学位論文要旨



No 114091
著者(漢字) 下池,洋一
著者(英字)
著者(カナ) シモイケ,ヨウイチ
標題(和) 火山ガスの化学組成の時間変化および拡散放出に関する研究
標題(洋)
報告番号 114091
報告番号 甲14091
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3580号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 教授 野崎,義行
 東京大学 教授 巻出,義紘
 東京大学 教授 小間,篤
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
内容要旨 【はじめに】

 火山ガスはマグマ中の揮発性成分を起源としており、噴火口や火山体から放出し、火山活動の変化を敏感に反映する。噴火の前後に火山ガスの組成や放出量が変化したという報告は多数あり、火山活動監視の一つの手段となっている。伊豆大島火山においても1986年の三原山噴火前に火口噴気中のH2濃度が上昇したことが報告されている。しかし、今までの火山ガスの化学組成の測定は、採取した試料をその都度実験室に持ち帰り分析することが多く、サンプリング間隔が長いと異常が生じてもとらえることができなかった。そこで、火山ガスの化学組成を連続測定する装置を作製し、伊豆大島火山に設置し測定を開始した。3年間の観測結果をもとに、伊豆大島火山の火山ガスの化学組成の時間変動を明らかにし、各成分の起源について考察を行うと共に、噴気孔以外の火山体全体から放出されているいわゆる「拡散放出」の分布と放出量の推定を行った。これまでの火山ガス化学組成の連続測定の試みはほとんどが噴気地帯での大気組成を対象としており、噴気そのものの連続測定で長期間安定したデータが得られたのは本研究が初めてである。

【火山ガス連続測定装置の作製】

 本研究で作製した火山ガス化学組成連続測定装置を図1に示す。火山ガスを分析する際、水蒸気は各成分の分析の妨害になるため、3段階の水蒸気除去装置を用いて水分を除去した後、各分析計に導入した。測定している成分はSO2、CO2、O2、H2であり、SO2、CO2は赤外吸収計、O2はジルコニア酸素センサー、H2は半導体センサーを用いた。また、放射線測定装置を用いてRn濃度、四重極型質量分析計(QMS)を用いて、N2,Ar,Heなどの濃度、さらに、本装置で除去した凝縮水の流量測定から水蒸気量も連続測定している。

図1 測定装置の概要
【伊豆大島火山での火山ガス連続測定】

 火山ガスの化学組成の連続観測は1995年8月から伊豆大島火山のカルデラ内の三原山噴火口から約3km離れた場所に掘削した蒸気井で行った。井戸の深さは約300mで底には温泉水が溜まっており、深さ150m付近の蒸気層からガスを管内に導入し大気へ放出している。この井戸に火山ガス連続測定装置を設置し、観測を行うと同時に、深さ150mの蒸気温度と300m付近の帯水層の温度も連続測定している。この深さ150mのガスは80%以上水蒸気であり、残りはマグマ起源のCO2と大気成分とが大部分を占めている。約3年間の観測結果を図2に示す。蒸気の化学組成は常に一定ではなく、いろいろなタイムスケールで変動していることが明らかになった。CO2濃度は夏に高く冬に低くなり、O2濃度はCO2とは逆の傾向を示す年周変化がみられた。一般に土壌中では生物活動により、夏期にCO2濃度が高くなる傾向がある。CO2の起源を示す指標として、炭素同位体比を測定した結果、年間をとおして-1〜-2‰(PDB)であり、年周変動の原因としては考えられない。年周変動をしている他のパラメータとして気温と比較してみたところ、CO2濃度の変化は気温に比べて約1カ月程遅れていることが明らかになった。このことから、空気が直接蒸気層に混入しているとは考えられず、雨水中に溶け込んだ空気成分が土壌中にしみこんで蒸気層に入り込んだものと考えられる。このことは、蒸気の温度が年周変化していることとも調和的である。年周変動を考慮しないで3年間の長期的な傾向をみると、CO2は減少傾向にあり、O2は増加傾向にある。CO2はその同位体比からマグマ起源であると考えられているので、3年間を通してマグマ成分が減少し、空気成分が増加したものと考えられる。この結果はマグマ起源のガスの寄与の指標となる3He/4He比が減少していることと一致しており、1986年の噴火以降、火山活動が低下していることを示している。なお、本研究の観測期間は1986年の噴火後の火山活動が衰退する時期にあたっており、火山活動そのものは低調であったが、大島直下の火山性微動、伊豆半島東方沖群発地震に対応した変動は観測されなかった。

図2 CO2,O2,H2濃度の長期変動

 短期的変化をみると、気圧の変化に対してCO2は6〜9時間遅れて逆相関し、O2は相関していた。すなわち気圧が高いと、マグマ起源のガスが出にくくなり、大気の混入の割合が高くなることを示している。しかし、時間に遅れが生じていることから、大気成分は観測井上部から混入しているのではなく、蒸気が観測点に移動してくる途中で土壌を通して起きていると考えられる。また、大気圧とCO2濃度とのの相関係数を計算した結果、冬季は夏期に比べて相関がよく、冬季は乾燥しているため土壌の通気性がよいことを示しているものと思われる。H2の変化はCO2やO2とは異なり年周変化や3年間の系統的変化がみられない。気圧の急激に降下した1〜数時間後に数ppmのH2が最高1200ppmにまでスパイク状に増加し、気圧の降下度が大きいほど放出される水素量も多かった。

 本研究では静穏期の火山から放出している火山ガスの組成変動をとらえることができ、将来噴火前におきるであろう変化をとらえるための基礎データを蓄積することができた。

【水素の起源】

 伊豆大島火山の蒸気井から間欠的に放出している水素の起源と放出のメカニズムを明らかにするために、現在連続観測を行っている蒸気井から約5m離れた蒸気井(旧観測井)においても蒸気中の水素濃度の連続測定を行い、両井戸における水素の放出の挙動の違いを調べた。

 旧観測井も現観測井と同様、気圧の急激な降下時にH2の放出が観測され、その時間差は-250分から700分の間に分布し、約1時間程度の時間差で旧観測井から先に放出される場合がもっとも多かった。また、放出されたH2濃度は旧観測井の方が現観測井よりも低かった。蒸気層を移動しているマグマ起源のCO2の挙動とは明らかに異なっており高濃度の水素が深さ150m付近の蒸気層を移動して両蒸気井から放出しているとは考えにくい。従って、それぞれの観測井のごく近傍で発生、蓄積されたH2が間欠的に放出している可能性が高いと思われる。火山地帯で放出される水素の起源としてはマグマ起源の他にも、生物起源、破砕岩石と地下水との反応、などが考えられているが、本観測井の場合は、温泉水と井戸材料の金属パイプとの反応により水素が発生している可能性が高いと思われる。

【他の火山での観測結果との比較】

 伊豆大島火山でみられた火山ガスの組成の変動が一般的かどうかを調べるために、霧島火山において一週間にわたり、約3〜6時間おきに30個のサンプルを採取し、分析した。各組成の変動と、気圧・噴気温度と比較したところ、伊豆大島で観測された、気圧変動に起因した化学組成の明瞭な短期的変動はみられなかった。

【伊豆大島火山における火山ガスの拡散放出】

 噴気組成の時間変化は火山体内での火山ガスの挙動の一環として理解される。伊豆大島火山の地質はスコリアと溶岩の互層でありガスが通りやすいと考えられる。マグマ起源のガスが噴気孔以外で地表に拡散放出している可能性を調べるため、土壌ガスの化学組成とCO2フラックスを測定した。なお、日本の火山で拡散放出に伴うCO2のフラックスを求めたのは本研究が初めてである。

 土壌ガスはカルデラ内の観測井周辺1km四方約100箇所とB3火口内10箇所に長さ40cmの栓付塩ビパイプを設置し、数日蓄積した後採取した。土壌ガスのCO2濃度は0.03(大気の値)〜0.5%であり、濃度の高い地点は、カルデラ壁の近傍および観測井から火口方向へ分布していた。このCO2の高濃度域は地下ガス層の分布域に対応していると思われる。またカルデラ壁付近は、ガスが通りやすく、CO2濃度が高いと考えられるが、夏期の3%程度が冬期には0.5%程度まで降下しており、またCO2の起源の指標となる炭素同位体比は13C=-15〜-17‰(夏)、13C=-8〜-9‰(冬)であるので、夏期には生物起源のCO2の付加を考えなくてはならない。一方、B3火口内のCO2濃度は0.03%〜1%であり地温の高い地点と濃度の高い地点は一致していた。またCO2濃度は夏に高く冬に低い傾向がみられるが、13Cは年間を通して約-1‰であるので、観測井の蒸気と同じマグマ起源のCO2が放出していることが示唆される。

 CO2の拡散放出量の測定は、地面に半球状の容器をかぶせてCO2濃度の増加を測定し、時刻0における傾きから計算した。また、深さ約20cmの地温も同時に測定した。カルデラ内で拡散放出量が求まった場所はB3火口内およびA火口横付近のみであり、観測井周辺では土壌中のCO2濃度が高い場所もCO2拡散放出量は定量限界以下であった。その結果、B3火口内のCO2放出量は0.1〜0.5t/day、A火口横(67箇所測定)では3t/dayとなり、地温が高い所程拡散放出量は多かった。CO2の拡散放出量の測定は世界的にも数火山しか行われていないが、これまでの報告値より伊豆大島火山では1桁以上少なかった。中央火口からの多量の火山ガスの放出のある火山では土壌を通しての拡散放出の寄与が少ないことが考えられる。

【結論】

 火山ガスの化学組成の連続測定装置を作製し、伊豆大島火山において観測を行い、3年間の安定したデータが得られた。長期にわたり連続測定ができたのは本研究が初めてである。その結果、火山活動衰退によるCO2濃度の減少、年周変化、気圧変動起因による短時間の変動をとらえることができ、今後の火山活動の活発化に備えた基礎データを得ることができた。また、伊豆大島火山では、噴火口以外にも土壌からのCO2の拡散放出がみられ、その量は約3t/dayであった。

審査要旨

 本論文は、火山ガスの化学組成の連続測定装置を新たに作製し、伊豆大島火山に設置して3年間の安定したデータを得ることができたこと、その結果色々なタイムスケールの組成変動を捉えることができ、それぞれの変動のメカニズムを明らかにしたこと、さらに伊豆大島において火山ガスの拡散放出の分布と放出量を推定できたことを報告している。本論文は6章で構成されており、そのあとで結論の章が設けられている。

 第1章では、緒言として、火山ガスの化学的な研究が火山活動との関連でまとめられ、火山ガスを採取して分析するこれまでの研究方法の限界を検討し、連続測定の必要性や重要性を指摘している。さらに、火山ガスの噴気孔からの放出ではなく、火山体を覆う土壌を通しての拡散放出の重要性も指摘し、本研究の目的が述べられている。

 第2章では、火山ガス連続測定法の開発を述べている。火山ガスは、高温、高湿、酸性であり、このような条件下で長時間安定に作動する化学センサーがないため、噴気地帯で火山ガスを含む大気組成の連続測定は行なわれているが、噴気孔内の火山ガスの化学組成の長期間に渡る連続測定は世界的にみても殆ど成功していなかった。本研究では、高温火山ガスから水蒸気をほぼ完全に除去し、室温乾燥ガスとして化学組成の連続測定を行なう新たな方法を開発し、装置の作製を行なった。水蒸気の除去は3段階で行ない、得られた凝縮水重量の連続測定から蒸気放出量の連続測定も行なっている。気体成分の連続測定は、赤外吸収分析計(SO2、CO2)、半導体センサー(H2)、ジルコニアセンサー(O2)、放射能測定装置(Rn)、四重極型質量分析装置(N2、Ar、He)などを組み合わせて行なっている。

 第3章では、伊豆大島火山における観測研究をまとめて述べている。伊豆大島火山のカルデラ内に掘削した300m井戸の約150m部分から放出する高温蒸気を、本研究で作製した化学組成の連続測定装置に導入し、約3年間のデータを得た。その結果、伊豆大島火山の火山活動の衰退に起因するマグマ起源のCO2の長期的な減少以外にも、1年周期をもつ組成変化や、時間オーダーでの短時間の組成変化を明瞭に捉えることができ、とくに短時間化学組成変化は、連続測定が可能になってはじめて明らかになった現象である。気圧の上昇低下に数時間遅れてマグマ起源のCO2が減少増加すること、気圧の急激な低下時にH2がスパイク状に放出することは、本研究ではじめて見つかった。火山ガス組成変化の中で、このようなバックグラウンド変動の解明は、今後起きるマグマ活動の活発化に起因する変化を識別する上で、重要な貢献となる。

 第4章では、気圧の急激な低下時に間欠的に出現するH2の発生と放出のメカニズムの検討が述べられいる。火山ガス中のH2が火山活動の活発さの指標になることは従来から知られていたことであるが、本研究で測定されたH2はマグマ起源のCO2と挙動を全く異にしている。火山地帯でのH2が発生のあらゆる可能性を想定し、隣接蒸気井との同時測定、地電位測定、水の注入試験などを行なった結果、井戸の最深部に溜まっている温泉水に起因する可能性が高いことを結論している。

 第5章では、伊豆大島火山で見つかった気圧変化に起因する火山ガスの化学組成変化の一般性を検討している。霧島火山で数日間の測定からは気圧変化に起因する明瞭な変化は捉えられなかったが、世界的にも連続測定の観測例が少なく、多くの火山での火山ガス組成の連続測定の必要性が指摘されている。

 第6章では、伊豆大島火山における火山ガスの拡散放出の研究がまとめられている。ちなみに、日本の火山で拡散放出を測定したのは本研究が最初である。その結果、火口から、連続観測を行なっている観測井戸へ向かって土壌ガス中のCO2濃度が高い領域が分布しており、地下の蒸気層の分布と拡散放出が対応していること、カルデラ内でのCO2の拡散放出量は、1日当り約3トンであることが分かった。

 上述したように、本論文では、新しい観点で作製した火山ガス組成の連続測定装置を伊豆大島火山に設置し、3年間の安定したデータから色々なタイムスケールの変化を捉え、今後の火山活動の活発化に備えた基礎データを得ることができたこと、さらに、噴気孔以外からの火山ガスの拡散放出の研究から、1日当り約3トンのCO2の拡散放出量が求められたことが述べられている。これらの研究は、新しい方法論の確立による新しい現象の発見という意味で、地球化学の分野にとって非常に大きな貢献をおこなった。

 なお本論文第2章は野津憲治、脇田宏両博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、本審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める。

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