本論文はロジウム(I)錯体を触媒とする一酸化炭素の挿入を伴う環化反応の開発について2章にわたって述べたものである。 第一章では一価のロジウムカルボニル錯体がPauson-Khand反応の良好な触媒となることを述べている。Pauson-Khand反応はシクロペンテノン類を合成する有用な反応であり、これまで主に化学量論量のコバルトカルボニル錯体を用いて反応が行われていた。最近、いくつかの触媒的反応が報告されているが、常圧の一酸化炭素雰囲気下で効率よく進行する反応は見出されておらず、実用的な触媒反応の開発が望まれていた。本著者はコバルトと同族のロジウムの錯体に着目し、触媒的なPauson-Khand反応について検討を行い、種々のエンイン化合物に一酸化炭素雰囲気下で一価のロジウムカルボニル錯体である[RhCl(CO)2]2を作用させると、分子内Pauson-Khand反応が触媒的に進行し、対応するシクロペンテノン誘導体が良好な収率で得られることを明らかとしている(式1)。ロジウム錯体を用いるこの反応は触媒効率がよく、しかも1気圧の一酸化炭素雰囲気下で反応が進行するので、反応容器にオートクレーブを使う必要がなく通常のガラス容器で反応を行うことが可能になった。 またこのロジウム錯体を用いる触媒反応は広い一般性を有している。すなわちエンインのアセチレン部位およびオレフィン部位に種々の置換基を有する基質を用いてもそれぞれ良好に反応が進行する(式2)。さらに従来法では困難であった電子不足なアルキンやアルケン部位を有する基質でも、分子内Pauson-Khand反応が進行することを明らかとしている(式3)。さらにこのロジウムカルボニル錯体を用いた触媒的Pauson-Khand反応では、一酸化炭素圧が低い方が速やかに反応が進行するという興味深い現象も見出している。 さらに、オレフィン部位をアレン部位に変えた基質について反応を行うと、式4に示すように、選択的にアレンの末端の二重結合部位で反応が進行したメチレンシクロペンテノンが得られることを見出している。一方、このようなアレン化合物にモリブデンカルボニル錯体を作用させるとアレンの内部位でPauson-Khand反応が起こることが知られており、アレン部位の位置選択性が逆となっている。 また、ノルボルネンやエチレンなどのオレフィンを用いて分子間反応を試みたところ、置換アセチレンとの間でPauson-Khand反応が進行し、シクロペンテノン誘導体が得られることも明らかとしている(式5)。 第二章では[RhCl(CO)2]2を触媒として用い、シクロプロパンの開裂を利用するシクロヘキセノン合成反応について述べている。 上記のPauson-Khand反応に用いた触媒である[RhCl(CO)2]2は、シクロプロパンの炭素-炭素結合を開裂することが知られており、この特徴を利用して新しい炭素骨格構築反応の開発を行っている。すなわち分子内にアセチレン部位を有するシクロプロパンに対して一酸化炭素雰囲気下において[RhCl(CO)2]2を作用させると、シクロヘキセノン誘導体が得られることを明らかとしている(式6)。 これまでシクロプロパンの開裂を伴う炭素骨格構築例は、シクロプロパン上にビニル基などの官能基を持つ基質に限られていたが、本反応例はこのような単純なシクロプロパン類でも骨格形成に利用できる可能性を示すものである。 以上、本著者は一価のロジウムカルボニル錯体である[RhCl(CO)2]2を触媒に用いることで、一酸化炭素とエンイン化合物からシクロペンテノン誘導体を、またシクロプロパン部位およびアセチレン部位を有する化合物からシクロヘキセノン誘導体を合成する方法を開発した。 このようにロジウム(I)カルボニル錯体の新しい触媒機能を明らかにした本業績は有機合成化学や有機金属化学の分野に貢献すること大である。なお、本研究は小林俊威、奈良坂紘一との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分であると判断される。従って、博士(理学)を授与できると認める。 |