学位論文要旨



No 114132
著者(漢字) 斉藤,由美子
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ユミコ
標題(和) 酵母小胞形成におけるSar1 GTPaseサイクルの調節機構
標題(洋) Regulation of Sar1 GTPase cycle in the vesicle budding from the endoplasmic reticulum
報告番号 114132
報告番号 甲14132
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3621号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 助教授 大矢,禎一
 理化学研究所 主任研究員 中野,明彦
内容要旨 <序>

 分泌経路のオルガネラは,小胞を介した輸送過程によって結ばれている.その小胞輸送の調節には,一群の低分子量GTPaseの機能が不可欠であることが明らかにされてきた.なかでも,小胞体からの輸送小胞形成に必須であるSar1pは,1989年に中野によって同定されて以来,その作用機作がin vivo,in vitroで詳細に解析され,小胞輸送における分子スイッチとしてのGTPaseの意義を理解する上で最も注目を集めている分子の一つである.本研究は,Sar1pのGTPaseサイクルの調節という観点から,輸送小胞形成の分子メカニズムの解明をめざしたものである.

 Sar1pは,そのグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)であるSec12pによってGTP型に変換されると,COPIIと呼ばれるコートタンパク質複合体(Sec23p/Sec24pとSec13p/Sec31p)を小胞体膜上に集合させ,小胞の出芽を開始させる.次に,小胞形成が完了すると,COPIIの中のSec23pがSar1pに対するGTPase活性化タンパク質(GAP)として働き,GTPを加水分解してGDP型となったSar1pはCOPIIを小胞より解離させ,自らは小胞体膜に戻る.この過程で,Sar1pの小胞体膜におけるSec12pによる活性化と輸送小胞上でのSec23p GAPによる不活性化が,何をきっかけとして,またどのようなタイミングで起こるのかは全く不明である.そこで,SAR1遺伝子の温度感受性(ts)変異株をツールとして用い,その多コピーサプレッサーを分離することによってGTPaseサイクルに関与する調節因子を解析しようと試みた.

<結果と考察>1)EKS1によるsar1ts変異の抑圧

 私は修士過程において,Sar1pの2つのts変異,D32GとE112KがGTPよりもGDPに親和性の高い変異であることを示し,その多コピーサプレッサーとしてSEC16(部分欠失)遺伝子と新奇の遺伝子EKS1を同定した.さらに博士課程において,sar1ts変異と,COPIIをはじめとする周辺遺伝子との遺伝学的相互作用を詳しく解析したところ,Sar1p GEFであるSEC12とそのホモログであるSED4もsar1E112Kの多コピーサプレッサーとして機能することを見出した(図1).まず,新奇遺伝子であるEKS1について,詳細な遺伝生化学的な解析を行った.Eks1pは,N末端側の大部分の領域が膜の内腔側を向く膜タンパク質であり,間接蛍光抗体法で観察したEks1pの細胞内局在が小胞体可溶性タンパク質のBiPと非常に良く一致したことから,Eks1pの細胞内局在は小胞体であると結論した.EKS1遺伝子は細胞の増殖に必須ではなく,eks1株において,さまざまな分泌タンパク質の細胞内輸送に異常は検出されなかったが,逆に小胞体タンパク質BiPを細胞外に分泌するという表現型を示した(図2).同様の表現型は,小胞体局在化シグナル(HDEL)を持つタンパク質の局在異常をおこすerd変異,Sec12pの局在異常を示すrer変異,また特定の輸送タンパク質の輸送阻害を示すemp24変異などで報告されている.よって,Eks1pも何らかのメカニズムで小胞体膜機能の維持に関与するのではないかと考えられる.

 このEKS1の解析の過程で,小胞体膜タンパク質であるHMG-CoAレダクターゼ(Hmg2p)の分解に損傷を持つ変異として同定された遺伝子の一つ,HRD3が,実はEKS1と同一であるということが判明した(Hampton et al.,1996).Hmg2pは不安定なタンパク質であり,hrd3変異株においてはHmg2pの分解速度が抑制され細胞内の定常量が増大する.しかも,Hmg2pの安定化はHRD3の破壊だけでなく過剰発現によっても引き起こされるらしい(R.Hampton,私信).もしもEKS1/HRD3が小胞体タンパク質の安定性に関わっているのなら,EKS1の過剰発現がSar1pE112Kまたはその多コピーサプレッサーの遺伝子産物の分解を抑制し,細胞内量を増加させることでsar1tsの生育阻害を抑圧する機構が考えられる.そこで,変異Sar1pと多コピーサプレッサーの細胞内量をウエスタン解析によって検討した.しかしSar1p,Sar1pE112K,Sec16p,Sec24p,Sec12pそしてSed4pのいずれも,その細胞内量はEKS1の過剰発現によって変動しなかった.さらに,パルスチェイス実験によって,Sar1pE112Kは制限温度下でも半減期が野生型と同様に10時間以上と非常に安定であり,その安定性はEKS1の過剰発現によっても変化しないことを確認した.よってEKS1によるsar1ts変異の抑圧は,単にSar1pやその周辺で機能する既知のタンパク質の安定化を介するのではないと結論した.同時にこれは,Eks1p/Hrd3pが小胞体タンパク質の分解全般に直接関わっているのではないということを示唆するものである.Eks1p量の上昇が小胞形成に関与する未知のタンパク質の安定化を介して,間接的にsar1を抑圧するという可能性は否定できないが,むしろSar1pのts性,Hmg2p分解の両者を抑圧する機構として,小胞の出芽部位やHmg2pの分解部位を区分けする小胞体上のサブコンパートメントの維持にEks1pが関わっているのではないかというモデルを考えている.

2)Sar1pのGTPase調節因子としてのSed4p

 Sec23pは輸送小胞形成の初期段階からCOPIIコートの1コンポーネントとして働くが,その間Sar1pのGTP加水分解を促進するGAPとしての活性は小胞形成が完了するまで抑制されている.そのGAP活性の調節因子を同定するには,GTP固定型のSar1pts変異を用いたサプレッサー解析が有効であろうと期待される.しかし,これまでに解析してきたSar1pのts変異はいずれもGDP固定型またはヌクレオチドフリー型であった.そこでerror-prone PCR法によって7個の新たなsar1tsアレルを単離した(表1).GTP型のts変異はSec23p GAPの過剰発現により抑圧されると期待されたが,残念ながらSEC23によって抑圧されるものは単離できなかった.現在これらのtsアレルがin vivoでGDP型,またはGTP型のどちらのフォームをとるか解析を進めている.しかし,多くのアレルがEKS1によって抑圧され,EKS1がSar1pの機能調節に密接に関連していることを支持する結果を得た.また興味深いことに,SED4は全てのsar1tsアレルを強く抑圧し,Sed4pがSar1pのGTPaseサイクルに重要な役割を果たしていることが示された.Sed4pはHDELシグナルを持つタンパク質の局在異常を示すerd2のサプレッサーとして単離され,その細胞質ドメインがSec12pと高い相同性を示す小胞体の膜タンパク質であることが報告されていた.またsec16のサプレッサーとしても同定され,同時にSed4pの細胞質ドメインとSec16pが物理的相互作用することも判明し,小胞形成における重要性が着目されたが,その遺伝子破壊は細胞の生育や分泌にほとんど影響を及ぼさず,生理的機能は謎に包まれていた.このSed4pがSar1pのGTPaseサイクルで果たしうる機能に焦点を絞り,詳細な遺伝学的解析を行った.

 COPIIを構成する遺伝子のts変異とsed4との二重変異株は,もとのts変異株に比べ制限温度がわずかに下がるという非常に弱い合成性の効果しか報告されていない(Gimeno et al.,1995).一方,sed4とsar1ts変異との二重変異株を作成したところ,これは完全に合成致死となることが判明し,しかも,この合成致死性は新たに得た全てのsar1tsアレルについて見られた(図3,表1).この遺伝学的相互作用は,SAR1にとってもSED4にとっても小胞形成関連遺伝子群の中で最も強いものであった.sec12,sec16そしてsec23ts変異株の温度感受性はSAR1を過剰発現することで抑圧される.そこで,この抑圧活性にSED4が必要とされるかどうかを調べた(図4).その結果,sec12sed4二重変異株ではsar1E112Kはsec12の温度感受性を抑圧できなくなり,さらにsec16sed4二重変異株においては野生型SAR1でさえもsec16に対する抑圧活性を失った.sec23ts変異株においても同様な結果が得られた.SAR1の増加の効果がSar1p-GTPの供給によるものであると考えると,この結果は,Sed4pが直接的にSar1pのGTPaseサイクルの調節に関わっていることを示唆する.

 SED4の過剰発現が不活性型のsar1を抑圧するのは,Sed4pが変異Sar1pに対してGTP型を取りやすくする方向に働くと考えると説明できる.そこで,Sed4pの作用機構として以下のような2つの可能性を考えた.一つはSed4p自身がSar1pのGEFとして,あるいはSec12p GEFの活性化因子として働くというモデルである.実際,Sec12pのGEFドメインとSed4pの細胞質ドメインのホモロジーが高いという点からも,Sed4pにGEF活性が推定されたが,生化学的には一度否定されている(C.Barlowe,私信).また,もしこのモデルが正しければsar1sed4二重変異株の合成致死性はSEC12の過剰発現により抑圧されてよいはずであるが,結果は否であった(図5).第2のモデルは,Sed4pがSec23pのGAP活性阻害因子として機能するというものである.前述したように,Sec23pのGAP活性は,輸送小胞が小胞体膜から遊離した後に初めて発現される必要がある.そこで,小胞が遊離するまでGAP活性を阻害する因子の存在が推定されるが,Sed4pはその因子としての条件を満足している.実際,ごく最近松岡らは,リポソームにGTPの非水解アナログのGMP-PNPを結合させたSar1pとCOPIIを加えることにより小胞が形成されることを示したが,小胞体膜でCOPII小胞を形成させうるSar1p-GTPではリポソームからの小胞形成が観察されなかった(Matsuoka et al.,1998).このことは,リポソームにSar1p-GTPとSec23pを含むCOPIIを加えると直ちにGTPが水解されること,言い換えれば小胞体膜上にはSec23p GAPの阻害因子が存在することを示唆し,上記の第2のモデルを支持する.Sed4pがGAP阻害活性を持つならば,GAP活性の低下したsec23 ts変異株はSED4の過剰発現により生育阻害を起こすことが推定されるが,結果は確かにその通りであった(図6).以上の結果から,第2のモデルをSed4pの機能モデルとして提唱したい.現在,この仮説を生化学的に検証すべく,さらに実験を進めている.

図1.sar1 ts変異株の4つの多コピーサプレッサー.E112KとD32GはGDP型の変異であり,E112Kは全ての多コピーサプレッサーによって,また,D32GはEKS1/HRD3とSED4によって抑圧された.N132Iはヌクレオチドフリー型をとると考えられ,SED4のみによって抑圧された.表1新たなsar1 tsアレルとその多コピーサプレッサーそれぞれのアレルの変異部位と制限温度を示した.多コピーサプレッサーは抑圧活性の大きい順に記した.括弧で囲んだ遺伝子は非常に弱い抑圧活性を持つことを示す.図2.EKS1遺伝子破壊株は小胞体タンパク質のBiPを細胞外に分泌する.eks1破壊株,野生株,ポジティブコントロールとしてrer2変異株を一定時間培養し,培地中のタンパク質を回収した(mediumと表記).のこりの細胞はガラスビーズで破砕し,ホモジェネートを調製した(cellと表記).そして,それぞれの画分ついて抗BiP抗体を用いたウエスタン解析を行った.図3.sar1 ts変異とsed4遺伝子破壊との二重変異株は合成致死を示す.野生型SAR1をURA3マーカーで保持するsar1sed4二重変異株に単コピー(cenと表記)または多コピー(2と表記)でsar1E112Kとsar1D32Gを導入した.そして細胞をFOA培地で培養し,野生型SAR1を持つプラスミドを強制的に落とさせた.図4.SED4はSAR1の大量発現によりsec12やsec16のts性が抑圧されるのに必要である.A)sec12sed4二重変異株とsec12温度感受性株にSAR1,sar1E32G,sar1D32G,SED4を単コピーで導入し,それぞれの温度下での生育を調べた.B)sec16sed4二重変異株とsec16温度感受性株にSAR1,sar1E112K,SED4を多コピーで導入し,図に示す温度下で抑圧活性を調べた.図5.SEC12の大量発現はsar1sed4二重変異株の合成致死性を抑圧することができない.図3で用いたsar1sed4二重変異株にsar1E112Kとsar1D32Gを単コピーで導入し,さらにSEC12を多コピーで導入した.そしてFOA培地で培養した.図6.SED4の大量発現はsec23 ts変異株の生育を抑制する.sec23 ts変異株にSED4を多コピーで導入し,図に示す温度下での生育を調べた。
審査要旨

 分泌経路のオルガネラは,小胞を介した輸送過程によって結ばれている.その小胞輸送の調節には,一群の低分子量GTPaseの機能が不可欠であることが明らかにされてきた.なかでも,小胞体からの輸送小胞形成に必須であるSar1pは,1989年に中野によって同定されて以来,その作用機作がin vivo,in vitroで詳細に解析され,小胞輸送における分子スイッチとしてのGTPaseの意義を理解する上で最も注目を集めている分子の一つである.本研究は,Sar1pのGTPaseサイクルの調節という観点から,輸送小胞形成の分子メカニズムの解明をめざしたものである.本論の第1章では、sar1 ts変異の多コピーサプレッサーEKS1の機能解析を行いその機能に関する作業仮説を提案した。第2章では、もう一つの多コピーサプレッサーSED4に関する機能解析を行い、Sed4pがSar1 GTPaseの活性化タンパク質であるSec23pの機能を阻害する働きを持つ可能性を指摘している。以下に論文の内容の概略を示す。

第1章EKS1によるsar1 ts変異の抑圧

 私は修士過程において,Sar1pの2つのts変異,D32GとE112KがGTPよりもGDPに親和性の高い変異であることを示し,その多コピーサプレッサーとしてSEC16(部分欠失)遺伝子と新奇の遺伝子EKS1を同定した.さらに博士課程において,sar1 ts変異と,COPIIをはじめとする周辺遺伝子との遺伝学的相互作用を詳しく解析したところ,Sar1p GEFであるSEC12とそのホモログであるSED4もsar1E112Kの多コピーサプレッサーとして機能することを見出した.まず,この中で新奇遺伝子であるEKS1について,詳細な遺伝生化学的な解析を行った.Eks1pは,N末端側の大部分の領域が膜の内腔側を向く膜タンパク質であり,間接蛍光抗体法で観察したEks1pの細胞内局在が小胞体可溶性タンパク質のBiPと非常に良く一致したことから,Eks1pの細胞内局在は小胞体であると結論した.EKS1遺伝子は細胞の増殖に必須ではなく,eks1株において,さまざまな分泌タンパク質の細胞内輸送に異常は検出されなかったが,逆に小胞体タンパク質BiPを細胞外に分泌するという表現型が見出された.同様の表現型は,小胞体局在化シグナル(HDEL)を持つタンパク質の局在異常をおこすerd変異,Sec12pの局在異常を示すrer変異,また特定の輸送タンパク質の輸送阻害を示すemp24変異などで報告されている.よって,Eks1pも何らかのメカニズムで小胞体膜機能の維持に関与するのではないかと考えられる.

 このEKS1の解析の過程で,小胞体膜タンパク質であるHMG-CoAレダクターゼ(Hmg2p)の分解に損傷を持つ変異として同定された遺伝子の一つ,HRD3が,実はEKS1と同一であるということが判明した(Hampton et al.,1996).Hmg2pは不安定なタンパク質であり,hrd3変異株においてはHmg2pの分解速度が抑制され細胞内の定常量が増大する.しかも,Hmg2pの安定化はHRD3の破壊だけでなく過剰発現によっても引き起こされるらしい.もしもEKS1/HRD3が小胞体タンパク質の安定性に関わっているのなら,EKS1の過剰発現がSar1pE112Kまたはその多コピーサプレッサーの遺伝子産物の分解を抑制し,細胞内量を増加させることでsar1 tsの生育阻害を抑圧する機構が考えられる.そこで,変異Sar1pと多コピーサプレッサーの細胞内量をウエスタン解析によって検討した.しかしSar1p,Sar1pE112K,Sec16p,Sec24p,Sec12pそしてSed4pのいずれも,その細胞内量はEKS1の過剰発現によって変動しなかった.さらに,パルスチェイス実験によって,Sar1pE112Kは制限温度下でも半減期が野生型と同様に10時間以上と非常に安定であり,その安定性はEKS1の過剰発現によっても変化しないことを確認した.よってEKS1によるsar1 ts変異の抑圧は,単にSar1pやその周辺で機能する既知のタンパク質の安定化を介するのではないと結論した.同時にこれは,Eks1p/Hrd3pが小胞体タンパク質の分解全般に直接関わっているのではないということを示唆するものである.Eks1p量の上昇が小胞形成に関与する未知のタンパク質の安定化を介して,間接的にsar1を抑圧するという可能性は否定できないが,むしろSar1pのts性,Hmg2p分解の両者を抑圧する機構として,小胞の出芽部位やHmg2pの分解部位を区分けする小胞体上のサブコンパートメントの維持にEks1pが関わっているのではないかというモデルを考えている.

第2章Sar1pのGTPase調節因子としてのSed4p

 Sec23pは輸送小胞形成の初期段階からCOPIIコートの1コンポーネントとして働くが,その間Sar1pのGTP加水分解を促進するGAPとしての活性は小胞形成が完了するまで抑制されている.そのGAP活性の調節因子を同定するには,GTP固定型のSar1p ts変異を用いたサプレッサー解析が有効であろうと期待される.しかし,これまでに解析してきたSar1pのts変異はいずれもGDP固定型またはヌクレオチドフリー型であった.そこでerror-prone PCR法によって7個の新たなsar1 tsアレルを単離した.GTP型のts変異はSec23p GAPの過剰発現により抑圧されると期待されたが,残念ながらSEC23によって抑圧されるものは単離できなかった.現在これらのtsアレルがin vivoでGDP型,またはGTP型のどちらのフォームをとるか解析を進めている.しかし,多くのアレルがEKS1によって抑圧され,EKS1がSar1pの機能調節に密接に関連していることを支持する結果を得た.また興味深いことに,SED4は全てのsar1 tsアレルを強く抑圧し,Sed4pがSar1pのGTPaseサイクルに重要な役割を果たしていることが示された.Sed4pはHDELシグナルを持つタンパク質の局在異常を示すerd2のサプレッサーとして単離され,その細胞質ドメインがSec12pと高い相同性を示す小胞体の膜タンパク質であることが報告されていた.またsec16のサプレッサーとしても同定され,同時にSed4pの細胞質ドメインとSec16pが物理的相互作用することも判明し,小胞形成における重要性が着目されたが,その遺伝子破壊は細胞の生育や分泌にほとんど影響を及ぼさず,生理的機能は謎に包まれていた.このSed4pがSar1pのGTPaseサイクルで果たしうる機能に焦点を絞り,詳細な遺伝学的解析を行った.

 COPIIを構成する遺伝子のts変異とsed4との二重変異株は,もとのts変異株に比べ制限温度がわずかに下がるという非常に弱い合成性の効果しか報告されていない).一方,sed4とsar1 ts変異との二重変異株を作成したところ,これは完全に合成致死となることが判明し,しかも,この合成致死性は新たに得た全てのsar1 tsアレルについて見られた.この遺伝学的相互作用は,SAR1にとってもSED4にとっても小胞形成関連遺伝子群の中で最も強いものであった.sec12,sec16そしてsec23 ts変異株の温度感受性はSAR1を過剰発現することで抑圧される.そこで,この抑圧活性にSED4が必要とされるかどうかを調べた.その結果,sec12sed4二重変異株ではsar1E112Kはsec12の温度感受性を抑圧できなくなり,さらにsec16sed4二重変異株においては野生型SAR1でさえもsec16に対する抑圧活性を失った.sec23 ts変異株においても同様な結果が得られた.SAR1の増加の効果がSar1p-GTPの供給によるものであると考えると,この結果は,Sed4pが直接的にSar1pのGTPaseサイクルの調節に関わっていることを示唆する.

 SED4の過剰発現が不活性型のsar1を抑圧するのは,sed4pが変異Sar1pに対してGTP型を取りやすくする方向に働くと考えると説明できる.そこで,Sed4pの作用機構として以下のような2つの可能性を考えた.一つはSed4p自身がSar1pのGEFとして,あるいはSec12p GEFの活性化因子として働くというモデルである.実際,Sec12pのGEFドメインとSed4pの細胞質ドメインのホモロジーが高いという点からも,Sed4pにGEF活性が推定されたが,生化学的には一度否定されている.また,もしこのモデルが正しければsar1sed4二重変異株の合成致死性はSEC12の過剰発現により抑圧されてよいはずであるが,結果は否であった.第2のモデルは,Sed4pがSec23pのGAP活性阻害因子として機能するというものである.前述したように,Sec23pのGAP活性は,輸送小胞が小胞体膜から遊離した後に初めて発現される必要がある.そこで,小胞が遊離するまでGAP活性を阻害する因子の存在が推定されるが,Sed4pはその因子としての条件を満足している.実際,ごく最近松岡らは,リポソームにGTPの非水解アナログのGMP-PNPを結合させたSar1pとCOPIIを加えることにより小胞が形成されることを示したが,小胞体膜でCOPII小胞を形成させうるSar1p-GTPではリポソームからの小胞形成が観察されなかった.このことは,リポソームにSar1p-GTPとSec23pを含むCOPIIを加えると直ちにGTPが水解されること,言い換えれば小胞体膜上にはSec23p GAPの阻害因子が存在することを示唆し,上記の第2のモデルを支持する.Sed4pがGAP阻害活性を持つならば,GAP活性の低下したsec23 ts変異株はSHD4の過剰発現により生育阻害を起こすことが推定されるが,結果は確かにその通りであった.以上の結果から,私は図6の第2のモデルをSed4pの機能モデルとして提唱したい.現在,この仮説を生化学的に検証すべく,さらに実験を進めている.

 以上のように申請者の研究は、出芽酵母の分子遺伝学的手法と生化学的方法により、小胞輸送におけるSar1pGTPaseサイクルの機能制御に新しい展開をもたらした。本論文2編は共著であるが、実験計画とその遂行は申請者によって行われたものであることは明らかである。以上の評価に基づき、本研究は博士(理学)の学位に十分値するものであることが、審査委員全員の一致により認められた。

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