学位論文要旨



No 114110
著者(漢字) 黒柳,秀人
著者(英字)
著者(カナ) クロヤナギ,ヒデヒト
標題(和) UNC-51セリン/スレオニンプロテインキナーゼファミリーに関する分子生物学的研究
標題(洋) Molecular Analyses of UNC-51 Serine/Threonine Protein Kinase Family
報告番号 114110
報告番号 甲14110
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3599号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
内容要旨 <序文>

 神経細胞間ネットワークの形成においては、他の様々な生命現象と同様にタンパク質のリン酸化・脱リン酸化による制御が重要であることが知られている。神経細胞の分化、軸索のガイダンス、標的細胞の認識に種々のプロテインキナーゼやプロテインホスファターゼが関与することは、線虫やショウジョウバエの変異体の解析、各種阻害剤による薬理学的な実験、ノックアウトマウスの作製などにより明らかにされてきた。しかし、伸展する軸索の成長円錐が外部のガイダンスシグナルを受けて伸展方向を転換するための情報伝達、あるいは成長円錐が成長して軸索が形成される素過程の分子機構には未知の点が多い。

 線虫Caenorhabditis elegansに見られる様々な分子機構が高等動物でも広く保存されていることから、線虫は有用なモデル動物である。神経系の発生においても、軸索のガイダンスや細胞の移動における分子機構の保存性が明らかになっている。そこで、我々は軸索伸展の分子機構を明らかにする目的で、近年単離された線虫の細胞質型セリン/スレオニンキナーゼUNC-51に着目した。線虫のunc-51変異体の神経細胞では、軸索の伸展が途中で止まる、細胞体から出た軸索が伸展せずに瘤をつくる、1つの細胞体から複数の軸索が出るなど、軸索の形成そのものの異常によると思われる形態異常が見られる。我々は、高等動物においてもUNC-51に相同なキナーゼが軸索伸展に重要な役割を担っていると想定し、哺乳類のUNC-51ホモログを探索した。その結果、2種類のキナーゼcDNAの単離に成功し、分子遺伝学的な解析をするとともに、軸索伸展における機能の分子生物学的解析を行った。

図1 UNC-51プロテインキナーゼサブファミリーの構造と分子進化上の位置づけ(A)線虫UNC-51、マウスULK1およびULK2のドメイン構造と各ドメインの3者間のアミノ酸配列の類似性と同一性(カッコ内)が示されている。(B)各種プロテインキナーゼドメインの分子進化系統樹。ULK/UNC-51サブファミリーをアステリスク(*)で、ULK/UNC-51/Apg1pサブファミリーをシャープ(#)で示した。
<ULK1およびULK2のCDNAクローニング>

 線虫UNC-51のキナーゼドメインのアミノ酸配列を基に推定し合成した変性プライマーを用い、PCR法によってラット胎仔脳のcDNAからUNC-51に相同性の高いcDNA断片を得た。この断片をプローブにヒトおよびマウスcDNAライブラリーから相同遺伝子のスクリーニングを行った結果、UNC-51と全長にわたって相同性を有する2種類の細胞質型セリン・スレオニンキナーゼのcDNAを単離し、ULK1(UNC-51-like kinase 1)およびULK2と命名した。ヒトULK1は1,050、マウスULK1は1,051、マウスULK2は1,037アミノ酸残基からなり、キナーゼドメインはそれぞれのN末端側に位置していた(図1A)。C末端領域は,線虫UNC-51において機能欠失変異が集中しており、ULK1およびULK2でも高い保存性を示すことから、機能的に重要と考えられ、C-ドメインと命名した。中央部は、相同性は高くないがいずれも親水性でセリン・プロリン残基に富む共通の特徴を示すため、PS-richドメインとした(図1A)。

 各種の既知のキナーゼのキナーゼドメインとのアミノ酸配列の相同性解析の結果、ULK1およびULK2は、酵母Saccharomyces cerevisiaeのオートファジーに必須のApg1p、マメ科の植物に繁殖する菌類Colletotrichum lindemuthianumの感染性に必須のclk-1のキナーゼドメインとも相同性が高かった。この2者を含め、UNC-51/ULK1/ULK2はその他のさまざまなキナーゼファミリーとの相同性が低く、分子進化系統樹より、プロテインキナーゼスーパーファミリー中で新たなサブファミリーを形成していることが示された(図1B)。

 ULK1およびULK2の組織発現分布をノザンブロット法で解析すると、心臓、脳、骨格筋、腎臓、精巣、肝臓、脾臓、肺の各臓器で普遍的に発現が検出され、神経細胞特異的な線虫のUNC-51とは対照的であった。一方、in situハイブリダイゼーションにより、ULK1およびULK2がマウスの胎仔脳の神経細胞で発現していることを確認した。

 ULK1染色体遺伝子の解析を行い、ヒトゲノム上に30〜40kbにわたって存在していることを示した。また、FISH法およびRH法により、ULK1の染色体遺伝子がそれぞれヒト12q24.3、マウス5F、ラット12q16.3に存在することを示した。一方、ULK2の遺伝子座は、FISH法によリマウス染色体11B1.3、ラット染色体10q23にマップされた。

<ULK1およびULK2の機能の解析>

 まず、ULK1およびULK2のキナーゼ活性について検討した。ULK1およびULK2にヘモアグルチニン(HA)エピトープタグを付してCOS-7細胞に発現させ、免疫沈降後in vitroでキナーゼ活性を調べた結果、自己リン酸化能があることが明らかとなった。また、ATP結合部位のリジン残基を他のアミノ酸に置換した変異型ULK1、ULK2(ULK1、ULK2)ではこの自己リン酸化能が失われていた。さらに、C-ドメイン、PS-richドメインを段階的に欠失させた短縮型ULK1、ULK2を発現させる同様の実験によって、いずれもPS-richドメインが自己リン酸化を受けることが示された。

 マウスULK1のPS-richドメインに対する抗ペプチド抗体を作製し、免疫細胞化学的解析によって、ULK1が細胞質に局在すること、分散培養小脳顆粒細胞の細胞体および神経突起に広く分布することが明らかになった。

 続いて、ULK1およびULK2が発現しているマウス小脳顆粒細胞を用いて、神経突起伸展におけるULK1およびULK2の役割を検討した。レトロウイルスベクターを用いて培養マウス小脳顆粒細胞に野生型(mULK1)あるいはキナーゼ活性欠失型マウスULK1(mULK1)遺伝子を導入したところ、mULK1を導入した場合のみ神経突起の伸展が阻害された(図2)。これは、mULK1のドミナント・ネガティブ効果により内在性のULK1もしくはULK2の活性が低下したためと考えられ、ULK1/ULK2が哺乳類の神経細胞の神経突起伸展においても重要な役割を担っていることが確認された。

図2 キナーゼ活性欠失型マウスULK1の導入による培養小脳顆粒細胞の軸索伸展の阻害培養マウス小脳顆粒細胞にpLIAウイルス(A)もしくはpLIA-mULK1ウイルス(B)を感染させた後、感染した細胞をマーカーであるアルカリホスファターゼにより染色した。

 さらに、構造上よく保存されているUNC-51サブファミリープロテインキナーゼが機能上も保存されているか否かを調べるために、線虫unc-51変異体をレスキューする活性の検討を行った。UNC-51、マウスULK1およびULK2がunc-51プロモーターで発現可能なトランスジーンをunc-51変異体に導入した。また、線虫とマウスの対応する機能ドメインを入れ換えた各種キメラキナーゼを発現するトランスジーンもunc-51変異体に導入した(表1)。その結果、UNC-51のキナーゼドメインおよびPS-richドメインをマウスULK1もしくはULK2のドメインに置換してもunc-51変異体をレスキューできるがマウスPKAのキナーゼドメインやキナーゼ活性欠失型変異ULK1、ULK2(mULK1、mULK2)のキナーゼドメインに置換したものではレスキューできないことを示した。一方、C-ドメインは線虫のUNC-51以外ではレスキューできなかった。このことからULK1、ULK2のキナーゼドメインとPS-richドメインは機能的にも線虫のUNC-51と相同であり、UNC-51の機能にはサブファミリー特異的キナーゼ活性と種特異的なC-ドメインの機能が必須であることが明らかとなった。

表1 UNC-51ファミリープロテインキナーゼのキメラによるunc-51変異体のレスキュー各種(キメラ)キナーゼのドメインの由来とunc-51変異体レスキュー活性の有無。
<まとめと今後の展望>

 我々は線虫UNC-51の2種類の哺乳類ホモログULK1およびULK2を同定し、これらのキナーゼ分子が構造上よく保存されたプロテインキナーゼのサブファミリーを形成していることを示した。さらに、哺乳類と線虫のキメラキナーゼが線虫のunc-51変異体をレスキューできること、キナーゼ活性欠失変異遺伝子の導入によりマウス小脳顆粒細胞の神経突起伸展が阻害できることから、これらのキナーゼ分子は機能的にもUNC-51のホモログであることを示した。

 今後は、UNC-51/ULK1/ULK2による軸索伸展の制御機構を、基質や会合する分子の同定やノックアウトマウスの作製を通じて解明し、動物の神経系の発生における基礎的な現象である成長円錐による軸索の伸展の普遍的な分子機構を明らかにしていきたい。

<遺伝子名と塩基配列の登録>

 ULK1、ULK2の遺伝子名はHUGO/GDB Nomenclature Committeeにより承認され、登録された。ヒトULK1、マウスULK1およびマウスULK2のcDNAの塩基配列はそれぞれGenBank/EMBL/DDBJデータベースAccession No.AF045458、AF053756、AB019577に登録されている。

<文献>"Identification of mouse ULK1,a novel protein kinase structurally related to C.elegans UNC-51."Yan,J.,Kuroyanagi,H.,Kuroiwa,A.,Matsuda,Y.,Tokumitsu,H.,Tomoda,T.,Shirasawa,T.,and Muramatsu,M.Biochem Biophys Res Commun.246(1):222-7 May 8,1998."Human ULK1,a novel serine/threonine kinase related to UNC-51 kinase of Caenorhabditis elegans:cDNA cloning,expression,and chromosomal assignment."Kuroyanagi,H.,Yan,J.,Seki,N.,Yamanouchi,Y.,Suzuki,Y.,Takano,T.,Muramatsu,M.,and Shirasawa,T.Genomics.51(1):76-85 Jul 1,1998.
審査要旨

 本論文は5章からなる。第1章は本論文全体の序論である。第2章で哺乳類の新規セリン/スレオニンキナーゼULK1およびULK2のcDNAクローニングと基礎的な分子生物学的解析について述べられ、第3章でULK1およびULK2の機能解析について述べられている。第4章は本論文全体の考察であり、第5章に参考文献の一覧が示されている。

 論文提出者は、線虫Caenorhabditis elegansで見出されたセリン/スレオニンキナーゼUNC-51が神経細胞の軸索伸展の制御に必須であることに着目し、UNC-51の哺乳類ホモログの単離を試みた。変性プライマーを用いたPCR法によりラット胎仔脳のcDNAからUNC-51に相同性の高いcDNA断片が得られ、この断片をプローブにヒトおよびマウスcDNAライブラリーから、UNC-51と全長にわたって相同性を有する2種類の細胞質型セリン・スレオニンキナーゼのcDNAを単離し、ULK1(UNC-51-like kinase 1)およびULK2と命名した。キナーゼドメインはULK1/ULK2/UNC-51のN末端側に位置し、中央部をPS-richドメイン、C末端領域をC-ドメインと命名した。

 アミノ酸配列の相同性解析の結果、ULK1およびULK2はUNC-51の他、酵母Saccharomyces cerevisiaeのオートファジーに必須のApg1p、マメ科の植物に繁殖する菌類Colletotrichum lindemuthianumの感染性に必須のclk-1と相同性が高く、ULK1/ULK2/UNC-51/Apg1p/clk-1は、プロテインキナーゼスーパーファミリーの中で構造上新たなサブファミリーを形成することを示した。

 ULK1およびULK2の組織発現分布をノザンブロット法およびin situハイブリダイゼーション法で解析し、ULK1およびULK2が心臓、脳、骨格筋、腎臓、精巣、肝臓、脾臓、肺の各臓器で普遍的に発現していること、マウスの胎仔脳で分化・成熟課程の神経細胞で発現していることを見出した。

 ULK1染色体遺伝子の解析を行い、ヒトゲノム上に30〜40kb、マウスゲノム上に24kbにわたって単一コピー遺伝子として存在していることを示した。また、既知の疾患や変異体との関係を探るために、FISH法およびRH法によりULK1遺伝子およびULK2遺伝子の染色体マッピングを行ったが、特定の変異との連関はこれまでのところ見出されていない。

 ULK1およびULK2のin vitroでのキナーゼ活性について検討した。ULK1、ULK2はミエリン塩基性タンパク質、カゼイン、ヒストンは基質としないが自己リン酸化能を有することを明らかにした。また、短縮型ULK1、ULK2の解析によって、いずれもPS-richドメインに自己リン酸化を受けることを示した。

 マウスULK1のPS-richドメインに対するペプチド抗体を作製し、免疫細胞化学的解析によって、ULK1が細胞質に局在すること、分散培養小脳顆粒細胞の細胞体および神経突起に広く分布することを明らかにした。

 続いて、レトロウイルスベクターを用いて培養マウス小脳顆粒細胞にキナーゼ活性欠失型マウスULK1(mULK1)遺伝子を導入することにより神経突起の伸展が阻害されることを示して、ULK1/ULK2が哺乳類の神経細胞の神経突起伸展においても重要な役割を担っていることを示した。

 さらに、目的遺伝子を線虫unc-51プロモーターで発現可能なベクターを構築し、線虫とマウスの対応する機能ドメインを入れ換えた各種キメラキナーゼを発現するトランスジーンをunc-51変異体に導入した。その結果、ULK1、ULK2のキナーゼドメインおよびPS-richドメインは機能的にも線虫のUNC-51と等価であり、UNC-51の機能にはサブファミリー特異的キナーゼ活性および種特異的C-ドメインの機能が必須であることを示した。

 これらの解析から、論文提出者は、ULK1およびULK2がUNC-51とともに構造的にも機能的にも保存された新規のプロテイン・キナーゼサブファミリーを形成することを提唱した。

 なお、本論文第2章のULK1およびULK2のcDNAクローニングと塩基配列決定にはヘリックス研究所村松正明博士、in situハイブリダイゼーションによるULK1の発現解析はロックフェラー大学友田利文博士、FISH法およびRH法によるULK1およびULK2遺伝子の染色体マッピングは名古屋大学農学部松田洋一博士、帝京大学医学部高野貴子博士、かずさDNA研究所関直彦博士に技術的支援を受けたが、ULK1およびULK2の遺伝子の分離、発現解析、機能解析など本研究の主要部分は論文提出者が主体となって行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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