骨髄では、造血幹細胞より赤血球、好中球、好塩基球、好酸球、単球、リンパ球などの細胞が産生されると同時に、造血幹細胞そのものの自己複製が行われている。これまで、この一連の造血系の発生は、原腸形成初期に誘導されてくる腹側中胚葉が卵黄嚢へ移動し、胎生11〜12日ぐらいに造血器官は胎仔肝に移り、出生後は骨髄に移ると考えられていた。しかし卵黄嚢に存在する血球には骨髄再構築能がないこと、また卵黄嚢では主に未熟な有核赤血球のみが分化してくることなどから、胎仔型造血(primitivehematopoiesis)と呼ばれ、出生後の成体型造血(definitive hematopoiesis)とは区別されるようになった。この説を支持するように、主に血球系に発現している転写因子(c-myb,AML-1など)を破壊したマウスのいくつかは、胎仔型造血は正常だが成体型造血の異常で致死になる表現型を示している。 最近、造血幹細胞の起源に関して、DzierzakらやCumanoらのグループが行なった造血幹細胞の定義に沿った厳密な解析により、マウスにおいてAGM(aorta-gonad-mesonephros)と呼ばれる大動脈中腎周囲の領域に骨髄再構築能をもつ造血幹細胞が存在することが明らかとなり、そこが成体型の造血幹細胞の起源と考えられるようになった。 そこで、AGM領域の造血幹細胞や造血環境を分子レベルで解析してゆくために、私はAGM領域の初代培養系を確立した(図1)。胎生11日のマウスのAGM領域をSCF,bFGF及びIL-6ファミリーの一つであるOncostatin M(OSM)を含む条件で培養すると、繊維芽細胞や血管内皮様細胞が形成され、それら付着細胞の上に血液細胞が出現し増殖するのを確認した。さらにこの血液細胞には、CFU-MIX(混合コロニー)、CFU-S(脾臓コロニー)、cobblestone形成能、長期骨髄再構築能をもつ多能性造血幹細胞に加え、リンパ球系前駆細胞も含まれていることが認められた。すなわち、AGM領域初代培養系は、本来AGM領域で行われている造血幹細胞の発生を再現しているものと考えられる。また、OSMは胎仔期のAGM領域で発現しており、この培養系では造血幹細胞に加え、血管内皮様細胞の出現も促進することから、OSMがこれらの造血及び血管系の前駆細胞の増殖・分化を制御していることが示唆される(Y.Mukouyama,et al.Immunity8:105-114,1998)。 図1 マウス胎仔AGM領域初代培養法 このAGM領域初代培養系を用いて、造血幹細胞の起源・性質に関する様々な解析が可能となった。造血幹細胞の起源については、鳥類での造血系の発生、およびFlk-1遺伝子欠損マウスの解析から、造血幹細胞と血管内皮前駆細胞の双方に分化する共通の前駆細胞(hemangioblast)の存在が示唆されている。AGM領域初代培養系において、OSM依存的に造血幹細胞・血管内皮細胞の発生・増殖が見られること、OSMは血液細胞そのものには作用しないことから、共通の前駆細胞が存在しOSMの刺激を受けて増殖・分化している可能性もあり、その同定を試みている。 一方、この初代培養系よりOSM依存的に増殖する血管内皮様細胞株LO、OPLOを樹立した。興味深いことに、LO細胞は自発的に血球様細胞を産生し、hemangioblastの性質を保持している可能性が示唆された。従って、hemangioblastから血球化及び血管内皮細胞化する分子機序の解明に有用であると考えている。 さらに、成体型造血に必須の転写因子c-myb、AML1の遺伝子欠損マウス由来のAGM領域初代培養を行い、造血発生における両転写因子の機能を解析した(manuscripts in preparation)。まず野生型胎仔AGM初代培養においてc-myb、AML1の発現を見たところ、c-mybは血液細胞でのみ発現が見られたが、AML1は血液細胞とともに血管内皮様細胞においてもその発現が見られた。c-myb、AML1遺伝子ホモ欠損型胎仔AGM初代培養では、血管内皮様細胞は存在するが、血液細胞は全く認められなかった。この結果により、c-myb、AML1遺伝子欠損マウスに見られる成体型造血の異常は、AGM領域における造血発生の異常に起因することが初めて示された。 一方、c-myb、AML1遺伝子は、AGM領域の造血発生において、hemangioblastから血液細胞が産生する過程で必須か、hemangioblastそのものが正常に発生するのに必須である可能性が考えられた。そこでレトロウイルスを用いてc-myb、AML-1遺伝子導入を行ったところ、各々のホモ欠損型胎仔AGM初代培養にみられる造血発生の異常をレスキューできることが示された。つまり、AGM培養系に存在する血管内皮様細胞からc-myb、AML1によって血液細胞が誘導された可能性が高いと考えられる。 以上の結果から、c-myb、AML1遺伝子がAGM領域での造血初期発生過程、特にhemangioblastから血球が産生される過程に必須であることが示唆された(図2)。また、この初代培養系を用いることにより、造血系に異常を持つ遺伝子欠損マウスや変異マウスのAGM領域における造血機構の異常を分子・細胞レベルで解析できる可能性が示された。 図2 マウス胎仔における造血発生のモデル |