学位論文要旨



No 114090
著者(漢字) 肖,康平
著者(英字)
著者(カナ) シャウ,カンピン
標題(和) 二相分配および単分子膜界面での分子認識に基づく無機アニオンセンシング法
標題(洋) Anion Sensing Based on Two-Phase Ion Transfer and on Molecular Recognition at Monolayer Surfaces
報告番号 114090
報告番号 甲14090
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3579号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 助教授 井本,英夫
 東京大学 助教授 澤村,正也
 東京大学 助教授 錦織,紳一
内容要旨

 第一章では,分子認識と分析化学,又,アニオンセンシング法及び本研究の最初の目的について述べている.

 分析化学は,化学的な分離,精製と検出などの方法について研究する学問領域である.分析化学の対象は自然界のすべてにわたる.現在,固体や溶液などの相内部(bulk)の分析が発展完成してきた段階で,相界面(interface)の単分子レベルでの選択的観察も可能になった.古くから使われてきた分属試薬や,有機試薬,また,近代のキレート試薬などが分析の為に大いに貢献してきたが,現代分析化学のもう一つの特徴は,非破壊分析が多く求められることである.たくさんの分析試薬がそのために開発されてきたが,その中に,分子認識に基づく超分子化学(ホストーゲスト化学)から生まれた新規分析試薬が,新しい分離法や検出法の発見に役立ち,注目を集めている.一方,それらの分析試薬のうちアニオン分析(認識)試薬の発展はカチオン分析試薬の発展より遅れている.今までのアニオンセンシング法は主に液膜型アニオン選択性電極であり,アニオン交換体またはアニオンレセプターに基づく電極が開発されている.アニオン交換体に基づく電極の電位応答は主にアニオンの水和エネルギーの大きさに決められ,いわゆるHofmeister序列に従う:

 ClO4->IO4->SCN->I->Sal->NO3->Br->Cl->NO2->HCO3->CH3COO->SO42->HPO42-この序列から分るようにアニオン交換体電極は水和エネルギーの大きなアニオン,例えば,SO42-やHPO42-などに対する選択性が得られない.又,アニオンレセプターに基づく電極の方も水和エネルギーの大きなアニオンに対し,優れているレセプターがなく,大きな成功を収めていない.

 本研究はまず,Hofmeister序列の最後尾にあるリン酸イオンの新規レセプター分子の開発,そしてそのレセプターに基づく液膜型アニオン選択性電極の作製を目指した.

 第二章では,無機リン酸イオンの分子認識と本研究で開発されたレセプターについて述べている.

 イオン,分子認識試薬は,種々の分子間力により目的物質と選択的に錯形成すると言う性質は共通している.分子間力はおおよそ電荷間のCoulomb力による純粋に静電的なもの,分極力そして共有結合,配位結合や電荷移動相互作用などに分類される.本研究では,今までのリン酸レセプターの開発研究を踏まえ,多点水素結合を介して有機溶媒中で,リン酸イオンと強くしかも高選択的に認識する電気中性なレセプター分子を新規に開発している.レセプターの分子骨格をリジットにすることで,あらかじめリン酸イオンの構造と合致した空間規制性の良いレセプターを合成するために,キサンテンスペサーを取り入れている(図2-8).

図2-8.本研究で合成した新規リン酸イオンレセプター

 このレセプターはDMSO中で無機アニオンとの錯形成を1H-NMR分光法を用い評価し,H2PO4-に対し錯体安定度定数が55000M-1であった.これは,現在報告されている電気中性のレセプターのなかで,H2PO4-に対し最も強い錯形成能を持つレセプターであることを明らかにした.DMSO中でのほかのアニオンとの錯体安定度定数はCH3COO-38000M-1,Cl-840M-1である.

 第三章では,イオン選択性電極及びそれに基づくリン酸イオンの検出結果について述べている.

 イオン選択性電極はイオン選択性液膜,内部溶液,内部参照電極から成り立っている.サンプル溶液中の目的イオンの濃度または活量によって液膜の膜電位が変わり,この膜電位変化を電極の電位測定によって目的イオンの定量を行う.イオン選択性液膜は,レセプターおよび脂溶性イオンを溶解した水と混じらない有機溶媒をポリ塩化ビニルで支持した,所謂PVC支持膜が一般的に用いられている.液膜型アニオン選択性電極の場合,電極液膜をサンプル水溶液と接触させると,液膜中のレセプターが界面膜側で目的アニオンと脂溶性の高い錯体を形成し,対カチオンをサンプル溶液水相側界面に残したまま,負電荷を帯びた錯体が膜内に浸透する.それによって液膜の有機相側とサンプル溶液の水相側の間に電荷分離が生じ,膜電位が発生すると考えられている(図3-5).

図3-5.イオン選択性電極の応答機構.Trans,Gdehyd,Gsolv,GcomplGionpairはそれぞれ測定イオンの相輸送エネルギー,脱水和エネルギー,膜溶媒和エネルギー,膜中レセプターとイオンとの結合能そして膜中イオンサイトと測定イオンとのイオン対結合能である.z,nはそれぞれ測定イオンの電荷,モル数であり,F,はそれぞれFaraday定数と電気化学ポテンシャルである.

 レセプター2を感応物質とした液膜イオン選択性電極を作製し,いくつかのアニオンに対する電位応答挙動を調べている.しかし,レセプター2に基づく電極のHPO42-/H2PO4-に対する膜電位応答は予想に反して著しく小さいものであった(Table3-1).

Table3-1.1wt%と2wt%のレセプター2に基づくイオン選択性電極(それぞれelectrode1とelectrode2である)の各アニオンに対する応答

 目的アニオンが水相から脱水和して液膜の有機相中のレセプターと錯体を作ることによって水相側から液膜に移動できることが膜電位発生の前提であることから見ると,レセプター2に基づく液膜がHPO42-/H2PO4-に対し,ほとんど電位応答を示さないので,HPO42-/H2PO4-が液膜中にほとんど輸送されないことが示唆される.

 なぜリン酸イオンが液膜に入りにくいかを図3-5の中のイオン輸送エネルギーの式に基づいて考えると,イオンの水相から液膜への輸送エネルギーは目的イオンが液膜内のレセプターとの錯形成やイオンの液膜溶媒和エネルギー,目的イオンの水和エネルギーの和で表わされる.したがって,目的イオンが膜内に浸透する場合,レセプターの錯形成能が強く,目的イオンの膜溶媒和が大きく,水和が小さいほど有利となる.これに基づいて考えると,リン酸イオンが大変大きな水和エネルギーを有しているため,水相から脱水和して有機相に移動することが,レセプター2を用いても大変困難であることが分かる.

 以上の結果から,もしリン酸イオンが有機相に完全に移動しなくても,レセプター2との分子認識による情報変換ができるなら,水和エネルギーの大きなリン酸イオンであっても,検出が可能となるのではないかと考えた.そこで,リン酸イオンが有機相に完全に移動しなくても良いと考えられるレセプター単分子膜界面の分子認識を利用することにした.レセプター単分子膜では,レセプター-アニオン認識する場合,アニオンが脱水和して完全に有機相に移動する必要はないため,液膜界面とは異なる認識能を示すことが期待される.一方、単分子膜界面での分子認識と,それに伴う単分子膜透過性の変化を指標として目的物質を検出する分析法は,既にイオンチャンネルセンサーとして本研究室から提案されているので,この方法論を以下の実験に用い,レセプター2に基づく単分子膜を調製し,その膜界面で接する水相中のリン酸イオンとの相互作用を,レセプター2の単分子膜透過性変化を尺度に検出した.

 第四章では,イオンチャンネルセンサー及びそれに基づくリン酸イオンの検出結果について述べている.

 まず,イオンチャンネルセンサー(図4-1)について簡単に説明する.電極表面にある単分子膜のレセプター分子が目的イオンを認識すると,電極表面の電荷が変化し,それによる静電的相互作用のため,水溶液中に溶かしてあるマーカーと呼ばれる電荷を持った電気化学的に活性な物質の電極表面での酸化あるいは還元速度が変わる.イオンチャンネルセンサーは,このマーカーの酸化還元電流を指標として電気化学不活性な目的分子,イオンの定量を行うという方法論である.

図4-1.分子間透過型イオンチャンネルセンサー.

 実験としては,まず空気-水界面でレセプター2の単分子膜が形成できることを確認した.図4-4はレセプター2の単分子膜の表面圧-面積(-A)曲線を示す.-A曲線から見積られたレセプター2の分子占有面積は0.65nm2である.レセプター2のスペサー部位が空気相へ向いて,チオ尿素部位が水へ向いた時のCPKモデルの分子断面積は0.67nm2であり,-A曲線から得られた分子占有面積とほぼ一致していることから,レセプター2が,水の表面で"立っている"状態(図4-14を参照)で単分子膜を形成していると思われる.

図4-4.レセプター2の単分子膜表面圧-面積(-A)曲線.

 レセプター2に基づく単分子膜の膜透過を調べるために,horizontal touchサイクリックボルタンメトリ(CV)を用いた.テフロン製水槽中の水溶液上に,レセプター2のクロロホルム溶液を展開し,クロロホルム溶液を揮発させた後,単分子膜の表面圧を制御し一定の値に固定してから,固体電極を単分子膜の上から十分遅いスピードで下げ,電極表面を単分子膜で覆い,その後CVを測定する.固体電極は電極表面が簡単に再生でき,しかも,スムーズな表面をもつHOPG(highly oriented pyrolytic graphite)電極を用い,マーカーとしてFe(CN)64-アニオンをサンプル溶液に入れた.

 図4-8は,水溶液中のアニオンの濃度が0.1Mの時のマーカーのサイクリックボルタモグラムである.

図4-8.レセプター2の単分子膜に基づくイオンチャンネルセンサーの0.1Mの各アニオンに対する応答.外部電圧は-100mVから+700mVまで掃引し,また+700mVから-100mVまで逆の方向へ掃引した.掃引速度は100mV/sである.また,縦軸は電流を表わす.

 単分子膜が存在していない電極と比べ,電極の表面に単分子膜がある場合,Fe(CN)64-アニオンの酸化電流が小さくなり,ピーク電位がプラス電位の方向に移動している.酸化電位がプラス電位へ移動することは,酸化反応が遅くなったことを表わすので,この測定結果は,電極表面にレセプター2の単分子膜が存在している時,マーカーの電極表面での酸化反応は遅くなったことを示している.また最も重要な結果は,サンプル溶液中のアニオンの種類によってFe(CN)64-アニオンの電極表面での酸化反応のピーク電位が異なることである.これは電極がアニオンに対して選択的に応答していることを示している.

 図4-10はFe(CN)64-アニオンの酸化ピーク電位の各種無機アニオン濃度依存性を示す.サンプル溶液中の無機アニオンの濃度を1mMから100mMまで増加させると,Fe(CN)64-アニオンの酸化ピーク電位がプラス電位側にシフトしていくことが分る.これは,無機アニオンの濃度の増加によって,レセプター膜と結合する無機アニオンの量が増加し,マーカーアニオンとの静電的反発も増加するため,Fe(CN)64-アニオンの電極表面での酸化反応が遅くなったことが示されている.各種無機アニオンに対する応答の選択性を見ると,親水性の高いイオン特にHPO42-に対する応答が最大であることが分った.

図4-10.Fe(CN)64-アニオンの酸化ピーク電位の各種無機アニオン濃度依存性.

 このイオンチャンネルセンサーの結果は,無機アニオンがレセプター単分子膜界面で選択的に錯体を形成し,単分子膜界面が負電荷を帯び,電荷-電荷反発のため,Fe(CN)64-アニオンの電極表面での酸化が遅くなったためと説明できる.このレセプター2に基づくイオンチャンネルセンサーとイオン選択性電極のリン酸イオン選択性違いは,イオンチャンネルセンサーでは,HPO42-の大きな水和エネルギーの影響がより少ないことに由来するものと考えられる.この結果は,単分子膜の場合はレセプター2とHPO42-と結合する時,HPO42-が,まだ部分的に水和されたままで,レセプター単分子膜と相互作用していることを示唆している(図4-14).

図4-14.レセプター2に基づくイオンチャンネルセンサーのリン酸イオンに対する応答機構のモデル図.

 第五章では,レセプター2に基づく塩化物イオン選択性電極について述べている.

 レセプター2に基づくイオン選択性電極が,塩化物イオンに対する良好な電位応答特性を示すことを見い出した.図5-4は各種のアニオンに対する電位応答を示す.

図5-4.レセプター2を含む液膜電極の各アニオンに対する電位応答

 塩化物イオンに対しては,電位応答勾配はその濃度が10-5から10-2までの範囲で-54.0mV/decadeであり,また検出下限は10-6Mである.この塩化物イオンに対する電位応答の直線性,検出下限は,従来のアニオン交換体に基づくものに比べて優れている.また,標準血清サンプル中の塩化物イオン濃度の測定を行なった結果,電量滴定法で測定された値(102.3mM)とよく一致した(102.1mM).

 第六章では,本研究で作成したリン酸イオン検出法の評価と展望について述べている.

 レセプターの設計については,リン酸イオンとの錯形成能をさらに上げるために,リン酸イオンの酸素原子だけでなく,水素原子にも認識できるようなレセプターが望ましいと思われる.また,レセプターに電荷を持たせることも有利と考えられる.

 イオン選択性電極については,リン酸イオン選択性を得るためにもっと強く,もっと選択的にリン酸イオンを認識するレセプターを作ること以外,極性の高い膜溶媒を選ぶべきである.

 In troughのCV実験については,Horizontal touch CVがself assembly膜が形成できないレセプター2の単分子膜に基づくイオンチャンネルセンサーの基礎研究に大変役立つが,実験が大変時間のかかるものであった.それは、水槽中のサンプル溶液に対し,撹拌など衝撃を与えてはならなくて,一つの実験につき一つのデーターポイントしか取れなかったからだ.それに対し,固体電極上に,例えば金電極などに,self assembly膜が形成できるレセプターがイオンチャンネルセンサーの実用に適していると思われる.

 また,第四章からイオンチャンネルセンサーは親水性の高いイオンの分析に適しているという結論に基づき,現在、更に本著者が共同研究者らとポリイオンのイオンチャンネルセンサーの作製が進んでいる。

 本章の最後に簡単にイオン選択性電極とイオンチャンネルセンサーの方法論的比較について述べている.

 第七章,まとめ

 以上の結果をまとめると,(1)本研究では,リン酸イオンと多点水素結合を介して高選択的に認識する分子レセプター2を新規に開発した.(2)レセプター2に基づくイオン選択性電極という二相分配に基づく検出法ではリン酸イオンに対する選択的に電位応答が得られなかったが,塩化物イオン選択性電極が開発された.(3)レセプター2の単分子膜界面での分子認識に基づくイオンチャンネルセンサーでは,リン酸イオンに対して最も選択的な応答を示す事が分った.(4)この結果はイオンチャンネルセンサーの場合,リン酸イオンがまだ部分的に水和されたままでレセプター2の単分子膜と相互作用していることを示唆している.(5)この研究から,レセプター2に基づくイオンチャンネルセンサーが,親水性の高いリン酸イオンの分析に適していると結論できる.また,親水性の著しい目的イオン(分子)は,二相分配(水-有機相)は基本的に容易ではない.イオンチャンネルセンサーでは,二相分配によらず目的イオン(分子)の水溶液とそのレセプター単分子膜との界面での分子認識により目的イオン(分子)を検出可能であるため,著しい親水性の目的イオン(分子)の化学分析法として有用であることが分った.

 [注:本論文の内容の要旨中の図,表の番号は本学位論文中のそれに対応させてある.従って,通し番号になっていない.]

審査要旨

 第1章,序論では,まず分析化学における分離と検出について総覧し,化学的分析法における分子認識化学および二相分配の重要性について述べている.

 現在発展が遅れているアニオンの分子認識化学にまで言及し,本学位論文の目的を,無機アニオンとくにリン酸イオンセンサーの創案と開発としている.

 第2章では,無機リン酸の分子認識の原理について,従来のリン酸イオン分析法から,今まで開発されたリン酸イオンリセプターの説明を経て,本研究の主要部分の一つであるリン酸イオンリセプター分子[I]の分子設計と合成,生成定数の測定と評価について詳しく述べている.リセプター[I]は,多点水素結合によりDMSO溶媒中でH2PO4-,CH3COO-,Cl-イオンに対し結合し,それぞれ錯体生成定数が55,000M-1,38,000M-1,840M-1であることを求め,これが現在報告されている電気中性のリセプターの中で,H2PO4-に対し最も強い錯形成能をもつことを明らかにした.

 第3章では,リセプター[I]による液膜リン酸イオン選択性電極の作製について記述している.液膜とリン酸水溶液との二相分配により生起する膜電位測定の結果,HPO42-/H2PO4-に対する膜電位応答は期待に反し著しく小さいことを見出した.これは当該イオンの脱水和エネルギーが大きいため,目的アニオンが水相から脱水和して二相分配により有機液膜中に入り,そこでリセプターと錯形成できないためと結論している.これにより,もしリン酸イオンが有機相に完全に移動しなくてもリセプター[I]との分子認識による情報変換ができるなら,水和エネルギーの大きなリン酸イオンであっても検出が可能となるのではないかと考えた.すなわち,リセプター[I]の単分子膜でリン酸イオンの認識をする場合,リン酸アニオンが脱水和して完全に有機相に移動する必要がないと考えられるため,液膜界面とは異なる認識能を示すのではないかと予想し,その膜界面で接する水溶液中のリン酸イオンとの相互作用をリセプター[I]単分子膜のイオン透過性[I]変化を尺度に検出することとした.その内容が次の第4章である.

 第4章では,リセプター[I]単分子膜を固体電極上に作製し,リセプター分子がリン酸イオンと膜界面で結合することによる電極表面の電荷の変化を,マーカーイオンFe(CN)63-/4-の電極酸化還元反応を指標に検出した実験の詳細な記述である.単分子膜リセプターを用いるこの方法は,イオンチャンネルセンサーとして知られる方法で,本章はこのリン酸イオン検出への応用といえる.

 リセプター[I]単分子膜で被覆されたグラファイト(HOPG)固体電極での各種アニオンの影響は,マーカーイオンFe(CN)64-の酸化ピーク電位の正電位方向への変化として現われ,これがリン酸イオンに最大であることを見出している.この現象を,無機アニオンとリセプターとの結合で単分子膜界面が負電荷を帯び,電荷-電荷反発のためアニオンマーカーFe(CN)64-電極酸化が遅くなったためと説明している.本章の最後にイオンチャンネルセンサーと液膜イオン選択性電極のリン酸イオン選択性の相違を考察し,前者ではHPO42-がまだ部分的に水和したままリセプター単分子膜と相互作用しているものと結論している.

 第5章では,リセプター[I]に基づく液膜塩化物イオン選択性電極の作製について述べている.これは,第2章で言及したリン酸イオンに対する期待に反した応答の帰結として,むしろ優れた塩化物イオン選択性電極の開発につながったものである.作製した電極は,塩化物イオン10-5〜10-2Mの濃度範囲で-54.0mVの直線電位勾配を示し,検出下限は10-6Mであった.この塩化物イオンに対する電位応答の直線性,検出下限は,従来のアニオンイオン交換体に基づくものに比し優れており,また標準血清中の塩化物イオン濃度についての電量滴定法による測定値とよく一致した結果を得たことを記述している.

 第6章は,本論文で作製したリン酸イオン検出法の評価と展望について簡潔に述べている.

 最後の第7章は結論であり,本学位論文で記されたことがらについてまとめている.

 以上,本研究は無機リン酸イオンと多点水素結合により高選択的に結合するリセプター分子[I]を新規合成し,これを用いて,リン酸イオン検出法の作製評価を基礎と応用の両面で行ったもので,分析化学の発展に寄与する成果を収めた.よって,理学博士取得を目的とする研究として十分であると審査員は全員一致で認めた.なお本論文は,各章の研究が複数の研究者との共同研究であるが,論文提出者が主体となって行ったもので,論文提出者の寄与は十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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