学位論文要旨



No 114124
著者(漢字) 大石,直哉
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,ナオヤ
標題(和) 標的遺伝子RP-1に対するBrn-1転写因子の機能の解析
標題(洋) Studies on the Brn-1 function as a transcriptional regulator of the RP-1 gene
報告番号 114124
報告番号 甲14124
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3613号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 植田,信太郎
 東京大学 教授 平井,百樹
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 助教授 三谷,啓志
 東京大学 助教授 石田,貴文
内容要旨

 生物の発生過程での細胞は、組織ごとに特異的な組み合わせの遺伝子が転写されることが細胞が分化の大きな要因となる。転写が細胞の核内でおきるとき、転写反応の開始や、促進、抑制などにかかわる蛋白は一般に転写因子と呼ばれる。POUドメインファミリー遺伝子はDNA結合構造のPOUドメインをもち、転写反応を調節にかかわる転写因子であることが、これまでの研究から知られている。これまでにクローニングされているPOU遺伝子のなかで、クラスIIIに分類される遺伝子は、ヒトやマウスラットなどのほ乳類や、魚類、無脊椎動物の中枢神経系で発現することが知られている。クラスIIIPOUは発生過程のほ乳類の前脳で発現している。したがって、クラスIIIPOU機能を明らかにすることが、高度に複雑化したほ乳動物の前脳の分化が遺伝子発現のレベルでのようにコントロールされているか知る手がかりになる。

 POUはDNA結合構造をもつ転写因子であるため、ゲノム中から個々の細胞の発生段階や部位に応じて適切な遺伝子を選び出すこと、そして選択した遺伝子の発現量や発現タイミングのコントロールをすること、の2つが主な役割であると考えられる。このためクラスIIIPOU写因子のはたす機能を明らかにするためにはまず転写コントロールの標的となる遺伝子、さらにはその遺伝子の中で転写因子が標的とする塩基配列がどのようなものであるのか調べなくてはならない。標的遺伝子と配列を特定することによってはじめて、細胞内でのクラスIIIPOUの分子レベルでの機能を実験的に解析することが可能となる。現在までのところ、クラスIIIPOUの標的遺伝子はほとんどあきらかにされていない。したがって本研究では、まずクラスIIIPOUのメンバーのひとつであるBrn-1の標的となる遺伝子の抽出を行った。

 Genomic binding site cloning法によって、ひとのゲノムDNAからBrn-1結合部位を含むDNA断片のライブラリーを構築し、この結合配列断片のライブラリーをプローブとして、さらにヒトの胎児の脳由来のcDNAライブラリーをスクリーニングした。この作業によって抽出したいくつかのcDNAクローンの配列を解析すると、B1BG-5と名前を付けた一つのcDNAクローンに259アミノ酸残基をコードするopen reading frameがあることが解った。データーベースを検索したところ、このcDNAクローンの配列とほとんど同じ配列がRP-1/T-cell activation proteinとしてすでに報告されていることが明らかになった。B1BG-5のコードするアミノ酸配列とRP-1のアミノ酸配列は65番目のポジションのアミノ酸とカルボキシル末端の8つのアミノ酸が異なる以外配列が完全一致している。したがって、このB1BG-5はRP-1遺伝子のオルタナティブスプライシングによるプロダクトであることが予想される。ヒトおよびラットの組織由来のmRNAをもちいてNorthernブリダーゼーション法によってRP-1の発現を調べるとヒトでは2.6kbと4.0kb、ラットでは2.4kbと4.0kbの2種類のバンドが脳を含む各組織に検出できた。とくに4.0kbmRNAはヒト、ラットともに脳での発現が多かった。Northernハイブリダイゼーションで示されたこれらの2種類のmRNAはRP-1の2つのプロダクトであると考えられる。またラットの精巣でのみおよそ0.8kbのmRNAの発現を検出することができた。

 次にBrn-1がRP-1遺伝子のどの領域に結合するかを明らかにするためにgenomic bindig site cloning法によって抽出した、RP-1遺伝子の部分的なゲノムクローン、B1BF-XH7の塩基配列を決定した。B1BF-XH7の配列ははRP-1遺伝子のの3’翻訳領域の一部と非翻訳領域に相当し、このクローンの中には既知のPOU蛋白の標的配列に類似した領域が4ヶ所あった。

 B1BF-XH7のPOU蛋白結合配列を含む4つの領域、52-81、525-554、681-710、905-934の配列を合成しBrn-1蛋白をもちいてmobility shift法によって蛋白とDNAとの結合量を定量したところ、52-81の配列が525-554、905-934より強くBrn-1と結合を示し、また681-710は蛋白との結合を示さなかった。これらの配列が細胞内でBrn-1蛋白に応答するエンハンサー配列として機能しうるか調べるために培養細胞を用いて細胞内のレポーター遺伝子の転写活性を定量した。NIH3T3細胞では52-81が他の配列よりやや高いエンハンサー活性を示した。in vitroでの結合力は52-81がもっとも強く、NIH3T3細胞でのエンハンサー活性の比較は、Brn-1蛋白と標的配列のin vitroでの結合の強さを反映した結果となった。しかし同じ実験をPC12細胞で行ったところ、905-934が52-81よりも強いエンハンサー活性を示した。この結果はPC12胞でのみ905-934の配列特異的に,Brn-1とDNAとの結合を補強するような因子、あるいはBrn-1とDNAの複合体に結合して転写活性を促進する機能を持つin因子が存在しBnr-1とともに働いている可能性をしめしている。

審査要旨

 本論文では,中枢神経系において遺伝子の発現を特異的に制御している転写因子class III POUのメンバーの一つであるBrain-1の標的遺伝子について述べられている。

 まず,ヒトのBrain-1遺伝子のPOUドメインを大腸菌発現ベクターへクローニングし、大腸菌内にて誘導発現させたPOUドメイン蛋白を分離、精製している。次に、このPOUドメイン蛋白と制限酵素によって断片化したヒトのゲノムDNAとを混合・インキュベーションし、両者間の結合を促した。ここで発現させたBrain-1 POUドメインには6x His-tagを付与させており、DNAとPOUドメイン蛋白の複合体をニッケルレジンに特異的に吸着させることができる。この方法によりBrain-1遺伝子のPOUドメインが結合するゲノムDNA領域を抽出することを可能にしている。このステップを複数回繰り返すことによりDNAとPOUドメイン蛋白の非特異的複合体を除き、POUドメイン蛋白結合DNAの濃縮プールを得ている。すなわち、ニッケルレジンから溶出させたDNAをプラスミッドベクターにクローニングし、mixtureの状態で組み換え体DNAを回収している。このDNA mixtureを再び大腸菌内にて誘導発現させたPOUドメイン蛋白と結合させ、ニッケルレジンをもちいてPOUドメイン蛋白に特異的に結合するDNAの濃縮化を進めている。

 次に、これらDNA断片をプローブに用いてヒト胎児の脳由来のcDNAライブラリーをスクリーニングし、Brain-1の標的遺伝子候補を複数クローン選び出している。これらの全塩基配列を決定し、配列データベースとの間でのホモロジサーチをおこなった結果、このうちの一つのクローン(B1BG-5)がカルボキシル末端側の8アミノ酸残基を除くと既知のRP-1/T-cell activation proteinとほぼ同一の配列を示すことが分かった。Genomic DNAとcDNA間の塩基配列の比較から、このB1BG-5はRP-1遺伝子のオルタナティブスプライシングによるプロダクトであることが予想される。RP-1蛋白はadenomatous polyposis coli(APC)蛋白に結合するEB1遺伝子ファミリーのメンバーで、細胞増殖のコントロールに関係しているのではないかと考えられている。ヒトおよびラットの組織由来のmRNAをもちいてNorthernハイブリダーゼーション法によってRP-1の発現を調べ、2種類のサイズの転写産物が脳を含む種々の組織で発現していた。

 初段階選別によりクローニングしてきたBrn-1のPOUドメイン蛋白が結合するRP-1ゲノム遺伝子領域の配列中には既知のPOU蛋白の標的配列に類似した領域が4ヶ所あった。これら4つの領域、52-81、525-554、681-710、905-934の合成配列と大腸菌で発現させたBrn-1 POU蛋白をもちいてEMSA法により蛋白とDNAとの結合を調べ、52-81の配列が525-554、905-934より強くBrn-1 POUと結合を示しのに対し、681-710は結合を示さないことを明らかにした。これらの配列が細胞内でBrn-1蛋白に応答するエンハンサー配列として機能し得るか否かを調べるために培養細胞を用いた細胞中のレポーター遺伝子の転写活性の定量により分析している。レポーターのルシフェラーゼ遺伝子の後方にエンハンサーとして先の4つの領域の配列をそれぞれ挿入したレポーターベクターとBrn-1のPOUドメインとヘルペスウィルスの転写因子であるVP16蛋白の転写活性化ドメインを融合した蛋白を発現するベクターを共にトランスフェクトした。その結果、NIH3T3細胞をもちいた場合EMSAによる結合力ならびにエンハンサー活性の比較ともに52-81でもっとも強い値を得ていた。

 以上の結果は,DNA結合蛋白とゲノムDNAの特異的結合を利用した本手法が転写因子の標的遺伝子の探索に有力な方法であることを示している。加えて、今まで報告のなかったBrain-1の標的遺伝子についての知見が本論文によって初めて得られた。

 よって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

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