本論文は7章からなる。第1章は序論であり、本論文の主題である二酸化硫黄分子(SO2)の電子状態の特徴とその表面吸着状態研究の意義が述べられている。また、実験手法として主に用いられているX線吸収微細構造(XAFS)からどのような情報が得られるかについても述べられている。 第2章ではS K-XAFSによってNi(100),Ni(111)表面に吸着したSO2がこれまで知られていた構造と明らかに異なり、表面平行の構造をしていることを明らかにしている。また、XAFS法がこのような分子吸着系の構造と電子状態研究に有効であることも言及している。 第3章ではNi(100)面上に吸着したSO2について、真空紫外光電子分光(UPS)とO-K NEXAFS(吸収端近傍XAFS)で調べた結果について述べている。UPSにより、フェルミ準位のすぐ下に現れる弱いピークが基板NiからSO2の最低非占有軌道(LUMO)に電荷移動が起こったことによって生じたことを確認している。 第4章では、Ni(110)面上でのSO2の吸着構造をS K-XAFS測定に選って調べた結果について述べている。この系では以前に角度分解光電子分光法によってSO2分子が立っていると報告されているが、実験の結果、他の面と同様に寝た構造をとることが分かった。 第5章では、Pd(111)基板上SO2のS K-XAFS実験の結果について述べられている。この実験では基板であるPdからの散乱が無視できないために、全反射条件でXAFS測定することが必要なこと、そして、これによって高いS/N比のスペクトルが得られたことを述べている。PdはNiと同族であるがSO2の吸着構造は全く異なり、一つのS-O結合が基板に平行、他のS-O結合が基板に垂直に立った非対称な吸着構造をしていることを明らかにしている。基板からSO2の*軌道への電荷移動量はPd表面上での0.6eに対してNi表面上では1.1eと多く、SO2分子がNi表面とより強く結合していることが裏付けられた。また表面と平行であるS-O結合の距離は1.48Åであり、気相SO2の距離である1.43Åよりも伸びていることが観測された。これは基板金属から反結合性の*軌道への電荷移動によりS-O結合が弱くなり生じたと考えられる。これに対してPd表面では表面と直接結合していないO原子へのS-O結合の距離は1.43Åのまま変わらないことが示された。 第6章では、Ni(111)基板上でのPd薄膜がどのように成長するかをLEED,STMで調べた結果を述べている。そして、Pd薄膜が少なくとも3層までは1層ごとに積み重なる成長様式をとること、そして、STMで顕著なモワレ構造が観測され、バルクと変わらない原子間距離を保ちながらエピタキシャルに成長していくことを明らかにしている。 第7章では、Ni(111)面上に成長させたPd薄膜の上にSO2分子を吸着させたとき、どのような構造をとるかについて述べている。興味深いことに、Pd1層上のSO2はほとんど寝ていて、下地のNi基板の影響を強く受けていることが分かった。Pd層が厚くなるにつれて、S-O結合は次第に立っていき、6層積層した上ではほとんどバルクのPd表面上の吸着構造と同じになることを明らかにした。 このように電子構造既知の単体の表面吸着構造から得られた情報を、人工的に作成した薄膜表面での吸着構造の解釈に適用することにより、薄膜表面の特異的な電子構造を明らかにすることができた。 本論文は金属表面に分子が吸着するときに、基板の電子状態がどのように吸着構造や電子状態に影響するかを定量的に決定したものであり、表面化学の発展への寄与は大きい。 なお、本論文は太田 俊明、横山 利彦、中橋 寿之、武中 章太、坂野 充、木口 学、北島 義典、松井 文彦、今西 哲士、濱松 浩等との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析、考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |