学位論文要旨



No 114112
著者(漢字) 小谷,素子
著者(英字)
著者(カナ) コタニ,モトコ
標題(和) HTLV-IによるT細胞機能異常の解析
標題(洋) T cell aberration in HTLV-I transgenic mice
報告番号 114112
報告番号 甲14112
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3601号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 横田,崇
内容要旨

 HTLV-Iは、成人T細胞白血病(ATL)の原因ウイルスとして知られているレトロウイルスである。HTLV-Iは、ATL以外にもHAMと呼ばれる神経病変を引き起こすことが明らかとなっているが、HTLV-Iの感染者は、慢性関節炎、シェグレン症候群などの自己免疫疾患も多発することが知られており、これらの疾患の発症にも何らかの関与をしているのではないかと考えられている。HTLV-I遺伝子中のpX領域にコードされるTaxタンパク質は、自身のLTRに作用してウイルス遺伝子の転写をを促進させるだけでなく、種々の宿主側遺伝子の転写活性化能を持つことが知られている。これらの遺伝子の中には、IL-1、IL-2、IL-2レセプター、IL-6、GM-CSF、c-fos、c-junなど細胞の増殖や分化に関るものが含まれており、HTLV-I感染者に見られる種々の疾患において、Taxによって誘導されたこれらの遺伝子が関与していると考えられる。

 当研究室で作製されたHTLV-I遺伝子のenv-pX領域を導入したトランスジェニックマウス(pXマウス)は、ヒトの慢性関節リウマチ(RA)に類似した慢性関節炎を発症する。RAは、関節病変を主徴とする多発性、進行性の自己免疫疾患である。RAとHLA-DR4、DR1などの特定のMHCクラスIIとの連関が知られていることから、その発症にはCD4陽性T細胞が関与していると考えられている。また、RAを含むいくつかの自己免疫疾患において、炎症部位で特定のVをもつT細胞が増加しているという報告があることから、自己免疫疾患の発症とその病態形成にこれらのT細胞が深く関与していると考えられている。

 pXマウスの骨髄細胞をコントロールマウスに移入すると関節炎の発症を誘導することができることが分かり、この慢性関節炎の発症には免疫系の細胞が関与していることが示された。さらに、ヌードマウスと掛け合わせると、発症率が著しく低下することから、その関節炎の発症には、T細胞が関与していることが示唆されている。そこで本研究では、pXマウスのT細胞機能異常に着目し、解析を行った。

1T細胞レパトアおよび標的抗原の解析

 まず、胸腺、脾臓、リンパ節におけるT細胞レパトアを調べた結果、野生型マウス、関節炎を発症していないトランスジェニックマウス、関節炎を発症しているトランスジェニックマウスの間で、有意な差は認められなかった。末梢において、ある特定のVをもつT細胞の消失が観察されなかったことから、これらのマウスはスーパー抗原による刺激を受けてはいないと考えられた。しかし、慢性関節炎を発症している個体の関節局所においては、特定のVをもつT細胞がコントロールに比べて有意に増加していた(図1)。

図1 慢性関節炎を発症したpXマウスの関節局所におけるT細胞レパトアの解析野生型マウス(non-Tg)、慢性関節炎を発症したpXマウス(A-Tg)の関節局所からmRNAを抽出し、半定量的RT-PCRにより、各Vの使用頻度を定量した。

 次に、慢性関節炎を発症しているpXマウスの関節局所に存在するT細胞のクローナリティーをRT-PCR-SSCP法により検討した。その結果、慢性関節炎を発症しているマウスの関節局所においてのみ、オリゴクローナルなクローンの集積が観察されたことから、これらのT細胞は特異的抗原を認識していることが明らかになった(図2)。このクローンの集積は、図1で見られた特定のVをもつT細胞の増加と対応していた。

図2 関節におけるT細胞の集積慢性関節炎を発症したpXマウスの関節局所からmRNAを抽出し、RT-PCR-SSCPにより、クローナリティーの検討を行った。(a)、(b)、(c)はそれぞれ図1と対応している。

 図1で有意に変化しているVが一つではなかったこと、図2で観察されたバンドからDNAを抽出し塩基配列を調べたが、共通のモティーフが見られなかったことから、この慢性関節炎には、複数の抗原、あるいは、ある抗原の複数のエピトープが関与していることが考えられた。

 さらに、関節に集積しているT細胞の標的抗原を同定する目的で、同一マウスのリンパ節細胞を、種々の抗原と共に培養した後、そのSSCPパターンを関節由来のものと比較した。その結果、II型コラーゲンと培養した場合にのみ、関節で集積しているT細胞と同一のT細胞レセプター(TCR)を持つクローンが観察された(図3)。以上の結果から、II型コラーゲンがその標的抗原のひとつであり、II型コラーゲンに対する異常反応性がpXマウスが発症する慢性関節炎の原因であることが示唆された。

図3 関節集積T細胞の標的抗原の同定慢性関節炎を発症しているpXマウスのリンパ節細胞を種々の抗原と共に培養し、その、SSCPパターンを関節のものと比較した。矢頭で示した部分に同じ移動度のバンドが見られる。

 C3H/HeN系統は本来II型コラーゲンに対して低感受性であるにもかかわらず、pXマウスは高率にコラーゲン関節炎を誘導されることから、II型コラーゲンに対する異常反応性がこの関節炎の原因であることが考えられる。そこで、コラーゲン関節炎を誘導されたpXマウスのT細胞レパトアおよびクローナリティーを解析したところ、慢性関節炎を自然発症したpXマウスと同様に、特定のVをもつT細胞がオリゴクローナルに増加していた。

 また、本来、内在性のスーパー抗原に反応するVをもつT細胞は、消失、あるいは免疫不応答になることが知られているが、関節炎を発症しているpXマウスの関節局所において、これらのVをもつT細胞の増加が観察されたことから、Taxによって免疫不応答の解除が起こっている可能性が示唆された。

2自己免疫寛容破綻機構の解析

 自己反応性T細胞は、胸腺におけるネガティブセレクションによって排除されることが知られているが、一部のネガティブセレクションを免れた自己反応性T細胞は、末梢において、免疫不応答を誘導される。pXマウスにおいては、内在性のスーパー抗原に反応するVをもつT細胞は末梢において消失していることから、胸腺におけるネガティブセレクションは正常であると考えられ、末梢性の自己免疫寛容の破綻が示唆された。

 末梢性の自己免疫寛容誘導機構として、アポトーシスによるクローン除去と、副シグナルの欠如による免疫不応答の誘導があげられる。T細胞の活性化にはTCRからのシグナルのほかに、CD28からの副シグナルを必要とするが、この副シグナルがない状態でTCRから刺激が入ると、T細胞は、免疫不応答に陥る。pXマウスのリンパ節細胞は、抗Fas抗体によって誘導されるアポトーシスに対して、抵抗性であることが、すでに示されているが、副シグナルの異常の可能性については、まだ検討されていない。そこで、pXマウスにおけるCD28下流のシグナルについて検討を行った。

 まず、pXマウスとOVAペプチド特異的TCR(DO11.10)のトランスジェニックマウスとの掛け合わせを行った。DO11.10を発現しているT細胞は、OVAに感作しなくても、OVAに対して反応性を持っており、抗原刺激に対する反応性を検討するのに有用である。pX-DO11.10のダブルトランスジェニックマウスのリンパ節細胞をOVAと共に培養した結果、DO11.10マウスに比べ、高い細胞増殖が観察された。さらに、この培養の際に、CTLA-4Igによって副シグナルを阻害した結果、pX-DO11.10マウスのリンパ節細胞においては、増殖の抑制が見られなかったことから、pXマウスのリンパ節細胞では、副シグナルが恒常的に活性化している可能性が示唆された(図4)。

図4 CTLA-4Igによる増殖阻害DO11.10トランスジェニックマウスのリンパ節細胞をOVA(40g/ml)と共に培養する際に、CTLA-4Ig(30g/ml)を加え、副シグナルを遮断することによって、増殖阻害効果を観察した。

 また、CD28のノックアウトマウスにおいて、胸腺におけるネガティブセレクションが抑制されていること、TCR刺激による胸腺細胞のアポトーシスをCD28刺激が増強することなどから、胸腺におけるネガティブセレクションには、CD28のシグナルが関与していることが示唆されている。pX-DO11.10マウスにOVAペプチドを投与し、人為的にネガティブセレクションを起こさせた結果、pX-DO11.10マウスは、DO11.10マウスに比べて、CD4、CD8陽性T細胞の減少が顕著に亢進していた。この結果から、胸腺細胞でもCD28下流のシグナルが亢進しており、その結果、TCR刺激に対して高感受性になり、アポトーシスが亢進している可能性が示唆された(図5)。

図5 pXマウスにおけるネガティブセレクション亢進pXマウスとOVA特異的T細胞レセプター(DO11.10)のトランスジェニックマウスとの掛け合わせを行い、OVAの投与により人為的にネガティブセレクションを誘導したところ、pXマウスでは、CD4+CD8+胸腺細胞の減少が顕著に亢進していた。

 以上の結果から、pXマウスのT細胞は、CD28下流のシグナルが恒常的に活性化されており、末梢性のT細胞免疫寛容が破綻していることが、pXマウスの自己免疫疾患発症の原因のひとつであることが示唆された。最近、CD28の下流の分子であるMEKK-1に、Taxが直接結合して活性化しているという報告があることから、pXマウスのT細胞においても、TaxによってMEKK-1が活性化されているために、CD28の下流のシグナルが活性化されている可能性が考えられる。今後、pXマウスのT細胞におけるMEKK-1の活性化を含め、CD28下流のシグナル伝達分子の活性化について解析を進める予定である。

審査要旨

 本論文において、論文提出者は、自己免疫疾患の発症機構について解析を行っている。本論文は2章からなり、第1章では、関節浸潤T細胞の標的抗原について、第2章では、このマウスにおける自己免疫発症機構について述べられている。

 慢性関節炎は、多発性、進行性の自己免疫疾患であり、その病態形成には遺伝要因・環境要因が複雑に絡み合って、炎症反応を誘導していると考えられているが、その発症機構は詳細には明らかになっていない。論文提出者は、自己免疫性の慢性関節炎を自然発症するヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-I)遺伝子中のenv-pX領域を導入したトランスジェニックマウス(pXマウス)をモデルとして、慢性関節炎の発症機構について検討した。

 pXマウスは、4週令ごろからヒトの慢性関節リウマチに類似した慢性関節炎を多発する。トランスジェニックマウスの骨髄細胞を移入することによって野生型マウスに関節炎を誘導できることから、このマウスが発症する関節炎は免疫系の異常に起因していることが示唆されている。また、ヌードマウスと掛け合わせると発症率が著しく低下することから、この関節炎病態形成にはT細胞が関与していると考えられる。そこで、論文提出者は、HTLV-IによるT細胞の機能異常に着目し、解析を行った。

 まず、慢性関節炎を発症している個体の関節局所において、オリゴクローナルなT細胞クローンの集積を見いだし、これらのT細胞が特異的抗原を認識していることを明らかにした。さらに、関節に集積しているT細胞の標的抗原を同定する目的で、同一マウスのリンパ節細胞を、種々の抗原と共に培養した結果、II型コラーゲンと培養した場合に、関節で集積しているT細胞と同一のT細胞クローンが増殖することが分かった。以上の結果から、II型コラーゲンがその標的抗原のひとつであり、II型コラーゲンに対する異常反応性がpXマウスが発症する慢性関節炎の原因であることを示唆した。

 pXマウスにおいては、内在性のスーパー抗原に反応するVをもつT細胞は、野生型と同じく、末梢において消失していることなどから、胸腺におけるネガティブセレクションは正常であると考えられ、これらの自己反応性T細胞の出現機構として、末梢の自己免疫寛容の破綻が示唆された。末梢の自己免疫寛容誘導機構として、アポトーシスによるクローン除去と、副シグナルの欠如による免疫不応答の誘導があげられる。pXマウスのリンパ節細胞は、抗Fas抗体によって誘導されるアポトーシスに対して抵抗性であることがすでに示されているが、副シグナルの異常の可能性については、まだ検討されていなかった。そこで、論文提出者はpXマウスにおけるCD28下流のシグナルについて検討を行った。

 pXマウスのリンパ節細胞を抗原と共に培養した結果、野生型マウスに比べ、高い細胞増殖が観察された。さらにこのとき、CTLA-4Igによって副シグナルを阻害しても、pXマウスのリンパ節細胞においては、野生型と異なり、増殖の抑制が見られなかったことから、pXマウスのリンパ節細胞では、副シグナルが恒常的に活性化している可能性を示唆した。さらに、CD28下流分子であるSAPK/JNKの活性化を調べ、SAPK/JNKが活性化が過剰に活性化していることを示した。

 また、胸腺におけるネガティブセレクションには、CD28のシグナルが関与していることが示唆されているが、pXマウスは、野生型マウスに比べて、抗原刺激を加えたとき、胸腺細胞のアポトーシスが異常に亢進することを示した。この結果から論文提出者は、胸腺細胞でもCD28下流のシグナル伝達系が活性化しており、その結果、TCR刺激に対して高感受性になり、アポトーシスが亢進している可能性を示唆している。

 以上の結果から論文提出者は、pXマウスのT細胞において、CD28下流のシグナルが恒常的に活性化されており、末梢性のT細胞免疫寛容が破綻していることが、pXマウスの自己免疫疾患発症の原因のひとつであることを示唆している。副シグナルの活性化機構として、論文提出者は、CD28の下流の分子であるMEKK-1がHTLV-Iによって活性化されているために、CD28の下流のシグナルが活性化されている可能性、あるいは、SAPK/JNKはIL-1やTNF-の刺激によっても活性化されることから、HTLV-Iによって誘導されたこれらの炎症性サイトカインによって、副シグナルが活性化されている可能性を指摘している。ヒトの関節リウマチ患者においても、IL-1やTNF-の産生亢進が認められることから、ヒトにおいても、SAPK/JNKの活性化による副シグナルの活性化が自己免疫の発症の原因となっている可能性が考えられ、非常に興味深い。

 なお、本論文第1章は、田川陽一氏、岩倉洋一郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 本論文より得られた成果は、非常に独創的であり、今後の免疫学の発展に大きく寄与すると考える。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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