学位論文要旨



No 114089
著者(漢字) 佐藤,雅規
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マサノリ
標題(和) 火山ガス中のCO2,CO,CH4の炭素同位体比の研究
標題(洋)
報告番号 114089
報告番号 甲14089
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3578号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 巻出,義紘
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 助教授 蒲生,俊敬
内容要旨 【はじめに】

 火山ガスはマグマの揮発性成分が岩石や地下水との相互作用を受けながら地上に達したもので、地球内部の情報をもたらす重要な物質である。CO2は火山ガスにおける主成分の一つであり、その地球化学的研究は数多くなされてきた。火山ガス中には同じ炭素原子を含む成分としてCH4,COなども存在するが、これらは特に高温火山ガスにおいては微量成分であるため分析が難しく、炭素同位体組成に関する研究は本研究が初めてである。

 高温のマグマと共存するガス中においては、CO2,CO,CH4の同位体交換反応

 

 において平衡が成立していると考えられる。これらの反応の平衡定数の温度依存性を利用すると、例えば高温で同位体平衡にあったガスが急冷され反応が進行しなくなった場合には最後に平衡にあった温度が求まることになる。また低温で複数成分の混合する系では、同位体比は各成分の起源を求めるのに役立つ。

 本研究においては、まず微量CH4,COの炭素同位体比を測定するための火山ガス採取法を工夫した上で、極微量CH4を選択的に濃縮したのちGC/C/MS法で炭素同位体比を測定する方法を確立した。この手法を用いて日本各地の火山ガス中のCO2,COおよびCH4の炭素同位体を測定し、火山ガス中の炭素同位体平衡に関する知見を得るとともに微量CH4の起源についての研究を行った。

【火山ガス試料の採取】

 火山ガス試料は以下の火山で採取した。参考のため()内にはガスの温度を示す:有珠山(494-98℃)、北海道駒ヶ岳(100℃)、倶多楽火山(100℃)、(小笠原)硫黄島(106-94℃)、九重山(230-182℃)、霧島火山群(108-97℃)、薩摩硫黄島(901-98℃)。

 火山ガス試料は5N NaOH 50mLを入れて真空にしておいたガラス容器(容積約170mL)にガスを導入し、主成分であるCO2,SO2,H2Sなどの酸性ガスをNaOHに吸収させて残った気相中のCH4の炭素同位体比、CH4,C2H6の組成を分析した。この方法ではCOも気相に入るが、試料採取後放置するとCOがNaOHに溶解することが確かめられたので、CO分析用には火山ガスをNaOHに吸収させ直ちに気相を液相から分離して保存する方法を採用した。なお、CH4/C2H6比は天然における炭化水素の起源を知る重要なパラメーターである。また、同時に二口注射器を用い水上置換法で試料を採取し、CO2の炭素同位体比分析に用いた。

【微量CH4濃縮法の開発および炭素同位体比測定法】

 図1には本研究で開発したCH4の濃縮システムをGC/C/MS(ガスクロマトグラフ/燃焼炉/質量分析器)との関係と共に示す。

図1 火山ガス中のメタンの炭素同位体比を分析する装置

 吸着剤(Porapak-Q)をつめて真空にしておいたトラップ(a)に試料を拡散させ液体窒素温度に冷却することにより試料中のCH4を濃縮することができる。このCH4をキャリヤーガス(He)の流れにのせて(b)で再度濃縮する。その際COやN2なども共に濃縮されるが、ガスクロマトグラフ(c)のカラム温度を-80℃にすることで各成分に分離できる。燃焼炉(d)でCH4を完全燃焼させCO2とH2Oとし、H2Oを除去(e)した後に質量分析器(f)で炭素同位体比の分析を行う。

 本分析法による分析精度、確度を検討するため、炭素同位体比既知のCH4にN2を混合した標準ガスを、導入量をさまざまに変えて繰り返し測定した。この結果、CH4導入量が1nmol(濃度1ppmの試料22mLSTPに相当)でも±3‰の精度で測定でき、またCH4導入量を多くすれば、10nmolで±1‰、100nmolでは±0.2‰と高い精度で測定できることがわかった。またCO,CO2の炭素同位体測定は採取試料を直接GC/C/MSに導入して行った。

【結果と考察】

 分析結果をもとに、図2には13C(CO2)と13C(CO)との関係、図3には13C(CO2)と13C(CH4)との関係、図4には13C(CH4)とCH4/C2H6比との関係をまとめて示す。さらに表1には各火山ごとに噴気温度と2種類の同位体平衡温度、CH4/C2H6比をまとめて示す。

図2.火山ガス中のCO2・CO炭素同位体平衡温度図3.各火山の火山ガス中のCH4・CO2炭素同位体平衡温度図4.各火山の火山ガス中のCH4の炭素同位体比とCH4/C2H6比との関係表1.各火山の噴気温度と同位体平衡温度、CH4/C2H6

 各火山ごとの特徴は以下の通りである。

 薩摩硫黄島 CO2の炭素同位体比は-2.6〜-3.1‰、COは-2.8〜-11.6‰であった。同位体平衡温度を算出すると、噴気孔温度が691℃以上と高温の試料では896〜950℃という値が得られた。これは流紋岩質マグマの温度として考えられる値と一致し、また噴気孔の最高温度にほぼ等しい。従ってこのCOは約900℃のマグマと共存するガス中で同位体平衡に達したものが少し冷やされてそのまま出てきたと考えられる。噴気孔温度650℃以下の試料では、計算上の平衡温度がマグマの温度よりも高くなり、このことはCO2とCOの同位体平衡は成立していないことを示唆する。CH4の炭素同位体比は-25〜-52‰とばらつきが大きいが、同じ時期に採取した試料間では噴気孔温度によらずほぼ一定である。CH4とCO2との炭素同位体平衡温度を求めると105〜366℃となり、噴気孔温度よりもはるかに低い。これは薩摩硫黄島下の熱水系で再平衡に達したCH4や地表のごく近傍で有機物の熱分解が起こってできたCH4が付加されたためと考えられる。

 有珠山 噴気孔温度は98〜494℃であるが、CH4の炭素同位体比は噴気孔温度によらず-25〜-30‰と一定である。CO2との同位体平衡温度は噴気孔温度に近い364〜310℃となるものの、CH4/C2H6比が18〜44と低いことから堆積有機物の熱分解により生成したCH4が大部分を占めていると考えられる。COの同位体比は、噴気孔温度が300℃以上のものでは-18〜-22‰で、CO2との同位体平衡温度を求めると586〜646℃であった。98℃の噴気は薩摩硫黄島の低温噴気と同様に、同位体平衡は成立していないことを示唆している。

 霧島火山帯 CO2は-4.1〜-7.3‰で、CH4の炭素同位体比は個々の火山ごとに大きく異なり、御鉢で-11〜-17‰、新燃岳周辺で-19〜-27‰、硫黄山で-52〜-54‰であった。CO2との同位体平衡温度は御鉢で658〜729℃、新燃岳周辺で387〜487℃となる。約700℃という温度は高温のマグマから放出されたCH4がそのまま出てきた可能性がある。しかし700℃でCH4,CO2,CO間で同位体平衡および化学平衡が成り立っていたものがそのまま出てくれば多量のCOが含まれていることが期待されるが実際にはCOは検出されなかったことなどから、他の起源のCH4が混入しさらに生物活動の影響を受けて同位体比が変動したことが考えられる。硫黄山については有機物の熱分解などにより生じたものが主であると考えられる。

 九重山 COの同位体比は-13〜-18‰で、CO2との同位体平衡温度を求めると774〜1061℃であった。噴気孔温度は200℃前後とそれほど高くないものの、高温のマグマと共存するガス中で同位体平衡に達したものがそのまま出てきたと考えられる。

【まとめ】

 各火山からの測定結果をもとに今回の研究で得られた新たな知見をまとめると以下の通りである:

 1.高温火山ガスでは、CO2-CO同位体からは噴気孔温度とマグマの温度との間の同位体平衡温度が求まり、マグマと共存する火山ガスが最後に同位体平衡にあった温度を示している。低温の噴気ガスでは同位体平衡が成り立っていないことが示されたが、その理由は地表に達する途中で起きる反応により系が乱されたためと思われる。

 2.CO2-CH4系からはマグマと共存していた時の同位体平衡温度を求めることはできなかった。CH4は多くの場合マグマと共存するガスではなく、有機物の熱分解起源で、火山ガスが地表に達する途中で混入したことが示された。

審査要旨

 本論文は5章で構成されており、高温火山ガスに極微量含まれるCH4の炭素同位体比(13C/12C)の測定法を確立したこと、この方法を使って日本各地の火山ガスのCO2、CO、CH4の炭素同位体比を測定し、火山ガス中の炭素同位体平衡に関する知見を得るとともに、微量CH4の起源を明らかにしたことを報告している。

 第1章では、緒言として、火山ガスの化学組成や同位体組成に関するこれまでの研究がまとめられており、特にCH4について高温火山ガス中で極微量しか存在しないため炭素同位体比が全く測定されていないことを指摘している。さらに、CH4と他の炭素化合物であるCO2、COの炭素同位体比を組み合わせた同位体平衡の議論から、温度や時間などの知見が得られることを指摘し、最後に本研究の目的が述べられている。

 第2章では、火山ガスの採取法と分析法を述べている。火山ガスはアルカリ溶液を入れた真空ガラス容器に導入し、主成分のCO2、SO2、H2Sなど酸性ガスをアルカリ溶液に吸収させて残った気相中のCH4、COの炭素同位体分析を行なった。液相から分離したガス試料は、GC/C/MS(ガスクロマトグラフ/燃焼炉/質量分析装置)に導入し、各炭素化合物の炭素同位体比を測定するが、CH4濃度が1000ppm以下では精度のよい分析ができない。そこで、ガス試料中の極微量CH4を濃縮するため、吸着剤(Porapac-Q)のトラップとクライオフォーカシング装置を組み合わせた方法を開発し、CH4を濃縮してGC/C/MSへ導入する方法で分析した。この方法によりCH4導入量が1nmol(CH4濃度1ppmのガス22mLSTPに相当)でも±3‰精度で測定可能になり、10nmolで±1‰、100nmolでは±0.2‰と高精度で測定できるようになった。

 第3章では、各火山ごとの結果と考察を述べている。火山ガス成分間の同位体交換平衡の温度依存性や化学平衡との平衡に達する時間差を議論するためには、同一火山で高温から低温までの異なった噴気孔温度の火山ガスが得られることが必要で、100〜900℃の火山ガスが得られる薩摩硫黄島火山、100〜500℃の火山ガスが得られる有珠火山で分析試料を採取した。このほか最高温度は下がるが、九重山、霧島、北海道駒ヶ岳、倶多楽、小笠原硫黄島の各火山の火山ガスも研究に用いた。薩摩硫黄島の火山ガスについてCO2-CO間の同位体平衡温度を算出すると、噴気孔温度が691℃以上の高温ガスでは896〜950℃となり、流紋岩マグマの温度とほぼ一致し、マグマと共存する同位体平衡に達したガスが少し冷却して噴気孔から放出していることが示唆されたが、噴気孔温度が650℃以下では、CO2-CO間に同位体交換平衡は成立していなかった。また、CH4とCO2の炭素同位体交換平衡温度は105〜487℃と噴気孔温度よりはるかに低く、地下の熱水系で再平衡に達したCH4か、地表近くで起きた有機物の熱分解によるCH4が付加していることを示していた。有珠火山の場合も同様な結果が得られ、霧島火山の御鉢の火山ガスでは生物活動によってCH4の炭素同位体比が変化した可能性が指摘された。さらに、九重山では噴気孔温度が200℃前後にも拘わらずCO2-CO同位体平衡温度が求められた。

 第4章では、個別の火山の結果をまとめた検討を行ない、第5章では全体のまとめを述べている。高温火山ガスではCO2-CO間に同位体平衡が成り立っており、マグマと共存したガスが最後に平衡にあった炭素同位体平衡温度を世界的にも始めて求めることができた。一方、低温火山ガスではCO2-CO間に同位体平衡が成り立っておらず、冷えつつある火山ガスが再平衡になろうとする過渡的な現象を見ている。また、CO2-CH4間には噴気孔温度によらず同位体平衡が成り立っておらず、多くの火山ではマグマと共存する火山ガスが噴気孔へいたる途中で有機物の熱分解起源のCH4の混入を受けていることが示された。

 上述したように、本論文では高温火山ガスに極微量含まれるCH4の炭素同位体比の測定法を確立し、日本各地の火山ガスのCO2、CO、CH4の炭素同位体比を測定して、高温火山ガスではCO2-CO間の炭素同位体平衡温度を始めて求め、微量CH4は多くの場合有機物の熱分解の起源であることが述べられている。これらの研究は、新しい方法論の確立による新しい現象の発見という意味で、地球化学の分野にとって非常に大きな貢献をおこなった。

 なお本論文は部分的に脇田宏、野津憲治、石橋純一郎、森俊哉、角皆潤博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、本審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める。

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