本論文は、高感度化学発光分析法を用いて海水中のマンガンのフロー型自動分析法を開発し、実際の海洋中で連続計測できる装置に組み上げ、東太平洋海嶺の海底熱水活動の探査と研究に応用したものであり、世界でもあまり他に例のない研究である。1970年代後半から活発になった潜水挺や観測船による研究では、海底熱水活動により様々な物質が放出または除去されていることが明らかになり、海洋物質循環に大きな役割を果たしていることが示されている。マンガンの異常は、水温、He-3、メタン、重金属などと並んで海底熱水活動の発見当初から注目されていたが、水温以外の化学成分の場合は海水を採取し、船上での分析に頼っていた。そのため結果を得るのに時間がかかることや採水の頻度の制限から微細構造を見逃すなどの問題があった。本研究では、熱水活動で放出されたマンガンが硫化物を作る鉄など他の重金属に比べて海水中では比較的保存性を保つこと、および通常海水の濃度が低く熱水との間の濃度差(ダイナミック・レンジ)が大きいことに着目して、海水中で作動しうるマンガン計測熱水探査装置の開発に成功した。 第1章では、序論で研究の背景、経過、意義と目的が述べられている。 第2章では、ルミノールー過酸化水素系の化学発光法によるマンガンの自動分析に関する基礎的・分析化学的検討を行った。フロースルー分析法では海水をそのまま吸引するため、マンガン以外の海水中の他の化学成分の妨害を除去する必要がある。そのためまず海水試料をpH5の酢酸緩衝溶液と混ぜてオキシン系のキレート(Kelex-100)を担持させた樹脂カラムを通すことによってクロムとコバルト以外の妨害元素を除去した。次にアンモニア溶液でpH9.5にすると、コバルトはアンモニア錯体を形成し、妨害しないことがわかった。続いて過酸化水素およびルミノール溶液を混ぜ合わせると、マンガンとクロムが発光するが、クロムによる発光は1分以内に消えるため、その後に検出すればマンガンのみの定量ができることが分かった。また発光は温度に依存するが、それぞれの温度で標準溶液と比較することにより定量できる。マンガンの検出範囲は0.1-4000nMと広範囲に及んだ。 上記の結果を踏まえて第3章では、深海で作動する現場型自動分析装置の開発を行っている。装置の構成は、1)フロースルー分析部の油漬け及び水漬けの被圧容器、2)電気系統の入ったアルミ製耐圧容器、3)試薬袋を入れるアクリル筒からなる。組立てた装置の作動テスト、現場でのキャリブレーション、船上測定との比較を行い良好な結果を得ている。その結果に基づき2号機を作製した。 第4章では、製作した装置を「しんかい6500」に取り付け、南部東太平洋海嶺を調査した結果を述べている。熱水プルームの海底からの位置の違いや、噴出口の違いによってマンガン・水温比が異なる2種類の熱水系が存在することを明らかにし、マンガン異常と水温異常は必ずしも一定ではないことが明らかとなった。そしてその原因について考察している。 第五章では、これらの知見をまとめ、今後の展望についても述べている。 なお、第2章、第3章の分析法の開発および装置の製作は申請者を含めた研究室メンバーの共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発、検討、製作を行った者であり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |