本論文は6章よりなり、第1章は序論、第2章は分析方法、第3章は西太平洋、東南インド洋洋上におけるハロカーボンの観測、第4章は沖縄辺戸岬におけるハロカーボン観測、第5章は沖縄上空におけるハロカーボンの航空機観測、第6章は海洋境界層におけるオゾンに対するヨウ素の影響のモデル解析について述べられている。 本論文の内容はフロン類と同様に、高いオゾン破壊能力をもつ塩化メチル(CH3Cl)、臭化メチル(CH3Br)、沃化メチル(CH3I)等の海洋起源ハロカーボン類の東アジア・西太平洋上での観測研究をまとめたものである。これらのハロカーボン類については、それらの対流圏大気に対する影響を定量的に評価するために十分な観測データはまだ得られていない。特に、CH3BrやCH3Iに関しては、サンプル容器内での変質等の分析上の問題も指摘されている。本研究においては海洋起源ハロカーボンの分析手法の確立のために、低温濃縮/キャピラリーGC-MS分析法の確立とサンプルの保存性についての検討を行っている。サンプル保存試験のため、3種類のキャニスター中の各ハロカーボン成分濃度の経時変化を調べたところ、このうちの2種類のキャニスター中では、大気サンプルを2ヶ月保存した場合、濃度変化は5%以下で十分な保存性が確かめられている。同様に標準ガスのシリンダー中の安定性と10pptvレベルでの較正も行っている。 西太平洋、東南インド洋洋上観測(第3章)東京大学海洋研所属の観測船白鳳丸による航海(1996.12.19-1997.12.18)において、西太平洋、東南インド洋洋上でのCH3Br、CH3I濃度分布を初めて観測した。得られた平均濃度は、概して他の海域(大西洋、東太平洋)での測定結果と同程度であったが、熱帯域や沿岸域では、高濃度のCH3Cl、CH3Br、CH3Iが観測された。その原因としては、これらのハロカーボン類がこれらの地域での盛んな海洋生物活動から発生しているためと考えられた。大気中における収支の考察から、これまでCH3Brについてはソース側が不足し、未知の起源が存在することを指摘されているが、本研究で示された熱帯域及び、沿岸域での強いCH3Brは、この未知の起源に寄与している可能性がある。CH3Iについては、夏季の南半球や熱帯域では冬季の北半球に比べて、光分解による消失や、対流活動による上空への輸送による大きな消失をうち消すほどの強いソースが存在すると考えられる。 OMOTE1996プロジェクト(第4章)1996年8月2-21日における沖縄本島・辺戸岬における観測期間中に、大気をステンレス製キャニスターに捕集し、ハロカーボン類の分析を行った。オゾンの顕著な日変化は8月15-20日に観測されたが、この間CH3Cl、CH3Br、CH3Iも大きな日変化を示し、特にCH3Cl濃度は、オゾンが10ppbv以下になる夜間に、通常の644pptvから1000pptv以上に増加した。特に8月19日の夜間には、1468pptvもの高濃度が観測されたが、この値は清浄大気中でこれまでに報告された大気中CH3Cl濃度のうちで最も高いものである。このような高濃度は、夏季の温暖な沿岸域での高い生物活動と、夜間の安定な境界層の形成に由来するものと考えられた。 OMOTE1997プロジェクト(第5章)1997年7月21日、航空機により沖縄本島上空・高度300m,1000m,2750mにおいて、大気をサンプリングし、海洋大気中のハロゲン化メチル濃度の高度分布を調査した。CH3Br濃度は、高度によらずほぼ一定で、対流活動が盛んな様子が分かった。一方、CH3Cl,CH3I濃度は、日中よりも夜間の方がやや高く、その原因はこれらが海洋起源であることと、夜間には日中より安定な境界層が形成しているためと考えられた。CH3Iについては、夜間、高度300mにおいて、5pptvを越える高濃度が測定されたことから、この海域での強いCH3I発生が推定された。 光化学ボックスモデル研究(第6章)日変化を考慮した光化学ボックスモデルによる計算機シミュレーションにより、熱帯地域において観測された濃度の沃化メチルの光分解は、大気中のオゾン収支に重要な影響を及ぼしうることが分かった。沃化メチルの光分解速度、放出量は夏季南半球、熱帯域、冬季北半球でそれぞれ大きく異なり、熱帯および夏半球では沃化メチルの放出フッラクスが大きいことが分かった。計算による沃化メチルの寿命は、夏季の南緯35°で6.8日、冬季の北緯35°で27.0日となった。これらの値は、これまでの日変化を考慮しない報告での値と比較すると2倍以上もの長さである。 なお、本論文第3-6章は国立環境研究所の横内陽子主任研究員、および本学先端科学技術研究センター・秋元研究室のスタッフらとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 |