学位論文要旨



No 114104
著者(漢字) 許,碩晋
著者(英字)
著者(カナ) ホー,ソクジン
標題(和) 出芽酵母におけるRHC21/SCC1/MCD1遺伝子の機能解析
標題(洋) Functional study of RHC21/SCC1/MCD1 gene in S.cerevisiae
報告番号 114104
報告番号 甲14104
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3593号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 助教授 室伏,擴
 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 助教授 渡辺,嘉典
内容要旨 「研究の目的」

 遺伝情報の担い手であるDNAは、放射線、紫外線、環境中の変異原、さらに体内の代謝産物や活性酸素などにより絶えず損傷を受けている。これらの損傷は細胞死や突然変異を引き起こし、癌化、老化、遺伝病の原因となっている。生物には細菌からヒトまでこれらのDNA損傷を修復し、遺伝情報を安定に保つさまざまなDNA修復機構が備わっている。そのなかで、分裂酵母のrad21+遺伝子は、DNA修復に働くとともに、生育にも必須な遺伝子として知られていたが、この遺伝子の生育に必須な機能についてはまったく分かってない。一方、ヒトの色素性乾皮症(XP)とコケイン症候群(CS)の原因遺伝子の一つであるXPB/ERCC3とXPD/ERCC2の出芽酵母の相同遺伝子RAD3とRAD25遺伝子が、ヌクレオチド除去修復機構だけではなく、転写機構にも関わる生育に必須な遺伝子であることが知られており、DNA修復に加えて生育必須な遺伝子の機能の解明は、生体内の複雑なDNA代謝や細胞核機能のメカニズムを知る上で大変重要である。そこで、私はrad21+遺伝子の生育に必須な機能は何か、またこの機能はDNA修復機構とどんな関連があるのかを明らかにするため、全ゲノムの遺伝情報が完全に知られており、変異株の単離が容易な出芽酵母を用いてrad21+遺伝子の相同遺伝子RHC21について機能解析を行った。

「結果及び考察」1.RHC21遺伝子は生育に必須であり、正常な染色体の分配に必須である

 RHC21遺伝子の遺伝子破壊株を作製したところ、遺伝子破壊株が生育できず、細胞の生育に必須であることが分かった。そこで、Plasmid shuffling法によってRHC21遺伝子の温度感受性株を単離し、制限温度における細胞の解析を行った。rhc21変異株は野性株に比べて制限温度でlarge-budの表現型を示す細胞の割合が多くなり、さらにその核構造を調べると、核が細胞のネックの部位に分配が不完全な状態でとどまっている細胞や部分的にのびたスピンドルに染色体が不均一に引き伸ばされる異常な染色体分配の細胞が観察された(Fig.1,2)。

Fig.1 Cell morphology at the restrictive temperature Square,unbudded cell:daiamond,small-budded cell:ciccle,large-budded cellFig.2 Percentage of large-budded cells with nuclei of the structures indicated in the positions shown in the schematic drawing

 さらに、rhc21変異株では準許容温度でもミニ染色体の安定性が顕著に低下することからもRHC21遺伝子産物が染色体の分配に働いていることが示された(Fig.3)。FACScanによるDNA合量の解析から、rhc21変異株は制限温度でもDNA合成は正常に起こる示されたので(Fig.4)、RHC21遺伝子は体細胞分裂における正常な染色体の分配に関与することが明らかになった。

Fig.3 Mitotic instability of circular mini-chromosome in the rhc21-sk16 at 25℃ opened circle,RHC21;closed circle,rhc21-sk16Fig.4 Flow cytrometry analysis of RHC21 and rhc21-sk16 at the restrictive temperature after arrest at Gl phase

 また、rhc21変異株は微小管の重合阻害剤に対して高感受性を示すことから、正常な染色体の分配の機能がチューブリンと何らかの関連があると考えられた。最近、他のグループから、出芽酵母RHC21がS期に複製された姉妹染色分体同士をM期中期までつなぎとめる働きを持つ、いわゆるcohesinの一つであるという報告がなさた。本研究においてRHC21遺伝子産物は正常な染色体分配に必須であることが明らかになったが、このことはRHC21遺伝子産物が姉妹染色分体をつなぎ止め、未成熟な染色体分配を抑えるというcohesinの機能を有することとよく合致しており、cohesinが正常なmitosisの進行に重要な役割を果たすことを示すものである。

2.RHC21遺伝子はDNA修復と組み換えに関与する

 RHC21遺伝子の変異株では、UVや線照射などのDNA損傷に対し感受性を示す(Fig.5)。cohesinとして働くRHC21遺伝子産物がDNA修復にどのように関与するかを明らかにするため、rhc21変異の相同組換えに対する影響を調べた。その結果、rhc21変異株ではの体細胞分裂期における染色体間の相同組換えの頻度が、野生株に比べて頻度が顕著に低下していることが分かった(Fig.6)。したがってrhc21変異株では組換え修復に欠損があるために、DNA損傷に対し感受性を示していることが示唆された。RHC21遺伝子産物の相同組換えへの関与については、RHC21遺伝子産物がcohesinであることを考えると、姉妹染色分体がつなぎ止められた染色体構造が、相同領域の対合をはじめとする相同組換えの諸過程に何らかの形で必要であることが考えられる。また、別の可能性として、RHC21遺伝子産物とともにcohesinとして働くSmc1,Smc3の相同蛋白質が、子牛の胸腺から試験管内での相同組換えを促進する因子として単離されており、RHC21遺伝子産物が直接組換えに関与することが考えられる。

Fig.5 Radiation sensitivity of the rhc21-sk16 mutant at the permissive temperature left,UV;right.-radiationFig.6 The frequency of homologous rec-ombination in RHC21 and rhc21-sk16 cicle,RHC21;diamond,rhc21-sk16
3.RHC21遺伝子はPKA,mitotic CDK及びAPCと遺伝的に相互作用する

 cohesinとしてのRHC21遺伝子の細胞機能の発現とその制御について詳しく調べるために、RHC21遺伝子産物と遺伝的に相互作用する因子を、高発現によってrhc21変異株の温度感受性を抑圧する多コピー抑圧遺伝子(多コピーサブレッサー)として複数単離した(Fig.7)。その一つPDE2はcAMP phosphodiesteraseをコードし、その高発現はPKA経路において、cAMPの濃度を低下させPKAの活性を抑えることが知られている。PKAの制御遺伝子であるBCY1の高発現によってPKAを抑えた場合もrhc21変異株の温度感受性が部分的に抑圧されたことから、RHC21の機能はcAMP/PKA経路によって直接的あるいは間接的に制御されると考えられた。

 また、ZDS1とZDS2の高発現でもrhc21変異株の温度感受性及び異常の染色体の表現型が抑圧することが分かった(Fig.7)。ZDS1、ZDS2はCDC28 protein kinaseを負に制御するSWE1遺伝子の転写を抑圧することが知られており、M期におけるmitotic CDKの活性を上げることによってZDS1あるいはZDS2がrhc21変異株の欠損を抑圧する可能性が考えられた。さらに、G2/M期に欠損があるcdc28-1N変異との二重変異株は合成致死になることが明らかになり、CDC28 protein kinaseはRhc21の機能を間接的あるいは直接的に正に制御していることが示唆された。

 こうして異なるprotein kinaseによりRhc21のcohesinとしての機能が調節を受けていることが示されたが、これはRHC21遺伝子産物が直接リン酸化の基質になって制御を受けている可能性と、例えば他のcohesin complexのcomponentやcohesin機能を調節する他の因子をリン酸化することで間接的に関与している可能性が考えられる。ユビキチンリガーゼであるAPCの活性はPKAによって負に、CDKによって正に制御されることから、二種のprotein kinaseがAPCの活性調節を介して間接的に関与する可能性が考えられた。APCはサイクリンなどの分解を通じて細胞周期の制御に重要な役割を果たすことが知られている。RHC21とAPC/cyclosomeの制御因子であるCDC20の遺伝的相互作用を調べたところ、rhc21変異株の温度感受性がCDC20の高発現によって回復されることが分かった。さらに、cdc20-1変異とrhc21変異の二重変異株は合成致死になること、CDC20によって分解が促進されることでM期後期への進行を可能にするPDS1の高発現によってrhc21変異株の生育が阻害されることも分かった(Fig.8)。以上の結果からRHC21遺伝子は、PKA、CDC28などのリン酸化酵素やAPC/cyclosomeの制御因子であるCDC20と遺伝的相互作用があることが明らかになり、その機能が複雑な制御をうけていることが予想された。

Fig.7 Overexpression of PDE2, ZDS1 or ZDS2 suppresses of temperature sensitivity of rhc21-sk16Fig.8 Overexpression of PDS1 severe the temperature sensitivity of rhc21-sk16
4.RHC21遺伝子は減数分裂でも必須である

 体細胞分裂において必須であるRHC21のcohesinとしての機能が、減数分裂においても必要であるかを調べるため、二倍体ホモのrhc21変異株を作製し、解析を行った。その結果、rhc21変異株では胞子形成率が野生株に比べて低下しており(Fig.9)、また生じた胞子の生存率も極めて低いことが分かった(Tab.1)。また、この胞子の生育の低下はRHC21プラスミドによって野生株のレベルまで回復した。したがって、RHC21遺伝子産物は減数分裂でも重要な働きを持っていることが明らかになった。

Fig.9 The effect of rhc21-sk16 mutation on sporulation Tab.1 Spore viability in RHC21/RHC21 and rhc21/rhc21
「まとめ」

 本研究において、私は、分裂酵母rad21+遺伝子がなぜ生育に必須であるのか、また、この機能はDNA修復とどんな関係があるのかを調べるため、rad21+遺伝子の出芽酵母での相同遺伝子であるRHC21の機能解析を行った。温度感受性株を単離し、その解析を行った結果、体細胞分裂の時、正常な染色体の分配に必須であることが分かった。このことはRHC21遺伝子産物が姉妹染色分体をつなぎ止め、未成熟な染色体分配を抑えるというcohesinの機能を有することとよく合致している。また、rhc21変異株の温度感受性を抑圧する多コピー抑圧遺伝子の単離及びその関連因子の解析によって、RHC21遺伝子はPKA,mitotic CDK及びAPCと遺伝的に相互作用することが分かった。さらに、cohesinの機能が、染色体の相同組換えやDNA修復及び減数分裂にも必要であることを示唆した。

審査要旨

 DNA修復に加えて生育に必須な遺伝子の機能の解析は、生体内の複雑なDNA代謝や細胞核機能のメカニズムを知る上で大変重要である。その中で、分裂酵母のrad21+遺伝子はそうした生育とDNA修復に必須な遺伝子であるが、その機能については明らかにされてなかった。本研究は、生育とDNA修復に必須であるrad21+遺伝子の分子機構を明らかにするため、全ゲノムの遺伝情報が完全に知られており、遺伝学的に変異株の単離が容易である出芽酵母を用い、分裂酵母rad21+遺伝子の出芽酵母の相同遺伝子であるRHC21/SCC1/MCD1(以下RHC21)遺伝子の機能の解析を行ったものである。

 第1、2章では、RHC21遺伝子の破壊株を作成した結果、出芽酵母のRHC21遺伝子が分裂酵母と同様、生育に必須であることが分かり、plasmid shuffling法によって、RHC21遺伝子の温度感受性株を単離、解析した。rhc21変異株は制限温度でlarge-budの表現型を示す細胞の割合が多くなり、さらにそれらの細胞では、部分的にのびたスピンドルに染色体が不均一に引き伸ばされるような異常な染色体分配を示す細胞が増えているのを示した。さらに、この時rhc21変異株でのDNA合成は正常に起こること、許容温度でもミニ染色体の不安定性が低下することも分かり、RHC21遺伝子は体細胞分裂での正常な染色体分配を抑えるのに働くことが明らかにした。これらの結果は、RHC21遺伝子が複製した姉妹染色分体の未成熟な分離を抑えるcohesinの一つであるという他のグループの報告とよく合致しているものであり、cohesinの染色体分配における重要性を示したものである。

 第3章では、RHC21遺伝子がDNA修復機構にも関わっていることが分かり、cohesinの機能とDNA修復の関連性について研究を行っている。rhc21変異株が線に強い感受性を示すことから、組換えとの関連を調べた結果、rhc21変異株では体細胞分裂期における染色体間の相同組換えの頻度が、野生株に比べて頻度が顕著に低下していることを明らかにし、rhc21変異株では組換え修復に欠損があるために、DNA損傷に対し感受性を示している可能性を示唆した。

 第4章では、RHC21遺伝子の細胞機能の発現とその制御について調べるために、rhc21変異株の温度感受性を抑圧する多コピー抑圧遺伝子としてPDE2,ZDS1,ZDS2,UBP2遺伝子を単離し、それらとRHC21遺伝子間の相互作用を遺伝学的に解析した結果、RHC21遺伝子産物の機能はPKAによって負に、CDKによって正に制御されることを示した。さらに、RHC21遺伝子はAPC/cyclosomeの制御因子であるCDC20遺伝子やAPCにより分解が触媒されるM期の後期の阻害剤であるPDS1遺伝子とも遺伝学的に相互作用することが分かり、その機能が複雑な制御を受けていることを示した。

 第5章では、減数分裂におけるRHC21遺伝子の機能について、ホモの二倍体rhc21変異株を作成し、解析した。その結果、二倍体のrhc21変異株での胞子形成率が野生株に比べて低下しており、また生じた胞子の生存率も極めて低いものであることから、RHC21遺伝子産物が減数分裂でも重要な働きを持っていることが明らかにした。

 本研究は、S期に合成された姉妹染色分体をつなぎとめ、正常なmitosisを進行させるのに重要な働きを持つcohesinとしてのRHC21蛋白質が、正常な染色体分配を維持する役割に加えて、染色体の相同組換え、DNA修復や減数分裂などの様々な染色体機能にも必要であることを最初に示したものであり、細胞周期のM期機構と姉妹染色分体の代謝機構の解明に寄与するところが大であると考えられる。よって、博士(理学)の学位を授与するに値することを認める。

 なお、本論文は、舘林和夫博士、加藤潤一博士、池田日出男博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となった分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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