第二章.-型Ga-Br-Cl塩 混合ハロゲン化ガリウム酸アニオン(GaBrxCl4-x-)は各ハロゲン化ガリウム酸アニオン(GaCl4-,GaBrCl3-,GaBr2Cl2-,GaBr3Cl-,GaBr4-)の化学平衡による混合物であり、このアニオン自体はテトラアルキルアンモニウム塩として0≦x≦4で任意に得ることが出来る。しかし、-型BETS塩としてはGa-Br-Cl塩は臭素量xが0≦x≦2.0の範囲で同型結晶構造の塩として得られる。この範囲で臭素量を変えたGa-Br-Cl塩の主に電気抵抗率・高圧電気抵抗率・磁化率について測定を行い、その結果を臭素量-転移温度の相図に表した(図1)。
図1.-(BETS)2GaBrxCl4-xの臭素量-温度相図 常圧に於いては臭素量の増加に伴い伝導特性は劇的に変化した。ここで図1の相図に見られる室温から20K付近に広がる非金属相では強い電子相関のため伝導電子が自由に動けず、抵抗率は非金属的(熱励起型)な温度依存性を示す。臭素量x<0.5の組成の塩では50-100Kで抵抗極大を示した後、金属相が現れて急激に抵抗が減少し7K付近で超伝導転移が起こった。一方臭素量0.6<x<0.8では10K前後で急激な抵抗の増大が見られる。臭素量x>0.9では金属相はなくなり、Ga-Br-Cl塩は室温から低温まで非金属-絶縁体的な伝導挙動を示した。この臭素量増加による絶縁化及び非金属相は物理的圧力により抑えられ、臭素量がx=1.5の塩では約3.0kbarの圧力下で9.7Kという高い超伝導転移温度を示した。
磁化率の温度変化も臭素量の増加に伴い大きく変化した。臭素量x=0.0の塩では、磁化率は超伝導転移を起こす7K以上の温度では温度の低下と共に単調に上昇する。ところが臭素量の増加に伴い50K以下の磁化率の上昇が抑えられ、x>0.90の塩では50K以下で急激な減少が見られた。また針状結晶の針状平行方向と垂直方向について少なくとも5K以上では磁化率の異方性は見られず、等方的に磁化率は減少した。つまり、図1における低温絶縁相では伝導電子が何らかの磁気的な変化を伴って局在化し移動できなくなっていると考えられる。
臭素量変化・温度変化に対する結晶構造の変化を比較検討するため、室温、および7Kの低温でいくつかの臭素量の塩について単結晶X線構造解析を行った。-型BETS塩の結晶構造を図2に示す。構造変化で見られた臭素量変化・温度変化に対する重なり積分の変化は図2に示したアニオンの各ハロゲン位置X1-4の臭素の占有率が一部に偏る、つまり各ハロゲン化ガリウム酸アニオン(GaCl4-,GaBrCl3-,GaBr2Cl2-,GaBr3Cl-,GaBr4-)が配向してBETS分子の配列を微妙に変化させるため生じている。ここでBETSは分子間重なりAで二量化しており、またBETSは+0.5/分子に酸化されているためBETS二量体毎にホールが1つ存在することになる。つまりBETS四分子が積層する-型BETS塩の単周期中には2つのホールが存在している(図3)。
図2.-型BETS塩の結晶構造図3.臭素量変化、温度変化に対する伝導電子の挙動 上に述べたような劇的な物性変化には何らかの構造変化が伴うと考えられるが、臭素量変化・温度変化のいずれに対しても構造相転移は起きていない。そこでより小さな構造変化を検討するため拡張Huckel法により軌道計算を行い、重なり積分を求めてその変化を比較した。その結果、Ga-Br-Cl塩の物性を左右する臭素量変化、温度変化による構造変化は分子間重なりC(重なり積分sC)にもっとも顕著に表れていることが判った。つまり臭素量の増加はsCを大きく減少させ、二つのBETS二量体を更に二量化させる(BETS四量化)。臭素量の減少、もしくは温度の低下はその逆方向に働く。室温ではこれらのホールは強い電子相関を受けながらも移動できる(図3左)が、ここで臭素量が増加しsCが小さくなれば2つのホールは二量化し非磁性スピン一重項状態をつくって動けなくなるため電気抵抗率は上昇する(図3右)。一方温度の低下によりホールの二量化は弱められ、臭素量が少なければ低温に於いて電子相関は弱まり金属状態が出現するが、臭素量が多ければsCの増大が抑えられ金属状態は出現しない。即ち、臭素量x>0.6のGa-Br-Cl塩に於いて10K以下に見られた抵抗の増大は伝導電子自身の局在化に起因することが判った。