学位論文要旨



No 114109
著者(漢字) 川頭,洋一
著者(英字)
著者(カナ) カワズ,ヨウイチ
標題(和) GTP結合性ペプチド鎖解離因子RF-3の機能解析
標題(洋)
報告番号 114109
報告番号 甲14109
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3598号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 助教授 正木,春彦
内容要旨 1.研究の目的

 mRNAからタンパク質への翻訳は、リボソームがmRNAのコドン暗号をもとにしてポリペプチド鎖を合成する反応である。翻訳反応は開始、伸長、終結のステップに分けられ、原核生物の翻訳終結においては、ペプチド鎖解離因子RF-1またはRF-2を必要とする。これらは終止コドン特異的(RF-1はUAG/UAA、RF-2はUGA/UAA)に働いて、合成されたポリペプチド鎖をリボソームから遊離させる。

 第3番目の解離因子RF-3は、翻訳伸長因子EF-Gと相同性のあるGTP結合性蛋白質であり、RF-1/RF-2の活性を促進する働きを持っている。RF-3の主な機能は、RF-1/RF-2によるペプチド鎖解離反応後に、RF-1/RF-2をリボソームから遊離させることだと考えられている。このことはRF-3が、RF-1/RF-2の反応サイクルを効率よく進めることにより、系全体の翻訳終結効率を上昇させることを意味している。in vitroの解析から、このRF-3の反応にはGTPを必要とすることが報告されていた。しかし、これまでGTPの具体的な役割については分かっていなかった。そこで本研究では、RF-3の反応におけるGTPの役割を明らかにすることを目標にして解析を行なった。

 まず始めに、RF-3のGTPase活性について詳細な解析を行なった。次に、RF-3のGTPase活性と翻訳終結促進活性の関係を明らかにするために、in vitro翻訳終結反応系を用いて解析を行なった。その解析結果を総合して、RF-3の作用機構とGTPの役割を説明するモデルを構築した。

2.結果および考察2-1.RF-3によるGTP加水分解反応のメカニズム

 GTP結合性蛋白質(Gタンパク質)によるGTP加水分解反応は一般に、GAP(GTPase activating protein)の働きを必要とする。本解析では、RF-3の場合リボソームがGAPとして機能を果たしていることを明らかにした。また、一般のGTPaseと同様に、反応にはcofactorとしてマグネシウムイオンを必要とすることが分かった。このことからRF-3の場合も、マグネシウムイオンがGTPの-、-phosphatesの酸素原子に配向することにより加水分解を促進していると考えられる。RF-3はGタンパク質に特徴的なGTP結合モチーフを持っているが、これまでにこのモチーフ内に変異のあるRF-3(H92GまたはK142E)が分離されていた。そこで、この2種類の変異型RF-3の活性をin vitroで調べたところ、どちらもGTP結合活性とGTPase活性が低下しており、H92とK142がGTPとの結合に重要であることが分かった。

 RF-3とリボソームとの具体的な相互作用を明らかにするために、本研究ではL7/L12リボソームタンパク質に注目した。L7/L12は、翻訳開始と伸長に関わるGタンパク質(IF-2、EF-G、EF-Tu)がリボソームに結合するために必要な因子で、これらのGタンパク質はL7/L12の近傍に結合する。本解析では、RF-3がリボソーム依存的にGTPを加水分解するためにはL7/L12が重要であることを明らかにした。このことから、翻訳の開始、伸長、終結に関わる全てのGタンパク質はL7/L12の近くに結合して機能することが示唆された。

 次に、RF-3のアミノ酸配列は翻訳伸長因子EF-Gと高い相同性があるため、EF-Gとの機能的類似性について検討した。IF-2やEF-TuのGTPase活性は阻害しないがEF-Gの機能を特異的に阻害する抗生物質としてfusidic acidとthiostreptonが知られていたので、RF-3のGTPase活性に対する影響を調べた。その結果、これらの抗生物質が阻害効果を示すことを明らかにした。この結果は、RF-3の機能がGTP結合性翻訳因子の中でも特にEF-Gと類似していることを示唆している。そこで、RF-3の作用機構について、EF-Gの機能から想起されるモデルを構築した。EF-Gは翻訳伸長において、ペプチジルtRNAがAサイトからPサイトに、tRNAがPサイトからEサイトに移動するというトランスロケーション反応を促進する。一方、RF-3は翻訳終結において、RF-1/RF-2をAサイトからリボソームの外に遊離させる。この2つの反応は、EF-GはtRNAを、RF-3はRF-1/RF-2をAサイトから排除するという点で共通している。このことから、RF-3はRF-1/RF-2をAサイトからPサイトに、tRNAをPサイトからEサイトに移動させるという、翻訳終結におけるトランスロケースとして機能している可能性が考えられ、翻訳終結を最後の翻訳伸長反応としてとらえることができる。

2-2.翻訳終結におけるGTPの役割

 次に本研究では、RF-3の翻訳終結促進反応におけるGTPの役割、特にGTP加水分解の意義を明らかにするために、翻訳終結のin vitroアッセイ系を導入して解析をおこなった。

 まず、GTPが存在していなければRF-3は促進活性を示さないが、GTPアナログ存在下で促進活性を示すこと、GTP結合活性が低下している変異型RF-3(H92GまたはK142E)が、GTP存在下でも翻訳終結を促進しないことから、RF-3の促進活性にはGTPとRF-3の結合が必須であることが示唆された。

 次に、GTPよりも効果は弱いものの、非加水分解性GTPアナログでも促進効果があることを明らかにした。さらに、GTP加水分解反応を阻害するfusidic acidとthiostreptonが存在していても、RF-3は翻訳終結促進活性を示した。これらの結果は、RF-3の反応にGTPの加水分解は必須ではないことを示唆している。

 GTP加水分解の役割の1つとして考えられることは、他のGTP結合性翻訳因子の場合と同様に、RF-3をリボソームから遊離させることである。実際、最近になってRF-3・GTPがリボソーム結合型でRF-3・GDPがリボソーム遊離型であることが報告された。このことから、RF-3はGTPとGDPの変換によって、リボソームへの結合とリボソームからの遊離を繰り返していると考えられる。

 以上のことを考慮に入れると、in vitroの解析でGTPの方がGTPアナログよりも促進効果が大きいのは、GTPの場合、GTPの加水分解によってRF-3の反応サイクルが何度も繰り返されるが、GTPアナログの場合、反応サイクルが1回で止まってしまうためだと解釈できる。もしこの仮説が正しいとすると、反応サイクルが繰り返されないような短い時間では、GTPとGTPアナログは同程度の促進効果を示すことが予想された。そこで、リサイクルされるRF-3の影響を受けないように、RF-3を過剰量にし、反応時間を短くして解析を行なった。その結果、仮説どおり、この条件ではGTPとGTPアナログの促進効果に差がなかった。よって、GTPの加水分解はRF-3の1回の促進反応には必要ではなく、RF-3自身のリサイクルに必要であると考えられる。

 以上の結果から、RF-3の反応サイクルは次のような順番で進むと考えられる(図参照)。

 1.RF-3・GTPがリボソームに結合することにより、RF-1/RF-2がリボソームから遊離する。

 2.GTPが加水分解され、RF-3・GDPがリボソームから遊離する。

 3.遊離したRF-3はGDPをGTPと交換して次の反応サイクルを始める。

 本研究の成果は、RF-3の翻訳終結促進活性におけるGTPの役割を明らかにしたことである。また、GTPase活性の解析から見い出したEF-Gとの類似性は、RF-3のトランスロケーション仮説を支持している。これはまだ仮説にすぎないが、RF-3の作用機構を解明する上での1つの指針となる点で、十分な意義を持つものと考える。

RF-3の反応サイクルのモデルRS*はリボソーム・mRNA・ペプチジルtRNA複合体、RSはリボソーム・mRNA・tRNA複合体、Pepはポリペプチド、RF1/2はRF-1またはRF-2を表す。
審査要旨

 本論文は、翻訳終結において、ペプチド鎖解離反応を促進するGTP結合性の因子RF-3の機能解析を行なったものである。本論文の解析結果は二部に分けられ、以下にそれぞれの要約を示す。

第一部RF-3によるGTP加水分解反応のメカニズム

 GTP結合性タンパク質によるGTP加水分解反応は一般に、GAPの働きを必要とする。本論文では、RF-3のGTPase活性がリボソーム依存的であり、他のGTP結合性翻訳因子(IF-2、EF-G、EF-Tu)と同様にリボソームがGAPとして機能を果たしていることを明らかにした。またEF-GやEF-Tuと同様に、L7/L12リボソームタンパク質が、RF-3のリボソーム依存的GTPase活性にも重要であることを示した。

 次に、EF-Gの機能を特異的に阻害する抗生物質のfusidic acidとthiostreptonがRF-3のGTPase活性も阻害することを見い出した。この結果は、翻訳因子の中でも特にEF-Gとの機能的類似性を示唆するもので、そのことから想起されるRF-3の機能モデルを構築した。すなわち、RF-3はtRNAをPサイトからEサイトに、RF-1/2をAサイトからPサイトに移動させてRF-1/2をリボソームから遊離させるという、翻訳終結におけるトランスロケースとして機能している可能性が考えられる。

第二部RF-3による翻訳終結促進のメカニズム

 次に、RF-3の翻訳終結促進反応におけるGTPの役割、特にGTP加水分解の意義を明らかにするために、翻訳終結のin vitroアッセイ系を導入して解析を行なった。

 まず、GTPが存在していなければRF-3は促進活性を示さないが、非加水分解性のGTPアナログ存在下で促進活性を示すこと、GTP結合活性が低下している変異型RF-3(H92GまたはK142E)が、GTP存在下でも翻訳終結を促進しないことから、RF-3の促進活性にはGTPとRF-3の結合が必須であることが示唆された。

 次に、GTPよりも効果は弱いものの、GTPアナログでも促進効果があることを明らかにした。さらに、GTP加水分解反応を阻害するfusidic acidとthiostreptonが存在していても、RF-3は翻訳終結促進活性を示した。これらの結果は、RF-3によるRF-1/2のリサイクル反応にGTPの加水分解は必須ではないことを示唆している。

 RF-3はGTP加水分解によりリボソームへの結合と遊離を繰り返すことによってRF-1/2のリサイクル反応を繰り返すと考えられるため、反応時間を短くすることによってRF-3の反応サイクルを制限した時のGTPとGTPアナログの促進効果を調べた。その結果、この条件ではGTPとGTPアナログの効果に差がなくなることを見い出し、RF-3による1回のリサイクル反応にはGTPの加水分解は必要ではないことが示唆された。一方、反応時間が長い場合にGTPアナログの効果がGTPよりも小さいのは、RF-3自身がリサイクルされないためであると解釈することができる。

 以上のことから、翻訳終結過程においてGTP結合型のRF-3がRF-1/2をリボソームから遊離させ、GTPの加水分解はRF-3自身のリサイクルに必要であると結論した。

考察および本論文の意義

 本論文で示された結果は、RF-3は翻訳終結反応を促進するという特有の機能を持っている一方で、他のGTP結合性翻訳因子と共通の特性を有していることを示している。すなわち、EF-GやEF-Tuと同様にRF-3はリボソーム依存的にGTPを加水分解すること、この反応にL7/L12リボソームタンパク質が重要であることを明らかにした。次に、EF-G特異的な阻害剤がRF-3のGTPase活性も阻害したことから、RF-3の機能が翻訳因子の中でも特にEF-Gと類似していることが示唆され、RF-3の作用機構のモデルとして翻訳終結におけるトランスロケーション仮説を提唱した。このモデルは、翻訳終結を最後の翻訳伸長反応としてとらえることができる点で意義深い。

 また本研究は、翻訳終結におけるGTPの役割に関して初めて本格的な分子レベルの解析を実施し、GTPの加水分解はRF-3がRF-1/2をリボソームから遊離させる反応には必要とせず、RF-3自身がリボソームから遊離するために必要であることを示唆した。これらの結果は、タンパク質合成の終結機構の解明に重要な学術的な貢献をするものと認められる。

 なお、本論文第1章の導入部分は伊藤耕一、松村清之、中村義一との、第2、3章は伊藤耕一、中村義一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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