学位論文要旨



No 114135
著者(漢字) 川崎,真理子
著者(英字)
著者(カナ) カワサキ,マリコ
標題(和) 出芽酵母カルモデュリンの細胞の形態形成に必須な機能に関する分子遺伝学的研究
標題(洋)
報告番号 114135
報告番号 甲14135
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3624号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 黒岩,常祥
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 助教授 高橋,陽介
内容要旨 序論

 カルモデュリンは、様々な細胞増殖のプロセスに関与するカルシウム結合蛋白質であり、全ての真核生物に存在している。既に30種類以上の蛋白質と相互作用することが知られており、カルモデュリンは細胞内で多重な機能を持つと考えられる。カルモデュリンの細胞内での機能を理解する上で、多種の機能の中から生育に必須なものを明らかにし、それぞれの機能における標的蛋白質を同定することは必須である。大矢とBotsteinは出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeにおいてカルモデュリンの標的蛋白質との結合に関わるフェニルアラニン残基に系統的に変異を導入し、多数の温度感受性変異株を得た(Ohya and Botstein,1994)。変異株はA)アクチンネットワーク制御(cmd1-226:F92A)、B)カルモデュリンの芽の部分への局在(cmd1-228:F12A F16A F19A)、C)核分裂(cmd1-239:F65A F68A)、D)出芽(cmd1-231:F12A F89A;cmd1-233 F12A F140A)に欠損を示す4つのグループに分けられた。各グループの変異間で遺伝子内相補性が認められることから、各変異カルモデュリンはそれぞれ異なる標的蛋白質と相互作用できなくなっていることが予想された(図1)。核分裂におけるカルモデュリンの標的蛋白質は微小管重合中心の構成因子であるNuf1p(Geiser et al.1993)であることを支持するデータが蓄積されてきている。しかしながらアクチンネットワーク制御、カルモデュリンの芽の部分への局在、出芽、という細胞の形態形成のプロセスに関与する標的蛋白質は不明であった。私は修士過程において、V型ミオシンであるMyo2pに注目し、上に述べた「遺伝子内相補するカルモデュリン変異」を用いた遺伝学的、および生化学的研究を行い、Myo2pの軽鎖であるカルモデュリンの変異、cmd1-226変異とMyo2pの間に密接な相互作用があることを示した。またアクチンネットワーク制御において機能する新規の因子を明らかにするために、cmd1-226(cmd1A)変異との合成致死変異、cax1〜cax5を単離した。博士課程では、カルモデュリンによるアクチンネットワーク制御機構を明らかにするために、Myo2pの更なる機能解析を行った。一方、CAX遺伝子を解析し、カルモデュリン・Myo2pによるアクチンネットワーク制御系に関与する新たな因子を同定した。最後に、カルモデュリンの芽の部分への局在、出芽のプロセスに関与する標的蛋白質の探索を行った。

結果と考察1)Myo2pの細胞内機能の解析

 修士過程においてアクチン結合部位に変異を持つMYO2変異株(myo2-66)とcmd1-226の細胞形態が類似していること(図2)、myo2-66変異がcmd1-226とアレル特異的な合成致死を示すこと、および、Cmd1-226pのMyo2pへの結合が他の変異カルモデュリンに比べて特異的に低下していることを明らかにしていた。これらの結果からMyo2pがカルモデュリンによるアクチンネットワーク制御における標的蛋白質であり、出芽、カルモデュリンの芽の部分への局在には別の標的蛋白質が関与すると予想された。そこでMyo2pがアクチンネットワーク以外のプロセスに関与する可能性を排除するため、myo2-66変異と各機能欠損を示すカルモデュリン変異との2重変異株の増殖を更に詳しく調べた(表1)。その結果、myo2-66は、アクチンネットワーク欠損を示すカルモデュリン変異、cmd1-226と合成致死性を示すが、一方でcmd1-228(カルモデュリンの芽の部分の局在に欠損をもつ),cmd1-231(出芽に欠損をもつ),cmd1-239(核分裂に欠損をもつ)とは遺伝的相互作用を示さなかった。これらの結果は、アクチンネットワーク制御におけるカルモデュリンのターゲットはMyo2pでありカルモデュリンの芽の部分への局在、出芽、核分裂のプロセスにおいてはMyo2p以外のターゲットが関与していることを支持している。myo2-66 cmd1-233二重変異株は単独変異株に比べて増殖速度が遅くなっていたが、これはcmd1-233もMyo2pとの相互作用にある程度の欠損を持つことで説明できる。

 次に、myo2-66とcmd1-226が合成致死になる分子メカニズムを考察した。Cmd1pはMyo2pの正常な局在に必要であるか、またはCmd1pはMyo2pのモーター活性を調節していると考えられたので、cmd1-226変異株におけるMyo2pの局在を調べた。野生株ではMyo2pは小さな芽をもつ細胞の先端に存在するが、cmd1-226変異株においても野生株と同様のMyo2pの局在が観察された(図3)。ミオシンIIファミリーの生化学的研究から、ミオシン軽鎖を持たないミオシンのATPase活性、およびモーター活性が低下することが知られている(Vale et al.1984)。従って、カルモデュリンはMyo2pの局在ではなく、活性を制御すると考えている。またアクチンの局在性が失われていてもMyo2pの芽の部分の局在は正常であることから(図3)、Myo2pはカルモデュリンにもアクチンにも依存しない機構で芽の先端部分に局在していることが示唆された。カルモデュリン結合ドメインを欠失したMyo2pが野生株と変わらず芽の先端に存在するという報告(Stevens and Davis 1998)、および、アクチン重合阻害剤を加えた細胞においてもMyo2pは芽の先端部分に存在する(Ayscough et al.1997)という報告もこの考えを支持している。

2)アクチンネットワーク制御に欠損を示すカルモデュリン変異、cmd1-226との合成致死変異、cax(calmodulin-dependent in cmd one-two twenty six)の解析

 cax変異は、cmd1-226との合成致死変異であり、変異株は全てアクチンネットワーク欠損を示す。まず、各cax変異とcmd1-226以外のカルモデュリン変異との遺伝的相互作用を調べた。その結果、cax1変異のみがmyo2-66変異と同様、cmd1-226とアレル特異的に合成致死になることを見いだした(表2)。cax1変異はmyo2-66変異とも合成致死性を示す(図4)。この性質からCAX1遺伝子がカルモデュリン・Myo2pによるアクチンネットワーク制御に特に深い関わりを持つことが考えられる。またcax2,cax3変異はcmd1-226,cmd1-228,cmd1-233と、cax4変異はcmd1-226,cmd1-228と、cax5変異はcmd1-226,cmd1-233と合成致死を示した。cax2,cax3,cax4,cax5が細胞極性に欠損を示すカルモデュリン変異と特に合成致死性を示すことから、Cax2p,Cax3p,Cax4p,Cax5pは広く細胞極性に関与していると考えられる。このうちCAX1,CAX4,CAX5のクローニングを行った。その結果、CAX1はANP1/GEM3/MCD2と同一であり、CAX5はMNN10/SLC2/BED1と同一であった。Anp1pもMnnl0pもゴルジ体での蛋白質への糖外鎖の付加に機能を果たしている。CAX4は機能未知のCWH8と同一で、239アミノ酸からなる推定3つの膜貫通領域をもつ蛋白質をコードしている(表3)。

 Myo2pは芽の先端への蛋白質輸送に関与すると考えられていることをふまえ、カルモデュリン、Myo2p、Cax1p/Anp1pによるアクチンネットワーク制御機構を考察した。その際まず1)Myo2pが糖鎖修飾の起こる小胞体->ゴルジ体の分泌過程に必要か、2)Myo2pが糖鎖修飾そのものに必要か、の2点について調べた。まず、cmd1-226変異株において小胞体->ゴルジ体->細胞外の順に輸送される蛋白質、インベルターゼの細胞外への分泌を調べたところ、野生株と同程度であった(図5)。また、myo2-66,cmd1-226変異株において輸送蛋白質の糖鎖修飾をインベルターゼを指標に調べたところ、野生株と同様に糖鎖修飾による高分子量へのシフトが見られた(図6)。これらの結果はMyo2pが糖鎖修飾の起こる分泌過程にも、糖鎖修飾そのものにも関与しないことを示唆している。そこで、何らかのアクチン制御蛋白質がAnp1pによる糖鎖修飾を受けた後、Myo2pにより芽の先端に運ばれて機能するモデルが考えられる(図7)。

3)カルモデュリンによる細胞の形態形成における新たなターゲットの探索

 カルモデュリンの芽の部分への局在、出芽、という形態形成の過程に関与する標的蛋白質は現在のところ不明である。そこで酵母のゲノムデータベースからカルモデュリン結合部位を持つ蛋白質を探索した。その結果、アクチン細胞骨格系の制御、細胞極性に機能を持つことが報告されているIQG1(酵母におけるIQGAPホモログ)がカルモデュリンと物理的に相互作用することがわかった。Iqg1pはIQモチーフを8箇所に持つ蛋白質である。まず、免疫沈降法により、Iqg1pとカルモデュリンがin vivoで複合体を形成することを確かめた(図8)。次にゲルオーバーレーアッセイを行ったところ、Iqg1pのIQモチーフとカルモデュリンが直接相互作用することが明らかになった(図9,10)。IQG1は生育に必須な遺伝子であることからも、カルモデュリンの標的蛋白質の有力な候補であると考えている。

まとめ

 カルモデュリンの関与する細胞の形態形成のプロセスのうち、カルモデュリン・Myo2pによるアクチンネットワーク制御を分離分別して解析した。続いて新規の制御因子、Cax1p/Anp1pを同定し、その制御機構について考察した。更に遺伝学的解析により、出芽、カルモデュリンの芽の部分における局在のプロセスにはMyo2pと異なる標的蛋白質が関与していることを示し、新たな標的蛋白質を探索した。

図1遺伝子内で相補するカルモデュリンの温度感受性変異F:フェニルアラニン、A:アラニン表1myo2-66とcmd1変異との遺伝的相互作用cmd1,myo2-66の単独変異株、cmd1 myo2-66二重変異株の23度における増殖速度(細胞数の倍加に要する時間)と制限温度を比較した。*:二重変異株は増殖不可能表2cax変異とcmd1変異との合成致死性野生型カルモデュリンをURA3マーカープラスミドで持つcmd1 cax二重変異株のFOA培地上での増殖を調べた。致死:二重変異株はURA3マーカープラスミド上の野生型カルモデュリンを失うことができず、FOA培地上では増殖できない。生育可能:二重変異株はURA3マーカープラスミド上の野生型カルモデュリンを失うことができ、FOA培地上で生育できる。図2cmd1-226とmyo2-66変異株のアクチン形態細胞を固定後、rhodamine phalloidinで染色した。野生株ではアクチンバッチが芽の部分に局在し、アクチンケーブルが見られるのに対し、cmd1-226、myo2-66変異株ではアクチンバッチは非局在化し、アクチンケーブルは観察されない。図3Myo2p、アクチンのcmd1-226変異株における局在野生株、cmd1-226変異株を33度で培養し、Myo2pの局在を間接蛍光抗体法で観察した。同時にアクチン繊維をrhodamine phalloidinにより染色した。図4cax1変異とmyo2-66変異との合成致死性野生型CAX1をURA3マーカープラスミドで持つcax1,myo2,cax1 myo2変異株のFOA培地上での増殖を示す。表3 CAX遺伝子図5cmd1-226変異株におけるインベルターゼの分泌野生株、cmd1-226変異株を3時間培養し、細胞内、細胞外それぞれの画分におけるインベルターゼ活性を測定した。インベルターゼを積するコントロールとして、sec16株を用いた。図6myo2-66、cmd1-226変異株におけるインベルターゼの糖鎖修飾野生株(レーン1)、myo2-66(レーン2)、cmd1-226(レーン3)、cax1-1(レーン4)、CAX1遺伝子破壊株(レーン5)の全細胞抽出液を抗インベルターゼ抗体でウエスタンブロットした。野生株、myo2-66、cmd1-226ではマンノース修飾によるインベルターゼの高分子量へのバンドシフトが観察されるが、cax1-1、CAX1遺伝子破壊株においてはバンドシフトが観察されない。矢印は糖鎖修飾を受けていないinvertaseを示している。図7Myo2p、カルモデュリン、Cax1p/Anpによるアクチンネットワーク制御のモデル何らかのアクチン制御蛋白質が糖鎖修飾を受けMyo2pにより芽の先端へ輸送されて機能発現するいうモデルが考えられる。図8Iqg1p(IQGAP)とカルモデュリンとの複合体形成HAタグをつけたIqg1pを発現させた細胞破砕液をEGTA存在下で野生型カルモデュリンに対する抗血清で免疫沈降し、上清(S)と沈降物(P)を抗カルモデュリン抗体、抗HA抗体でウェスタンブロットした。コントロールとして免疫前血清で免疫沈降を行った。A.免疫前血清による免疫沈降.B.抗カルモデュリン血清による免疫沈降.図9MBP-Iqg1p融合蛋白質の作成方法MBP:マルトース結合蛋白質図10ゲルオーバーレーアッセイによるカルモデュリン-Iqg1p間の結合の検出各MBP-Iqg1p融合蛋白質を発現させた大腸菌のライセートをメンプレンにブロットし、ビオチン化した野生型カルモデュリンによるゲルオーバーレーアッセイを行った。矢印は融合蛋白質の位置を示す。A.クマシーブルー染色.B.カルシウム存在下でのゲルオーバーレーアッセイ.C.EGTA存在下でのゲルオーバーレーアッセイ:Maltose Binding Protein(レーン1)、MBP-IQG1-1(レーン2)、 MBP-IQG1-2(レーン3)、 MBP-IQG1-3(レーン4)
審査要旨

 本論文は3章からなり、第一章はカルモデュリンのターゲット蛋白質であるMyo2pとの相互作用の解析、第二章はcmd1-226と合成致死性を示す変異株の解析、第三章では、新規カルモデュリン結合蛋白質を解析した。

 まず、第一章ではアクチン結合部位に変異を持つmyo2変異株(myo2-66)とcmd1-226の細胞形態が類似していること、myo2-66変異がcmd1-226とアレル特異的な合成致死を示すこと、およびCmd1-226pのMyo2pへの結合が他の変異カルモデュリンに比べて特異的に低下していることを明らかにした。これらの結果からMyo2pがカルモデュリンによるアクチンネットワーク制御における標的蛋白質であり、出芽、カルモデュリンの芽の部分への局在には別の標的蛋白質が関与すると予想された。そこでMyo2pがアクチンネットワーク以外のプロセスに関与する可能性を排除するため、myo2-66変異と各機能欠損を示すカルモデュリン変異との2重変異株の増殖を更に詳しく調べた。その結果、myo2-66は、アクチンネットワーク欠損を示すカルモデュリン変異、cmd1-226と合成致死性を示すが、一方でcmd1-228(カルモデュリンの芽の部分の局在に欠損をもつ)、cmd1-233(出芽に欠損をもつ)、cmd1-239 (核分裂に欠損をもつ)とは遺伝的相互作用を示さなかった。これらの結果は、アクチンネットワーク制御におけるカルモデュリンのターゲットはMyo2pでありカルモデュリンの芽の部分への局在、出芽、核分裂のプロセスにおいてはMyo2p以外のターゲットが関与していることを支持している。myo2-66 cmd1-233二重変異株は単独変異株に比べて増殖速度が遅くなっていたが、これはcmd1-233もMyo2pとの相互作用にある程度の欠損を持つことで説明できる。次にmyo2-66とcmd1-226が合成致死になる分子メカニズムを考察した。Cmd1pはMyo2pの正常な局在に必要であるか・またはCmd1pはMyo2pのモーター活性を調節していると考えられたので、cmd1-226変異様におけるMyo2pの局在を調べた。野生株ではMyo2pは小さな芽をもつ細胞の先端に存在するが、cmd1-226変異株においても野生株と同様のMyo2pの局在が観察された。ミオシンIIファミリーの生化学的研究から、ミオシン軽鎖を持たないミオシンのATPase活性・およびモーター活性が低下することが知られている。従って、カルモデュリンはMyo2pの局在ではなく、活性を制御すると考えている。またアクチンの局在性が失われていてもMyo2pの芽の部分の局在は正常であることから、Myo2pはカルモデュリンにもアクチンにも依存しない機構で芽の先端部分に局在していることが示唆されれた。カルモデュリン結合ドメインを欠失したMyo2pが野生株と変わらず芽の先端に存在するという報告(Stevens and Davis1998)、および、アクチン重合阻害剤を加えた細胞においてもMyo2pは芽の先端部分に存在する(Ayscough et al.,1997)という報告もこの考えを支持している。

 第2章では、カルモデュリン変異と合成致死を示すcax変異株の遺伝的相互作用を調べた。その結果、cax1変異のみがmyo2-66変異と同様、cmd1-226とアレル特異的に合成致死になることを見いだした。cax1変異はmyo2-66変異とも合成致死性を示す。この性質からCAX1遺伝子がカルモデュリン・Myo2pによるアクチンネットワーク制御に特に深い関わりを持つことが考えられる。またcax2,cax3変異はcmd1-226,cmd1-228,cmd1-233と、cax4変異はcmd1-226,cmd1-228と、cax5変異はcmd1-226,cmd1-233と合成致死を示した。cax2,cax3,cax4,cax5が細胞極性に欠損を示すカルモデュリン変異と特に合成致死性を示すことから、Cax2p,Cax3p,Cax4p,Cax5pは広く細胞極性に関与していると考えられる。このうちCAX1,CAX4,CAX5のクローニングを行った。その結果、CAX1はANP1と同一であり、CAX5はMNN10と同一であった。Anp1pもMm10pもゴルジ体での蛋白質への糖外銀の付加に機能を果たしている。CAX4は機能未知のCWH8と同一で、239アミノ酸からなる推定3つの膜貫通領域をもつ蛋白質をコードしている。Myo2pは芽の先端への蛋白質輸送に関与すると考えられていることをふまえ、カルモデュリン、Myo2p,Cax1p/Anp1pによるアクチンネットワーク制御機構を考察した。その際まず1)Myo2pが糖鎖修飾の起こる小胞体->ゴルジ体の分泌過程に必要か、2)Myo2pが糖鎖修飾そのものに必要か、の2点について調べた。まず、cmd1-226変異様において小胞体->ゴルジ体->細胞外の順に輸送される蛋白質、インベルターゼの細胞外への分泌を調べたところ、野生株と同程度であった。また、myo2-66,cmd1-226変異様において輸送蛋白質の糖鎖修飾をインベルターゼを指標に調べたところ、野生株と同様に糖鎖修飾による高分子量へのシフトが見られた。これらの結果はMyo2pが糖鎖修飾の起こる分泌過程にも、糖鎖修飾そのものにも関与しないことを示唆している。そこで、何らかのアクチン制御蛋白質がAnp1pによる糖鎖修飾を受けた後、Myo2pにより芽の先端に運ばれて機能するモデルが考えられる。

 カルモデュリンの芽の部分への局在、出芽、という形態形成の過程に関与する標的蛋白質は現在のところ不明である。そこで第三章では、酵母のゲノムデータベースからカルモデュリン結合部位を持つ蛋白質を探索した。その結果、アクチン細胞骨格系の制御・細胞極性に機能を持つことが報告されている(酵母におけるIQGAPホモログ)がカルモデュリンと物理的に相互作用することがわかったIqg1pはIQモチーフを8箇所に持つ蛋白質である。まず、免疫沈降法により、Iqg1pとカルモデュリンがin vivoで複合体を形成することを確かめた。次にゲルオーバーレーアッセイを行ったところ、Iqg1pのIQモチーフとカルモデュリンが直接相互作用することが明らかになった。IQG1は生育に必須な遺伝子であることからも、カルモデュリンの標的蛋白質の有力な候補であると考えられる。

 なお、本論文第一章/第二章は、大矢禎一と、David Botstein博士、と共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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