内容要旨 | | 肝臓は体内で最大の臓器であり,生体のホメオスタシスの維持という重要な役割を果たしている.肝臓の中で中心的な機能を担っているのが肝細胞(肝実質細胞)であり,アルブミンなどの蛋白合成,ブドウ糖や脂質の代謝,グリコーゲンなどの栄養分の貯蔵,アルコールや薬などの有害成分の解毒といった肝臓特有の多様な機能を一種類の細胞で果たすことができる.一方,胎生期の肝臓は造血器官として機能しており,多数の血液細胞が内部に存在している.この時期の肝細胞は,成熟肝に見られる多様な機能は保持しておらず,発生過程において段階的に成熟していくことで代謝や貯蔵,解毒を担う酵素の発現など成体に必要な機能を獲得すると考えられる.この肝細胞の成熟段階は,肝臓特異的な遺伝子の発現によって知ることができる.肝臓の発生はマウスでは胎生9日前後に腸管上皮細胞の一部が分化することにより開始されるが,この時期の胎生肝細胞に発現している典型的な蛋白質が-fetoprotein(AFP)であり,肝発生が進むにつれて発現量は減少する.胎生12日頃には,肝細胞で合成されるもっとも主要な蛋白質の一つであるalbuminの発現が開始され,成体で発現量は最大に達する.出生前後には肝機能をつかさどる酵素であるglucose-6-phosphatase(G6Pase)やtyrosine amino transferase(TAT)の発現が見られるようになり,また出生後二週間でtryptophan oxygenase(TO)やserine dehydratase(SDH)などの発現が開始され,これらの酵素が肝細胞の最終分化マーカーとして考えられる. 肝細胞の増殖,機能発現は,様々なホルモンや液性因子によって制御されている.たとえば,グルココルチコイドは肝細胞のDNA合成やAFPの発現を抑制する一方,albuminの生成を増加させることが報告されている.逆にインシュリンは肝細胞の増殖を誘導し,G6Pase,TATなどの代謝酵素の発現には負に作用する.transforming growth factor (TGF-)は,肝細胞の増殖抑制因子として知られるが,albuminの発現を誘導する活性も保持しており肝成熟に関与していることが示唆される.また肝細胞の増殖を支持する増殖因子としてepidermal growth factor(EGF)やhepatocyte growth factor(HGF)などが知られている.しかし,発生段階における肝細胞の成熟を制御している分子メカニズムは未だ解析途上であり,どのような液性因子が関与しているかは未知のままであった. オンコスタチンM(OSM)はInterleukin6(IL-6)サイトカインファミリーの一種であり,IL-6,IL-11,leukemia inhibitory factor(LIF),ciliary neurotrophic factorおよびcardiotrophin-1と受容体サブユニットgp130を共有している.このため,ファミリー間で類似した機能を持っている.IL-6,IL-11,LIF,OSMなどが誘導する成熟肝細胞や肝癌細胞におけるacute phase反応もその一つであり,haptoglobin,apolipoproteinなどの急性期蛋白質の発現を上昇させる.またIL-6ノックアウトマウス(KOマウス)では再生における肝細胞増殖能が著しく阻害されていることが明らかになっている.すなわちIL-6サイトカインファミリーが様々な肝機能において重要な役割を果たしていると考えられるが,一方,発生段階におけるOSMおよび他のIL-6サイトカインファミリーの関与については明らかになっていない. 本研究では,まず最初に,肝発生における分子的機構を解析する目的でマウス胎生14日由来の肝細胞初代培養系を確立した(図1).この培養系の胎生肝細胞は,AFP,albuminを発現している一方,G6PaseやTATの発現は観察されず,この時期の肝臓の形質を保持していた.この系を用いて肝細胞の成熟分化を促進する液性因子のスクリーニングを行ったところ,IL-6サイトカインファミリー,TGF-,EGF,HGFと肝細胞の増殖,機能を制御することが知られた液性因子を解析していく中で,OSMおよびHGFが胎生肝細胞の成熟を誘導する活性を持つことを見いだした. 図1 マウス胎生14日由来の肝細胞の初代培養法 OSMは,dexametathone(dex)共存下で胎生肝細胞の成熟肝細胞様の形態変化や,アルブミン産生の維持増大を引き起こした.さらに,成熟肝細胞の特異的酵素であるG6PaseやTATの発現や,グリコーゲンの蓄積といった機能面でも成熟が誘導された.これらはすべてdex要求性で,OSMとglucocoriticoidの両方が胎生肝細胞の分化に関与していることがわかった.また,HGFもOSMと同様,dex存在下でG6PaseやTATの発現,グリコーゲンの蓄積を誘導したが,その活性はOSMに比べ低いものであった.このような肝細胞分化誘導能はOSMやHGFに特異的で,EGFやTGF-,OSMと受容体の一部を共有する他のIL-6サイトカインファミリーの分子では同様の効果を見いだすことはできなかった.ただし,IL-6とsolubule IL-6receptorを同時に加えるとOSMと同じ効果を誘導できることから,OSMが肝細胞の成熟を誘導するために必要なシグナルはgp130によって伝達されていると考えられた.そこでin vivoでのgp130の肝発生における関与を検討するために,gp130のKOマウスでの肝機能を調べたところ,グリコーゲンの蓄積が野生型にくらべてKOマウスでは非常に減衰していた.また,出生直前の肝臓でのTATの発現も,KOマウスでは明らかに減少していた.以上の結果により胎生期のOSM-gp130のシグナルが肝発生に重要な役割を果たしていることが示唆された.また,この表現型は先に報告されたc/EBPのKOマウスでの結果と非常に類似していて,gp130とC/EBPが肝発生の過程で協同的に作用している可能性がある. それでは生体内でOSMおよびHGFはどのように供給されているのであろうか.この問いに答えるために,発生段階の肝臓でのサイトカインおよび受容体の発現をRT-PCRおよびNorthern Blotで解析した.OSMはリガンドが胎生12日より出生直後まで,また受容体は胎生14日にはわずかに発現しており,発生が進むにつれて増大した.興味深いことに,HGFの発現は出生直後より増加しはじめ出生後数日に最大になり,胎生期はOSM,出生後はHGFと肝細胞の分化を誘導する因子が使い分けられている可能性が見いだされた.さらにOSMを供給している細胞を特定する目的で,胎生14日の肝臓を,肝細胞とこの時期の肝臓内に多数存在する血液細胞に分離し,それぞれでのOSM,OSM受容体の発現を調べた.その結果,肝細胞が主要を占める接着性細胞にOSM受容体が発現しているのに対し,リガンドはCD45陽性の血液細胞に強く発現がみられた.このことから,OSMは血液細胞によって産出され肝細胞に作用するパラクライン的因子であると想定される(図2).また,HGFは肝臓内に存在する内皮細胞やKuppfer細胞(肝臓内のマクロファージ)から供給されることが知られているため,肝発生は,OSM,HGFの二種類のパラクライン的シグナルによって制御されていると考えている. 図2 胎生肝の発生におけるOSMのパラクライン的作用機構 |
審査要旨 | | 本論文は6章からなり,第1章は序論,第2章は方法,第3章はオンコスタチンM(OSM)による胎生肝細胞の分化誘導,第4章は肝細胞増殖因子(HGF)による胎生肝細胞の分化誘導,第5章はオンコスタチンMによる肝細胞分化に関与する転写因子,そして第6章では総合討論が述べられている. 第3章では,はじめにマウス胎生14日の肝臓を用いた初代培養系の構築を行っている.胎生肝細胞の発生過程の研究は,胎生初期に必要な遺伝子がノックアウトマウスを用いた解析でいくつか同定されているのみで,胎生中期以降の発生のメカニズムはほとんど明らかになっていない.この理由として,in vitroにて肝細胞の発生を再現する培養系が存在していないことがあげられる.そこで論文提出者は新たに胎生肝細胞初代培養系を構築し,そこにさまざまな液性因子を添加し肝細胞の成熟を促進するものの同定を試みた.その結果,IL-6サイトカインファミリーの一つであるOSMを添加したときにのみ,成熟肝細胞様の形態を持つ特徴的な細胞集団が現れることを見いだした.さらにOSMが肝細胞に強く発現している蛋白質であるアルブミンの発現を維持増強することや,成熟肝細胞に特異的な遺伝子マーカーであるグルコース6リン酸フォスファターゼやチロシンアミノトランスフェラーゼ(TAT)の発現を誘導することを見いだした.このような変化はOSMに特異的であり,他のIL-6サイトカインファミリー分子やtransforming growth factor では同様の効果は見られなかった.ただし,IL-6とsolbule IL-6受容体を同時に添加したときのみにOSM様の変化が見られることから,この活性がgp130を介したシグナルによることがわかった.さらに,OSMが胎生肝細胞の培養系の中でグリコーゲン等の多糖類の蓄積を誘導することから,形態,遺伝子発現の面だけでなく機能の面でも胎生肝細胞の成熟が誘導されていることも示している.また,OSMの受容体サブユニットの一つであるgp130のノックアウトマウスを解析し,出生前後のgp130ノックアウトマウスの肝臓では野生型と比較して多糖類の蓄積が著しく減少していることやTATの発現の減少がみられることを見いだし,先のin vitro同様の結果がin vivoでも見られることがわかった.また,OSM,OSM受容体の両方が胎生期の肝臓に存在していることも見いだしており,OSMが胎生肝で増殖している造血細胞に強く発現しているのに対し,OSM受容体が接着性の肝細胞に見られることから,OSMが血液細胞より供給され肝細胞に作用してその成熟を促進するパラクライン的因子であると結論づけている. 第4章では,HGFによる肝細胞の成熟の誘導について述べている.HGFは肝細胞の増殖因子として知られるが,今回構築したマウス胎生肝細胞の初代培養系に添加すると,細胞の増殖だけでなくTATの発現やグリコーゲンの蓄積を誘導することから,OSMと同様に肝細胞の成熟に関与していることを明らかとした.また,OSMが胎生中期より新生児期の肝臓に存在しているのに比べ,肝臓内でのHGFの発現は出生後より上昇し生後数日をピークとすることから,肝細胞の分化誘導因子がOSMよりHGFへと切り替わっている可能性を示唆している.さらにOSMによる肝細胞の成熟誘導に重要な役割を果たしていると考えられるSTAT3の活性化がHGFによる刺激では見られないことから,OSMとHGFでは成熟を誘導しているメカニズムが異なっていることを見いだしている. 第5章では,OSMによって誘導される肝細胞の成熟に関与している転写因子を同定する目的で,肝細胞に強く発現していることが知られる転写因子群HNF,C/EBPの発現について解析した.その結果,OSMによってHNF-1,HNF-4の発現が維持されること,逆にHNF-3の発現が抑制されることが明らかとなった.HNF-1,HNF-4が肝機能の発現に正に働くこと,HNF-3が肝臓特異的遺伝子の発現を抑制していることが現在までに明らかになっているため,これらの転写因子の変化がOSMによる胎生肝細胞の成熟の誘導に関与していることを示唆している. なお本論文第3章は,木下大成,伊藤芳明,松井貴輝,森川吉博,仙波恵美子,中島欽一,田賀哲也,吉田寛二,岸本忠三,宮島篤との共同研究,第4章および第5章は,木下大成,伊藤芳明,宮島篤との共同研究であるが,論文提出者が主体となって解析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める. |