DNA修復に加えて生育に必須な遺伝子の機能の解析は、生体内の複雑なDNA代謝や細胞核機能のメカニズムを知る上で大変重要である。その中で、分裂酵母のrad21+遺伝子はそうした生育とDNA修復に必須な遺伝子であるが、その機能については明らかにされてなかった。本研究は、生育とDNA修復に必須であるrad21+遺伝子の分子機構を明らかにするため、全ゲノムの遺伝情報が完全に知られており、遺伝学的に変異株の単離が容易である出芽酵母を用い、分裂酵母rad21+遺伝子の出芽酵母の相同遺伝子であるRHC21/SCC1/MCD1(以下RHC21)遺伝子の機能の解析を行ったものである。 第1、2章では、RHC21遺伝子の破壊株を作成した結果、出芽酵母のRHC21遺伝子が分裂酵母と同様、生育に必須であることが分かり、plasmid shuffling法によって、RHC21遺伝子の温度感受性株を単離、解析した。rhc21変異株は制限温度でlarge-budの表現型を示す細胞の割合が多くなり、さらにそれらの細胞では、部分的にのびたスピンドルに染色体が不均一に引き伸ばされるような異常な染色体分配を示す細胞が増えているのを示した。さらに、この時rhc21変異株でのDNA合成は正常に起こること、許容温度でもミニ染色体の不安定性が低下することも分かり、RHC21遺伝子は体細胞分裂での正常な染色体分配を抑えるのに働くことが明らかにした。これらの結果は、RHC21遺伝子が複製した姉妹染色分体の未成熟な分離を抑えるcohesinの一つであるという他のグループの報告とよく合致しているものであり、cohesinの染色体分配における重要性を示したものである。 第3章では、RHC21遺伝子がDNA修復機構にも関わっていることが分かり、cohesinの機能とDNA修復の関連性について研究を行っている。rhc21変異株が線に強い感受性を示すことから、組換えとの関連を調べた結果、rhc21変異株では体細胞分裂期における染色体間の相同組換えの頻度が、野生株に比べて頻度が顕著に低下していることを明らかにし、rhc21変異株では組換え修復に欠損があるために、DNA損傷に対し感受性を示している可能性を示唆した。 第4章では、RHC21遺伝子の細胞機能の発現とその制御について調べるために、rhc21変異株の温度感受性を抑圧する多コピー抑圧遺伝子としてPDE2,ZDS1,ZDS2,UBP2遺伝子を単離し、それらとRHC21遺伝子間の相互作用を遺伝学的に解析した結果、RHC21遺伝子産物の機能はPKAによって負に、CDKによって正に制御されることを示した。さらに、RHC21遺伝子はAPC/cyclosomeの制御因子であるCDC20遺伝子やAPCにより分解が触媒されるM期の後期の阻害剤であるPDS1遺伝子とも遺伝学的に相互作用することが分かり、その機能が複雑な制御を受けていることを示した。 第5章では、減数分裂におけるRHC21遺伝子の機能について、ホモの二倍体rhc21変異株を作成し、解析した。その結果、二倍体のrhc21変異株での胞子形成率が野生株に比べて低下しており、また生じた胞子の生存率も極めて低いものであることから、RHC21遺伝子産物が減数分裂でも重要な働きを持っていることが明らかにした。 本研究は、S期に合成された姉妹染色分体をつなぎとめ、正常なmitosisを進行させるのに重要な働きを持つcohesinとしてのRHC21蛋白質が、正常な染色体分配を維持する役割に加えて、染色体の相同組換え、DNA修復や減数分裂などの様々な染色体機能にも必要であることを最初に示したものであり、細胞周期のM期機構と姉妹染色分体の代謝機構の解明に寄与するところが大であると考えられる。よって、博士(理学)の学位を授与するに値することを認める。 なお、本論文は、舘林和夫博士、加藤潤一博士、池田日出男博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となった分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |