本論文は8章より成り、第1章は序論、第2章は実験手法、第3章は試料の調整法、第4章はHOBrのアルカリハライドによる取り込み、第5章はCl2と海塩粒子との反応、第6章はオゾンと海塩粒子との不均一反応、第7章はこれらの反応の大気中での重要性、第8章は結論が述べられている。 本論文は近年注目されている対流圏におけるハロゲン化合物に関連して、海塩粒子上における不均一反応を取り扱った研究をまとめたものである。本研究では、清浄な海洋大気中に存在するHOBr,Cl2,O3が、アルカリハライド、合成海塩、自然海塩等の粒子上においてハロゲン放出を伴う不均一反応を起こすことを見出し、これらの反応について不均一反応速度(取り込み係数)の測定およびこれらの反応の海洋大気中における重要度の評価を行っている。 実験装置としては取り込み係数を求めることを目的とした四重極質量分析計を備えたクヌーセンセル・リアクター作製した。HOBr等の反応ガスは、ガス導入部からキャピラリーを通してリアクターへと導入された。アルカリハライド等の試料はリアクター下部に置かれ、プランジャーにより反応ガスとの接触が制御された。アルカリハライド試料としては、ガラス板上の薄膜試料と粉末状の試料とを使用した。ガラス板上の薄膜は、NaCl,KBrを溶かしたメタノール飽和溶液を噴霧器を用いて420Kに加熱されたガラス板上に吹き付けて作製した。合成海塩はAqua Ocean及びInstant Ocean、自然海塩はフランス産天然食塩を使用して実験を行った。 HOBrとアルカリハライドの系(第4章)NaCl粉末試料上におけるHOBrの取り込みを測定した結果では、プランジャーを上げ試料とHOBrガスを接触させるとHOBr(m/e=96)の信号強度が大きく下がると共に、Br2(m/e=160),BrCl(m/e=116)の生成が確認された。BrClは、 という不均一反応による生成が考えられ、Br2については試料表面上におけるHOBrのセルフ・リアクションによる生成が考えられた。 HOBrのKBr上における不均一反応の収率をHOBrの流量に対してプロットすると流量を増すにつれ収率が100%から50%まで変化していることが確認できた。一方、Brを含まないNaNO3薄膜を用いて取り込みの測定を行ったところ、やはりBr2生成が確認され、収率は測定を行った全圧力領域で50%であった。これらの実験事実から、式(2)のように表面におけるHOBr自身の反応によるBr2生成の過程が進行していることが確証された。 Cl2/海塩の系(第5章)Cl2のNaBr,KBr上における不均一反応ではBr2が生成物として確認され、臭化物を微量しか含まない合成海塩、自然海塩においてもNaBr,KBrと同程度の取り込み係数及びBr2の生成が確認された。この理由としては、反応が表面吸着水内で起こり、吸着水内でBr-イオンの濃縮が生じている可能性と、アルカリハライド以外の微量成分が反応性を高めている可能性が考えられた。この不均一反応の反応性は電気化学ポテンシャルを用いて液相での反応と同様にして説明でき、ハロゲンの酸化力は、Cl2>Br2>I2の順であることから、より重いハロゲンが海塩から気相へ放出されやすいと考えられた。海洋境界層におけるCl種の光化学反応ではRH+Cl→HCl+Rの反応により有機物の酸化が主要になるのに対し、Br種の光化学反応では、Brと有機物との反応性が低いことからオゾンの連鎖的な破壊が主要になると考えられた。役割の異なるClとBrの分配に、この不均一反応は強く関与していると思われる。 O3/海塩の系(第6章)オゾンの合成海塩上における不均一反応では、Br2の生成が確認された一方、NaBr,KBr上においては反応性が低く、生成物のシグナルは検出限界以下であった。合成海塩で反応性が高い理由としては、高い反応性を持つ成分の存在の可能性が考えられる。合成海塩上におけるオゾンの取り込み確率およびBr2の収率を海洋境界層における条件に適用した結果、この反応が清浄海洋大気中におけるBr2の発生源として重要である可能性が示唆された。 なお、第4章はスイス・ETH(ローザンヌ)のMichel Rossiらのグループと、第5-6章は本学先端科学技術研究センター秋元研究室のスタッフらとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると認められる。 したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 |