本論文は、火山ガスの化学組成の連続測定装置を新たに作製し、伊豆大島火山に設置して3年間の安定したデータを得ることができたこと、その結果色々なタイムスケールの組成変動を捉えることができ、それぞれの変動のメカニズムを明らかにしたこと、さらに伊豆大島において火山ガスの拡散放出の分布と放出量を推定できたことを報告している。本論文は6章で構成されており、そのあとで結論の章が設けられている。 第1章では、緒言として、火山ガスの化学的な研究が火山活動との関連でまとめられ、火山ガスを採取して分析するこれまでの研究方法の限界を検討し、連続測定の必要性や重要性を指摘している。さらに、火山ガスの噴気孔からの放出ではなく、火山体を覆う土壌を通しての拡散放出の重要性も指摘し、本研究の目的が述べられている。 第2章では、火山ガス連続測定法の開発を述べている。火山ガスは、高温、高湿、酸性であり、このような条件下で長時間安定に作動する化学センサーがないため、噴気地帯で火山ガスを含む大気組成の連続測定は行なわれているが、噴気孔内の火山ガスの化学組成の長期間に渡る連続測定は世界的にみても殆ど成功していなかった。本研究では、高温火山ガスから水蒸気をほぼ完全に除去し、室温乾燥ガスとして化学組成の連続測定を行なう新たな方法を開発し、装置の作製を行なった。水蒸気の除去は3段階で行ない、得られた凝縮水重量の連続測定から蒸気放出量の連続測定も行なっている。気体成分の連続測定は、赤外吸収分析計(SO2、CO2)、半導体センサー(H2)、ジルコニアセンサー(O2)、放射能測定装置(Rn)、四重極型質量分析装置(N2、Ar、He)などを組み合わせて行なっている。 第3章では、伊豆大島火山における観測研究をまとめて述べている。伊豆大島火山のカルデラ内に掘削した300m井戸の約150m部分から放出する高温蒸気を、本研究で作製した化学組成の連続測定装置に導入し、約3年間のデータを得た。その結果、伊豆大島火山の火山活動の衰退に起因するマグマ起源のCO2の長期的な減少以外にも、1年周期をもつ組成変化や、時間オーダーでの短時間の組成変化を明瞭に捉えることができ、とくに短時間化学組成変化は、連続測定が可能になってはじめて明らかになった現象である。気圧の上昇低下に数時間遅れてマグマ起源のCO2が減少増加すること、気圧の急激な低下時にH2がスパイク状に放出することは、本研究ではじめて見つかった。火山ガス組成変化の中で、このようなバックグラウンド変動の解明は、今後起きるマグマ活動の活発化に起因する変化を識別する上で、重要な貢献となる。 第4章では、気圧の急激な低下時に間欠的に出現するH2の発生と放出のメカニズムの検討が述べられいる。火山ガス中のH2が火山活動の活発さの指標になることは従来から知られていたことであるが、本研究で測定されたH2はマグマ起源のCO2と挙動を全く異にしている。火山地帯でのH2が発生のあらゆる可能性を想定し、隣接蒸気井との同時測定、地電位測定、水の注入試験などを行なった結果、井戸の最深部に溜まっている温泉水に起因する可能性が高いことを結論している。 第5章では、伊豆大島火山で見つかった気圧変化に起因する火山ガスの化学組成変化の一般性を検討している。霧島火山で数日間の測定からは気圧変化に起因する明瞭な変化は捉えられなかったが、世界的にも連続測定の観測例が少なく、多くの火山での火山ガス組成の連続測定の必要性が指摘されている。 第6章では、伊豆大島火山における火山ガスの拡散放出の研究がまとめられている。ちなみに、日本の火山で拡散放出を測定したのは本研究が最初である。その結果、火口から、連続観測を行なっている観測井戸へ向かって土壌ガス中のCO2濃度が高い領域が分布しており、地下の蒸気層の分布と拡散放出が対応していること、カルデラ内でのCO2の拡散放出量は、1日当り約3トンであることが分かった。 上述したように、本論文では、新しい観点で作製した火山ガス組成の連続測定装置を伊豆大島火山に設置し、3年間の安定したデータから色々なタイムスケールの変化を捉え、今後の火山活動の活発化に備えた基礎データを得ることができたこと、さらに、噴気孔以外からの火山ガスの拡散放出の研究から、1日当り約3トンのCO2の拡散放出量が求められたことが述べられている。これらの研究は、新しい方法論の確立による新しい現象の発見という意味で、地球化学の分野にとって非常に大きな貢献をおこなった。 なお本論文第2章は野津憲治、脇田宏両博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、本審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める。 |