学位論文要旨



No 114079
著者(漢字) 岡村,慶
著者(英字)
著者(カナ) オカムラ,ケイ
標題(和) 高感度化学発光法を用いた海洋の現場自動化学分析装置の開発とその熱水活動調査への応用
標題(洋) Development of a deep-sea in-situ chemical analyzer and its application for hydrothermal fields.
報告番号 114079
報告番号 甲14079
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3568号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野崎,義行
 東京大学 教授 秋元,肇
 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 教授 巻出,義紘
 東京大学 助教授 中井,俊一
内容要旨 1:

 地球上に存在するさまざまな元素の存在状態と循環様式を明らかにすることは、地球化学の根本的テーマである。海洋は地球表面の七割以上を占め、平均水深3800mという巨大なリザーバーであるので、海洋における元素の挙動が地球全体の物質循環に果たす役割はきわめて大きい。しかしながら、海洋調査は、陸上に比べてはるかに密度の小さいものとならざるを得ず、信頼できる観測データが十分に得られているとはいいがたい。最近20年の間に深海底から海洋への物質フラックス(主として海底熱水循環による)が、海洋の物質循環に大きな役割を占めていることが明らかになってきた。大洋中央海嶺では、マグマと海水が反応する熱水循環プロセスが存在する。海水が海洋地殻の割れ目に沿って浸透してゆき、マグマによって熱せられると同時に地殻岩石から金属元素などを溶かし込み、高温(300℃以上)・酸性・還元性の熱水となって海底まで上昇する。熱水が海底から噴出すると、低温・中性・酸化的な周囲の海水と混合し、さまざまな化学反応が起こる。海底直上では熱水性沈殿物が多量に生成され、多くの重金属は硫化物となって取り除かれる。噴出した高温熱水は、浮力性プルームとなり周囲の海水と密度がつり合うまで上昇を続ける。密度がつり合うと横方向へ広がる熱水プルームとなり、この熱水プルーム中に溶存態または懸濁態として存在する化学種は海洋中へ広く拡散していく。以上のように海嶺の熱水活動に伴ってさまざまな元素が熱水反応に関与し、また大量の物質が熱水循環によって移動している。このような海底熱水活動は複雑かつ大きな時空間変動を伴うことが多く、従来行われてきた試料を採水器で採取して分析を行うという方法ではその実熊を解明することが非常に難しい。本研究では、このような現状にブレークスルーをもたらすべく、海底に直接化学分析機器を持ち込む現場化学分析の手法の開発にとりくみ、具体的なターゲットとして海底熱水の主成分のひとつであるマンガンの観測に取り組んだ。

2:分析法の開発

 重金属元素の中でもマンガンは熱水中に海水中の10万倍程度と著しく濃縮されており、硫化物沈殿を作りにくいため除去されにくく、海洋中に広範囲にわたって拡散することが知られている。それゆえ、マンガンの計測を目的とした現場化学分析は海外において2,3試みられている。しかしながら、分析法として比色法や蛍光法をもちいていたため、十分な感度が得られていない。本研究では、マンガンの高感度な分析法として知られているルミノールー過酸化水素系の化学発光法に注目した。本法は多くの重金属元素に対して高感度であり、反応の温度依存性が小さいという、比色、蛍光法にない特色を持っている。しかしながら重金属に対する選択性が乏しく、従来は測定の前処理としてマンガンの分離濃縮が必要であった。今回現場分析への適用のために新しく、分離濃縮操作を必要としないフロースルー分析法を開発した。図1に開発した分析法の概略を示した。まず海水試料をpH5の酢酸緩衝溶液と混ぜ、オキシン系(Kelex-100)のキレートを担持させた樹脂カラムを通す。この段階でクロム、コバルト以外の妨害元素が除去される。次に、アンモニア溶液と混ぜpH9.5にする。コバルトはアンモニア錯体を形成し、妨害しなくなる。続いて過酸化水素及びルミノール溶液と混ぜ合わせ、6.1mの反応管を通した後検出器におくられる。クロムの発光は1分以内に消光するため、マンガンのみの定量が可能となる。マンガンの検出範囲は0.1-4,000nMである。試薬条件を変えることにより、検出範囲をより広くとることも可能である。

図1マンガン分析ラインの概略図
3:装置の開発

 以上の結果を踏まえて、深海で作動するフロースルー式の現場型化学成分分析装置GAMOS(Geochemical Anomalies MOnitoring System)の開発を行った。装置の構成は(1)フロースルー分析部の入った油漬及び水漬の被圧アクリル容器、(2)電気系統の入ったアルミ製耐圧容器(耐圧性能520気圧)、(3)試薬袋を入れるためのアクリル筒の3つの部位に大別される。試作1号機(GAMOS-I)を、1995年10-11月に行われた目仏共同マヌス海盆潜航調査において、潜水船「しんかい6500」(海洋科学技術センター)に搭載してテスト使用したところほぼ良好な作動が確認されたので、さらに改良を加えた2号機(GAMOS-II)を製作した。図2に示したのがGAMOS-IIの概略図で、1997年7-9月に行われた「しんかい6500」による東太平洋海膨南部海域(SEPR)潜航調査において11潜航(のべ80時間)にわたり計測を行った。

図2:GAMOS-IIの概略図
4:海底熱水活動の現場観測

 東太平洋海膨の南部(南緯14°-20°付近、図3)では、年間15cm以上という地球上で最も速い海底拡大が起きている。RM24サイト(17°27’S、113°10’W)は、東太平洋海膨南部で最も水深の浅い海嶺火山の南半部に位置し、マグマ溜まりも海底下800mと非常に浅いところに検出されている。1993年に実施された日米共同による観測船メルビル号(スクリプス海洋研究所)の調査では、最大規槙のプルームが検出されたところである。

図3:東太平洋海膨南部海域RM24サイト

 「しんかい6500」下降中の計測データより、RM24サイト(水深2600m)におけるマンガン濃度の鉛直連続分布が得られた(図4)。マンガンの濃度異常は、全ての潜航において2350m以深に見られた。1993年にメルビル号の船上で分析したデータと比較すると、濃度異常の分布が狭くなっていた。8月3日と28日には2つのマンガン濃度異常の極大(水深2400m及び2550m)が見られるが、9月3日と4日は2500m付近のひとつの極大しか観測されなかった。このように熱水プルームが、時間的に大きな変動を示すことが明らかとなった。

図4:RM24サイトにおけるマンガン濃度の鉛直分布

 図5にRM24サイトにおいて「しんかい6500」海底航走中の計測データより得られた、海底直上におけるマンガン濃度と水温の水平連続分布を示した。マンガン濃度と水温の異常は4つの熱水噴出サイトの近傍において観測された。マンガン異常と水温異常の割合(Mn/T)は一定ではないことがわかった。低温熱水のサイト(Oasis)ではMn/T比が1,200と低いが、高温熱水のサイト(Kaminari,Matsu,Rehumarka)では4,000-17,000と高い値を示している。このようにMn/T比の値が広範囲にわたっていることから、熱水活動による熱と化学成分のフラックスは同一サイト内でも噴出口の性質によって大きく変動していることが明らかとなった。

図5:「しんかい6500」航跡図に沿ったマンガン濃度と水温の分布
審査要旨

 本論文は、高感度化学発光分析法を用いて海水中のマンガンのフロー型自動分析法を開発し、実際の海洋中で連続計測できる装置に組み上げ、東太平洋海嶺の海底熱水活動の探査と研究に応用したものであり、世界でもあまり他に例のない研究である。1970年代後半から活発になった潜水挺や観測船による研究では、海底熱水活動により様々な物質が放出または除去されていることが明らかになり、海洋物質循環に大きな役割を果たしていることが示されている。マンガンの異常は、水温、He-3、メタン、重金属などと並んで海底熱水活動の発見当初から注目されていたが、水温以外の化学成分の場合は海水を採取し、船上での分析に頼っていた。そのため結果を得るのに時間がかかることや採水の頻度の制限から微細構造を見逃すなどの問題があった。本研究では、熱水活動で放出されたマンガンが硫化物を作る鉄など他の重金属に比べて海水中では比較的保存性を保つこと、および通常海水の濃度が低く熱水との間の濃度差(ダイナミック・レンジ)が大きいことに着目して、海水中で作動しうるマンガン計測熱水探査装置の開発に成功した。

 第1章では、序論で研究の背景、経過、意義と目的が述べられている。

 第2章では、ルミノールー過酸化水素系の化学発光法によるマンガンの自動分析に関する基礎的・分析化学的検討を行った。フロースルー分析法では海水をそのまま吸引するため、マンガン以外の海水中の他の化学成分の妨害を除去する必要がある。そのためまず海水試料をpH5の酢酸緩衝溶液と混ぜてオキシン系のキレート(Kelex-100)を担持させた樹脂カラムを通すことによってクロムとコバルト以外の妨害元素を除去した。次にアンモニア溶液でpH9.5にすると、コバルトはアンモニア錯体を形成し、妨害しないことがわかった。続いて過酸化水素およびルミノール溶液を混ぜ合わせると、マンガンとクロムが発光するが、クロムによる発光は1分以内に消えるため、その後に検出すればマンガンのみの定量ができることが分かった。また発光は温度に依存するが、それぞれの温度で標準溶液と比較することにより定量できる。マンガンの検出範囲は0.1-4000nMと広範囲に及んだ。

 上記の結果を踏まえて第3章では、深海で作動する現場型自動分析装置の開発を行っている。装置の構成は、1)フロースルー分析部の油漬け及び水漬けの被圧容器、2)電気系統の入ったアルミ製耐圧容器、3)試薬袋を入れるアクリル筒からなる。組立てた装置の作動テスト、現場でのキャリブレーション、船上測定との比較を行い良好な結果を得ている。その結果に基づき2号機を作製した。

 第4章では、製作した装置を「しんかい6500」に取り付け、南部東太平洋海嶺を調査した結果を述べている。熱水プルームの海底からの位置の違いや、噴出口の違いによってマンガン・水温比が異なる2種類の熱水系が存在することを明らかにし、マンガン異常と水温異常は必ずしも一定ではないことが明らかとなった。そしてその原因について考察している。

 第五章では、これらの知見をまとめ、今後の展望についても述べている。

 なお、第2章、第3章の分析法の開発および装置の製作は申請者を含めた研究室メンバーの共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発、検討、製作を行った者であり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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