植物の体内には多くの無機元素が存在し、そのほとんどは根を介して土壌から取り込まれる。植物の生命活動の維持に必須である金属元素もあるが、必須性の証明がなされていない元素を体内に多量に取り込む植物種も存在する。本研究で対象としたシダ植物の中には希土類元素を集積する種が存在する。これら希土類元素は、土壌中で植物が取り込める形で存在する濃度はきわめて低いにもかかわらず、植物体内に濃縮するには、集積種の根に特殊な取込機能が備わっているものと推測され、また希土類元素を何らかの生体機能に利用している可能性がある。 本研究では、これら集積植物種による希土類元素の取込機構と、植物体内における希土類元素の挙動と機能を調べ、新しい多くの知見を得ている。 本論文は全9章で構成されている。 第1章では、シダ植物の中には希土類元素を体内に多量に含有する種が存在することに注目し、希土類元素の取込機構および体内での挙動について研究することにした経緯および生体微量元素とシダ植物に関する概説が記されている。 第2章では、放射化分析法により希土類元素集積植物種のスクリーニングを行っている。東京大学理学部付属小石川植物園で採取された約100種のシダ植物を対象にして植物体内の元素の定量を行ない、多量の希土類元素を濃縮する種が存在することを見出したが、それらの多くは、多様化する傾向を示している科に属するものであった。本研究では、それら集積種のうちベニシダを主な研究対象として用いた。 第3章では、植物体内への元素の取込みを、多数の元素に関して同時に追跡することが可能なマルチトレーサー法、および製造方法が記述されている。本研究では、種々の希土類元素の放射性同位体が生成する金を主なターゲット金属として利用した。 第4章では、ベニシダによる種々の元素の取込みに関する基礎的な実験を行っている。放射化分析法により、ベニシダ体内における希土類元素の濃度は、成長の段階が進むにつれて増加することが示唆された。さらに、重金属などの有毒元素は、通常、根に最も多く蓄積し植物体上部に向かって減少することが知られているが、ベニシダ体内における希土類元素の分布は、これとは逆の傾向を示すことが明らかになった。また、マルチトレーサー法による実験の結果から、希土類元素の取込みが有用元素や必須元素の取込みに匹敵する速度で生じることを確認した。 第5章では、マルチトレーサー法を用いた実験を行う際の、元素の取込量に関する実験誤差を適切に評価する方法を検討している。取込量を規格化するために用いる因子として、試料の乾燥重量や水の取込量などもあるが、本研究では、ルビジウムの取込量で規格化するのが最適であることを見出した。 第6章では、マルチトレーサー法を用いて植物による希土類元素の取込量のイオン半径依存性を調べる実験を行っている。まず11種の各種植物を対象に水溶液からの希土類元素の取込挙動を調べ、希土類元素を集積する性質を有する植物種と有しない植物種の葉への取込みで、前者でなめらかなイオン半径依存性が見られるのに対し、後者ではイットリウムの取込みが著しく多量になった。このことから、希土類元素集積植物種では、特有の取込様式の存在が示唆された。後半の実験で、水溶液中に種々のキレート試薬を添加し、希土類元素取込みへの影響を調べた。ベニシダではキレート能の強弱にしたがって希土類元素の取込みのイオン半径依存性が変化し、根から何らかの化学物質を放出し、土壌中の希土類元素を可溶化し、キレートしたままの状態で希土類元素を体内に取り込むことが示唆された。 第7章では、以上の結果を統合して確認するために、ベニシダの根の洗液からの抽出物質が、元素の取込みにどのように影響しているかを調べている。抽出物質を活性炭、イオン交換樹脂などにより、芳香族アミノ酸含有物質群、塩基性物質群、中性物質群、および酸性物質群に分画し、それぞれを取込溶液に添加すると、酸性物質を含有する分画のみが希土類元素の取込みを促進することを確認した。また、同分画の添加はバリウムの取込みも促進することが示された。放射化分析による実験の結果、希土類元素を集積するシダ植物の多くはバリウムも集積しており、集積種への取込みに際して両元素に共通性があることが示唆された。 第8章では、ベニシダの成長に対する希土類元素の影響、およびベニシダ植物体内での挙動を調べている。成長に十分な栄養塩を含有する寒天培地にランタンを添加すると、ベニシダの成長が著しく増大することを確認した。また、希土類元素を集積する性質を有さないタバコの成長に対してはランタンの添加は効果を持たないことがわかった。また、遠心分画法により希土類元素の細胞内での分布を調べた結果、細胞内に取り込まれた希土類元素の約70%が葉緑体に存在することが明らかになった。さらに、ゲルろ過法により葉緑体内の可溶性タンパク質の分離を行ったところ、希土類元素と特異的に結合するものが存在することがわかった。 第9章では本研究の実験で得られた結果をもとに、ベニシダによる希土類元素の取込機構のモデルを考案し、全体のまとめとしている。 なお、本研究において主として利用したマルチトレーサーは、理化学研究所のリングサイクロトロンを用いて製造され(論文提出者が分離操作を行った)、本研究の実施にあたって理化学研究所核化学研究室メンバーの支援・協力を得ており、共著者となっているが、実験の大部分は論文提出者のアイデアで、本人が植物の成育から実験まで行っている。 これらのことから本論文における論文提出者の寄与は十分であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |