学位論文要旨



No 114081
著者(漢字) 李,紅軍
著者(英字)
著者(カナ) リ,ホンジュン
標題(和) 海洋境界層中の揮発性ハロカーボン類の測定と分布に関する研究
標題(洋) MEASUREMENT AND DISTRIBUTION OF SELECTED VOLATILE HALOCARBONS IN THE MARINE BOUNDARY LAYER
報告番号 114081
報告番号 甲14081
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3570号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋元,肇
 東京大学 助教授 岡本,裕巳
 東京大学 教授 野崎,義行
 東京大学 教授 巻出,義紘
 東京大学 助教授 植松,光夫
 国立環境研究所 主任研究員 横内,陽子
内容要旨 1.はじめに

 塩化メチル(CH3Cl)、臭化メチル(CH3Br)、沃化メチル(CH3I)等の海洋起源ハロカーボン類もフロン類と同様に、高いオゾン破壊能力をもつ。しかし、それらの影響を定量的に評価するために十分な観測データは得られていない。特に、CH3BrやCH3Iに関しては、サンプル容器内での変質等の分析上の問題も指摘されている。そこで、本研究においては、特に海洋起源ハロカーボンを対象に低温濃縮/キャピラリーGC-MS分析法の評価とサンプルの保存性について検討を行った。ハロカーボン類の測定は、低温濃縮装置(Entech7000)とGC-MS(HP5890-HP5972)を組み合わせて行った。低温濃縮には、ガラスビーズとテナックスTAの2連のトラップを用いた。GC条件は、とした。MSによる検出は、SIM(選択イオンモニタリング)により行った。検出限界はCH3Cl:2pg、CH3Br:0.6pg、CH3I:0.3pgであり、これは500mlのサンプルの場合、それぞれ0.4pptv,0.2pptv,0.1pptvに相当する。また、100pptv標準ガスを5回分析した場合の相対標準偏差は1〜3%であった。サンプル保存試験のため、3種類のキャニスター中の各ハロカーボン成分濃度の経時変化を調べた。このうち、2種類のキャニスター中では、大気サンプルを二ヶ月保存した場合、濃度変化は5%以下で、十分な保存性が確かめられた。同様に標準ガスのシリンダー中の安定性と10pptvレベルの較正も行った。この分析方法を用いて、西太平洋、東南インド洋におけるハロカーボンの緯度変化、1996年沖縄における日変化、1997年沖縄上空の高度分布を観測した。

図表
2.結果と考察1)西太平洋、東南インド洋洋上観測

 KH-96-50(DEC.19,1996-FEB.18,1997)航海において、西太平洋、東南インド洋上にCH3Br、CH3I濃度分布を初めて観測した。サンプル数は71であり、平均濃度は、CH3Cl:608.2±71.2pptv(北半球(NH):619.1,南半球(SH):561.9);CH3Br:9.7±1.5pptv(NH:11.6,SH:8.3);CH3I:1.1±0.3pptv(NH:1.0,SH:1.1);C2Cl4:4.0±3.5pptv(NH:9.5,SH:1.4)であった。これらの平均濃度は、概して、他の海洋(太平洋、東太平洋)での測定結果と同様であった。熱帯域や、沿岸域では、高濃度のCH3Cl、CH3Br、CH3Iが観測された。このことには、バイオマス燃焼や、陸上での人間の活動による放出も寄与しうるが、その量は少ないと考えられ、むしろ、これらの地域での盛んな海洋生物活動から発生しているためと考えられる。こうした、熱帯海洋境界層中におけるハロカーボン類の自然起源からの放出は大きく、熱帯域でのO3収支に重要な影響を与えている可能性がある。Yvon and Butler[1997]は、大気中CH3Brの収支の考察から、ソース側が不足し、未知の起源が存在することを指摘しているが、本研究で示された熱帯域及び、沿岸域での強いCH3Brは、この未知の起源に寄与している可能性がある。CH3Iについては、南半球や熱帯域では北半球に比べて、光分解による消失や、対流活動による上空への輸送による大きな消失をうち消すほどの強いソースが存在すると考えられる。テトラクロロエチレン(C2Cl4)については、北半球では、北から南に向かって濃度が徐々に減少し、南半球では非常に濃度が低いといった顕著な緯度分布が観測された。このことは、寿命が短い(0.38年)ことと、北半球中高緯度で人為的に発生していることを示している。また、C2Cl4濃度からどのサンプルも局地的には汚染されていないことがわかった。

図表
2)OMOTE 1996 プロジェクト

 1996年8月2日〜21日における辺戸岬における観測期間中に1日1回(オゾン減少時には、1日3〜4回)大気をステンレス製キャニスターに捕集した。オゾンの顕著な日変化は8月15日〜20日に観測されたが、この間CH3Cl、CH3Br、CH3Iも大きな変化を示し、特にCH3Cl濃度は、オゾンが10ppbv以下になる夜間に、通常の644pptvから1000pptv以上に増加した。このようにオゾン減少時に海洋起源有機化合物の増加が観測されたこと、また、大気が極めて安定であったことから、辺戸岬におけるこの時期のオゾン減少は(沿岸域上の)ごく安定な気団内でオゾンの消失が進んだ結果と考えることができる。8月19日夜間には、1468pptvもの高濃度が観測されたが、この値は現在まで報告された大気中CH3Cl濃度のうち最も高いものである。このような高濃度は、夏期の湿暖な沿岸域での高い生物活動と、夜間の安定な境界層の形成に由来すると考えられる。夜間におけるCH3Clの蓄積量から見積もったフラックスは、11.3〜17.8g.m-2h-1となった。

3)OMOTE 1997 プロジェクト

 1997年7月21日、航空機により高度300m、1000m2750mにおいて、大気をサンプリングし、海洋大気中のハロゲン化メチル濃度の高度分布を調査した。(飛行コースは、沖縄本島北部、中部、南部上空の3コースであった。)CH3Br濃度は、高度によらずほぼ一定で、対流活動が盛んな様子がわかる。一方、CH3Cl,CH3I濃度は、日中よりも夜間の方がやや高く、これらが海洋起源であることと、夜間には日中より安定な境界層が形成しているためと考えられる。しかしながら、1996年に観測されたような極めて安定な境界層は見られず、例外的に高濃度のCH3Clは観測されなかった。CH3Iについては、夜間、高度300mにおいて、5pptvを越える濃度が測定されたことから、この海域での強いCH3I発生が推定される。

4)光化学 ボックス モデル研究

 熱帯地域で、沃化メチルの光分解は、大気中のO3収支に重要な影響があることがわかった。沃化メチルの光分解速度、放出量は南半球<夏期>、熱帯域、北半球<冬期>でそれぞれ大きく異なる。熱帯、夏半球では沃化メチルの放出フッラクスは大きい。計算による沃化メチルの寿命は、南半球35°<夏期>で6.8日、北半球35°<冬期>で、27.0日である。これらの値は、他の報告での値と比較すると2倍以上もの長さである。高緯度と極地(特に冬期)での沃化メチルの寿命は長いので、低緯度での大きな沃化メチルのフラックスは、遠い高緯度、極地にまで寄与している可能性がある。

審査要旨

 本論文は6章よりなり、第1章は序論、第2章は分析方法、第3章は西太平洋、東南インド洋洋上におけるハロカーボンの観測、第4章は沖縄辺戸岬におけるハロカーボン観測、第5章は沖縄上空におけるハロカーボンの航空機観測、第6章は海洋境界層におけるオゾンに対するヨウ素の影響のモデル解析について述べられている。

 本論文の内容はフロン類と同様に、高いオゾン破壊能力をもつ塩化メチル(CH3Cl)、臭化メチル(CH3Br)、沃化メチル(CH3I)等の海洋起源ハロカーボン類の東アジア・西太平洋上での観測研究をまとめたものである。これらのハロカーボン類については、それらの対流圏大気に対する影響を定量的に評価するために十分な観測データはまだ得られていない。特に、CH3BrやCH3Iに関しては、サンプル容器内での変質等の分析上の問題も指摘されている。本研究においては海洋起源ハロカーボンの分析手法の確立のために、低温濃縮/キャピラリーGC-MS分析法の確立とサンプルの保存性についての検討を行っている。サンプル保存試験のため、3種類のキャニスター中の各ハロカーボン成分濃度の経時変化を調べたところ、このうちの2種類のキャニスター中では、大気サンプルを2ヶ月保存した場合、濃度変化は5%以下で十分な保存性が確かめられている。同様に標準ガスのシリンダー中の安定性と10pptvレベルでの較正も行っている。

 西太平洋、東南インド洋洋上観測(第3章)東京大学海洋研所属の観測船白鳳丸による航海(1996.12.19-1997.12.18)において、西太平洋、東南インド洋洋上でのCH3Br、CH3I濃度分布を初めて観測した。得られた平均濃度は、概して他の海域(大西洋、東太平洋)での測定結果と同程度であったが、熱帯域や沿岸域では、高濃度のCH3Cl、CH3Br、CH3Iが観測された。その原因としては、これらのハロカーボン類がこれらの地域での盛んな海洋生物活動から発生しているためと考えられた。大気中における収支の考察から、これまでCH3Brについてはソース側が不足し、未知の起源が存在することを指摘されているが、本研究で示された熱帯域及び、沿岸域での強いCH3Brは、この未知の起源に寄与している可能性がある。CH3Iについては、夏季の南半球や熱帯域では冬季の北半球に比べて、光分解による消失や、対流活動による上空への輸送による大きな消失をうち消すほどの強いソースが存在すると考えられる。

 OMOTE1996プロジェクト(第4章)1996年8月2-21日における沖縄本島・辺戸岬における観測期間中に、大気をステンレス製キャニスターに捕集し、ハロカーボン類の分析を行った。オゾンの顕著な日変化は8月15-20日に観測されたが、この間CH3Cl、CH3Br、CH3Iも大きな日変化を示し、特にCH3Cl濃度は、オゾンが10ppbv以下になる夜間に、通常の644pptvから1000pptv以上に増加した。特に8月19日の夜間には、1468pptvもの高濃度が観測されたが、この値は清浄大気中でこれまでに報告された大気中CH3Cl濃度のうちで最も高いものである。このような高濃度は、夏季の温暖な沿岸域での高い生物活動と、夜間の安定な境界層の形成に由来するものと考えられた。

 OMOTE1997プロジェクト(第5章)1997年7月21日、航空機により沖縄本島上空・高度300m,1000m,2750mにおいて、大気をサンプリングし、海洋大気中のハロゲン化メチル濃度の高度分布を調査した。CH3Br濃度は、高度によらずほぼ一定で、対流活動が盛んな様子が分かった。一方、CH3Cl,CH3I濃度は、日中よりも夜間の方がやや高く、その原因はこれらが海洋起源であることと、夜間には日中より安定な境界層が形成しているためと考えられた。CH3Iについては、夜間、高度300mにおいて、5pptvを越える高濃度が測定されたことから、この海域での強いCH3I発生が推定された。

 光化学ボックスモデル研究(第6章)日変化を考慮した光化学ボックスモデルによる計算機シミュレーションにより、熱帯地域において観測された濃度の沃化メチルの光分解は、大気中のオゾン収支に重要な影響を及ぼしうることが分かった。沃化メチルの光分解速度、放出量は夏季南半球、熱帯域、冬季北半球でそれぞれ大きく異なり、熱帯および夏半球では沃化メチルの放出フッラクスが大きいことが分かった。計算による沃化メチルの寿命は、夏季の南緯35°で6.8日、冬季の北緯35°で27.0日となった。これらの値は、これまでの日変化を考慮しない報告での値と比較すると2倍以上もの長さである。

 なお、本論文第3-6章は国立環境研究所の横内陽子主任研究員、および本学先端科学技術研究センター・秋元研究室のスタッフらとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク