学位論文要旨



No 114083
著者(漢字) 内山,勝也
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,カツヤ
標題(和) オキシム窒素原子上での分子内SN2反応およびラジカル環化反応による複素環化合物合成法
標題(洋)
報告番号 114083
報告番号 甲14083
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3572号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 助教授 尾中,篤
内容要旨

 オキシム誘導体は有機合成化学において含窒素化合物合成のための有用な化合物の一つであり、最も代表的な反応であるBeckmann転位反応はアミドやラクタムの合成法として広く利用されているだけでなく、転位中間体であるニトリリウムイオンと求核剤との作用による含窒素化合物の合成も数多く報告されている。一方、Beckmann転位ではなく、オキシム窒素原子上での置換反応が進行したという報告は数例しかなく、いずれの場合も一般性に乏しく収率も満足できるものではないため、合成反応として全く注目されていなかった。筆者は修士課程において、フェネチルケトンオキシム誘導体に触媒量の過レニウム酸テトラブチルアンモニウムとトリフルオロメタンスルホン酸を作用させると、Beckmann転位を起こさずにオキシム窒素原子での環化が進行し、キノリン類およびアザスピロトリエノン類が良好な収率で生成することを見いだした(式1)。

 

 筆者はレニウム試剤を用いる以外の手法でもオキシム窒素原子上での置換反応が行える可能性があるものと考え、博士課程においてこの形式の反応を利用した含窒素複素環化合物の合成法を開発することを目的に、研究を行った。

1オキシムsp2窒素原子上での分子内SN2反応による環状イミンの合成

 まず、レニウム試剤にかわる4-ヒドロキシフェネチルケトンオキシム誘導体の環化法を見いだすことを検討し、4位にシロキシ基を有するE体のO-メチルスルホニルオキシム1にフッ化セシウムを作用させると、オキシム窒素原子上での環化が進行し、アザスピロトリエノン2が77%の収率で得られることを見いだした(式2)。

 

 また、種々のプロトン酸を用いて4-ヒドロキシフェネチルケトンオキシムの環化を行い、さらに分子軌道計算による検討から、オキシムsp2窒素原子上での環化反応が分子内SN2反応であり、Beckmann転位と同様容易に進行し得ることを明らかにした。

 式2の反応では、フェノキシドが分子内求核種として作用したが、他の求核種を用いても同様の環化反応が行えると考え、マロン酸エステル部位を分子内に有するE体のO-メチルスルホニルオキシムを用い、反応を検討した。その結果、位にマロン酸エステル部位を有するオキシム3に1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]-7-ウンデセン(DBU)を作用させると、オキシムsp2窒素原子上での分子内SN2反応が効率良く進行し、3,4-ジヒドロ-2H-ピロール4が収率良く得られることがわかった(式3)。

 

 また、この環化反応では5員環のみならず、6員環イミンの合成も可能であり、位にマロン酸エステル部位を有するE体のO-メチルスルホニルオキシム5から、対応する2,3,4,5-テトラヒドロピリジン6が83%の収率で生成した(式4)。

 

22-(3-ヒドロキシフェニル)エチルケトンO-2,4-ジニトロフェニルオキシムの環化による8-ヒドロキシキノリンの合成

 式3、4のような塩基性条件下での分子内SN2反応をキノリン合成に適用することを考え、2-(3-ヒドロキシフェニル)エチルケトンオキシム誘導体の環化を検討した結果、O-2,4-ジニトロフェニルオキシム7に水素化ナトリウム(NaH)を作用させると、8-ヒドロキシキノリン8と8-ヒドロキシ-1,2,3,4-テトラヒドロキノリン9が各39%の収率で生成することがわかった。このとき、Beckmann転位体であるアミドや位置異性体である6-ヒドロキシキノリンは全く生成せず、またオキシム7の立体化学は反応にほとんど影響なく、E体もZ体もほぼ同程度の環化体を与えた(式5)。

 

 さらに、キノリンを単一生成物で得るためone-pot酸化を試みたところ、O-2,4-ジニトロフェニルオキシム10にNaHを作用させた後酢酸を加え、2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-p-ベンゾキノン(DDQ)で処理することで、対応する8-ヒドロキシキノリン11のみを収率および一般性良く合成することができた(式6)。

 

 なお、この環化反応はオキシムsp2窒素原子での分子内SN2反応で進行しているのではなく、式7に示すようなフェノール環から2,4-ジニトロフェニル基への一電子移動によって生じるアルキリデンアミニルラジカルの分子内カップリング反応であることを明らかにした。

 

3アルキリデンアミニルラジカルの分子内付加反応による環状イミンの合成

 最近、アルキリデンアミニルラジカルを利用する複素環化合物合成の例がいくつか報告されているが、その発生には酸化剤やスズ化合物が用いられている。筆者は式7に示した還元的ラジカル生成反応を分子内オレフィン部位を有するO-2,4-ジニトロフェニルオキシムに適用すれば、アルキリデンアミニルラジカルがオレフィン部位で捕捉され、環状イミンが生成するのではないかと考えた。そこで、2位にアリル基を持つシクロヘキサノンO-2,4-ジニトロフェニルオキシム12を基質とし、反応条件を検討した。その結果、各種ラジカル捕捉剤存在下NaHと一電子供与剤として3,4-メチレンジオキシフェノールを作用させると、目的のラジカル付加反応が効率良く進行し、環化体13が良好な収率で得られることを見いだした。ラジカル捕捉剤として、1,4-シクロヘキサジエン、四塩化炭素、ジフェニルジスルフィド、ジフェニルジセレニドを用いることができ、環化中間体Aに様々なヘテロ原子官能基を導入することも可能である(式8)。

 

 また、種々の,-不飽和ケトンのオキシム14に本反応を適用すると、選択的に5-exo環化が進行し、様々な置換環状イミン15を収率良く合成できた(式9)。

 

 さらに、オキシム16のラジカル環化によりジヒドロピロール17を合成し、これを立体選択的に還元して2,5-trans-二置換ピロリジン18に導いた後、水素添加により還元的に環化を行うことで、ピロリジジンアルカロイドxenovenine19を合成することができた(式10)。

 

 以上、筆者は博士課程において、これまで合成反応としてほとんど利用されていなかったオキシムsp2窒素原子上での分子内SN2反応、およびアルキリデンアミニルラジカルを活性種とするラジカル環化反応について詳細な検討を行い、これらの反応を利用した含窒素複素環化合物の新しい合成法を開発することができた。

審査要旨

 本論文は3章からなり、オキシムsp2窒素原子上での分子内SN2型反応およびラジカル環化反応による複素環化合物の合成法の開発について述べたものである。第一章はオキシムsp2窒素原子上での分子内SN2型反応による環状イミン合成法の開発について、第二章は2-(3-ヒドロキシフェニル)エチルケトンO-2,4-ジニトロフェニルオキシムの環化による8-ヒドロキシキノリン合成法の開発について、第三章はアルキリデンアミニルラジカルの分子内付加反応による環状イミン合成法の開発について述べている。

 第一章では、オキシムsp2窒素原子上での分子内SN2型反応による、O-メチルスルホニルオキシムからの環状イミンの合成について述べている。Beckmann転位反応はオキシムからのアミドの合成反応として広く利用されているが、Beckmann転位を伴わないオキシム窒素原子上での置換反応は困難とされ、合成反応としては注目されていなかった。本著者は、4位にシロキシ基をもつフェネチルケトンのO-メチルスルホニルオキシム1にCsFを作用させると、Beckmann転位を起こさずにオキシム窒素原子上での環化が進行し、スピロ化合物2が77%の収率で生成することを見いだした(式1)。

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 また、4-ヒドロキシフェネチルケトンオキシムとプロトン酸との反応および分子軌道法計算による検討から、従来起こり難いとされたオキシムsp2窒素原子上での分子内SN2型反応が、Beckmann転位と同様容易に進行し得ることを明らかにしている。

 上記の反応ではフェノキシドが分子内求核種として作用したが、これに代えマロン酸エステル部位を有するE体のO-メチルスルホニルオキシム3を1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]-7-ウンデセン(DBU)で処理すると、オキシム窒素原子上で置換反応が効率良く進行し、3,4-ジヒドロ-2H-ピロール4が良好な収率で得られることを見いだしている(式2)。また、この環化反応では6員環化合物である2,3,4,5-テトラヒドロピリジンの合成も可能である。

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 第二章では、2-(3-ヒドロキシフェニル)エチルケトンO-2,4-ジニトロフェニルオキシムの環化反応による、8-ヒドロキシキノリンの合成について述べている。O-2,4-ジニトロフェニルオキシム5にNaHを作用させた後、one-potで酢酸酸性下2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-p-ベンゾキノン(DDQ)を加えて酸化処理を行うと、8-ヒドロキシキノリン6が収率良く合成できることを見いだしている(式3)。本反応では位置選択的に環化が進行し、8-ヒドロキシキノリンを単一生成物として得ることに成功している。

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 また、反応機構の検討から、本反応は式4に示すようなフェノール環から2,4-ジニトロフェニル基への一電子移動によって生じるアルキリデンアミニルラジカルの分子内カップリング反応であることを明らかにしている。

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 第三章では、,-不飽和ケトンO-2,4-ジニトロフェニルオキシムの一電子還元により生成するアルキリデンアミニルラジカルの分子内付加反応を利用する環状イミンの合成について述べている。オキシム7に各種ラジカル捕捉剤存在下でNaHと3,4-メチレンジオキシフェノールを作用させると、生成するアルキリデンアミニルラジカルの分子内付加が進行し、環化体8が良好な収率で得られることを見いだしている。このとき、ラジカル捕捉剤として、1,4-シクロヘキサジエン、四塩化炭素、ジフェニルジスルフィド、ジフェニルジセレニドを用いることができ、環化中間体Aに様々なヘテロ原子官能基を導入することも可能である(式5)。

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 さらに、オキシム9のラジカル環化を鍵として利用し、ピロリジジンアルカロイドxenovenine12の合成に成功している(式6)。この検討過程で、ジヒドロピロール10をエンカルバマートに導き酢酸中水素化ホウ素ナトリウムで還元すると、2,5-トランス二置換ピロリジン11が単一生成物として得られることを明らかにしている。このように、従来困難であった2,5-二置換ジヒドロピロールをトランス選択的に還元する手法も開発している。

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 以上、本著者は、これまで合成反応としてほとんど利用されていなかったオキシムsp2窒素原子上での分子内SN2型反応およびアルキリデンアミニルラジカルの環化反応を利用し、オキシムから8-ヒドロキシキノリンや環状イミンなどの含窒素複素環化合物の簡便な合成法を開発している。この独創的な合成反応の開拓は有機合成化学の分野に貢献すること大である。なお、本研究は林雄二郎、小野あや子、吉田将之、奈良坂紘一との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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