生物の発生過程での細胞は、組織ごとに特異的な組み合わせの遺伝子が転写されることが細胞が分化の大きな要因となる。転写が細胞の核内でおきるとき、転写反応の開始や、促進、抑制などにかかわる蛋白は一般に転写因子と呼ばれる。POUドメインファミリー遺伝子はDNA結合構造のPOUドメインをもち、転写反応を調節にかかわる転写因子であることが、これまでの研究から知られている。これまでにクローニングされているPOU遺伝子のなかで、クラスIIIに分類される遺伝子は、ヒトやマウスラットなどのほ乳類や、魚類、無脊椎動物の中枢神経系で発現することが知られている。クラスIIIPOUは発生過程のほ乳類の前脳で発現している。したがって、クラスIIIPOU機能を明らかにすることが、高度に複雑化したほ乳動物の前脳の分化が遺伝子発現のレベルでのようにコントロールされているか知る手がかりになる。 POUはDNA結合構造をもつ転写因子であるため、ゲノム中から個々の細胞の発生段階や部位に応じて適切な遺伝子を選び出すこと、そして選択した遺伝子の発現量や発現タイミングのコントロールをすること、の2つが主な役割であると考えられる。このためクラスIIIPOU写因子のはたす機能を明らかにするためにはまず転写コントロールの標的となる遺伝子、さらにはその遺伝子の中で転写因子が標的とする塩基配列がどのようなものであるのか調べなくてはならない。標的遺伝子と配列を特定することによってはじめて、細胞内でのクラスIIIPOUの分子レベルでの機能を実験的に解析することが可能となる。現在までのところ、クラスIIIPOUの標的遺伝子はほとんどあきらかにされていない。したがって本研究では、まずクラスIIIPOUのメンバーのひとつであるBrn-1の標的となる遺伝子の抽出を行った。 Genomic binding site cloning法によって、ひとのゲノムDNAからBrn-1結合部位を含むDNA断片のライブラリーを構築し、この結合配列断片のライブラリーをプローブとして、さらにヒトの胎児の脳由来のcDNAライブラリーをスクリーニングした。この作業によって抽出したいくつかのcDNAクローンの配列を解析すると、B1BG-5と名前を付けた一つのcDNAクローンに259アミノ酸残基をコードするopen reading frameがあることが解った。データーベースを検索したところ、このcDNAクローンの配列とほとんど同じ配列がRP-1/T-cell activation proteinとしてすでに報告されていることが明らかになった。B1BG-5のコードするアミノ酸配列とRP-1のアミノ酸配列は65番目のポジションのアミノ酸とカルボキシル末端の8つのアミノ酸が異なる以外配列が完全一致している。したがって、このB1BG-5はRP-1遺伝子のオルタナティブスプライシングによるプロダクトであることが予想される。ヒトおよびラットの組織由来のmRNAをもちいてNorthernブリダーゼーション法によってRP-1の発現を調べるとヒトでは2.6kbと4.0kb、ラットでは2.4kbと4.0kbの2種類のバンドが脳を含む各組織に検出できた。とくに4.0kbmRNAはヒト、ラットともに脳での発現が多かった。Northernハイブリダイゼーションで示されたこれらの2種類のmRNAはRP-1の2つのプロダクトであると考えられる。またラットの精巣でのみおよそ0.8kbのmRNAの発現を検出することができた。 次にBrn-1がRP-1遺伝子のどの領域に結合するかを明らかにするためにgenomic bindig site cloning法によって抽出した、RP-1遺伝子の部分的なゲノムクローン、B1BF-XH7の塩基配列を決定した。B1BF-XH7の配列ははRP-1遺伝子のの3’翻訳領域の一部と非翻訳領域に相当し、このクローンの中には既知のPOU蛋白の標的配列に類似した領域が4ヶ所あった。 B1BF-XH7のPOU蛋白結合配列を含む4つの領域、52-81、525-554、681-710、905-934の配列を合成しBrn-1蛋白をもちいてmobility shift法によって蛋白とDNAとの結合量を定量したところ、52-81の配列が525-554、905-934より強くBrn-1と結合を示し、また681-710は蛋白との結合を示さなかった。これらの配列が細胞内でBrn-1蛋白に応答するエンハンサー配列として機能しうるか調べるために培養細胞を用いて細胞内のレポーター遺伝子の転写活性を定量した。NIH3T3細胞では52-81が他の配列よりやや高いエンハンサー活性を示した。in vitroでの結合力は52-81がもっとも強く、NIH3T3細胞でのエンハンサー活性の比較は、Brn-1蛋白と標的配列のin vitroでの結合の強さを反映した結果となった。しかし同じ実験をPC12細胞で行ったところ、905-934が52-81よりも強いエンハンサー活性を示した。この結果はPC12胞でのみ905-934の配列特異的に,Brn-1とDNAとの結合を補強するような因子、あるいはBrn-1とDNAの複合体に結合して転写活性を促進する機能を持つin因子が存在しBnr-1とともに働いている可能性をしめしている。 |