学位論文要旨



No 114115
著者(漢字) 竹本,直史
著者(英字)
著者(カナ) タケモト,ナオフミ
標題(和) マウスIL-4遺伝子の発現調節機構
標題(洋) Regulation of mouse IL-4 gene expression
報告番号 114115
報告番号 甲14115
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3604号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横田,崇
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
内容要旨 <序>

 ヘルパーT細胞は、産生するサイトカインのパターンに基づきTh1/Th2に分類され、それぞれに特異的なサイトカインの産生を通じてTh1細胞は細胞性免疫に、Th2細胞は液性免疫に重要な役割を担っている。IL-4はTh2型免疫応答において鍵となるサイトカインであり、また、ナイーヴT細胞からTh2細胞への分化に必須の機能を果たす。その産生は主に転写レベルで制御されており、IL-4遺伝子の発現調節機構の解明はThサブセットの分化について知見をもたらすことが期待される。

 我々の研究部においてこれまでに、ヒトIL-4プロモーターからの転写を活性化するシスエレメントとしてPエレメントが同定されている。これと相同な配列はマウスIL-4プロモーター中に5箇所存在し、それぞれCLE0,P,P2,P3,P4と命名されている。このうち、CLE0およびPエレメントを介した転写制御に関してはいくつかの報告があるが、P2,P3,P4に関しては十分な解析がなされていない。本研究ではまず、IL-4遺伝子のプロモーター領域について、P相同エレメントに着目した解析を行った。

 IL-4遺伝子は、IL-13,IL-5,IL-3,GM-CSFおよびIL-9等のサイトカイン遺伝子とともにクラスターを形成している。特にIL-13遺伝子とは近接して存在し、ともに活性化したTh2細胞およびマスト細胞において選択的に発現される。また、IL-4は多くの生理活性をIL-13と共有している。これらのことから、Th2細胞特異的にIL-13/IL-4遺伝子座の発現を制御する領域の存在が考えられる。ここで仮定する制御領域は、遠位のエンハンサーもしくはlocus control region(LCR)として機能することが期待され、従来行われてきた構造遺伝子近傍のプロモーター解析によっては検出されない可能性が考えられた。そこで、IL-13およびIL-4遺伝子を含む約30kbの領域について、DNaseI高感受性部位の探索を行った。多くの例において、活発に転写されている遺伝子の制御領域はヌクレアーゼに対し高感受性を示すことが観察されている。これはクロマチン構造に変化が生じ、遺伝子発現に必要とされる因子の接近が容易になった状態を反映するものと考えられている。この方法ではクロマチン構造中におけるDNAの状態を解析することから、より生理的な条件において、かつ広範囲にわたり制御領域を探索することが可能となる。

<方法および結果>

 最初に、IL-4プロモーターをルシフェラーゼ遺伝子の上流に連結したレポータープラスミドを作製し、各P相同エレメントに塩基置換を導入した。これを、PMA刺激に応答してIL-4を産生する、マウス胸腺腫由来の細胞株EL-4へ一過性に導入し、各々のプロモーター活性を測定した。この結果、P3を除く各エレメントへの変異導入にともない、基底レベルの活性およびPMA刺激により誘導される活性ともに約55%から85%の低下がみられた。

 次に、各エレメントをそれぞれ6コピーずつSV40プロモーターと共にルシフェラーゼ遺伝子の上流に連結したレポータープラスミドを作製し、EL-4へ一過性に導入して各々のエンハンサー活性について検討した。Pエレメントを連結したコンストラクトでは、PMA刺激にともない、SV40プロモーター単独の活性と比較して18倍の活性を示した。P3もしくはP4を連結したものでは2倍から3倍の上昇がみられた。CLE0もしくはP2を連結したものでは、有意な上昇は認められなかった。

 続いて、各エレメントに結合する因子を、ゲルシフトアッセイを行って検出した。CLE0,P,P2およびP4をプローブとして用いた場合、恒常的なバンドと共に、PMA刺激にともなって新規に結合する、もしくは結合量の増大するバンドが観察された。これに対し、P3をプローブとして用いた場合には恒常的なバンドのみが検出された。

 各P相同エレメントは、IL-2プロモーター中に存在するNFAT認識配列と相同性を有している。NFAT認識配列の多くには隣接してAP-1認識配列が存在し、多くの場合、NFATはAP-1と複合体を形成して機能することが報告されている。そこで、これらの認識配列を用いた競合実験およびこれらに対する抗体を用いたゲルシフトアッセイを行い、各エレメントへのNFATおよびAP-1の結合の有無を検討した。この結果、PおよびP2に対してNFAT/AP-1複合体が結合すること、CLE0およびP4に対してはNFATおよびAP-1が各々独立に結合し、うちAP-1が主要な構成因子であることが見出された。

 次いで、各エレメント相互間での競合実験を行い、この結果、P3およびP4には、それぞれに特異的な複合体が結合することが明らかとなった。

 さらに、より生理的な条件下での広範囲にわたる転写制御領域の探索を目的として、IL-13遺伝子の上流約7kbからIL-4遺伝子の第2イントロンの一部にかけての約30kbについてDNaseI高感受性部位の探索を行った。この結果、Th2クローンであるD10において、IL-13/IL-4遺伝子間領域に3つのDNaseI高感受性部位を同定し、HSS1,HSS2,HSS3と命名した。これらはそれぞれIL-4遺伝子の8.3,8.5,9.5kb上流に位置しており、いずれも休止期にある細胞においても検出されたが、HSS1の強度は、T細胞受容体からの刺激を代替するPMA/A23187処理にともない上昇した。HSS3はTh1クローンであるHDK1においてもみられたが、HSS1およびHSS2はTh2クローンに特異的であった。

 HSS1およびHSS2のサブタイプ特異性についてさらに検討するため、T細胞受容体のトランスジェニックマウス(DO11.10)を用い、以下の解析を行った。このマウスのT細胞はいずれもovalubumin(OVA)を特異的に認識し、OVAによる抗原刺激にともない均一に活性化される。まず、マウスより脾臓を摘出し、CD4+CD44lowを指標としたソーティングによりナイーヴT細胞を分取した。これをIL-12もしくはIL-4の存在下において抗原呈示細胞とともにOVAにより刺激し、Th1もしくはTh2細胞へとそれぞれ分化した細胞を得た。このin vitro分化系を用いることにより、由来するマウスの系統の違い等から生ずるクローン間の差異を除外し、共通のナイーヴT細胞に由来するTh1/Th2細胞を得ることができる。得られたTH1/Th2細胞についてDNaseIに対する感受性を調べた結果、クローンを用いた場合と同様、IL-13/IL-4遺伝子間領域に、Th1/Th2に共通した高感受性部位HSS3とともにTh2に特異的な高感受性部位HSS1,HSS2が検出された。ナイーヴT細胞においてはHSS3のみが認められた。また、クローンを用いた場合と同様、各高感受性部位はPMA/A23187刺激の有無にかかわらず検出された。

<考察と展望>

 今回行ったプロモーター解析により、T細胞の活性化にともなうIL-4プロモーターの最大限の活性化には、自身単独でエンハンサー活性を示すPエレメントに加え、CLE0,P2,P4が必要とされることが示された。また、その各々に対しNFATおよびAP-1が異なる組み合わせで結合することが見出された。

 今回同定したDNaseI高感受性部位HSS1,HSS2はナイーヴT細胞からTh2細胞への分化にともなって形成されることが明らかとなった。また、これらは休止期Th2細胞において既に存在することから、IL-13/IL-4遺伝子座の発現が、Th2細胞への分化にともなうクロマチンのリモデリングと、分化したTh2細胞における、T細胞受容体を介した刺激にともなう転写活性化との2段階にわたる制御を受けている可能性が示唆された。このことからHSS1,HSS2の機能解析はクロマチン構造中において行うことが重要であると考えられ、現在、以下のトランスジェニックマウスを作製中である。1つはIL-4遺伝子とともにその上流のIL-13/IL-4遺伝子間領域を,もう1つはIL-4遺伝子とそのプロモーター領域のみを含み、ともにIL-4遺伝子の翻訳開始点直下においてGFP遺伝子のcDNAをレポーターとして挿入してある。さらに今後、IL-13,IL-4それぞれについて異なるレポーター遺伝子を導入したマウスを作製することにより、多くの生理活性を共有するIL-13およびIL-4の遺伝子発現が、共通のシスエレメントにより制御されている可能性について明らかにすることができると考えている。

 また、HSS1,HSS2形成の機構を明らかにする目的で、現在、IL-4受容体下流の主要な情報伝達因子の1つであるStat6の果たす役割につき、そのconditional active formを用いて解析を進めている。

 加えて、HSS1,HSS2周辺の塩基配列を決定した結果、遺伝子発現に重要な役割を果たす核マトリックス結合領域である可能性を示唆するモチーフがみられ、今後、この可能性についても検討する予定である。

 転写制御には、しばしばメチル化やヒストンのアセチル化といったクロマチン構造の後生的な修飾が関与し、一般に、前者は転写抑制と、後者は転写活性化と相関することが知られている。このことから、現在、IL-13/IL-4遺伝子間領域についてメチル化の有無を検討しており、これまでにThクローンを用いた解析からTh1特異的にメチル化されたCpG残基を確認しているが、DO11.10由来のナイーヴT細胞を用いたin vitro分化系においては、サブタイプ間での違いは観察されていない。今後、アセチル化の有無を含め、さらに検討してゆく予定である。

審査要旨

 抗原特異的な免疫応答は、抗原呈示細胞上にMHC分子とともに呈示された抗原とT細胞受容体との相互作用に始まり、引き続いて起こる一連の反応において、ヘルパーT(Th)細胞より分泌されるサイトカインは中心的な機能を果たしている。Th細胞には2つのサブセットTh1,Th2が存在し、それぞれに特異的なサイトカインの分泌を通じてTh1細胞は細胞性免疫に、Th2細胞は液性免疫に重要な役割を担っている。本論文では、免疫応答の型を規定するThサブセットの分化機構の解明を目指す上で、最も代表的なTh2サイトカインであるIL-4に着目し、その遺伝子発現調節機構について解析している。

 本論文は全4章から構成される。序論となる第1章は、T細胞、特にThサブセットと免疫応答におけるその役割について、またIL-4の生理機能についてこれまでに得られている知見をそれぞれ概説した後、本研究の目的について述べられている。

 第2章では、マウスIL-4遺伝子のプロモーター領域について解析がなされており、以下の結果を得ている。(1)T細胞の活性化にともなうIL-4プロモーターの最大限の活性化には、自身単独でエンハンサー活性を示すPエレメントに加え、3つのP相同エレメントCLE0,P2,P4が必要とされ、うちいずれかへの変異導入にともない活性は著しく低下する。(2)PおよびP2上において転写因子NFATおよびAP-1が複合体を形成する。CLE0およびP4に対してはNFATおよびAP-1がそれぞれ独立に結合し、うちAP-1が主要な構成因子である。(3)P3およびP4には、各々に固有の複合体が結合する。論文提出者はこれらの結果を総合し、マウスIL-4プロモーターからの転写は、異なるセットのNFATおよびAP-1ファミリータンパク質が結合する4つのP相同エレメントにより協調的に活性化されることを提唱している。また協調的な転写活性化機構のモデルとして、各エレメントに結合する因子がさらに高次の複合体を形成して機能する可能性を想定し、考察している。

 第3章では、IL-13遺伝子の上流約7kbからIL-4遺伝子の第2イントロンの一部にかけての約30kbにわたるDNaseI高感受性部位の探索について記述されている。この解析は、Th1,Th2クローンとともに、T細胞受容体のトランスジェニックマウスより分取したナイーヴT細胞をin vitroにおいてTh1/Th2細胞へと分化させる系を用いて行われている。解析の結果、IL-13/IL-4遺伝子間領域に3つのDNaseI高感受性部位HSS1、HSS2,HSS3を同定しており、うちHSS1およびHSS2はTh2サブセットに特異的であることが見出されている。ナイーヴT細胞においてはHSS3のみが認められ、このことから論文提出者は、HSS1およびHSS2はナイーヴT細胞からTh2細胞への分化にともなって形成されると結論づけている。また、Th2細胞においてHSS1,HSS2はT細胞受容体を介した刺激の有無にかかわらず存在することから、IL-13/IL-4遺伝子座の発現が、Th2細胞への分化にともなうクロマチンの構造変化と、分化したTh2細胞における、T細胞受容体を介した刺激にともなう転写活性化との2段階にわたり制御されていると推察している。さらに、IL-13/IL-4遺伝子間領域にTh2サブセット特異的なDNaseI高感受性部位が同定されたことから、これらの遺伝子が非常に近接して存在すること、およびいずれも活性化したTh2細胞およびマスト細胞において選択的に発現されることを考え合わせ、多くの生理活性を共有するIL-13およびIL-4の遺伝子発現が共通のシス配列により制御されている可能性について指摘している。この解析を通じて得られた知見は,サイトカイン遺伝子の発現調節機構についてこれまでに多く行われてきた構造遺伝子近傍のプロモーター解析によっては得られないものである。

 最後に第4章では、本研究で得られた知見に基づいてIL-4遺伝子の発現調節機構について総括的に考察し、現在進行中の解析および今後の研究の展望について記述している。

 以上の研究は、IL4プロモーターによる転写制御機構に関する新しい知見をもたらした。また、従来のものとは異なる視点を導入してTh2サブセットへの分化とIL-13/IL-4遺伝子座のクロマチン構造の変化とを関連づけ、より生理的な実験系においてそれを検証することにより、Thサブセット分化の分子機構の解明に向けた今後の研究に新たな方向性を与えた。なお、本論文第2章は小谷野菜峰子博士、新井直子博士、新井賢一博士、横田崇博士と、本論文第3章は小谷野菜峰子博士、横田崇博士、新井直子博士、宮武昌一郎博士、新井賢一博士との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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