学位論文要旨



No 114084
著者(漢字) 尾崎,卓郎
著者(英字)
著者(カナ) オザキ,タクオ
標題(和) 希土類元素の植物による取込みの機構および植物体内での挙動と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 114084
報告番号 甲14084
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3573号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 巻出,義紘
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 助教授 井本,英夫
内容要旨 はじめに

 植物の体内には多くの無機元素が存在し、そのほとんどは根を介して土壌から取り込まれる。すべての植物の生命活動の維持に必須である金属元素はMg、K、Ca、Mn、Fe、Cu、Zn、Moの8種である。一方、必須性の証明がなされていない元素を体内に多量に取り込む植物種が存在することが知られている。本研究で対象をしたシダ植物の中には、希土類元素を集積する種が存在する。

 多くの場合3価のカチオンとして存在する希土類元素は、土壌中で鉱物やフミン酸などと強く相互作用し、その結果植物が取り込める形で存在する希土類元素の濃度はきわめて低い。それにもかかわらず体内に希土類元素を濃縮するためには、集積種の根には特殊な取込機能が備わっているものと推測できる。また、濃縮するからには希土類元素を何らかの生体機能に利用している可能性がある。

 シダ植物は日本でおよそ800種、世界には10000種以上存在もしているが、実験材料としてシダ植物が用いられることは稀である。しかし、シダ植物には上記のように特異な性質を有する種があり、未知の現象の発見に結び付く可能性を大いに秘めている可能性があることから、本研究の対象とした。

 本研究はこれまで重要視されることの少なかった、植物による希土類元素の取込機構の解明を目的とした。また、希土類元素集積植物種であるベニシダ体内における希土類元素の挙動と機能を明らかにすることを目的とした。

放射化分析法による希土類元素集積種のスクリーニング

 同一土壌値で採取した96種のシダ植物を対象に、種々の微量元素の含有量を放射化分析により調べ、特に希土類元素を体内に濃縮する性質を有する種のスクリーニングを行った。定量値を得ることができた元素は、Ca、Sc、Cr、Fe、Co、Zn、Rb、Cs、Ba、La、Ce、Sm、Eu、YbおよびLuの15種類であった。その結果、対象とした96種中、生育土壌に含まれるよりも高濃度のLa(ランタン)を植物体内に含有したものが11種にも及んだ(表1)。多様性に富んだ、つまり環境適応能力の高いオシダ科やチャセンシダ科に属するシダ植物の中には高濃度のLaを含有するものが多く見られたが、最古の原生シダであるマツバランや、シダ植物のなかでも古い系統に属する種においては、Laの濃度は非常に低かった。進化した種ほど不必要な元素の取込みを抑制する機構が備わっているものと考えられることから、これら希土類元素の集積種は希土類元素を不必要な元素としてではなく、有用な元素として識別し、積極的に取り込んだものと考えられる。

表1 生育土壌に含まれるランタン濃度よりも大きな値を示したシダ植物種
マルチトレーサー法による実験

 植物による元素の取込みや植物体内での挙動を調べる際には、主にマルチトレーサー法を用いた。マルチトレーサー法とは、多種類の放射性核種の挙動をキャリアフリーで同時に追跡する新しいトレーサー利用法であり、植物など生物への種々の元素と取込みと挙動の研究に最適である。マルチトレーサーは理研リングサクロトロンで高エネルギーに加速した炭素や窒素などの重イオンビームを金、銀などのターゲットに照射して製造した。ビーム照射後のターゲット中の未反応の金属は、化学分離により除去した。金をターゲットとする場合は、ビーム照射した金ターゲットを王水に溶解後、蒸発乾固し1.5Nの塩酸に溶解、さらに酢酸エチルを用いて金を溶媒抽出して除去した。金ターゲットからは、Be、Na、Mn、Fe、Co、Zn、Rb、Sr、Y、Zr、Ba、Ce、Pm、Eu、Gd、Yb、LuおよびHfを主に利用した。また、銀をターゲットとする場合は、硝酸で溶解後、塩酸を加えて銀を塩化銀の沈殿として除去した。銀ターゲットからはBe、Mn、Cr、Co、Zn、Se、Rb、Sr、YおよびZrを主に利用した。植物などの試料中の各トレーサーは、ゲルマニウム半導体検出器により検出、定量した。

 まず、シダ植物から3種、シダ植物以外から8種を対象にして、希土類元素の取込挙動についての比較を行った。希土類元素のみを含むpH5.8の取込溶液から、1週間各元素の取込みを行わせた。取込量をイオン半径に対してプロットした場合に、根については特異的な結果は得られなかった(図1左)。葉については、希土類元素を環境中で多く取り込む植物種(j:ヤブソテツ、k:ベニシダ)においては、Y(イットリウム)が他の希土類元素と類似の挙動をとるのに対し、希土類元素を集積しない植物種では、Yの取込みが隣接する希土類元素(GdとYb)の取込みに比較して著しく大きかった(図1右)。

図1 各種植物の根(左図)、葉(右図)への希土類元素取込み。破線(Å)はイットリウム。

 次ぎに、上記と同様の取込溶液に種々のキレート剤を加え、共存キレート剤による希土類元素の葉部への取込みに対する影響を、希土類元素集積種のベニシダと、非集積種のタバコについて調べた(図2)。ベニシダへの取込みは、希土類元素への配位能が強いニトリロ三酢酸(NTA)などのキレート剤の存在下ではイオン半径の大きな希土類元素ほど大きくなった。一方、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris)のような弱い配位能しかもたない試薬の存在下では逆になった。また、タバコに関しては共存キレート剤の影響は見られず、キレート剤を含まない時の実験結果(図1)と同様にYの異常に大きい取込みが観察された。

図2 ベニシダ(左図)、シバ(右図)葉部への希土類元素取込みに対する共存キレート試薬の影響。

 これらの結果から、希土類元素集積植物種であるベニシダは、土壌中の希土類元素を取り込むために自らの根から何らかの化学物質を放出して錯体を形成し、可溶化しているものと考えた。Yおよび他の希土類元素との間には、f軌道の有無のように多少の化学的性質の相違が存在する。集積種は根から放出した物質に希土類元素を結合して取り込むためにそれらからの影響が緩和され、Yの取込みに異常が現われなかったものと解釈した。また、図2の結果は、希土類元素に対しベニシダの根から放出された物質がキレート剤として、水耕溶液中に添加したキレート剤と競争反応を行ったために得られたものと解釈した。

ベニシダの根から放出される物質の性質

 前項の結果を元に、ベニシダの根から放出される物質を集め、希土類元素の取込みに対する影響を調べることを試みた。ベニシダの根から放出される物質は、多量のベニシダの根を栄養塩を含まない水溶液中で軽く振とうして集めた。その溶液を、活性炭、陽イオン交換樹脂、陰イオン交換樹脂を用いることによって、芳香族アミノ酸含有物質、塩基性物質、中性物質そして酸性物質の物質群に分離し、実験に供した。分離、濃縮した根からの放出物質を、ベニシダにマルチトレーサーとともに与え、各元素の取込みを行わせた。その結果、何も加えない条件(コントロール)と比較して、芳香族アミノ酸含有物質、塩基性物質、および中性物質を加えた場合にはYの取込量にほとんど影響が見られなかった。そして、酸性物質を与えた条件でのみYの取込みに増加が見られた(図3)。植物体が自ら放出し、金属の可溶化、取込みに利用している物質として、現在までに大麦からのムギネ酸が唯一知られている。しかし、抽出されたムギネ酸を取込溶液中へ添加してもYの取込みへの促進効果を見られなかった。これより、酸性物質群に含まれる物質はベニシダに特有のものであると考えられる。

図3 ベニシダの根から放出された物質の示すイットリウムの取込みに対する効果
植物体の成長に対する希土類元素の影響

 希土類元素集積植物のベニシダと、集積する性質を有さないタバコを、成長に十分な栄養塩とそれ以外にLaを含む寒天培地で成育し、育成期間の前後での生重量の変化から、Laがこれらの植物種の生育に対して持つ効果を調べた結果、Laの添加はタバコに対して成長促進効果を持たないことがわかった。一方、ベニシダに対しては成長促進効果を有した。希土類元素はこれまでにいかなる動植物の成長への必須性も有用性も証明されていない元素であった。さらに、遠心分画法によりベニシダ葉部の分画をおこなったところ、ベニシダ体内に取り込まれた希土類元素のうち70%程度は葉緑体に存在することがわかった。また、ゲルろ過法により、葉緑体内に存在する可溶性タンパク質の分画をおこなったところ、希土類元素と特異的に結合するタンパク質が存在することを確認した。

結論

 土壌水中で一般植物にとって利用できる形として存在する希土類元素は極低濃度しか存在しない。そのような希土類元素を体内に高濃度に取り込む性質を有するシダ植物種が存在することを放射化分析法により確認した。さらに、集積種は土壌中の希土類元素を可溶化するために根から何らかの物質を放出して利用していることを示唆する結果を得た。また、希土類元素集積植物の一種であるベニシダにおいて、希土類元素は主に葉緑体に存在し、ベニシダに対し成長促進効果を有することを初めて明らかにした。以上から図4のようなモデルを考案した。ここで得られた結果は、希土類元素を含む未知の生体物質の発見、さらにはその機能の解明につながるものと考える。また、葉緑体が光合成を行うための小器官であることから、希土類元素がベニシダ体内で葉緑体における炭酸固定に寄与している可能性を示していると期待できる。

図4 希土類元素集積種(ベニシダ)における希土類元素取込機構モデル
審査要旨

 植物の体内には多くの無機元素が存在し、そのほとんどは根を介して土壌から取り込まれる。植物の生命活動の維持に必須である金属元素もあるが、必須性の証明がなされていない元素を体内に多量に取り込む植物種も存在する。本研究で対象としたシダ植物の中には希土類元素を集積する種が存在する。これら希土類元素は、土壌中で植物が取り込める形で存在する濃度はきわめて低いにもかかわらず、植物体内に濃縮するには、集積種の根に特殊な取込機能が備わっているものと推測され、また希土類元素を何らかの生体機能に利用している可能性がある。

 本研究では、これら集積植物種による希土類元素の取込機構と、植物体内における希土類元素の挙動と機能を調べ、新しい多くの知見を得ている。

 本論文は全9章で構成されている。

 第1章では、シダ植物の中には希土類元素を体内に多量に含有する種が存在することに注目し、希土類元素の取込機構および体内での挙動について研究することにした経緯および生体微量元素とシダ植物に関する概説が記されている。

 第2章では、放射化分析法により希土類元素集積植物種のスクリーニングを行っている。東京大学理学部付属小石川植物園で採取された約100種のシダ植物を対象にして植物体内の元素の定量を行ない、多量の希土類元素を濃縮する種が存在することを見出したが、それらの多くは、多様化する傾向を示している科に属するものであった。本研究では、それら集積種のうちベニシダを主な研究対象として用いた。

 第3章では、植物体内への元素の取込みを、多数の元素に関して同時に追跡することが可能なマルチトレーサー法、および製造方法が記述されている。本研究では、種々の希土類元素の放射性同位体が生成する金を主なターゲット金属として利用した。

 第4章では、ベニシダによる種々の元素の取込みに関する基礎的な実験を行っている。放射化分析法により、ベニシダ体内における希土類元素の濃度は、成長の段階が進むにつれて増加することが示唆された。さらに、重金属などの有毒元素は、通常、根に最も多く蓄積し植物体上部に向かって減少することが知られているが、ベニシダ体内における希土類元素の分布は、これとは逆の傾向を示すことが明らかになった。また、マルチトレーサー法による実験の結果から、希土類元素の取込みが有用元素や必須元素の取込みに匹敵する速度で生じることを確認した。

 第5章では、マルチトレーサー法を用いた実験を行う際の、元素の取込量に関する実験誤差を適切に評価する方法を検討している。取込量を規格化するために用いる因子として、試料の乾燥重量や水の取込量などもあるが、本研究では、ルビジウムの取込量で規格化するのが最適であることを見出した。

 第6章では、マルチトレーサー法を用いて植物による希土類元素の取込量のイオン半径依存性を調べる実験を行っている。まず11種の各種植物を対象に水溶液からの希土類元素の取込挙動を調べ、希土類元素を集積する性質を有する植物種と有しない植物種の葉への取込みで、前者でなめらかなイオン半径依存性が見られるのに対し、後者ではイットリウムの取込みが著しく多量になった。このことから、希土類元素集積植物種では、特有の取込様式の存在が示唆された。後半の実験で、水溶液中に種々のキレート試薬を添加し、希土類元素取込みへの影響を調べた。ベニシダではキレート能の強弱にしたがって希土類元素の取込みのイオン半径依存性が変化し、根から何らかの化学物質を放出し、土壌中の希土類元素を可溶化し、キレートしたままの状態で希土類元素を体内に取り込むことが示唆された。

 第7章では、以上の結果を統合して確認するために、ベニシダの根の洗液からの抽出物質が、元素の取込みにどのように影響しているかを調べている。抽出物質を活性炭、イオン交換樹脂などにより、芳香族アミノ酸含有物質群、塩基性物質群、中性物質群、および酸性物質群に分画し、それぞれを取込溶液に添加すると、酸性物質を含有する分画のみが希土類元素の取込みを促進することを確認した。また、同分画の添加はバリウムの取込みも促進することが示された。放射化分析による実験の結果、希土類元素を集積するシダ植物の多くはバリウムも集積しており、集積種への取込みに際して両元素に共通性があることが示唆された。

 第8章では、ベニシダの成長に対する希土類元素の影響、およびベニシダ植物体内での挙動を調べている。成長に十分な栄養塩を含有する寒天培地にランタンを添加すると、ベニシダの成長が著しく増大することを確認した。また、希土類元素を集積する性質を有さないタバコの成長に対してはランタンの添加は効果を持たないことがわかった。また、遠心分画法により希土類元素の細胞内での分布を調べた結果、細胞内に取り込まれた希土類元素の約70%が葉緑体に存在することが明らかになった。さらに、ゲルろ過法により葉緑体内の可溶性タンパク質の分離を行ったところ、希土類元素と特異的に結合するものが存在することがわかった。

 第9章では本研究の実験で得られた結果をもとに、ベニシダによる希土類元素の取込機構のモデルを考案し、全体のまとめとしている。

 なお、本研究において主として利用したマルチトレーサーは、理化学研究所のリングサイクロトロンを用いて製造され(論文提出者が分離操作を行った)、本研究の実施にあたって理化学研究所核化学研究室メンバーの支援・協力を得ており、共著者となっているが、実験の大部分は論文提出者のアイデアで、本人が植物の成育から実験まで行っている。

 これらのことから本論文における論文提出者の寄与は十分であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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