えよう。 磁化強度の拡大軸沿いの変動については、拡大軸上の5潜航調査の結果と海上観測の結果とを有効に併せて解析を行い、中央海嶺で一般に認められている、セグメントの配置と強く関連した海嶺軸沿いの地磁気異常変動が、海嶺軸方向の磁化層の厚さ変化によるものであることを示した。磁化層の厚さはセグメント南端においては中央の2倍以上であり、その磁化を担い手はセグメント端における蛇紋岩化したマントルかんらん岩であろうと結論している。ここにおける解析と結論は、中央海嶺研究の分野で長い間未解決であった、海嶺軸方向に沿った地磁気異常変化問題に関する研究に、大きな飛躍をもたらすものと期待される。 第6章は結論として、潜水艇による深海地磁気観測の方法を提示したことと、第5章に述べた解析・議論の結果を簡潔にまとめている。 以上をまとめると、本論文は、(1)潜水艇による地磁気観測解析手法を開発し新しい海底観測法を創出したこと、(2)海底磁化層境界の傾斜構造を実証し海底拡大機構研究に貢献したこと、(3)海底地殻の水平方向の拡がりが古地球磁場変動を記録している可能性を示し、古地球磁場変動研究に新しいアプローチを提案していること、(4)中央海嶺の軸方向磁気異常変動問題の解決につながる解析結果とモデルを提出したこと、以上の4点により、海洋性地殻磁化構造研究分野における画期的な研究として高く評価できる。以上の審査に基づき、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文に十分に値するものと判定した。 |