内容要旨 | | 日本列島中央部での高い地震活動度は,高密度な活断層及び,ユーラシアプレートとオホーツクプレートとの衝突,南方からのフィリピン海プレートの沈み込み,東方からの太平洋プレートの沈み込み等のプレートの動きに起因するものと思われる.そこで我々は,プレートの衝突による歪み蓄積のメカニズムの解明を試みた. プレート境界部での歪み蓄積を評価するため,Savageは1983年に沈み込み帯に関するDislocationモデルを確立し,後にMatsu’ura(1986)はそのモデルをトランスフォーム断層境界に適用可能な形に拡張した.両者のモデルは,プレートの定常運動にDislocationを考慮に入れた"合成モデル"として統一的な解釈を与えることが可能である. 上記2つのモデルと同様な手法により,Shimazaki and Zhao(1996)はプレート衝突境界に関するDislocationモデルを提案した.歪み蓄積過程は,プレートの定常運動(剛体ブロックの運動)と,プレート境界部の仮想的な断層(補足解)との合成により表現される.プレートの運動方向に垂直な,直立したプレート境界の場合,補足解は引っ張りクラックDislocationである.プレート境界の走向(傾斜)がプレートの運動と垂直でない場合,解は引っ張りクラックと横ずれ(正)断層との組み合わせとなる. 本研究では,衝突のDislocationモデルが,水平なデタッチメントの縁の1つと等価であることを示した.水平デタッチメントの前面縁が衝突境界に相当し,2つの側面はトランスフォームプレート境界に相当する.残り1つの縁は,リフト帯のプレート境界に相当する.2次元の場合,数学的に等価であることを本研究で確認した. 日本列島中央部では国土地理院により,最近4年以上にわたってGPS観測が続けられている(多くの観測点のデータは2年少々の間,蓄積されている).これらの良質のデータにより,日本列島中央部の現在の地殻の動きを明確にとらえることが可能となる.本研究では,347地点の全GPS観測点におけるデータを用いた.まず最初に,それぞれの観測点における地殻の移動速度を,季節変動を考慮して最小二乗法により推定した.次に,least-squares collection method(El-Fiky&Kato,1997)を用いてノイズを除去し,日本列島中央部の地殻移動速度場を図示した.その結果,フィリピン海プレートの沈み込み或いは太平洋プレートの沈み込みの影響が卓越する南部と東部を除くと,地殻の移動速度はEW成分が特に大きいことが明らかになった.日本列島中央部におけるアサイスミックな変形は,主にユーラシアプレートとオホーツクプレートとの衝突により支配されていると結論される. 我々が提案した衝突境界に関するDislocationモデルに基づき,様々な衝突境界の位置を仮定して,それぞれのGPS観測点における地殻移動速度を計算した.モデルの観測への適合度は,観測地と理論値との差の標準偏差により判定した.その結果,衝突境界はこれまでひろくプレート境界であると考えられてきたフォッサマグナとは一致していないということが明らかになった.地殻移動速度のEW成分の観測値の変動に基づくと,境界は信濃川地震帯とその南西方向への延長線であり,その収束速度はSeno(1995)による推定値(1.5cm/yr)よりもやや大きく,2cm/yrであると結論づけられる.また,データから,プレート境界が中央部において糸魚川-静岡構造線とその南方へと枝分かれしている可能性が示唆された. |
審査要旨 | | 本論文は中部日本におけるプレートの衝突過程を理論および観測資料解析の両面から詳しく論じたものである.論文は5章からなり、研究の背景、用いた観測資料とその解析手法、プレート衝突モデル及び中部日本における応用について述べられている。 第一章では研究の目的と手法等が説明されている。一般に、日本列島中央部での高い地震活動度は、高密度な活断層及び、プレートの相互作用に起因するものと考えられている.この地域はユーラシアプレートとオホーツク(または北米)プレートの衝突境界と考えられており、プレートの衝突による歪み蓄積のメカニズムの解明及び従来論争されてきたプレート衝突境界の位置決定が重要である.これらを明らかにすることが研究の目標とされている。 第二章ではプレート衝突モデル及びその性質が述べられている。このモデルは、以前のDislocationモデルの解法を発展させるものである。プレート境界部での歪み蓄積を評価するため、Savageは1983年に沈み込み帯に関するDislocationモデルを確立し、後にMatsu’ura et al.(1986)はそのモデルをトランスフォーム断層境界に拡張した.本論文では両者のモデルを、プレートの定常運動にDislocationを考慮に入れた"合成モデル"として統一的に解釈して、同様な手法により、プレート衝突境界に関するDislocationモデルを提案している。すなわち、歪み蓄積過程は、プレートの定常運動(剛体ブロックの運動)と、プレート境界部の仮想的な断層(補足解)との合成により表現される.プレートの運動方向に垂直な、直立したプレート境界の場合、補足解は引っ張りクラックDislocationである.プレート境界の走向(傾斜)がプレートの運動と垂直でない場合、解は引っ張りクラックと横ずれ(正)断層との組み合わせとなる.本論文により、衝突のDislocationモデルが、水平なデタッチメントの縁の1つと等価であることが示された.水平デタッチメントの前面縁が衝突境界に相当し、2つの側面はトランスフォームプレート境界に相当する.残り1つの縁は、リフト帯のプレート境界に相当する.2次元の場合、数学的に等価であることが確認されている. 第三章はGPS観測資料及び解析処理について述べられている。国土地理院によって提供されている最近2〜3年間の日本列島中央部の347個所のGPS観測点における座標の時系列データを用いて、まず最初に、それぞれの観測点における地殻の移動速度を、季節変動を考慮して最小二乗法によって推定した.次に、最小二乗予測法(El-Fiky and Kato、1997)を用いてノイズを除去し、日本列島中央部の地殻移動速度場を図示した.その結果、フィリピン海プレートの沈み込み或いは太平洋プレートの沈み込みの影響が卓越する南部と東部を除くと、地殻の移動速度は東西成分が特に大きいことが明らかにされた.日本列島中央部における非地震性の変形は、主にユーラシアプレートとオホーツクプレートとの衝突により支配されていると結論されている. 第四章では、提案された衝突境界に関するDislocationモデルに基づき、様々な衝突境界の位置を仮定して、それぞれのGPS観測点における地殻移動速度を計算している.モデルの観測への適合度は、観測値と理論値との差の標準偏差により判定された.その結果、衝突境界はこれまでひろくプレート境界であると考えられてきたフォッサマグナとは一致していないということが明らかになった.地殻移動速度の東西成分の観測値の変動に基づくと、境界は信濃川地震帯とその南西方向への延長線であり、その収束速度はSeno(1995)による推定値(1.5cm/yr)よりもやや大きく、2.0cm/yrであると結論づけられている.また、データから、プレート境界が中央部において枝分れし、南方へ糸魚川-静岡構造線をとおる可能性を示唆している.この点に関しては、フィリピン海プレート沈みこみの影響などを考慮すると、議論のあるところであろう. 第五章は結論のまとめと議論である。今後の目標としてモデルを改善することとGPSデータの蓄積により日本列島中央部の地殻変動を明確に捕えることが重要であると指摘されている。 以上を要するに、本論文はDislocationを基礎とした衝突境界モデルを提唱し、それを中部地域のGPS観測データに適用して、プレート衝突境界としての同地域のテクトニクスに新しい知見をもたらしたものである. なお、本論文は東京大学地震研究所島崎邦彦教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する. したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |