2-1.RF-3によるGTP加水分解反応のメカニズム GTP結合性蛋白質(Gタンパク質)によるGTP加水分解反応は一般に、GAP(GTPase activating protein)の働きを必要とする。本解析では、RF-3の場合リボソームがGAPとして機能を果たしていることを明らかにした。また、一般のGTPaseと同様に、反応にはcofactorとしてマグネシウムイオンを必要とすることが分かった。このことからRF-3の場合も、マグネシウムイオンがGTPの-、-phosphatesの酸素原子に配向することにより加水分解を促進していると考えられる。RF-3はGタンパク質に特徴的なGTP結合モチーフを持っているが、これまでにこのモチーフ内に変異のあるRF-3(H92GまたはK142E)が分離されていた。そこで、この2種類の変異型RF-3の活性をin vitroで調べたところ、どちらもGTP結合活性とGTPase活性が低下しており、H92とK142がGTPとの結合に重要であることが分かった。
RF-3とリボソームとの具体的な相互作用を明らかにするために、本研究ではL7/L12リボソームタンパク質に注目した。L7/L12は、翻訳開始と伸長に関わるGタンパク質(IF-2、EF-G、EF-Tu)がリボソームに結合するために必要な因子で、これらのGタンパク質はL7/L12の近傍に結合する。本解析では、RF-3がリボソーム依存的にGTPを加水分解するためにはL7/L12が重要であることを明らかにした。このことから、翻訳の開始、伸長、終結に関わる全てのGタンパク質はL7/L12の近くに結合して機能することが示唆された。
次に、RF-3のアミノ酸配列は翻訳伸長因子EF-Gと高い相同性があるため、EF-Gとの機能的類似性について検討した。IF-2やEF-TuのGTPase活性は阻害しないがEF-Gの機能を特異的に阻害する抗生物質としてfusidic acidとthiostreptonが知られていたので、RF-3のGTPase活性に対する影響を調べた。その結果、これらの抗生物質が阻害効果を示すことを明らかにした。この結果は、RF-3の機能がGTP結合性翻訳因子の中でも特にEF-Gと類似していることを示唆している。そこで、RF-3の作用機構について、EF-Gの機能から想起されるモデルを構築した。EF-Gは翻訳伸長において、ペプチジルtRNAがAサイトからPサイトに、tRNAがPサイトからEサイトに移動するというトランスロケーション反応を促進する。一方、RF-3は翻訳終結において、RF-1/RF-2をAサイトからリボソームの外に遊離させる。この2つの反応は、EF-GはtRNAを、RF-3はRF-1/RF-2をAサイトから排除するという点で共通している。このことから、RF-3はRF-1/RF-2をAサイトからPサイトに、tRNAをPサイトからEサイトに移動させるという、翻訳終結におけるトランスロケースとして機能している可能性が考えられ、翻訳終結を最後の翻訳伸長反応としてとらえることができる。
2-2.翻訳終結におけるGTPの役割 次に本研究では、RF-3の翻訳終結促進反応におけるGTPの役割、特にGTP加水分解の意義を明らかにするために、翻訳終結のin vitroアッセイ系を導入して解析をおこなった。
まず、GTPが存在していなければRF-3は促進活性を示さないが、GTPアナログ存在下で促進活性を示すこと、GTP結合活性が低下している変異型RF-3(H92GまたはK142E)が、GTP存在下でも翻訳終結を促進しないことから、RF-3の促進活性にはGTPとRF-3の結合が必須であることが示唆された。
次に、GTPよりも効果は弱いものの、非加水分解性GTPアナログでも促進効果があることを明らかにした。さらに、GTP加水分解反応を阻害するfusidic acidとthiostreptonが存在していても、RF-3は翻訳終結促進活性を示した。これらの結果は、RF-3の反応にGTPの加水分解は必須ではないことを示唆している。
GTP加水分解の役割の1つとして考えられることは、他のGTP結合性翻訳因子の場合と同様に、RF-3をリボソームから遊離させることである。実際、最近になってRF-3・GTPがリボソーム結合型でRF-3・GDPがリボソーム遊離型であることが報告された。このことから、RF-3はGTPとGDPの変換によって、リボソームへの結合とリボソームからの遊離を繰り返していると考えられる。
以上のことを考慮に入れると、in vitroの解析でGTPの方がGTPアナログよりも促進効果が大きいのは、GTPの場合、GTPの加水分解によってRF-3の反応サイクルが何度も繰り返されるが、GTPアナログの場合、反応サイクルが1回で止まってしまうためだと解釈できる。もしこの仮説が正しいとすると、反応サイクルが繰り返されないような短い時間では、GTPとGTPアナログは同程度の促進効果を示すことが予想された。そこで、リサイクルされるRF-3の影響を受けないように、RF-3を過剰量にし、反応時間を短くして解析を行なった。その結果、仮説どおり、この条件ではGTPとGTPアナログの促進効果に差がなかった。よって、GTPの加水分解はRF-3の1回の促進反応には必要ではなく、RF-3自身のリサイクルに必要であると考えられる。
以上の結果から、RF-3の反応サイクルは次のような順番で進むと考えられる(図参照)。
1.RF-3・GTPがリボソームに結合することにより、RF-1/RF-2がリボソームから遊離する。
2.GTPが加水分解され、RF-3・GDPがリボソームから遊離する。
3.遊離したRF-3はGDPをGTPと交換して次の反応サイクルを始める。
本研究の成果は、RF-3の翻訳終結促進活性におけるGTPの役割を明らかにしたことである。また、GTPase活性の解析から見い出したEF-Gとの類似性は、RF-3のトランスロケーション仮説を支持している。これはまだ仮説にすぎないが、RF-3の作用機構を解明する上での1つの指針となる点で、十分な意義を持つものと考える。
RF-3の反応サイクルのモデルRS*はリボソーム・mRNA・ペプチジルtRNA複合体、RSはリボソーム・mRNA・tRNA複合体、Pepはポリペプチド、RF1/2はRF-1またはRF-2を表す。