学位論文要旨



No 114120
著者(漢字) 向山,洋介
著者(英字)
著者(カナ) ムコウヤマ,ヨウスケ
標題(和) マウス胎仔AGM(aorta-gonad-mesonephros : 大動脈中腎周囲)領域初代培養系による造血発生メカニズムの解析
標題(洋) Hematopoietic Development in the Embryonic Aorta-Gonad-Mesonephros Region
報告番号 114120
報告番号 甲14120
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3609号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 横田,崇
内容要旨

 骨髄では、造血幹細胞より赤血球、好中球、好塩基球、好酸球、単球、リンパ球などの細胞が産生されると同時に、造血幹細胞そのものの自己複製が行われている。これまで、この一連の造血系の発生は、原腸形成初期に誘導されてくる腹側中胚葉が卵黄嚢へ移動し、胎生11〜12日ぐらいに造血器官は胎仔肝に移り、出生後は骨髄に移ると考えられていた。しかし卵黄嚢に存在する血球には骨髄再構築能がないこと、また卵黄嚢では主に未熟な有核赤血球のみが分化してくることなどから、胎仔型造血(primitivehematopoiesis)と呼ばれ、出生後の成体型造血(definitive hematopoiesis)とは区別されるようになった。この説を支持するように、主に血球系に発現している転写因子(c-myb,AML-1など)を破壊したマウスのいくつかは、胎仔型造血は正常だが成体型造血の異常で致死になる表現型を示している。

 最近、造血幹細胞の起源に関して、DzierzakらやCumanoらのグループが行なった造血幹細胞の定義に沿った厳密な解析により、マウスにおいてAGM(aorta-gonad-mesonephros)と呼ばれる大動脈中腎周囲の領域に骨髄再構築能をもつ造血幹細胞が存在することが明らかとなり、そこが成体型の造血幹細胞の起源と考えられるようになった。

 そこで、AGM領域の造血幹細胞や造血環境を分子レベルで解析してゆくために、私はAGM領域の初代培養系を確立した(図1)。胎生11日のマウスのAGM領域をSCF,bFGF及びIL-6ファミリーの一つであるOncostatin M(OSM)を含む条件で培養すると、繊維芽細胞や血管内皮様細胞が形成され、それら付着細胞の上に血液細胞が出現し増殖するのを確認した。さらにこの血液細胞には、CFU-MIX(混合コロニー)、CFU-S(脾臓コロニー)、cobblestone形成能、長期骨髄再構築能をもつ多能性造血幹細胞に加え、リンパ球系前駆細胞も含まれていることが認められた。すなわち、AGM領域初代培養系は、本来AGM領域で行われている造血幹細胞の発生を再現しているものと考えられる。また、OSMは胎仔期のAGM領域で発現しており、この培養系では造血幹細胞に加え、血管内皮様細胞の出現も促進することから、OSMがこれらの造血及び血管系の前駆細胞の増殖・分化を制御していることが示唆される(Y.Mukouyama,et al.Immunity8:105-114,1998)。

図1 マウス胎仔AGM領域初代培養法

 このAGM領域初代培養系を用いて、造血幹細胞の起源・性質に関する様々な解析が可能となった。造血幹細胞の起源については、鳥類での造血系の発生、およびFlk-1遺伝子欠損マウスの解析から、造血幹細胞と血管内皮前駆細胞の双方に分化する共通の前駆細胞(hemangioblast)の存在が示唆されている。AGM領域初代培養系において、OSM依存的に造血幹細胞・血管内皮細胞の発生・増殖が見られること、OSMは血液細胞そのものには作用しないことから、共通の前駆細胞が存在しOSMの刺激を受けて増殖・分化している可能性もあり、その同定を試みている。

 一方、この初代培養系よりOSM依存的に増殖する血管内皮様細胞株LO、OPLOを樹立した。興味深いことに、LO細胞は自発的に血球様細胞を産生し、hemangioblastの性質を保持している可能性が示唆された。従って、hemangioblastから血球化及び血管内皮細胞化する分子機序の解明に有用であると考えている。

 さらに、成体型造血に必須の転写因子c-myb、AML1の遺伝子欠損マウス由来のAGM領域初代培養を行い、造血発生における両転写因子の機能を解析した(manuscripts in preparation)。まず野生型胎仔AGM初代培養においてc-myb、AML1の発現を見たところ、c-mybは血液細胞でのみ発現が見られたが、AML1は血液細胞とともに血管内皮様細胞においてもその発現が見られた。c-myb、AML1遺伝子ホモ欠損型胎仔AGM初代培養では、血管内皮様細胞は存在するが、血液細胞は全く認められなかった。この結果により、c-myb、AML1遺伝子欠損マウスに見られる成体型造血の異常は、AGM領域における造血発生の異常に起因することが初めて示された。

 一方、c-myb、AML1遺伝子は、AGM領域の造血発生において、hemangioblastから血液細胞が産生する過程で必須か、hemangioblastそのものが正常に発生するのに必須である可能性が考えられた。そこでレトロウイルスを用いてc-myb、AML-1遺伝子導入を行ったところ、各々のホモ欠損型胎仔AGM初代培養にみられる造血発生の異常をレスキューできることが示された。つまり、AGM培養系に存在する血管内皮様細胞からc-myb、AML1によって血液細胞が誘導された可能性が高いと考えられる。

 以上の結果から、c-myb、AML1遺伝子がAGM領域での造血初期発生過程、特にhemangioblastから血球が産生される過程に必須であることが示唆された(図2)。また、この初代培養系を用いることにより、造血系に異常を持つ遺伝子欠損マウスや変異マウスのAGM領域における造血機構の異常を分子・細胞レベルで解析できる可能性が示された。

図2 マウス胎仔における造血発生のモデル
審査要旨

 本論文は、初代培養系を用いたマウス胎仔の造血発生のメカニズムの解明について述べられている。序論、実験方法の章に続き、3章にわたり結果、考察が述べられている。

 まず始め(第4章)に、成体型造血の起源であるAGM(aorta-gonad-mesonephros)と呼ばれる大動脈中腎周囲領域の初代培養系の確立について述べられている。胎生11日のマウスのAGM領域をSCF,bFGF及びIL-6ファミリーの一つであるOncostatin M(OSM)を含む条件で培養すると、繊維芽細胞や血管内皮様細胞が形成され、それら付着細胞の上に血液細胞が出現し増殖する。さらにこの血液細胞には、多能性造血幹細胞に加え、リンパ球系前駆細胞も含まれている。すなわち、AGM培養系は、本来AGM領域で行われている造血幹細胞の発生を再現していると考察している。また、胎仔期のAGM領域におけるOSMの発現及び、培養系内で造血幹細胞に加え、血管内皮様細胞の出現も促進することから、OSMがこれらの造血及び血管系の共通前駆細胞(hemangioblasts)の増殖・分化を制御している可能性を示唆している。さらにこの初代培養系より、hemangioblastから血球化及び血管内皮細胞化する分子機序の解明に有用なOSM依存的に増殖する血管内皮様細胞株を樹立し解析を行っている。

 次に、2章(第5章、第6章)では、主に造血過程に重要とされる転写因子c-myb、AML1に着目し研究を行っている。これらの転写因子は各々のノックアウトマウスの解析から成体型造血に必須であることが報告されている。そこで本章では、c-myb、AML1の遺伝子欠損マウス由来のAGM初代培養を行い、造血発生における両転写因子の機能を解析している。c-myb、AML1遺伝子ホモ欠損型AGM初代培養では、血管内皮様細胞は存在するが、血液細胞は全く認められない。この結果により、c-myb、AML1遺伝子欠損マウスに見られる成体型造血の異常は、AGM領域における造血発生の異常に起因することが初めて示されている。さらに、c-myb、AML1遺伝子が、AGM領域の造血発生において、hemangioblastから血液細胞が産生する過程で機能しているか解析を行っている。レトロウイルスを用いてc-myb、AML1遺伝子導入を行ったところ、各々のホモ欠損型AGM初代培養にみられる造血発生の異常をレスキューできることが示され、AGM培養系に存在する血管内皮様細胞からc-myb、AML1によって血液細胞が誘導された可能性が高いと考察している。つまりc-myb、AML1遺伝子がAGM領域での造血初期発生過程、特にhemangioblastから血球が産生される過程に必須である可能性を示唆している。

 造血系に異常を持つ遺伝子欠損マウスや変異マウスの解析は、その原因となる組織・細胞の同定や、分子メカニズムに関していまだ不明な点が多い。この初代培養系用いることで、成体型造血の起源であるAGM領域における造血機構の異常を分子・細胞レベルで解析できる可能性が示された。このように論文提出者の確立した培養系は、血液学・発生学の分野に大きく貢献するものと考えられる。

 なお、本論文の第4章の内容は、原孝彦、Ming-Jiang Xu、田村和弘、Peter J. Donovan、向後博司、辻浩一郎、中畑龍俊、宮島篤との共同研究としてImmunityに発表したが、本研究においては論文提出者が主体となって実験及び考察を行っている。同様に、第5章、第6章の内容は、原孝彦、宮島篤、佐竹正延、渡邊利雄との共同研究として現在投稿中であるが、論文提出者が主体となって行った実験である。従って、論文提出者の寄与が十分であると判断し、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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