学位論文要旨



No 114087
著者(漢字) 古賀,祐司
著者(英字)
著者(カナ) コガ,ユウジ
標題(和) ロジウム(I)錯体を触媒とする一酸化炭素の挿入を伴う環化反応の開発
標題(洋)
報告番号 114087
報告番号 甲14087
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3576号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 助教授 澤村,正也
内容要旨

 ロジウム錯体は有機合成反応における触媒として広く反応に利用されている。例えばロジウム(I)-ホスフィン錯体は水素添加反応やヒドロアシル化反応などに用いられており、工業的にも重要なプロセスとなっているものもある。これに対してロジウム(I)-カルボニル錯体はヒドロホルミル化反応の触媒などに用いられているものの、ホスフィン錯体に比べると研究例はそれほど多くはない。一方この錯体はカルボニル配位子の高い電子受容能によりロジウム上の電子密度がホスフィン錯体に比べ大きく低下しており、ホスフィン錯体とは異なった反応性を示すことが期待される。そこで筆者は博士課程においてロジウム(I)-カルボニル錯体を用いる効率的な触媒反応の開発について検討を行うこととした。

1ロジウム触媒を用いるPauson-Khand反応

 Pauson-Khand反応は、アルケン、アルキンと一酸化炭素からシクロペンテノンを合成する有用な反応である。特に分子内反応では一挙に多環性骨格を構築できることからその有用性は高く、種々の天然物合成にも鍵反応として用いられている。

 

 従来、Pauson-Khand反応にはコバルト錯体を基質に対して等モル量以上用いていたが、1990年代に入りコバルト、チタン、ルテニウム錯体を用いる触媒的反応が報告されるようになった。しかしほとんどの場合中圧から高圧の一酸化炭素加圧下で反応を行うことが必要であり、常圧の一酸化炭素雰囲気下で反応を行えるのは、LivinghouseおよびBuchwaldの方法のみであった。しかし前者は光照射が必要であり、後者は触媒効率が良くないなどの問題点が残されており、実用的な触媒反応が求められていた。

 筆者はコバルトと同族のロジウムの錯体は、Pauson-Khand反応を同様に促進するのではないかと考え検討を行った。その結果、アリルプロパルギルエーテル1に常圧の一酸化炭素雰囲気下で二核ロジウムカルボニル錯体、テトラカルボニルジ--クロロジロジウム、[RhCl(CO)2]2を作用させ加熱すると、触媒的に分子内Pauson-Khand反応が進行して対応するシクロペンテノン誘導体2が得られることを見出した。溶媒を種々検討したところキシレンやジブチルエーテルが反応溶媒として適しており、特にジブチルエーテルを用いた場合には、ロジウム錯体をわずか0.5mol%用いるだけでシクロペンテノン2が83%の収率で得られた。本反応では常圧の一酸化炭素雰囲気下で反応を行うことができるため、オートクレーブを用いる必要はなく、一酸化炭素を満たした風船を備えたガラス容器を用いるだけで反応を行うことができる。

 

 次にアセチレン部位やオレフィン部位に種々の置換基を導入した基質3を用い、一般性の検討を行った。末端アセチレン部位を有するエンインの反応は重合などの副反応が起こるため55%の収率でしか環化体4を得られなかったが、アセチレン上をシリル基で保護したエンインからは、望みの環化体およびその脱シリル体が合わせて76%の収率で得られた。またアセチレン部位にアリール基やアルキル基をもつエンイン、およびオレフィン部位に置換基を導入したエンインは速やかに反応し、高収率でシクロペンテノン誘導体4に変換することができた。

 

 また、分子内にアレンとアセチレン部位を持つ基質5を用いた際にはTHF中室温で反応が進行し、アレンの末端の二重結合で環化反応が進行したビシクロ[4.3.0]骨格を有するメチレンシクロペンテノン6が得られた。

 

 さらにこの反応を分子間反応にも適用したところ、ノルボルネンやエチレンなど反応性の高いオレフィンを用いた場合には、アセチレン化合物との間で分子間Pauson-Khand反応が進行し、シクロペンテノン誘導体が得られた。

 

2ロジウム触媒を用いるシクロプロパンの開裂を利用するシクロヘキセノン合成反応

 上記のPauson-Khand反応に用いた[RhCl(CO)2]2には、シクロプロパンの炭素-炭素結合の酸化的付加が進行することが知られている。そこで筆者は分子内にアセチレン部位を有するシクロプロパンを用いれば、シクロプロパンの開環とともにアセチレン部位との間で新たな炭素-炭素結合が生成し、メタラサイクル中間体が生じるのではないかと考えた。また先に述べたロジウム触媒を用いるPauson-Khand反応を参考にすると、一酸化炭素雰囲気下で反応を行うことにより、この中間体に一酸化炭素が挿入した生成物を得ることができると考えた。

 そこで分子内にアセチレン部位およびシクロプロパン部位を有する基質7に一酸化炭素雰囲気下[RhCl(CO)2]2を作用させ加熱したところ、二環性シクロヘキセノン8が得られることがわかった。種々条件検討したところ、溶媒としては高沸点溶媒が反応に適しており、1,2-ジクロロベンゼン中4気圧の一酸化炭素雰囲気下160度で3日間加熱することにより、対応するシクロヘキセノン8およびその脱水素化体であるフェノール9を合わせて63%の収率で得ることができた。

 

 通常シクロプロパンを遷移金属錯体触媒を用い、水素添加反応により還元し開環する際には最も立体障害の少ない炭素-炭素結合aが切断される。これに対し本反応では、立体的に混んでいる炭素-炭素結合bが切断された生成物を与える。また従来遷移金属触媒を用いてシクロプロパンを開環し炭素-炭素結合を生成した例としては、メチレンシクロプロパンやビニルシクロプロパンなど高反応性のシクロプロパンを用いた場合に限られており、この反応の様に官能基を持たない単純なシクロプロパンを開環することによりシクロプロパンを3炭素素子として結合生成に利用した例はこれまでにない。

 以上、筆者は博士課程において[RhCl(CO)2]2を用いる反応を検討した。その結果この錯体がPauson-Khand反応およびシクロプロパンの開環を利用するシクロヘキセノン合成反応の良好な触媒となることを明らかとした。

審査要旨

 本論文はロジウム(I)錯体を触媒とする一酸化炭素の挿入を伴う環化反応の開発について2章にわたって述べたものである。

 第一章では一価のロジウムカルボニル錯体がPauson-Khand反応の良好な触媒となることを述べている。Pauson-Khand反応はシクロペンテノン類を合成する有用な反応であり、これまで主に化学量論量のコバルトカルボニル錯体を用いて反応が行われていた。最近、いくつかの触媒的反応が報告されているが、常圧の一酸化炭素雰囲気下で効率よく進行する反応は見出されておらず、実用的な触媒反応の開発が望まれていた。本著者はコバルトと同族のロジウムの錯体に着目し、触媒的なPauson-Khand反応について検討を行い、種々のエンイン化合物に一酸化炭素雰囲気下で一価のロジウムカルボニル錯体である[RhCl(CO)2]2を作用させると、分子内Pauson-Khand反応が触媒的に進行し、対応するシクロペンテノン誘導体が良好な収率で得られることを明らかとしている(式1)。ロジウム錯体を用いるこの反応は触媒効率がよく、しかも1気圧の一酸化炭素雰囲気下で反応が進行するので、反応容器にオートクレーブを使う必要がなく通常のガラス容器で反応を行うことが可能になった。

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 またこのロジウム錯体を用いる触媒反応は広い一般性を有している。すなわちエンインのアセチレン部位およびオレフィン部位に種々の置換基を有する基質を用いてもそれぞれ良好に反応が進行する(式2)。さらに従来法では困難であった電子不足なアルキンやアルケン部位を有する基質でも、分子内Pauson-Khand反応が進行することを明らかとしている(式3)。さらにこのロジウムカルボニル錯体を用いた触媒的Pauson-Khand反応では、一酸化炭素圧が低い方が速やかに反応が進行するという興味深い現象も見出している。

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 さらに、オレフィン部位をアレン部位に変えた基質について反応を行うと、式4に示すように、選択的にアレンの末端の二重結合部位で反応が進行したメチレンシクロペンテノンが得られることを見出している。一方、このようなアレン化合物にモリブデンカルボニル錯体を作用させるとアレンの内部位でPauson-Khand反応が起こることが知られており、アレン部位の位置選択性が逆となっている。

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 また、ノルボルネンやエチレンなどのオレフィンを用いて分子間反応を試みたところ、置換アセチレンとの間でPauson-Khand反応が進行し、シクロペンテノン誘導体が得られることも明らかとしている(式5)。

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 第二章では[RhCl(CO)2]2を触媒として用い、シクロプロパンの開裂を利用するシクロヘキセノン合成反応について述べている。

 上記のPauson-Khand反応に用いた触媒である[RhCl(CO)2]2は、シクロプロパンの炭素-炭素結合を開裂することが知られており、この特徴を利用して新しい炭素骨格構築反応の開発を行っている。すなわち分子内にアセチレン部位を有するシクロプロパンに対して一酸化炭素雰囲気下において[RhCl(CO)2]2を作用させると、シクロヘキセノン誘導体が得られることを明らかとしている(式6)。

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 これまでシクロプロパンの開裂を伴う炭素骨格構築例は、シクロプロパン上にビニル基などの官能基を持つ基質に限られていたが、本反応例はこのような単純なシクロプロパン類でも骨格形成に利用できる可能性を示すものである。

 以上、本著者は一価のロジウムカルボニル錯体である[RhCl(CO)2]2を触媒に用いることで、一酸化炭素とエンイン化合物からシクロペンテノン誘導体を、またシクロプロパン部位およびアセチレン部位を有する化合物からシクロヘキセノン誘導体を合成する方法を開発した。

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 このようにロジウム(I)カルボニル錯体の新しい触媒機能を明らかにした本業績は有機合成化学や有機金属化学の分野に貢献すること大である。なお、本研究は小林俊威、奈良坂紘一との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分であると判断される。従って、博士(理学)を授与できると認める。

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