学位論文要旨



No 114128
著者(漢字) 印南,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) インナン,ヒデキ
標題(和) DNA多型に関する理論的研究
標題(洋) THEORETICAL STUDIES ON DNA POLYMORPHISM
報告番号 114128
報告番号 甲14128
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3617号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田嶋,文生
 東京大学 教授 青木,健一
 東京大学 教授 加藤,雅啓
 東京大学 教授 雨宮,昭南
 総合研究大学院大学 教授 高畑,尚之
内容要旨

 生物はその種内に多くの遺伝的変異(多様性)を持っていることが知られている。たとえば、エンドウマメの皺の有無や人間のABO血液型などが種内変異の典型的な例であり、それぞれが対立遺伝子といわれている。集団遺伝学では、どのようなメカニズムによってこのような種内変異が維持されているのかを研究することにより、生物の進化機構を考える。現在観察された種内変異の量及びパターンを説明するのに自然選択の力が必要なのかどうかが、集団遺伝学の議論の中心になっている(自然選択仮説と中立仮説)。そのため、我々がある種内変異を観察したとき、その変異の生まれた要因や、現在に至るまでの過程を考える必要がある。このとき、確率過程をもとにした数学理論が非常に役に立つ。

 本研究では、集団中に対立遺伝子が2つ存在するとき、その遺伝子座領域におけるDNAレベルの変異が、どのようなかたちで観察されるかを理論的に解析した。2つの対立遺伝子クラス(allelic class)をそれぞれA1、A2と表す。そして、n個の個体をサンプルしたとき、2つの対立遺伝子クラス、A1及びA2、の個数がそれぞれiとn-iであったとする。このときの対立遺伝子クラス内及びクラス間の変異量について、理論的な研究をおこなった。一般的に種内の変異量は、2つのパラメーター(S:No.of segreagting sites、K:Average no.of pairwise differenes)で表される。A1対立遺伝子クラス内の変異量(S1(i,n-i),K1(i,n-i))、A2対立遺伝子クラス内の変異量(S2(i,n-i),K2(i,n-i))、及び両対立遺伝子クラス間の変異量(Sb(i,n-i),D(i,n-i))の中立仮説のもとでの期待値を、の関数で表すことができた。ここで、(=4N)は集団中の変異量を表すパラメーターである(Nは集団の大きさ、は突然変異率)。すなはち、No.of segreagting sitesは、

 

 

 

 ここで

 

 また、Average no.of pairwise differenesは、

 

 

 

 FIGURE1は、n=20のときの数値解をプロットしたものである。また、FIGURE2では、A1対立遺伝子クラスが祖先型でA2対立遺伝子クラスが突然変異型であるという条件のもとでの数値解をプロットした。

 次に、2つの対立遺伝子クラスが自然選択の力によって維持されているときの、対立遺伝子クラス内及びクラス間の変異量について研究した。もちいた自然選択モデルは、genic selection modelとoverdominant selection modelの2つである。この2つの自然選択モデルのもとで、対立遺伝子クラス間の変異量(D(i,n-i))の期待値を理論的に求めることができた。FIGURE3は、n=10のときの数値解をプロットしたものである。対立遺伝子クラス内の変異量(K1(i,n-i)とK2(i,n-i))に関しては、コンピューターシミュレーションを用いて調べた。FIGURE4に、その結果を示す。

 

 という中立仮説のもとで成り立つ関係が、モデル及び自然選択の強さに関わらず、近似的に成り立つことがわかる。

 これらの理論的結果が、実際の種内変異のデータを理解するにあたって、どのように役に立つかを考える。

FIGURE1-The amounts of nucleotide variation within and between allelic classes when the ancestral class is unknownFIGURE2-The amounts of nucleotide variation within and between allelic classes when the ancestral allelic class is knownFIGURE3-Average number of pairwise differences between two allelic classes under selection modelFIGURE4-Average number of pairwise differences within two allelic classes under selection model
審査要旨

 本論文は2章からなり、第1章は、中立説の下で期待される対立遺伝子内および対立遺伝子間のDNA多型量について、第2章は、自然選択説の下で期待される対立遺伝子内および対立遺伝子間のDNA多型量について述べられている。

 遺伝的変異の保有機構を解明するためには、実験と理論の両方の発展が必要である。たとえば、ある保有機構の下で理論的に期待される現象と実験結果を比較検定することによって、その保有機構の確からしさを知ることができる。本論文はDNA多型に関する理論的研究であり、実験結果を分析し、遺伝的変異の保有機構を解明するための基礎となっている。

 第1章において、論文提出者は、二つの対立遺伝子のどちらが祖先遺伝子か分からない場合に期待されるDNA多型量だけでなく、どちらが祖先遺伝子か分かっている場合についても結論を得ている。このことは彼の独創性を示すものとして、高く評価できる。論文提出者は、この理論をさらに発展させ、DNA多型に関する実験データから、祖先遺伝子のDNA配列を確率的に決定する方法を開発した。審査委員会はこの方法が祖先遺伝子のDNA配列を決定する有効な方法の一つであることを確認した。

 第2章は、自然選択に関するものである。自然選択が働いている条件下での遺伝子系図学の理論的研究は非常に複雑であり、これまであまり行われていない。論文提出者は、自然選択説の下で期待される対立遺伝子間のDNA多型量を得ることに成功した。一方、対立遺伝子内のDNA多型量は、解析的に解くことができなかったが、コンピュータ・シミュレーションによって数値的な結論を得た。その結果、二つの対立遺伝子内のDNA多型量の和の期待値は自然選択の有無にかかわらず、ほぼ一定であることを発見した。この発見は、遺伝的変異の保有機構を解明するために大いに役立つものと期待される。また、遺伝子内組換えの程度を知る方法としても使用できる。したがって、この発見は高く評価される。

 なお、本論文の第1章および第2章は、田嶋文生との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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