中胚葉誘導因子の一つであるアクチビンは、TGF-スーパーファミリーに属するタンパク質であり、ツメガエルの予定外胚葉片に対して、濃度依存的に腹側から背側の中胚葉組織を誘導する作用を持つ。10ng/mlのアクチビン濃度で予定外胚葉片(アニマルキャップ)を3時間処理すると、培養3日後に主に筋肉が形成される。この濃度で処理された外植体は、処理後数時間経つと、球状だった形態を大きく変え伸長する。外植体のこの伸長運動は、初期発生の原腸陥入の際に背側中胚葉が起こすconvergent extensionの細胞運動を、in vitroで再現していると考えられている。本研究では、形態形成運動と細胞分化が同時に生じているこの系を用いて、細胞運動と分化の関係、また伸長している時の外植体中の細胞分裂やアポトーシスの局在を調べる実験を行った。 第一部:サイトカラシンBによる伸長運動と筋分化の阻害 ツメガエルの原腸陥入の際の細胞運動には、接着因子であるフィブロネクチン、インテグリン、C-カドヘリンなどが関与していることが知られているが、細胞内の情報伝達制御に関する分子的基盤はいまだによくわかっていない。そこで、アクチビンによって誘導される伸張運動を薬剤によって阻害し、その際の外植体の細胞分化の変化を調べる実験を行い、運動と分化の関連を調べた。 ツメガエルの後期胞胚から予定外胚葉片を切り出し、アクチビンで3時間処理した後、薬剤で3時間処理を行い、形態形成運動への影響を調べた。微小管形成阻害剤としてコルヒチン、微小管安定剤としてタキソール、マイクロフィラメント形成阻害剤としてサイトカラシンBを用いた。その結果、微小管に働くコルヒチンとタキソールは、予定外胚葉片の伸張運動に大きな影響を及ぼさなかった。また、これらのサンプルでは筋肉への分化の抑制は見られなかった。一方、1MサイトカラシンB処理によりアクチビンによって誘導された伸長運動は阻害され、これらのサンプルでは、筋肉への分化が著しく抑えられたが、神経組織への分化には影響がなかった。このことはRT-PCRを用いてms-actinやN-CAMの発現を調べることによっても確認された。この際、前方神経マーカーであるXotx2の発現が上昇し、後方神経マーカーであるXIHbox6の発現が落ちていることから、外植体中の神経組織分化はサイトカラシン処理によって前方化していることが示唆された。また、初期マーカー遺伝子の発現を調べたところ、アクチビンの3時間処理終了直後のサンプルで、汎中胚葉マーカーであるXbrachyury(Xbra)の発現が既に見られるにもかかわらず、3時間のサイトカラシンB処理が終了した直後のサンプルからは発現が確認されなかった。さらに3時間や6時間培養した後のサンプルにおいては、発現は見られるものの、アクチビン処理のみを施した同時期のサンプルに比べ低い発現量のままでとどまっていた。筋肉マーカーであるXMyoDの発現は、サイトカラシンB処理終了後3時間培養したサンプルからは確認されず、さらに3時間培養した後のサンプルも、アクチビン処理のみのサンプルと比べ低い発現量のままであった。これはXbraの発現の遅延および量の低下によって、その下流に位置するXMyoDの発現に影響が出たものと考えられる。 以上の結果より、アクチビンによって誘導される伸長運動にはアクチンフィラメントが大きく関与しており、可逆的な阻害剤であるサイトカラシンBを一時的に処理しただけで、伸長運動に対して不可逆的な効果を持つことが明らかになった。また、このような外植体は、最初の3時間のアクチビン処理の間に予定外胚葉片の運命を中胚葉へと変化させるようにシグナルが伝わっているにもかかわらず、筋分化が抑制されていた。これは、アクチン系の細胞骨格が一時的に壊されることによって、Xbraの発現が落ちたことが遠因となっていると考えられる。XbraとeFGFは互いに発現を誘導し合うポジティブループを形成していることが知られているが、本研究により、Xbraの発現維持にはアクチンフィラメントのネットワークが常に存在していることが必要であることが示された。以上の結果は、アクチンフィラメントの制御機構が、今後convergent extensionの際の細胞内情報伝達機構を分子レベルで解明していく上で、大きな手がかりとなることを示している。 第二部:外植体内の細胞分裂・アポトーシスの局在について 多細胞生物においては、一個の受精卵が細胞分裂によって増殖をし、それぞれの細胞が分化していくことによって、様々な組織が形成される。筋分化においては、MyoDがCdk inhibitorであるp21の発現を誘導することが知られており、細胞周期からの離脱と、筋細胞への分化は密接に関連している。また、発生過程では数多くの余剰細胞が形成され、アポトーシスが誘導されて死滅することによって形態が形成されていく。しかし現在までツメガエルにおけるアポトーシスの研究は、変態時期に関するものがほとんどであり、初期発生段階の全胚におけるアポトーシスの時間・空間的詳細は、つい最近Henseyらによって初めて報告されるなど、未だ不明な点が多い。また、アクチビンによる細胞分裂やアポトーシスに対する促進・抑制効果は組織や種によって異なっていることが知られている。第二部では、アクチビンにより細胞運動と分化が同時に誘導されている外植体で、果たして細胞増殖は促進されているのか、細胞分裂は外植体中にどのように分布しているのか、またアポトーシスは生じているのか、という疑問から、ヘマトキシリン・エオシン染色の切片を観察し、これらの局在を調べた。 外植体内の細胞分裂の総数はアクチビン処理の有無にかかわらず、大きな差異は見られなかった。しかし、空間的な分布を調べると、アクチビン未処理の外植体では、細胞分裂はランダムに起きているが、アクチビン処理を行った外植体においては分裂が盛んに起きている箇所と、分裂の盛んでない箇所が存在した。また、胚から切り出して21時間後の外植体では、アクチビン処理の有無にかかわらずアポトーシスを起こしている細胞が増え始め、さらに6時間培養したサンプルでは、未処理の外植体で非常に多く観察された。アクチビン未処理の外植体ではアポトーシスを起こしている細胞の局在は見られなかったが、アクチビン処理された外植体では偏在が観察された。以上より、予定外胚葉片に対するアクチビンによる細胞増殖への効果は、抑制・促進ともに観察されなかったが、アクチビン処理によって分化が誘導された細胞ではアポトーシスが抑えられていることを強く示唆する結果を得た。アクチビン処理外植体における細胞分裂とアポトーシスの局在と、筋肉や神経の分化誘導との関連性が今後の課題である。 本研究では、アクチビンによって予定外胚葉片に背側中胚葉への細胞分化と形態形成運動とが同時に誘導されている系において、細胞運動と分化の関係、また外植体中の細胞分裂やアポトーシスの局在を調べる実験を行った。この細胞運動では、微小管ではなく、アクチンフィラメントが大きな役割を果たしていることが示された。サイトカラシンBは伸長運動のみならず、背側中胚葉への分化も阻害したが、最近、DishevelledのドミナントネガティブタイプやFrizzledの細胞外ドメインをインジェクションしたアニマルキャップでは、アクチビンによって誘導される伸長運動は阻害されるものの、背側中胚葉への分化は阻害されないことが報告され、伸長運動を起こすための情報伝達系と、背側化の情報伝達の経路が分かれる事が明らかになりつつある。サイトカラシンBによる効果は、分岐点の上流で阻害作用を示して分化と運動の双方をブロックしている可能性と、分岐点の下流でそれぞれのシグナルがアクチンフィラメントのネットワークを必要としている可能性の2つが考えられる。情報伝達の分岐点はどの分子が担っているのか、convergent extensionの際の細胞極性の成立機構など、解明すべき点は多いが、本研究で用いたツメガエルのアニマルキャップアッセイ系は、アクチビンと種々の分子の組み合わせ実験を行うことによって、今後発生生物学と細胞生物学の架け橋となるような発展性を持つ実験系であるといえよう。 |